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第十五話
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『今どこにいるんだ?』
画面越しだというのに前に起きたことに気まずさが沸き起こる。試合前のことを思い出して文字を打つ気が起きなかった。別に正直にここの場所を言っても良かったのだが、気のせいであっても俺に気付いてヤマトと二人きりでいたところを見られたと思うと伏せておきたかった。
なんと送ろうかと唸っているとポンッと吹き出しが出た。
『今日、俺の試合観に来てくれただろ。偶然透の姿見つけたんだ。応援しに来てくれたんだな。俺めちゃくちゃ嬉しかったよ』
ありがとうという言葉つきのキラキラした瞳をしたかわいらしい犬のスタンプが送られてくる。俺が球場にいたことが既にバレていたことに一瞬緊張が走ったが最後まで読んでそれは解けた。良かった。心配は無用だったみたいだ。
『隣にいたのは友達か?』
『ああ、サプライズで友達が俺をナイターに連れてってくれたんだ』
『そうだったんだな。透は野球遠ざけてると思ってたから見つけた時はマジびっくりした』
『秀司の試合だけは別。今度からは事前に知らせるよ。でも秀司今日も凄かったな。ピンチでもきっちりアウト取るなんてやっぱ流石だな。俺ずっと興奮しっぱなしだったわ』
『透が楽しめてたんなら良かった。俺今ホテルにいるんだけどこれから会えないか? 直接会って話したい』
気まずさなんてもう何もなかった。俺も会いたい欲求に駆られる。
「友達?」
ヤマトが首を傾げる。
「珍しいな。透はそういうの作らないかと思ってた」
人との関わりを避けてきた俺の浮き立つ姿に微笑ましいような暖かな瞳を向ける。なんだか子どもみたいに見守られているようで気恥ずかしい。
秀司のメッセージに目を戻す。会いたいのは山々だが今はヤマトが先客だ。
『すまん。今、友達と飯食ってんだ。だからまた今度な』
『今日行けないとなると暫く時間取れないんだ。もし透の友達がいいって言ってくれるなら俺がそっちに行くから。どうしても今晩会えないか?』
そりゃあ秀司はプロだから忙しいよな。気持ちは分かるけどヤマトがいる場に何も知らない秀司を引き合わせるのはなんだか負い目を感じた。返事を渋っていると『お願い!』と絵文字つきで強請ってくる。乗り気ではなかったが、そこまで言うならと渋々ヤマトに尋ねる。
「あのさヤマト、今から友達呼んでもいいか?」
「ん? 別にいいぞ」
「即答か」
「だって透のダチだろ? 俺もお前のダチ見たいし」
『いいってさ。来いよ』
そう文字を打つと、『やった!』と喜び全力疾走する犬のスタンプが送られてくる。というか反応がいちいちかわいいな。
「こ、九重秀司……!?」
口をあんぐりと開け、驚きに瞳を大きく見開く。マスクを下に下げ、変装を解いた秀司にヤマトが固まる。
「すみません、俺のわがままで急に押しかけてしまって」
申し訳なさそうに眉尻を下げる秀司にヤマトは我に帰ったのか、「い、いえいえ!」と慌てたように前に出した両掌を横に振り、「どうぞ座ってください」と俺の横へと席を促す。
「おい透……! ダチってまさか九重秀司のことだったのか!?」
有名人に慌てふためく店員に何事もないようにお冷やを受け取る秀司を前に、ヤマトがテーブルを挟んで俺の耳元に顔を寄せて囁く。
「えっと実はな、秀司と俺幼馴染なんだよ」
「幼馴染ってマジかよスゲェな。透はあまり自分のこと話さないけどまさかこんな超有名人のダチがいたなんてな」
「ははは……」
「全く、透は驚かせるのが上手いもんだ。……じゃあサインはいらないな。ダチならいつでも貰えるもんな」
「えっ……」
「サインがなんだって?」
秀司が首を傾げて間に入ってくる。ヤマトが快く教えてくれた。
「透、九重さんの大ファンで。だから今夜透のためにナイターに連れて行ったんですけど、そん時にでもサイン貰おうと思ってたんですよ。けど幼馴染ならいつでも貰えますよね」
はははとヤマトが笑う。
そうだったんだ。ヤマトは俺のために……。
