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眷属龍
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ふぅっとひとつため息をついて、
「ごめん、ちょっと喉渇いちゃった」
と席を立とうとする母を
「僕が入れるよ、コーヒーでいい?」
と父が制して立ち上がる。
「ありがと青嗣さん」
「虎白は?お茶飲む?」
「うん」
母とオレの前に置かれていた空になっていたコップを持って父はキッチンへと向かう。
「10数年振りにあった御婆様は少し老けてたけど、元気そうだった。御婆様は名家の出身で、とても気骨のある人でね。もう少し遅く生まれてきてたら、きっとバリバリのキャリアウーマンだっただろうな。そんな御婆様だったから、龍濤家の従業員の中でも信頼が厚くて、今でも時々連絡を取ってる人が居るらしいんだけど、来年の祭りの龍の嫁を、真生がやることになりそうだって連絡が来たらしいの」
母は右手で額の辺りを押さえて、大きなため息をつく。
「は?」
母の言葉に理解が追いつかない。
「私もそういう反応だったわよ。意味わかんないでしょ」
コクコクと無言で頷く。
全くもって意味がわからない。
「祭りは基本、龍濤本家とその守護家の西守家の人しか関わらないから、連絡くれた人は祭りについて詳しくは分からないらしいんだけど、どうもあのクソジジイが真生の名前を出してたらしいのよね。『やっぱり女だったか。女に成るんだな』とか言ってたって」
「は?」
さっきと全く同じ反応しか返せない。
―いや、真生、男だし。『女に成る』って…
「御婆様曰く、代々龍濤家には巫女さんが居て、口寄せを行ってるらしいの」
「口寄せって分かるかい?」
コーヒーとお茶を持って父がキッチンから戻ってくる。
父の問いに頭を横に振る。
「巫女さんが神様の言葉を聞いて、みんなに伝えることだよ」
「ありがと」
「…ありがとう」
母は父からコーヒーカップを受け取って一口飲み、また小さくため息をつく。
オレは受け取ったカップをそのままテーブルに置く。
「その口寄せは、真生の曾御婆さんの妹がやってるってことなんだけど、もしかしたらそこで真生の名前が出たんじゃないかって御婆様は言うの」
「いやいや、でも真生男じゃん」
「そうなんだけどね…」
母がちらりとオレのことを見る。
「虎白は最近の真生を見てどう思う?」
「どうって…」
母の言葉の真意がわからず思わず首を傾ける。
「なんかこう…、、色っぽくなったと思わない!?」
少し言い澱んだあとで、なぜか興奮気味に母は言う。
「はあ!?」
―クソジジイ並みに意味がわかんないぞ!?
「小さい頃から響華ちゃんに似て可愛かったけど、ここんとこ急になんだか女の子っぽくなってるような気がして…。上手くいえないんだけど、この時期独特の丸みを帯びはじめる女の子のラインというか…柔らかそうな肌感というか…。思春期の男なら分かるでしょ!?」
「わかんねぇよ!!」
―なにエロジジイみたいなこと言ってんだよ!?
