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064 / 武具屋にて(4/4)

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「いつか装備してみたいなあ……」

 フェリテが、まだ見ぬミスリル鎧に想いを馳せる。

「……水を差すようで悪いが、あまり現実的じゃあねえな」

「えっ」

「武器と違って、防具にはサイズってもんがある」

「ああ……」

 俺たちが常日頃から装備している揃いの腕輪くらいならともかく、鎧ともなればその点はシビアだろう。

「普通の鎧と違って、サイズ別にずらっと並んでるわけじゃない。たまたまピタリと合う大きさの鎧が手に入ることなんざ、まずないだろ。だったらオーダーメイドで一点モノを仕立ててもらうしかないんだが、そもそもミスリル加工のできる職人が希少だ。そこをクリアしたとしても、値段の問題がある。金貨百枚でも驚かないぜ、俺は」

「わあ……」

 鎧一点で二千万円か。
 さすがに無理だ。
〈ゲームマスター〉を使えばいくらでも入手できてしまうのだが、最初期に最強装備が手に入るような物語を"最高の冒険譚"と呼べるだろうか。
 そう考えると、〈ゲームマスター〉って案外使えないよな。
 もともと過度に使う気はないけれど。

「現実的に強い防具って、どんなものがあるんですか?」

「そうだな……」

 おじさんがしばし思案し、答える。

「うちに在庫はないが、エーテル素材の肌着なんてのは理想的な防具の一つだと思うぜ」

「エーテル素材……」

 また、すごいものが出てきたな。

「あ、知ってる! 伸縮性がすごいんだよね」

「ああ、そうだ。でもそれだけじゃねえぞ。エーテルは、ゆっくり触れるとしなやかなんだが、強い衝撃に対しては硬度を増すんだ」

 水溶き片栗粉みたいなものだろうか。

「肌着程度の薄さだと、どうしても多少のダメージは食らっちまうが、まずもって刃は通さない。動きを阻害しない防具の中では、破格だ」

「それ、いいですね」

 動きを阻害しない、というのが素晴らしい。

「買うとすると、いくらくらいになります?」

「やっぱ、そこそこするぜ。金貨一枚から二枚ってとこだな。ただ、嬢ちゃんが言った通りかなりの伸縮性を誇るから、サイズが合わないってことは滅多にない。基本的には小さめに作られるんだが、大男でも快適に着られるからな。もっとも、体が大きければ大きいほど薄くなって、防具としての効果は多少落ちるが」

「なるほど……」

 金貨百枚の鎧の話を聞いたためか、金貨二枚の肌着を安く感じてしまっている自分がいる。

「なんなら仕入れておこうか」

「いいんですか? 正直、いつ買えるかわからないんですけど……」

「いいって、いいって。これから冒険者たちが戻ってくるんだぜ。兄ちゃんたちが買わなくても余裕で捌けるはずだ」

 フェリテが俺の腕を引く。

「ね、リュータ。お願いしよう。肌着なら鎧の下に仕込めるし、きっと危険も減ると思うんだ」

「……そうだな。お金、貯めるか」

「うん!」

「ただ、こうなると、ミスリルの長剣とどっちを優先すべきか迷うなあ……」

「たしかに……」

「深層へ進むにつれて、危険は増していく。財布の重さは宝箱の中身にもよると思うが、早めに手を打っておいたほうがいいぜ」

「──…………」

 ふと気付く。

「なんか、お金を稼ぐためにダンジョンに入って、ダンジョンを攻略するためにお金を使ってるんだけど……」

「経済が回っていいじゃねえか」

「それに、冒険譚を出版できればお金になるし」

「まあ、そうか」

 俺は、フェリテに微笑みかけた。

「ミスリル製の鎧、いつか買えたらいいな」

「うん!」

 しかし、二千万円か。
 買える日が訪れるのか、難しいところである。
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