嬉しくなって笑みが溢れる。
ふと隣でチッと舌打ちのような音が微かに聴こえた。「えっ……」と秀司を見れば握るグラスの中の氷がピキリと鳴る。柔らかな表情で話を聞く秀司の顔に変化はない。な、なんだ俺の勘違いか。
「しかしまさかダチがプロ野球選手なんてびっくり仰天でしたよ」
「透とは子どもの頃からの長い付き合いで、多分家族よりも過ごした時間も長いんじゃないかな。というか透は友達というより兄弟みたいな感じですね。なぁ透?」
快活な笑みを浮かべるが、その瞳はちっとも笑ってはいなかった。その表情がなんだか怖くて同意を求める秀司に俺も「ああ」と答える。
「とても仲がいいんですね。羨ましいくらいだ。あっそうだ。俺はヤマトです」
「よろしく、ヤマトさん。あの、もしかして透と同居してる友達っていうのはヤマトさんのことですか?」
ドキリとした。そういえばヤマトと俺の関係をどう説明するか話し合っていなかった。願うようにじっと見つめていると、ヤマトと視線がかちりと合った。
「ああ、はいそうです。透とはかれこれ六年一緒に暮らしてます」
「へぇそうなんですね」
三日月に秀司の瞳が細まる。
「でも大変じゃないですか?」
「?」
「だってほら透は案外寂しがり屋じゃないですか。顔には絶対出さないんですけどね。ああ、あの俺たち高校で同じ寮の部屋だったんですけど、知ってます? 透が夜眠れない時、添い寝をよくしていたんですけど、眠っていて俺が少しでも離れようとすると眠気眼で服を掴んでくるんですよ。子どもの時はほんとに顕著で、俺が他の子とちょっとの間遊んでいただけで『なんで俺と遊ばないんだよ』って大泣きしてしがみついてきて──」
「おい! そんな昔のこと話すなよ!」
恥ずかしさで爆発しそうだった。ヤマトといえば真顔で秀司の話を聞き入っているようだった。というか真顔はやめて欲しい。変に思われてそうでますます恥ずかしくなってくる。
「いいじゃないか。かわいい昔話だろ」
「俺にとってはただ恥ずかしいだけだ」
「二人は本当に仲がいいんですね」
ヤマトが微笑ましげにそう言う。秀司もそれに嬉しそうに笑った。
「俺にとって透は兄弟みたいなものでとても大切な存在なんです」
「それは見ていてもすごく分かりますよ」
「はい、だから正直に教えて欲しいんです。透と貴方はどういった関係なんですか?」
和やかな雰囲気に緊張が走る。秀司は朗らかに笑ったまま、それが逆に恐ろしかった。けれどヤマトは毅然と答える。
「先程も言いましたけど俺と透はただの友人兼同居人ですよ」
「それはないだろう? 登板する前から俺は君ら二人がいることは知ってたんだ。だがあれはどう見たって友人といった関係じゃなかった」
「何が言いたいんですか?」
「見え透いた嘘を付くなって言ってんだよ」
ドスの効いた声に震え上がる。こんなに怒った秀司を見るのは初めてだった。
「お前は透のなんなんだよ。あんなまるで……っ恋人みたいな。一体透に何を吹き込んだんだ!?」
「吹き込んだって……俺は何もしてないですよ」
ガタッと勢いよく立ち上がり、掴みかかる勢いでヤマトを睨みつける。何事かと周囲の人々の注目が集まりだした。
「しゅ、秀司!」
慌てて声を掛けるが、秀司には全く届かない。
「どうせ似たようなことだろうが! それくらい分かってんだよ!」
もう嘘を貫き通すのは無理だと判断したのかヤマトが「はぁ」と諦めたような深いため息を吐く。
「言っておきますが別に何も悪いことは一つもしてはいませんよ。俺はただ夜の相手を条件に同意を得て一緒に暮らしてるだけだ。そう、全部透の意思ですよ。だよな? 透」
瞬間、溜まっていた何かがはち切れたように秀司がヤマトに掴みかかる。テーブル越しに無理矢理引っ張り出され、苦しげにヤマトが呻く。
「おい! 秀司やめろ!」
秀司の腕を掴みなんとかして引き剥がそうとするとやっと俺に顔を向けてくれた。けれどその表情は怒っているようでありながら傷ついているようだった。
「お前はソイツを庇うのか」
「そういうわけじゃ……」
苦しく顔を歪めながら鋭い視線を秀司に向けて嘲笑するようにヤマトが言う。