母の勢いのままに言葉を返したあとでふと思い出す、真生の胸の感触。
いや、女の子の胸なんて揉んだことないし、あの感触がそうなのかと言われたら分かんないんだけど、自分の硬い肉質とは明らかに違っていたのは確かだ。
いやいやでも、真生は運動しないから筋肉がないだけで…。そう思いながらもあの時の手の感触を思い出すとなぜか鼓動が早まる。
「真生、最近調子悪そうにしてるでしょ。大丈夫だとしか言わないけど、なんか体調の変化でも起こしてるんじゃないかって心配で。かと言って、女になってないか確認させろとも言えないし…」
「……男が女になるなんてそんなバカみたいなことあるわけないじゃん」
「そう、よ、ね」
「でも、龍濤家が真生を来年の龍の嫁にしようとしてることは間違いないみたいなんだよね」
父の言葉に母は頷く。
「そこが御婆様も気にしてて、今年までは龍濤家の女の子が龍の嫁をやってたのに、なんで来年だけ真生に拘るのかって」
「え?女の子、いんの?」
「えぇ、あんたたちのひとつ下の子がいるらしいの」
「じゃあ、その子がやればいいじゃん」
「そうなのよ…だから余計になんだか気味悪くって。真生が男の子だって分かってからは接触もなにもなかったのに、ここに来て急にそんな話が出てきたなんて、口寄せでなんかとんでもないお告げが出たんじゃないかって思っちゃって。凄く、嫌な予感がする」
コーヒーカップが割れるんじゃないかというぐらい、母は両手で強く握り締めている。
「御婆様は龍濤家の会長は言い出したら聞かない頑固者だって言ってた。あの人がそう言ったのなら、何が何でも真生を龍の嫁にするはずだって」
「それに、来年の龍の嫁に関して、なぜかずっと昔から拘ってたらしくって。その理由は機密事項だって御婆様にも教えなかったそうなの」
「それで気になって、なにか手がかりでもないかと思って、朱美さんの実家に行って探したんだけど…」
そう言って、父が絵本の入っていた鞄からもう一冊、背表紙が紐で綴られているかなり古そうな本を出してくる。
表紙には筆で文字が書かれているけど、オレには達筆すぎて読めなかった。
「いつの時代のものかは詳しく調べてみないと断定は出来ないけど、書かれた日付通りだと江戸時代後期に書かれたものだと思う。当時の東守家の人の日記みたいなものかな」
「これだけ古いとここに書かれてる真意とかは、他の文献とかと証左していかないと正直事実かどうかは怪しいもんなんだけど、その辺についてはこっちの仕事だからこれから調べるとして。ちょっと気になることが書かれてるのよね」
取り出した本をパラパラと捲りながら父と母が神妙な顔で言う。
「龍の嫁のことも書かれてるんだけど、この頃は東西南北の龍濤家が覇権争いをしてて、それぞれに龍の嫁候補が居たみたい。でも、龍の嫁は代々1人って決まってるらしくって、諍いが起こったって書いてる。自分たちの家から龍の嫁を出す事で主導権を握れるってことだったのかな」
「たったそれだけのことで?」
お祭りに出す龍の嫁役を誰がするかだけで、そんな家同士で争うとか、ヒーローごっこの誰がヒーローをやるかでケンカになる子供同士みたなことがあるのだろうか。
「龍濤家にとっては[それだけのこと]じゃないってことね。その件についてはもっと調べる必要がありそうだけど、今分かってるのは、龍の嫁は、龍濤家の繁栄にとってなくてはならないものだと代々考えられてるってこと。だから、現本家のクソジジイは拘ってて、なぜか真生を龍の嫁にしようと企んでる…と」
「もういっそのこと、真生に全部話して、龍の嫁役やってもらったらいいんじゃね?」
―男だけど・・・、うん、まぁ、似合いそうな気は、する。
すっごく不本意に顔を歪めている真生の姿が想像出来て笑いそうになる。
なんだか、真剣に考えるのが馬鹿らしくなってきたオレがそう提案すると、母がキッとオレのことを睨む。
「真生を龍濤家の養子にしろってこと!?」
「違うって、祭りだけの話だろ?」
「祭りだけの話で終わるわけないじゃない!!女なら寄越せって言ったようなクソジジイよ!?龍の嫁イコール龍濤家の者って思ってるに決まってるでしょ!」
「だったら、そもそもが男なんだから、それ証明すりゃいい話だろ!?」
「証明したのに[女に成る]からって龍の嫁にしようとしてるようなヤツよ!?」
「はいはいはいはい。話が堂々巡りになってるからっ、二人とも落ち着いて」
言い合いになっていた母とオレの間に父が割って入る。
「現段階で、まだ向こうの動きはないわけだし、向うの出方次第で考えよう。こっちとしては、真生が男だろうが女だろうが龍の嫁として渡すつもりはないわけだし。・・・ただ、他にも気になることが書かれてるんだよね」
「そう、そうなのよっ」
父の言葉に母はハッしたように我に返って続ける。
