ウォンバットと飼育員さん

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第二話

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 最初はこんなに二階堂くんのことが好きじゃなかった。前はその逆。僕は二階堂くんを怖がっていた。
 その頃の僕は母親を亡くした赤ん坊で、生きるには人の手が必要だった。それで園長から僕のお母さんに抜擢されたのが二階堂くんだった。
 けれど二階堂くんは面接に受かったから動物園に就職しただけであって、特別動物が好きというわけではない。彼は動物園でも家でも二十四時間体制で世話をしなければならない僕を面倒に思っているようだった。
 だから僕は少なくとも快く思っていない二階堂くんをとても怖がった。
 けれど途中から気付いたんだ。二階堂くんの優しさを。
 確かに表情は乏しく、塩対応ではあるけれど二階堂くんの行動全てには愛情がこもっていた。なんだかんだ言いながらきちんと四時間おきに授乳を忘れずしてくれたり、夜に体調が悪くなった時はすぐに気付いて僕を励ましながら獣医さんのところへ車を走らせた。
 そんな二階堂くんの優しさに僕は心を奪われたのだった。
 しかし後一人で撮影を終えるという時に、そんな僕の心がざわざわと一気に騒ぎ始める。
「よ! 巽!」
 溌剌そうなお兄さんが二階堂くんに向けて手をあげる。
「旭……!?」
 ひどく驚く二階堂くんに旭という男がニコニコしながら近寄る。
「久しぶりだな。二年ぶりか?」
「三年ぶりだ。てかお前どこでなにやってたんだよ。連絡しても繋がらないし」
「資本主義から脱出してた」
「はぁ。つまり気ままにブラブラしてたってことか?」
「それは語弊があるだろ」
「まんまだろ。ったく、携帯くらい持てっての」
「わりぃ、わりぃ」
 軽く謝る旭と呆れる二階堂くん。遠慮なしで話す二人は親しげでしかもお互い名前呼び。
 僕だって二階堂くんのこと名前で呼んだことないのに。
 嫉妬が胸の内で広がっていく。
「飼育員やってるって聞いたけどその格好……やっぱお前似合うな。動物好きじゃないって言ってたけど俺が祭で取ってきた金魚とかお前が結局世話してたもんな。良かったな、天職を見つけられて」
「天職とまではいかないだろ。みんなかわいいから頑張れるだけだっての」
 腹と顎の辺りをかくように撫でられる。それ自体は気持ちいいのだけれど、今の僕の視線はずっと旭に向いていた。旭と目が合う。
「顔、コアラみたいでかわいいな。巽が担当してる子?」
「そう。ウォンバットって言うんだ。名前はココア。性別は雄」
「へ~」
 旭の顔が間近に迫ってくる。僕は反射的に短い前脚を懸命に動かして彼の顔を叩いた。ペチッと軽い音が響く。
「っいて!」
「何やってんだよ。そんなに近寄ったらココアが怖がるだろ」
「責めるのこっちかよ」
「当たり前だろ。ココアにとって人間なんて巨人みたいなもんだからな」
「巽も人間じゃん」
「俺はココアの彼氏だから別」
 えっ!?
 僕と同じように旭が目を丸くする。
「カップルみたいだってみんなから言われるんだ。少なくともココアは俺のこと彼氏だって思ってんじゃないのかな」
 そりゃあ二階堂くんのことは好きだけど、勝手に彼氏にしちゃうのはなって遠慮してた。でも二階堂くんがそう言うってことは彼氏にしちゃっていいってことなの!?
 興奮して心が浮く。
「だからココアは俺にしか懐かないんだ。人懐っこい子が多いウォンバットの中では珍しい方なんだ」
 なんだか嬉しそうに二階堂くんが話す。すると旭が意地悪な笑みを浮かべる。
「へ~、じゃあ俺もココアくんと仲良くなれるよう頑張ろうかな~」
「やってみればいいんじゃね。どうせ無理だろうけど」
「言うね~」
 話もそこそこにまだ仕事があるからと僕を抱いてお家に戻る。すると柵の向こうにまだ旭がいた。
「ココア~」
 仲良くなろうとしているのだろうか。甘やかな声でこっちに手を振ってくる。けれど僕にそんなつもりは一切ない。
「ンギャアー! ギャアアアギャアアア!」
 叫ぶように威嚇する。すると旭が「うわ!?」と身を引いた。簡単にお家を掃除していた二階堂くんが顔を上げて気分良さげにニヤリと笑う。
「……な、なんだよ!」
「別に。撮影後で疲れてんだからあまり刺激してやるなよ」
「いや俺なんもしていないんだが!?」
「とにかく帰れ。ほら鍵渡してやるから」
 ポイッと二階堂くんが投げた鍵を旭が受け取る。
「っと」
「どうせ俺ん家に泊まってくんだろ?」
「……当たりっすね~」
「じゃあ飯作っといて。冷蔵庫にあるもんでいいから」
「おけー。店寄ってくけどなんか買うもんあるか?」
「ティッシュ買っておいて。あの、鼻痛くなんないやつ」
「わかった。んじゃ巽、仕事頑張れよ。また後でな」
 旭が人差し指に鍵につけた紐の輪っかを通して、その手を軽く振って離れていく。
 僕は硬直していた。
 二階堂くんが人を家に上がらせるなんて。しかも夫婦みたいな会話まで。
 もしかしてと想像を膨らませ、顔を青くする。本当は青くなっていないけど言葉の綾だ。
 帰宅間際、いつも二階堂くんが僕の寝室、つまり獣舎に寄ってくれて甘えたな僕に充分構ってから帰る。今日もそのはずだったのに。
 二階堂くんは寝室には入らないで柵の外側にいた。
「ごめんココア、今日は構ってあげられない。アイツの性格の悪さ忘れてた。アイツ俺をからかおうと人の部屋漁った前科があるんだ。今頃、また俺の部屋漁ってるに違いねぇ。だからココアすまん。明日は今日の分も含めていっぱい撫でてやるからさ。じゃあまた明日な」
 頬をほのかに赤く染めて、急いだ様子で二階堂くんが帰って行く。
 こんな対応初めてのことだった。僕の瞳からポロポロと涙が流れる。
「ンギャアアアア!」
 にかいどうく~~ん!
 柵を前脚で掴みまるでここから出してくれと乞う囚人のように僕は泣きながら叫んだ。
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