「っ……大体仲が良いって言ったって俺たちのことはアンタには関係ないだろ。どうせこの六年間ロクに顔も合わせてなかったんだろ」
その言葉に秀司がギッと睨みつき、ヤマトを引き寄せる。そのせいで皿に当たり、ガチャガチャとテーブルが荒れる。
ちらちらとこちらを伺う客の目を感じた。とにかくこのままじゃマズイ。
「秀司、全部俺が悪いんだ。だから今はお願いだから落ち着いてくれ。頼む!」
掴んだ腕を引っ張ると、やっと周囲の目に気づき意を察した秀司がヤマトの襟から手を離す。
「っけほ、はぁはぁ……」
「ヤマト、大丈夫か?」
「ああ」
ヤマトの背中に手を添えて息が整うのを手伝う。それを秀司は苛ついたように見つめていた。
「どうしてコイツを気にかける。コイツはお前を道具としか見ていないんだぞ!」
「……」
そんなこと分かってる。けど、ヤマトを放ってなんておけるはずもなかった。一度秀司だと周りに気付かれてしまえば人々の視線も中々消えることはない。このままずっとここにいるわけにはいかなかった。
「ヤマト、すまないけど会計頼んでいいか? 俺ら二人は先に店出るから」
ヤマトが落ち着いた頃を見計らって彼に頼むと、何を意図して言っているのか察して「一人で大丈夫なのか?」と俺を心配そうに窺う。
「ああ。俺が、俺自身が話さなきゃ駄目なんだ」
秀司の骨張った大きな手を掴む。
「秀司、俺と来てくれ」
視線を掻き分け、人気のない路地裏に移動する。案外秀司は大人しく俺についてきてくれた。鋭い眼差しが俺に向けられる。
「その……すまなかった」
「すまなかったって何だよ」
「それは秀司に嘘を吐いていたから」
「そんなことどうでもいい」
「えっ……」
「透、今すぐアイツと別れろ」
そうして懐から財布を取り出し、札を俺の手に握らせる。
「今日はアイツの家に帰るな。これでホテルに泊まれ」
ホテルに泊まるにしては十分すぎる額。けどもらうわけにはいかない。返そうと秀司の胸に押しつける。それは遠慮からではなかった。
「これは受け取れない」
「どうしてだ!」
「俺にはあの家しかないんだ」
「何言ってんだ! アイツはお前を道具としか思っていないんだぞ!?」
「そういう問題じゃないんだ!」
思わず叫ぶ。秀司の瞳が驚いたように大きく見開く。
「ヤマトにとって俺はただの道具。そんなの分かってる。けど俺にはあの家にしか、ヤマトのそばにしか居場所がないんだ」
「居場所なら俺にも作れるはずだ」
「秀司じゃ無理なんだよ」
「分からない。どうしてアイツは良くて俺は駄目なんだ!」
「俺は、俺は秀司が好きだ。できることなら一緒にいたいとも思う」
「なら──!」
「けど同時にお前といると憎くなってくるんだ。俺が影の住人なら秀司は日向の当たるあっち側。お前は俺とは違うんだ。違いすぎてお前を憎くなってくる。……だから秀司とは生きられない」
「…………」
秀司の思い詰めたような顔に言わなきゃ良かったかもしれないと後悔する。こんなこと言ったってどうしようもないんだ。だったら秀司に言わなかった方が──。
「前にも同じようなこと、透言ってたよな」
確かに以前にも似たようなことを言ったような気がする。あれは俺が家出をする直前、秀司が海辺で慰めてくれた時だ。
「ああ」
「……俺じゃあ駄目なのか?」
それはまるで神にでも願うようで。言いたくはなかった。けれど言わなきゃ俺も秀司も前には進めないのだろう。
「お前に俺は救えない」
秀司の顔が悲しそうに沈む。
「ごめん」
「……お前はアイツのことをどう思ってるんだ? まさか好きなのか?」
「好きじゃない。けど嫌ってもない。ヤマトは悪い奴じゃないよ」
「お前はこのままでいいのか? 道具として扱われる。人じゃない、物として扱われるんだぞ」
「いいんだ。いつか捨てられることも分かってる。でもその束の間だけでも俺はあそこにいたい」
そう、誰かに必要とされたい。
「本当にそう思ってるのか? 本当にそれが透の本音か?」
推し黙る。すぐにそうだと言えなかった。秀司が深く息を吐く。落胆と諦めの感情が滲んだ溜息は沈黙のなかはっきりと漂い、俺の心を機微に揺らす。言葉が出ない。重い静寂が続き、立ち尽くす俺に秀司が真っ直ぐな瞳を向ける。
「透にとって俺がお前を蝕むなら俺は身を引く。だけど透が必要としてくれるなら俺はいつでも駆けつける。一緒にはいれなくても俺はいつも透のそばにいる。……それだけ憶えててくれ」
画面越しだというのに前に起きたことに気まずさが沸き起こる。試合前のことを思い出して文字を打つ気が起きなかった。別に正直にここの場所を言っても良かったのだが、気のせいであっても俺に気付いてヤマトと二人きりでいたところを見られたと思うと伏せておきたかった。
なんと送ろうかと唸っているとポンッと吹き出しが出た。
『今日、俺の試合観に来てくれただろ。偶然透の姿見つけたんだ。応援しに来てくれたんだな。俺めちゃくちゃ嬉しかったよ』
ありがとうという言葉つきのキラキラした瞳をしたかわいらしい犬のスタンプが送られてくる。俺が球場にいたことが既にバレていたことに一瞬緊張が走ったが最後まで読んでそれは解けた。良かった。心配は無用だったみたいだ。
『隣にいたのは友達か?』
『ああ、サプライズで友達が俺をナイターに連れてってくれたんだ』
『そうだったんだな。透は野球遠ざけてると思ってたから見つけた時はマジびっくりした』
『秀司の試合だけは別。今度からは事前に知らせるよ。でも秀司今日も凄かったな。ピンチでもきっちりアウト取るなんてやっぱ流石だな。俺ずっと興奮しっぱなしだったわ』
『透が楽しめてたんなら良かった。俺今ホテルにいるんだけどこれから会えないか? 直接会って話したい』
気まずさなんてもう何もなかった。俺も会いたい欲求に駆られる。
「友達?」
ヤマトが首を傾げる。
「珍しいな。透はそういうの作らないかと思ってた」
人との関わりを避けてきた俺の浮き立つ姿に微笑ましいような暖かな瞳を向ける。なんだか子どもみたいに見守られているようで気恥ずかしい。
秀司のメッセージに目を戻す。会いたいのは山々だが今はヤマトが先客だ。
『すまん。今、友達と飯食ってんだ。だからまた今度な』
『今日行けないとなると暫く時間取れないんだ。もし透の友達がいいって言ってくれるなら俺がそっちに行くから。どうしても今晩会えないか?』
そりゃあ秀司はプロだから忙しいよな。気持ちは分かるけどヤマトがいる場に何も知らない秀司を引き合わせるのはなんだか負い目を感じた。返事を渋っていると『お願い!』と絵文字つきで強請ってくる。乗り気ではなかったが、そこまで言うならと渋々ヤマトに尋ねる。
「あのさヤマト、今から友達呼んでもいいか?」
「ん? 別にいいぞ」
「即答か」
「だって透のダチだろ? 俺もお前のダチ見たいし」
『いいってさ。来いよ』
そう文字を打つと、『やった!』と喜び全力疾走する犬のスタンプが送られてくる。というか反応がいちいちかわいいな。
「こ、九重秀司……!?」
口をあんぐりと開け、驚きに瞳を大きく見開く。マスクを下に下げ、変装を解いた秀司にヤマトが固まる。
「すみません、俺のわがままで急に押しかけてしまって」
申し訳なさそうに眉尻を下げる秀司にヤマトは我に帰ったのか、「い、いえいえ!」と慌てたように前に出した両掌を横に振り、「どうぞ座ってください」と俺の横へと席を促す。
「おい透……! ダチってまさか九重秀司のことだったのか!?」
有名人に慌てふためく店員に何事もないようにお冷やを受け取る秀司を前に、ヤマトがテーブルを挟んで俺の耳元に顔を寄せて囁く。
「えっと実はな、秀司と俺幼馴染なんだよ」
「幼馴染ってマジかよスゲェな。透はあまり自分のこと話さないけどまさかこんな超有名人のダチがいたなんてな」
「ははは……」
「全く、透は驚かせるのが上手いもんだ。……じゃあサインはいらないな。ダチならいつでも貰えるもんな」
「えっ……」
「サインがなんだって?」
秀司が首を傾げて間に入ってくる。ヤマトが快く教えてくれた。
「透、九重さんの大ファンで。だから今夜透のためにナイターに連れて行ったんですけど、そん時にでもサイン貰おうと思ってたんですよ。けど幼馴染ならいつでも貰えますよね」
はははとヤマトが笑う。
そうだったんだ。ヤマトは俺のために……。
嬉しくなって笑みが溢れる。
ふと隣でチッと舌打ちのような音が微かに聴こえた。「えっ……」と秀司を見れば握るグラスの中の氷がピキリと鳴る。柔らかな表情で話を聞く秀司の顔に変化はない。な、なんだ俺の勘違いか。
「しかしまさかダチがプロ野球選手なんてびっくり仰天でしたよ」
「透とは子どもの頃からの長い付き合いで、多分家族よりも過ごした時間も長いんじゃないかな。というか透は友達というより兄弟みたいな感じですね。なぁ透?」
快活な笑みを浮かべるが、その瞳はちっとも笑ってはいなかった。その表情がなんだか怖くて同意を求める秀司に俺も「ああ」と答える。
「とても仲がいいんですね。羨ましいくらいだ。あっそうだ。俺はヤマトです」
「よろしく、ヤマトさん。あの、もしかして透と同居してる友達っていうのはヤマトさんのことですか?」
ドキリとした。そういえばヤマトと俺の関係をどう説明するか話し合っていなかった。願うようにじっと見つめていると、ヤマトと視線がかちりと合った。
「ああ、はいそうです。透とはかれこれ六年一緒に暮らしてます」
「へぇそうなんですね」
三日月に秀司の瞳が細まる。
「でも大変じゃないですか?」
「?」
「だってほら透は案外寂しがり屋じゃないですか。顔には絶対出さないんですけどね。ああ、あの俺たち高校で同じ寮の部屋だったんですけど、知ってます? 透が夜眠れない時、添い寝をよくしていたんですけど、眠っていて俺が少しでも離れようとすると眠気眼で服を掴んでくるんですよ。子どもの時はほんとに顕著で、俺が他の子とちょっとの間遊んでいただけで『なんで俺と遊ばないんだよ』って大泣きしてしがみついてきて──」
「おい! そんな昔のこと話すなよ!」
恥ずかしさで爆発しそうだった。ヤマトといえば真顔で秀司の話を聞き入っているようだった。というか真顔はやめて欲しい。変に思われてそうでますます恥ずかしくなってくる。
「いいじゃないか。かわいい昔話だろ」
「俺にとってはただ恥ずかしいだけだ」
「二人は本当に仲がいいんですね」
ヤマトが微笑ましげにそう言う。秀司もそれに嬉しそうに笑った。
「俺にとって透は兄弟みたいなものでとても大切な存在なんです」
「それは見ていてもすごく分かりますよ」
「はい、だから正直に教えて欲しいんです。透と貴方はどういった関係なんですか?」
和やかな雰囲気に緊張が走る。秀司は朗らかに笑ったまま、それが逆に恐ろしかった。けれどヤマトは毅然と答える。
「先程も言いましたけど俺と透はただの友人兼同居人ですよ」
「それはないだろう? 登板する前から俺は君ら二人がいることは知ってたんだ。だがあれはどう見たって友人といった関係じゃなかった」
「何が言いたいんですか?」
「見え透いた嘘を付くなって言ってんだよ」
ドスの効いた声に震え上がる。こんなに怒った秀司を見るのは初めてだった。
「お前は透のなんなんだよ。あんなまるで……っ恋人みたいな。一体透に何を吹き込んだんだ!?」
「吹き込んだって……俺は何もしてないですよ」
ガタッと勢いよく立ち上がり、掴みかかる勢いでヤマトを睨みつける。何事かと周囲の人々の注目が集まりだした。
「しゅ、秀司!」
慌てて声を掛けるが、秀司には全く届かない。
「どうせ似たようなことだろうが! それくらい分かってんだよ!」
もう嘘を貫き通すのは無理だと判断したのかヤマトが「はぁ」と諦めたような深いため息を吐く。
「言っておきますが別に何も悪いことは一つもしてはいませんよ。俺はただ夜の相手を条件に同意を得て一緒に暮らしてるだけだ。そう、全部透の意思ですよ。だよな? 透」
瞬間、溜まっていた何かがはち切れたように秀司がヤマトに掴みかかる。テーブル越しに無理矢理引っ張り出され、苦しげにヤマトが呻く。
「おい! 秀司やめろ!」
秀司の腕を掴みなんとかして引き剥がそうとするとやっと俺に顔を向けてくれた。けれどその表情は怒っているようでありながら傷ついているようだった。
「お前はソイツを庇うのか」
「そういうわけじゃ……」
苦しく顔を歪めながら鋭い視線を秀司に向けて嘲笑するようにヤマトが言う。
「っ……大体仲が良いって言ったって俺たちのことはアンタには関係ないだろ。どうせこの六年間ロクに顔も合わせてなかったんだろ」