「この本には、その龍の嫁候補にそれぞれ東西南北の守護家からボディガードとして、虎白位の年齢の子がついたって書かれてて。まぁ、時代的にあんたたちの年頃には成人とみなされてたような時代だから、それに関してはいいんだけど、そのボディガードになった子たちにはそれぞれ眷属龍がついていたとも書かれてるのよね」
「けんぞくりゅう?」
「眷属龍は神様の使者だとされてるから、龍神様からのお使いの龍ってことだろうね」
「龍って…架空の動物、だろ?」
「そうだね。でもこの時代はまだ魑魅魍魎渦巻いてたって言われてる時代だったから、龍が居るって信じられてたと思うよ。不可解な現象は、妖怪や物の怪の仕業とされてたしね」
「でも、架空の動物って割には、すごく詳細な記述があるのが気になるのよね」
あるページをまじまじと見る母の眉間に皺が寄っている。
「ここにね、東西南北の龍について書かれてるんだけど」
そう言って母に見せられたページには、よく見る龍の絵が描かれていた。
「体長は鼻の先からしっぽの先まででだいたい30cm位。三つ指。守護者の傍で宙に漂っている。人語を理解するが鳴き声はキイキイとこちらは理解できない。東守家には青龍、西守家には白龍、南守家には赤龍、北守家には黒龍がそれぞれついた。龍の嫁を守護するための力があった。って」
「まるで本当に見たかのように書いてあるよね」
「しかも出現したのが、龍の嫁の儀式の一年くらい前で、急に現れたってなってんのよね。そうすると、お祭りは毎年3月に行われてるから、時期的に今位ってことで…」
そう言いながら、父と母がオレの方をちらりと見る。
「え、なに?」
「まさかと思うけど、龍…ついてたりしない、よね?」
母が恐る恐ると言う。
「は?」
「いや、まさかとは思うよ?すっごい可笑しなこと言ってるって自分でもわかってるんだけど、こういう仕事してると、どうしても実証出来ない不思議な事に遭遇することもあったりして、こう~、目に見えない力ってのを感じることもあってさ。民俗や風習には不可解な説明がつかないものも多いのよ」
母の言うことに、真生が倒れたことですっかり忘れていた、朝風呂の時の奇妙な出来事を思い出す。
「・・・・・・」
―いや、あれは龍じゃなかったし、たぶん、…気のせい、のはず。
「ちょっと!?なにか心当たりでもあるんじゃないでしょうね!?」
思わず黙り込んでしまったオレに母が慌てたように言う。
「ないよっ、ないない。そもそもオレ、東守じゃないし。万が一、龍がつくっていうんなら真生の方だろ」
「そうなんだけど、もし真生が龍の嫁なら、一番近い東守家の血筋ってあんたになるから…、なんか、そう思っただけで…。何もないならいいのよ…」
「もし仮に龍が居たとして。東西南北で争う必要がなければ出てこないんじゃないの?」
「そう、ね。東の龍濤家はもうだいぶ昔から龍の嫁役はやってないみたいだけど、南北はどうだったかな…、真生のことがあってから龍濤関連とは疎遠になってるし、お祭りに行ってたのも子供のころだけで、両親からそんなこと詳しく聞いたこともないし…。叔父さんに聞いたらなんか知ってるかな。あとで電話してみるわ」
母はそう言い終ると残っていたコーヒーを一気に飲み干す。
オレもつられる様にお茶に口をつけた。
「青龍、白龍、赤龍、黒龍って、四神っぽいよね」
父が顎に手をついてぽつりと呟く。
「ししん?」
「うん。東西南北を司る霊獣でね、青龍、朱雀、白虎、玄武って、僕たちの名前の由来」
「あぁ!」
父は青嗣だから[青龍]、母は朱美だから[朱雀]、オレはまんま虎白の逆で[白虎]、弟の武玄も逆で[玄武]、ってのが名前の由来らしい。
父と母の名前の由来は元々そうじゃないらしいけど、母が白虎好きでオレに虎白と名前を付けてから、そういえば!!って気付いたとかなんとか言ってたな。
「四神は中国から伝わってきた神話だから、関係してるかは分かんないけど、色といい、東西南北の守護家といい、まんま四神っぽいよね。興味深いな」
父は仕事の顔になっている。
「神話や民話はいろんなところから派生して、いろんなところでいろんな人の思想が反映されて融合し伝わっていくものだから、これもその一部ってことかな」
ふむ。とひとり納得するかのように父は頷いている。
「本来、四神は力の強さに差はないんだけど。これを物語として読むと面白いのが、最終的に決着が付いて、この時は西守家の白龍が龍の嫁を守りきったってなってるんだよね」
「なんかホント、ゲームっぽい話だな。その後、どうなったとかは?」
「それが全く書いてないの。消されたのかってくらいに全く」
オレの問いには母が答え、頭をふるふると横に振る。
「恐らく、そこは書き残してはいけないタブーだったのかもしれないね。でも、現在、西の龍濤家が本家になってるってことは、あながちこの話も間違ってはないってことかな」
―龍の嫁を守る守護者と眷属龍か…
それは少し格好いいなと正直思う。ゲームや漫画であるような異世界ファンタジーを思わせるワクワク感。
―ヒロインは…この場合、真生になるのか?
