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二章 推し活スポンサー
①⑥
しおりを挟む「生産コストは比較的安くはできるけど、作り上げる時間はかかるのがなんとも。糸もこだわった色味だから尚更ね」
「そのくらいの価値があると思うわ。自分だけのオリジナルを作れる……つまり完全受注生産の一点ものにすれば価格は強気でいいと思うの。それに広げたらうちわよりずっと目に入りやすい。飽きたらタオルとして使えるしね!」
「なるほどね。受注生産の一点もの……それはまたご令嬢たちが好きそうな言葉だね」
こうしてミシュリーヌがデザインやアイディアを出して、ジョゼフが生産やその他諸々すべてのことなどを担って商品開発を進めている。
ここにいつもクロエの言葉も加わるのだが、オシカツ商会で販売しているものはすべてミシュリーヌの考えたデザインだと思われていた。
そこは前世の知識に大感謝である。
オシカツ商会の華やかで映える商品は、推し活以外にも誕生日プレゼントにするのにもおすすめである。
むしろそちらの需要の方が高まりつつあるのかもしれない。
オーダーはドレスや靴、装飾品以外でも自分のお気に入りの色をチョイスして作ることができる。
平民でも手が届く手頃な値段が人気を押し上げているが、貴族たちには基本的に一から作り上げるオーダー制を取り入れていた。
今は王都に一店舗、店があるのだが、いつも長蛇の列ができるほどに人気。
そのため貴族の令嬢たちはミシュリーヌの元に直接依頼にくるケースも多い。
ミシュリーヌの手元には色や装飾など希望を聞くアンケートのような紙を用意していき、書き込んだ後にジョゼフに渡す。
作り上げて屋敷まで届けて料金をいただくのだ。
また気に入らない場合は持ち帰り、手直しを行うが事前のヒアリングのおかげかそういったことはほとんどない。
「この糸はなかなか手に入らないんだ。どうしたらいいかしら……」
「それは高級という意味で? それとも珍しいものなのかしら?」
「まぁね……セル侯爵家の特産品なんだけど、この色はその値段で出せないと断られた」
「…………そう」
「僕たちをママゴトだと馬鹿にしての嫌がらせだよ。いつものことだけどね」
まだミシュリーヌもジョゼフが商会の代表ということで、貴族のお遊びだと思われることが大半だ。
女性が商会の中心にいるというのもまだまだ少ないため、こういうことは日常茶飯だ。
商人たちも飛ぶ鳥を落とす勢いで稼ぎまくるオシカツ商会が面白くないのだろう。
嫌がらせも多々あり、ここまで登り詰めるのに随分と苦労した。
第二騎士団に推しがいる令嬢たちから徐々に人脈を作っていき、少しずつ少しずつ前に進んできたのだ。
クロエが積極的に手伝ってくれた時は彼女の美貌でゴリ押しできる場合もあったのだ。
こうして使いたいものに貴族が関わっているとなると、爵位が上になればなるほどに、こちらの思い通りにならないことが多い。
今回もそうなる可能性が高いだろう。
「この鮮やかな糸はセル侯爵領でしか手に入らない。困ったな」
「それに刺繍糸も大量に使うし、色もたくさん欲しい。どちらにせよ諦めるしかないわ」
「そうだね……爵位ばかりはどうしようもないから仕方ないね。これと似た糸を探してみるよ」
ジョゼフの声色が暗くなってしまう。
ミシュリーヌも今回はこの鮮やかな色味の糸を諦めるしかないかと思っていた時だった。
(この世界は爵位が重要…………爵位、ということは?)
ミシュリーヌは婚約者兼推し活スポンサーのオレリアンを思い浮かべた。
オレリアンの権力はセル侯爵に効果があるのではないだろうか。
ふとそう思ったのだ。
「ジョゼフ、レダー侯爵に頼んでみればいいんじゃないかしら」
「レダー侯爵に……!? 婚約したばかりなのにそんなことを頼める関係なの?」
「それはもちろん、えっと……あのー……」
オレリアンとの約束は口外してはならないだろう。
「だ、だって婚約者でしょう……?」
ジョゼフは疑うような視線をこちらに向けている。
「レダー公爵はミシュリーヌに好意を向けているようには思えない……何かあるんだね?」
「…………」
ジョゼフは何か事情があるのだと理解してくれたのだろう。
鋭いジョゼフの指摘に戸惑いつつも、ミシュリーヌはヘラリと笑って誤魔化していた。
けれどさすがは幼馴染。何らかの事情があるのだと察してくれたのだろう。
「はぁ……わかったよ。この糸に変わるものを探しつついい報告を待っているよ」
「大丈夫よ。それに……っ」
再び一年の婚約だからと言おうとしてしまい、口をつむぐ。
「ミシュリーヌ、あまり無理はしないでね。何かあったら僕が力になるから」
「あ、ありがとう! ジョゼフ、頼りにしているわ」
ミシュリーヌがタオルを広げていた時だった。
「ミシュリーヌのためならなんだって……」
「……え?」
「何でもないよ」
ジョゼフの打ち合わせを終えてシューマノン子爵邸へ。
図々しいかと思いつつ、オレリアンに頼み事をしたいことを手紙で伝える。
一応、推し活のことで相談があるという内容を送った。
(図々しいかしら。でもオシカツ商会と推し活のために……!)
手紙を届けてもらうように頼んで、クロエといつも通りの日常生活を送っていく。
しかし数日経ってもオレリアンから返事はこない。
(いきなりスポンサー扱いはやっぱり失礼だったかしら……図々しかったわよね。反省しないと)
第一騎士団は相変わらず忙しいのだろう。
あの顔合わせからオレリアンと会っていないため、婚約者になってという自覚もないままだ。
(このままあっという間に一年経ちそうね)
アデールに注意をしろと言われたマリアンも特にミシュリーヌに関わってくることもなかっなた。
とはいっても公開練習がなければ、お茶会に誘われなければ顔を合わせることもない。
彼女からミシュリーヌを誘ってくることもないだろう。
そのまま一週間が過ぎ去ろうとしていた。
さすがにオレリアンからまったく連絡がないとなると、さすがに心が折れる。
(そろそろ謝罪をした方がいいかしら……)
レダー公爵家の婚約者として相応しいどころか、初めからやらかしてしまった。
事情を知っているクロエは「気にしすぎですわ」と言っていたが、ミシュリーヌは日々、落ち込んでいく。
ミシュリーヌがクロエとお茶を飲んでいると、嵐は突然やってきた。
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