その言葉に秀司がギッと睨みつき、ヤマトを引き寄せる。そのせいで皿に当たり、ガチャガチャとテーブルが荒れる。
ちらちらとこちらを伺う客の目を感じた。とにかくこのままじゃマズイ。
「秀司、全部俺が悪いんだ。だから今はお願いだから落ち着いてくれ。頼む!」
掴んだ腕を引っ張ると、やっと周囲の目に気づき意を察した秀司がヤマトの襟から手を離す。
「っけほ、はぁはぁ……」
「ヤマト、大丈夫か?」
「ああ」
ヤマトの背中に手を添えて息が整うのを手伝う。それを秀司は苛ついたように見つめていた。
「どうしてコイツを気にかける。コイツはお前を道具としか見ていないんだぞ!」
「……」
そんなこと分かってる。けど、ヤマトを放ってなんておけるはずもなかった。一度秀司だと周りに気付かれてしまえば人々の視線も中々消えることはない。このままずっとここにいるわけにはいかなかった。
「ヤマト、すまないけど会計頼んでいいか? 俺ら二人は先に店出るから」
ヤマトが落ち着いた頃を見計らって彼に頼むと、何を意図して言っているのか察して「一人で大丈夫なのか?」と俺を心配そうに窺う。
「ああ。俺が、俺自身が話さなきゃ駄目なんだ」
秀司の骨張った大きな手を掴む。
「秀司、俺と来てくれ」
視線を掻き分け、人気のない路地裏に移動する。案外秀司は大人しく俺についてきてくれた。鋭い眼差しが俺に向けられる。
「その……すまなかった」
「すまなかったって何だよ」
「それは秀司に嘘を吐いていたから」
「そんなことどうでもいい」
「えっ……」
「透、今すぐアイツと別れろ」
そうして懐から財布を取り出し、札を俺の手に握らせる。
「今日はアイツの家に帰るな。これでホテルに泊まれ」
ホテルに泊まるにしては十分すぎる額。けどもらうわけにはいかない。返そうと秀司の胸に押しつける。それは遠慮からではなかった。
「これは受け取れない」
「どうしてだ!」
「俺にはあの家しかないんだ」
「何言ってんだ! アイツはお前を道具としか思っていないんだぞ!?」
「そういう問題じゃないんだ!」
思わず叫ぶ。秀司の瞳が驚いたように大きく見開く。
「ヤマトにとって俺はただの道具。そんなの分かってる。けど俺にはあの家にしか、ヤマトのそばにしか居場所がないんだ」
「居場所なら俺にも作れるはずだ」
「秀司じゃ無理なんだよ」
「分からない。どうしてアイツは良くて俺は駄目なんだ!」
「俺は、俺は秀司が好きだ。できることなら一緒にいたいとも思う」
「なら──!」
「けど同時にお前といると憎くなってくるんだ。俺が影の住人なら秀司は日向の当たるあっち側。お前は俺とは違うんだ。違いすぎてお前を憎くなってくる。……だから秀司とは生きられない」
「…………」
秀司の思い詰めたような顔に言わなきゃ良かったかもしれないと後悔する。こんなこと言ったってどうしようもないんだ。だったら秀司に言わなかった方が──。
「前にも同じようなこと、透言ってたよな」
確かに以前にも似たようなことを言ったような気がする。あれは俺が家出をする直前、秀司が海辺で慰めてくれた時だ。
「ああ」
「……俺じゃあ駄目なのか?」
それはまるで神にでも願うようで。言いたくはなかった。けれど言わなきゃ俺も秀司も前には進めないのだろう。
「お前に俺は救えない」
秀司の顔が悲しそうに沈む。
「ごめん」
「……お前はアイツのことをどう思ってるんだ? まさか好きなのか?」
「好きじゃない。けど嫌ってもない。ヤマトは悪い奴じゃないよ」
「お前はこのままでいいのか? 道具として扱われる。人じゃない、物として扱われるんだぞ」
「いいんだ。いつか捨てられることも分かってる。でもその束の間だけでも俺はあそこにいたい」
そう、誰かに必要とされたい。
「本当にそう思ってるのか? 本当にそれが透の本音か?」
推し黙る。すぐにそうだと言えなかった。秀司が深く息を吐く。落胆と諦めの感情が滲んだ溜息は沈黙のなかはっきりと漂い、俺の心を機微に揺らす。言葉が出ない。重い静寂が続き、立ち尽くす俺に秀司が真っ直ぐな瞳を向ける。
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