『なるかボケッ!』
脳内真生のツッコミが入って笑いそうになる。
「まぁ、現状、今日の段階では今話したことしか分かってないし、何かが起こりそうってだけで、実際起こってはないのよね・・・」
「そうだね。御婆様の早とちりってことならいいんだけど」
「でも、この胸のざわつきは真生が産まれる前のあの時と、龍雄と響華ちゃんが亡くなった時の感じに似てて正直怖い」
母は、普段から感覚的にするどいところがあり、時々、予知めいたことを言って当てる事がある。その母が言うことに、さっきまでのほほんと考えてた自分の頭がヒヤリと冷えていくのを感じる。
「とりあえず、このことはもうちょっとちゃんと調べてみた方がいいかもしれないね」
「そうね、真生が産まれる前にも調べてた資料が実家に置いてあるし、龍雄たちの荷物の中にもなにかあるかもしれないから、この後もう一回実家に行ってみましょう」
オレと武玄には何も言わずに家を飛び出したから、とりあえず朝に一旦戻ってきたと言っていた父と母は、朝まで母の実家で調べていたのだろう。
母の実家は蔵もあり、相当古いものがわんさかと置いてある。その中から目的のものを探すだけでも一苦労だと思う。叔父さんたちの荷物もそこに保管しているって言ってたっけ。
「思い過ごしならそれでもいいの。荒唐無稽な話だって分かってるけど、いい?もし何かあったらすぐに言うこと。それと、真生にも何か変わった事があったらすぐに教えて」
「分かった」
真剣な顔で言う母に大きく頷く。
「もうこんな時間か。真生、朝ご飯食べてないけど食べられるかな・・・」
父が二階を見上げて言う。
「オレが様子見てくるよ」
そう言って、リビングを出る。
「ごめん、ちょっと喉渇いちゃった」
と席を立とうとする母を
「僕が入れるよ、コーヒーでいい?」
と父が制して立ち上がる。
「ありがと青嗣さん」
「虎白は?お茶飲む?」
「うん」
母とオレの前に置かれていた空になっていたコップを持って父はキッチンへと向かう。
「10数年振りにあった御婆様は少し老けてたけど、元気そうだった。御婆様は名家の出身で、とても気骨のある人でね。もう少し遅く生まれてきてたら、きっとバリバリのキャリアウーマンだっただろうな。そんな御婆様だったから、龍濤家の従業員の中でも信頼が厚くて、今でも時々連絡を取ってる人が居るらしいんだけど、来年の祭りの龍の嫁を、真生がやることになりそうだって連絡が来たらしいの」
母は右手で額の辺りを押さえて、大きなため息をつく。
「は?」
母の言葉に理解が追いつかない。
「私もそういう反応だったわよ。意味わかんないでしょ」
コクコクと無言で頷く。
全くもって意味がわからない。
「祭りは基本、龍濤本家とその守護家の西守家の人しか関わらないから、連絡くれた人は祭りについて詳しくは分からないらしいんだけど、どうもあのクソジジイが真生の名前を出してたらしいのよね。『やっぱり女だったか。女に成るんだな』とか言ってたって」
「は?」
さっきと全く同じ反応しか返せない。
―いや、真生、男だし。『女に成る』って…
「御婆様曰く、代々龍濤家には巫女さんが居て、口寄せを行ってるらしいの」
「口寄せって分かるかい?」
コーヒーとお茶を持って父がキッチンから戻ってくる。
父の問いに頭を横に振る。
「巫女さんが神様の言葉を聞いて、みんなに伝えることだよ」
「ありがと」
「…ありがとう」
母は父からコーヒーカップを受け取って一口飲み、また小さくため息をつく。
オレは受け取ったカップをそのままテーブルに置く。
「その口寄せは、真生の曾御婆さんの妹がやってるってことなんだけど、もしかしたらそこで真生の名前が出たんじゃないかって御婆様は言うの」
「いやいや、でも真生男じゃん」
「そうなんだけどね…」
母がちらりとオレのことを見る。
「虎白は最近の真生を見てどう思う?」
「どうって…」
母の言葉の真意がわからず思わず首を傾ける。
「なんかこう…、、色っぽくなったと思わない!?」
少し言い澱んだあとで、なぜか興奮気味に母は言う。
「はあ!?」
―クソジジイ並みに意味がわかんないぞ!?
「小さい頃から響華ちゃんに似て可愛かったけど、ここんとこ急になんだか女の子っぽくなってるような気がして…。上手くいえないんだけど、この時期独特の丸みを帯びはじめる女の子のラインというか…柔らかそうな肌感というか…。思春期の男なら分かるでしょ!?」
「わかんねぇよ!!」
―なにエロジジイみたいなこと言ってんだよ!?
母の勢いのままに言葉を返したあとでふと思い出す、真生の胸の感触。
いや、女の子の胸なんて揉んだことないし、あの感触がそうなのかと言われたら分かんないんだけど、自分の硬い肉質とは明らかに違っていたのは確かだ。
いやいやでも、真生は運動しないから筋肉がないだけで…。そう思いながらもあの時の手の感触を思い出すとなぜか鼓動が早まる。
「真生、最近調子悪そうにしてるでしょ。大丈夫だとしか言わないけど、なんか体調の変化でも起こしてるんじゃないかって心配で。かと言って、女になってないか確認させろとも言えないし…」
「……男が女になるなんてそんなバカみたいなことあるわけないじゃん」
「そう、よ、ね」
「でも、龍濤家が真生を来年の龍の嫁にしようとしてることは間違いないみたいなんだよね」
父の言葉に母は頷く。
「そこが御婆様も気にしてて、今年までは龍濤家の女の子が龍の嫁をやってたのに、なんで来年だけ真生に拘るのかって」
「え?女の子、いんの?」
「えぇ、あんたたちのひとつ下の子がいるらしいの」
「じゃあ、その子がやればいいじゃん」
「そうなのよ…だから余計になんだか気味悪くって。真生が男の子だって分かってからは接触もなにもなかったのに、ここに来て急にそんな話が出てきたなんて、口寄せでなんかとんでもないお告げが出たんじゃないかって思っちゃって。凄く、嫌な予感がする」
コーヒーカップが割れるんじゃないかというぐらい、母は両手で強く握り締めている。
「御婆様は龍濤家の会長は言い出したら聞かない頑固者だって言ってた。あの人がそう言ったのなら、何が何でも真生を龍の嫁にするはずだって」
「それに、来年の龍の嫁に関して、なぜかずっと昔から拘ってたらしくって。その理由は機密事項だって御婆様にも教えなかったそうなの」
「それで気になって、なにか手がかりでもないかと思って、朱美さんの実家に行って探したんだけど…」
そう言って、父が絵本の入っていた鞄からもう一冊、背表紙が紐で綴られているかなり古そうな本を出してくる。
表紙には筆で文字が書かれているけど、オレには達筆すぎて読めなかった。
「いつの時代のものかは詳しく調べてみないと断定は出来ないけど、書かれた日付通りだと江戸時代後期に書かれたものだと思う。当時の東守家の人の日記みたいなものかな」
「これだけ古いとここに書かれてる真意とかは、他の文献とかと証左していかないと正直事実かどうかは怪しいもんなんだけど、その辺についてはこっちの仕事だからこれから調べるとして。ちょっと気になることが書かれてるのよね」
取り出した本をパラパラと捲りながら父と母が神妙な顔で言う。
「龍の嫁のことも書かれてるんだけど、この頃は東西南北の龍濤家が覇権争いをしてて、それぞれに龍の嫁候補が居たみたい。でも、龍の嫁は代々1人って決まってるらしくって、諍いが起こったって書いてる。自分たちの家から龍の嫁を出す事で主導権を握れるってことだったのかな」
「たったそれだけのことで?」
お祭りに出す龍の嫁役を誰がするかだけで、そんな家同士で争うとか、ヒーローごっこの誰がヒーローをやるかでケンカになる子供同士みたなことがあるのだろうか。
「龍濤家にとっては[それだけのこと]じゃないってことね。その件についてはもっと調べる必要がありそうだけど、今分かってるのは、龍の嫁は、龍濤家の繁栄にとってなくてはならないものだと代々考えられてるってこと。だから、現本家のクソジジイは拘ってて、なぜか真生を龍の嫁にしようと企んでる…と」
「もういっそのこと、真生に全部話して、龍の嫁役やってもらったらいいんじゃね?」
―男だけど・・・、うん、まぁ、似合いそうな気は、する。
すっごく不本意に顔を歪めている真生の姿が想像出来て笑いそうになる。
