5 / 26
一章 「この婚約は間違いだった」
⑤
しおりを挟むオレリアンは真剣にミシュリーヌの言葉を聞いて頷いた。
「わかった。君に想い人がいるのは理解した」
「えっとですね、想い人ではなく……」
オレリアンの言葉から、いまいち推し活について伝わっていないことがわかる。
しかしミシュリーヌが説明する前に、オレリアンは衝撃的な言葉を口にする。
「オシカツは君の好きにしてもらっていい。そのために手伝えることはしよう。資金が必要ならば好きに使ってくれていい」
「──ッ!?」
ミシュリーヌは予想もしない言葉に口元を押さえていた。
オレリアンは社交も最低限でよく、婚約者としての働きも期待してないという。
それなのにミシュリーヌの推し活を手伝い、お金は好きに使っていいと言った。
(も、もしかしてこれはすごい提案なのではっ!? オレリアン様は誠実でいい方ね!)
『間違えた』という失礼な言葉もすっかり忘れていた。
というよりむしろ逆に最高とすら思っていた。
あっさりと手のひらを返したミシュリーヌは喜びからその辺を飛び回りたい気分だ。
(こんなに素敵な婚約は他にないわね。なんて幸せなのかしら……!)
ミシュリーヌはオレリアンの前で手を合わせた。
口からは「あなたは神ですか……?」と、漏れてしまう。
オレリアンは不思議そうな顔をしていたが、ミシュリーヌは誤魔化すようにすぐににっこりと笑みを浮かべた。
まさかこんなタイミングで推し活の強力なスポンサーをゲットできるとは思わなかったからだ。
「……そのくらいはさせてほしい」
申し訳なさそうに呟いていたオレリアンだったが、ミシュリーヌの推し活の未来は希望に満ち溢れているということだ。
契約的な婚約者だということは黙っておいてほしいと言われてミシュリーヌは頷いた。
「つまり契約上の婚約者というわけですね!」
「……。ああ、そうなるな」
少し間があったが、オレリアンも了承してくれた。
オレリアンの立場上、失敗するわけにはいかないのだろう。
「その代わりと言ってはなんだが、一年間は俺の婚約者として振る舞ってもらう」
「わかりました! 任せてくださいっ」
ミシュリーヌの熱力とやる気はどんどん上がっていく。
これから最高の一年になりそうだ。
「オレリアン様の婚約者としてキチンと振る舞いますからっ!」
「……あ、あぁ」
「──よろしくお願いいたしますっ!」
こうしてミシュリーヌとオレリアンの契約婚約関係がスタートしたのだった。
* * *
ミシュリーヌは顔合わせを終えて、レダー公爵家からシューマノン子爵邸へと向かった。
馬車が停まり花に溢れた門の前。
遠くからでもわかるキラキラと輝くように放っている美貌。
クロエがミシュリーヌの帰りを待っていたようだ。
「──ミシュリーヌお姉様っ!」
「クロエ、ただいま」
「本当にレダー公爵と婚約を!? わたくしは……っ」
クロエは今にも泣きそうになっているではないか。
いつも淡々としている彼女がこんな風に感情を剥き出しにして、取り乱すのは珍しいことのように思えた。
レダー公爵の名前を出しながら不安そうにミシュリーヌを見て、ミシュリーヌはハッとする。
ミシュリーヌの頭にある考えが思い浮かんだ。
(まさかクロエはオレリアン様のことを……?)
ミシュリーヌはオレリアンから、手紙で婚約の申し出があった日のことを思い出していた。
手紙が来た日はクロエはお茶会に出かけていた。
騎士団の仕事へと向かうエーワンと入れ替えるようにクロエがお茶会から帰ってきたのだ。
そして両親が事情を話すと、クロエは目を見開いていた。
『ミシュリーヌお姉様が、レダー公爵と婚約を……?』
『そうなのよ。最初はあなたと間違えたんじゃないかしらと思っていたんだけど……』
『何度見てもミシュリーヌ宛てなんだ』
それを聞いたクロエは首を左右に振っているではないか。
『いいえ……お父様、お母様、それは間違っていますわ』
そう言い切ったクロエに視線が集まる。
何が間違っていると言うのだろうか。
『この世界で一番素晴らしいミシュリーヌお姉様と婚約できることをレダー公爵は誇りに思うべきですわっ!』
『……ク、クロエ?』
『こんな名誉なことは他にありません。なんて羨ましいの……!』
ミシュリーヌはクロエを落ち着かせるように言い聞かせる。
だけどまだ語り足りないと不満を露わにするように唇を尖らせている。
両親はまた始まったと言わんばかりに額を押さえた。
何故かクロエはミシュリーヌを崇拝しているような言葉を発することがある。
好いてくれているのは嬉しいが、たまに過激なこともあるため抑えるのが大変だった。
ミシュリーヌとクロエは元々、まったく仲良くはなかった。
記憶を思い出す前は、ミシュリーヌはクロエに『近寄らないで!』『目障りよ!』と毛嫌いしていたくらいだ。
クロエもそんなミシュリーヌを刺激されないように近づかないようにしていた。
ミシュリーヌは幼いながらも自分より美しいクロエのことが心底気に入らないと思っていたのだ。
いつも注目を集めるクロエが目障りだと思っていたことは、まだ心に残っている。
361
あなたにおすすめの小説
婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました
春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。
名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。
姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。
――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。
相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。
40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。
(……なぜ私が?)
けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~
ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。
それが十年続いた。
だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。
そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。
好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。
ツッコミどころ満載の5話完結です。
勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~
藤 ゆみ子
恋愛
グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。
それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。
二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。
けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。
親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。
だが、それはティアの大きな勘違いだった。
シオンは、ティアを溺愛していた。
溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。
そしてシオンもまた、勘違いをしていた。
ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。
絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。
紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。
そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。
【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
新聞と涙 それでも恋をする
あなたの照らす道は祝福《コーデリア》
君のため道に灯りを点けておく
話したいことがある 会いたい《クローヴィス》
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる