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番外編(本編の内容とは少し異なります。時系列バラバラです)
奇跡2
*
そして数年経った時、侯爵邸にリオノーラが週に二日程帰って来ることになった。
ワルフには「好みが変わったかもしれませんよ?」と何度も考え直すように言われたが、定期的に白いパンとチョコレートケーキ、オニオンスープを出していた。
五人で囲むダイニングテーブルには時折、笑い声が聞こえた。
その楽しそうな声を聞くと、何故か嬉しくて涙が出そうになった。
顔を出すと、リオノーラは「とても美味しかったわ、ありがとう」と言って必ず笑顔を見せてくれた。
そんな時だった……妻からの手紙に手が震えた。
最近安定していたモニカの病状が急激に悪化したのだと手紙に書いてあったのだ。
急に休みをもらうこともできずに、ただ焦りを感じていた。
「料理長、娘さんの所へ行ってください……!」
「何を……」
「旦那様には許可を取ってあります!だから早く」
ワルフの言葉に耳を疑った。
話を聞けば、料理人全員で頼み込んでくれたらしい。
「ありがとう……」
「さぁ、早く!あとは俺達に任せて」
涙を堪えて帽子を取り、お礼を言うと診療所へ向かった。
少しでも早くモニカの元へ行きたかった。
日に日に悪化していく症状……もういつ命を落としてもおかしくないと言われてから何日経っただろう。
「……モニカ」
「ゴホッ…ッ、」
「大丈夫よ、きっと助かるわ……!だから大丈夫っ」
そんな妻の言葉に縋るように頷いた。
有り得ないと分かっていても、願わずにはいられなかった。
細くなった手を握りしめて祈ることしか出来ない。
自分の何を犠牲にしても助けて欲しい。
モニカのために祈っていると、診療所が騒がしいことに気付く。
病室を出て様子を見にいった。
「お嬢様ッ!?まさか……どうしてこんな所に!?」
そこにはリオノーラと、滅多に人前に現れないと言われている第三王子のユーリン、そして数々の疫病を抑えてきたチャイ医師が立っていた。
「ワルフに聞いて、お見舞いに来たのだけれど……」
「お気持ちが嬉しいですが……でも、もう医者はいつ命を落としてもおかしくないと」
リオノーラは悲しげに目を伏せた。
そして病室へ入り、チャイ医師が診察するけれど他の医師と同じ事を言った。
僅かに見えた希望すらも消えてしまった。
そんな気がしていた。
そんな中、モニカの胸元を指して何かを話していた。
リオノーラは真剣な顔をして言った。
「でも、料理長……貴方を愛する火の精霊が、ずっとモニカの命を繋いでいたようなの」
「その精霊が自分の命を使って、モニカを助けると言っているわ……!」
正直、信じられなかった。
モニカでもなく、妻でもなく、自分を愛してくれるなど思いもせずに唖然とその場に佇んだ。
涙を流しながら寄り添う妻の肩を抱いた。
「最後に料理長……あなたに自分の存在を認識して欲しい、と」
「……っ!その精霊はどんな精霊なのですか!?」
知りたかった。
命を使って、娘を助けてくれようとする精霊の事を。
「焼き釜にいる、小さな精霊だそうです」
古い焼き釜だったが、モニカの体調が良い時に一緒にパンを作っていた。
祖父の代から使われている焼き釜だと聞いていた。
その精霊が、ずっとモニカを助けてくれていたようだ。
涙を流しながら側に駆け寄った。
「本当にっ、ありがとうございます!」
「ッ、ありがとうございます。娘をずっと支え続けてくれて……!」
「……ずっとあなたを忘れない!」
その少し後、モニカの胸元が少し淡い赤色に発光してから、光がどんどんと小さくなっていった。
光が完全に消えると、モニカの呼吸が静かになり表情も穏やかなものになった。
汗ばんで張り付いた髪を指で拭うと、目蓋がゆっくりと開いた。
「可愛い妖精さんだったんだよ……?お父さんのことが、とっても大好きなんだって」
その言葉に涙が止まらなかった。
モニカを助けてくれた火の精霊は、もう消えてしまったのだと思うと胸が苦しくなった。
「ありがとう、って言いたいな」
本当に『奇跡』が起きたのだ。
気付いた時にはリオノーラの姿はなかった。
チャイ医師に薬を貰い、何度も頭を下げた。
モニカが眠り、妻がモニカの手を握りながら側で眠っていた。
窓の外から星を見ていた。
リオノーラが来なければ、こんな奇跡は起こらなかったかもしれない。
モニカを助けてくれた精霊の事を知る事ができて本当に良かった。
そして手の届かないような高価な薬をモニカの為に出してくれた。
皆に支えられて、何よりも大切なモニカの命を繋ぐ事が出来た。
そっと手を合わせた。
「……ありがとう、本当にありがとうございます」
家に帰ったら焼き釜の掃除をしよう。
元気になったモニカと、リオノーラの大好きなチョコレートケーキを作って行こう。
涙で前が見えなかった。
end
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