なんだか、真剣に考えるのが馬鹿らしくなってきたオレがそう提案すると、母がキッとオレのことを睨む。
「真生を龍濤家の養子にしろってこと!?」
「違うって、祭りだけの話だろ?」
「祭りだけの話で終わるわけないじゃない!!女なら寄越せって言ったようなクソジジイよ!?龍の嫁イコール龍濤家の者って思ってるに決まってるでしょ!」
「だったら、そもそもが男なんだから、それ証明すりゃいい話だろ!?」
「証明したのに[女に成る]からって龍の嫁にしようとしてるようなヤツよ!?」
「はいはいはいはい。話が堂々巡りになってるからっ、二人とも落ち着いて」
言い合いになっていた母とオレの間に父が割って入る。
「現段階で、まだ向こうの動きはないわけだし、向うの出方次第で考えよう。こっちとしては、真生が男だろうが女だろうが龍の嫁として渡すつもりはないわけだし。・・・ただ、他にも気になることが書かれてるんだよね」
「そう、そうなのよっ」
父の言葉に母はハッしたように我に返って続ける。
「この本には、その龍の嫁候補にそれぞれ東西南北の守護家からボディガードとして、虎白位の年齢の子がついたって書かれてて。まぁ、時代的にあんたたちの年頃には成人とみなされてたような時代だから、それに関してはいいんだけど、そのボディガードになった子たちにはそれぞれ眷属龍がついていたとも書かれてるのよね」
「けんぞくりゅう?」
「眷属龍は神様の使者だとされてるから、龍神様からのお使いの龍ってことだろうね」
「龍って…架空の動物、だろ?」
「そうだね。でもこの時代はまだ魑魅魍魎渦巻いてたって言われてる時代だったから、龍が居るって信じられてたと思うよ。不可解な現象は、妖怪や物の怪の仕業とされてたしね」
「でも、架空の動物って割には、すごく詳細な記述があるのが気になるのよね」
あるページをまじまじと見る母の眉間に皺が寄っている。
「ここにね、東西南北の龍について書かれてるんだけど」
そう言って母に見せられたページには、よく見る龍の絵が描かれていた。
「体長は鼻の先からしっぽの先まででだいたい30cm位。三つ指。守護者の傍で宙に漂っている。人語を理解するが鳴き声はキイキイとこちらは理解できない。東守家には青龍、西守家には白龍、南守家には赤龍、北守家には黒龍がそれぞれついた。龍の嫁を守護するための力があった。って」
「まるで本当に見たかのように書いてあるよね」
「しかも出現したのが、龍の嫁の儀式の一年くらい前で、急に現れたってなってんのよね。そうすると、お祭りは毎年3月に行われてるから、時期的に今位ってことで…」
そう言いながら、父と母がオレの方をちらりと見る。
「え、なに?」
「まさかと思うけど、龍…ついてたりしない、よね?」
母が恐る恐ると言う。
「は?」
「いや、まさかとは思うよ?すっごい可笑しなこと言ってるって自分でもわかってるんだけど、こういう仕事してると、どうしても実証出来ない不思議な事に遭遇することもあったりして、こう~、目に見えない力ってのを感じることもあってさ。民俗や風習には不可解な説明がつかないものも多いのよ」
母の言うことに、真生が倒れたことですっかり忘れていた、朝風呂の時の奇妙な出来事を思い出す。
「・・・・・・」
―いや、あれは龍じゃなかったし、たぶん、…気のせい、のはず。
「ちょっと!?なにか心当たりでもあるんじゃないでしょうね!?」
思わず黙り込んでしまったオレに母が慌てたように言う。
「ないよっ、ないない。そもそもオレ、東守じゃないし。万が一、龍がつくっていうんなら真生の方だろ」
「そうなんだけど、もし真生が龍の嫁なら、一番近い東守家の血筋ってあんたになるから…、なんか、そう思っただけで…。何もないならいいのよ…」
「もし仮に龍が居たとして。東西南北で争う必要がなければ出てこないんじゃないの?」
「そう、ね。東の龍濤家はもうだいぶ昔から龍の嫁役はやってないみたいだけど、南北はどうだったかな…、真生のことがあってから龍濤関連とは疎遠になってるし、お祭りに行ってたのも子供のころだけで、両親からそんなこと詳しく聞いたこともないし…。叔父さんに聞いたらなんか知ってるかな。あとで電話してみるわ」
母はそう言い終ると残っていたコーヒーを一気に飲み干す。
オレもつられる様にお茶に口をつけた。
「青龍、白龍、赤龍、黒龍って、四神っぽいよね」
父が顎に手をついてぽつりと呟く。
「ししん?」
「うん。東西南北を司る霊獣でね、青龍、朱雀、白虎、玄武って、僕たちの名前の由来」
「あぁ!」
父は青嗣だから[青龍]、母は朱美だから[朱雀]、オレはまんま虎白の逆で[白虎]、弟の武玄も逆で[玄武]、ってのが名前の由来らしい。
父と母の名前の由来は元々そうじゃないらしいけど、母が白虎好きでオレに虎白と名前を付けてから、そういえば!!って気付いたとかなんとか言ってたな。
「四神は中国から伝わってきた神話だから、関係してるかは分かんないけど、色といい、東西南北の守護家といい、まんま四神っぽいよね。興味深いな」
父は仕事の顔になっている。
「神話や民話はいろんなところから派生して、いろんなところでいろんな人の思想が反映されて融合し伝わっていくものだから、これもその一部ってことかな」
ふむ。とひとり納得するかのように父は頷いている。
「本来、四神は力の強さに差はないんだけど。これを物語として読むと面白いのが、最終的に決着が付いて、この時は西守家の白龍が龍の嫁を守りきったってなってるんだよね」
「なんかホント、ゲームっぽい話だな。その後、どうなったとかは?」
「それが全く書いてないの。消されたのかってくらいに全く」
オレの問いには母が答え、頭をふるふると横に振る。
「恐らく、そこは書き残してはいけないタブーだったのかもしれないね。でも、現在、西の龍濤家が本家になってるってことは、あながちこの話も間違ってはないってことかな」
―龍の嫁を守る守護者と眷属龍か…
それは少し格好いいなと正直思う。ゲームや漫画であるような異世界ファンタジーを思わせるワクワク感。
―ヒロインは…この場合、真生になるのか?
『なるかボケッ!』
脳内真生のツッコミが入って笑いそうになる。
「まぁ、現状、今日の段階では今話したことしか分かってないし、何かが起こりそうってだけで、実際起こってはないのよね・・・」
「そうだね。御婆様の早とちりってことならいいんだけど」
「でも、この胸のざわつきは真生が産まれる前のあの時と、龍雄と響華ちゃんが亡くなった時の感じに似てて正直怖い」
母は、普段から感覚的にするどいところがあり、時々、予知めいたことを言って当てる事がある。その母が言うことに、さっきまでのほほんと考えてた自分の頭がヒヤリと冷えていくのを感じる。
「とりあえず、このことはもうちょっとちゃんと調べてみた方がいいかもしれないね」
「そうね、真生が産まれる前にも調べてた資料が実家に置いてあるし、龍雄たちの荷物の中にもなにかあるかもしれないから、この後もう一回実家に行ってみましょう」
オレと武玄には何も言わずに家を飛び出したから、とりあえず朝に一旦戻ってきたと言っていた父と母は、朝まで母の実家で調べていたのだろう。
母の実家は蔵もあり、相当古いものがわんさかと置いてある。その中から目的のものを探すだけでも一苦労だと思う。叔父さんたちの荷物もそこに保管しているって言ってたっけ。
「思い過ごしならそれでもいいの。荒唐無稽な話だって分かってるけど、いい?もし何かあったらすぐに言うこと。それと、真生にも何か変わった事があったらすぐに教えて」
「分かった」
真剣な顔で言う母に大きく頷く。
「もうこんな時間か。真生、朝ご飯食べてないけど食べられるかな・・・」
父が二階を見上げて言う。
「オレが様子見てくるよ」
そう言って、リビングを出る。
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私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
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