風と階段

伊藤龍太郎

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冬休み。学生にとっては学校に行くという仕事を忘れられる最高の期間だ。
しかし、受験生にとってはそんなことは関係ない。もちろん美奈も例外ではない。美奈は冬期講習と称した家庭内学習会に参加している。のだが、「ねぇ~。せっかくの冬休みなんだからゆっくりさせてよ~。」美奈は京介に駄々をこねている。一方の京介は本番まで1年を切ろうとしているにも関わらずのんびりしている美奈の無神経さに呆れながら「受験生には盆も正月もない。高校受験の時に母さんに言われなかったか?」美奈は舞華に同じことを言われたのを思い出した。きまりが悪くなったので「わかったよ。やるよ。」などとぶつぶつ文句を言いながら一度スイッチが入ると腹が減るまで途切れないほど集中してしまう。京介は表にこそ出さないがそんな美奈を尊敬している。
京介も頭を切り替えて、国語を教え始めた。「立澤大学は漢字の問題を他と比べて多く出している。つまり、漢字力を上げればある程度の点は取れる。しかし、ライバルも間違いなく漢字で得点してくるが、ライバルが取れないところで得点しておくことが大切だから、漢字は来年度から過去問を通して勉強すればいい。今は長文読解をやろう。」
京介はパソコンと何かが入った茶封筒を持ってきた。そしてパソコンを美奈の机の上に置くと通話アプリを開いた。当然美奈は教えるのが京介ではないことに驚いている。そのことを察したのか「一応。合格してるんだけど、国語は得意な方じゃないんだ。だから、特別講師を依頼した。」美奈が首を傾げるていると、画面上に一人の女性が現れた。白髪と黒髪が混在して灰色になった頭に赤縁のメガネをかけている。年齢はお母さんとおばあちゃんの間くらいだろうか。美奈が女性についていろいろ予測していると京介が画面上の女性に向けて「先生。ご無沙汰しております。」
「先生!?」美奈は先生と京介が呼んだことにキョトンとしている。
「紹介しよう。僕が高校生の時に国語の教科担当していた山根先生だ。」
山根が口を開いた。「こんにちは。あなたが美奈さんね。急に出てきて驚かせてしまってごめんなさい。」
美奈は状況を整理できずにいたが、とにかくここまでに至るまでのプロセスを聞いた。「私、昨年度末に定年退職して
もうすぐで1年経つの。最初のうちはやりたいことを自由にできることが嬉しくて、最高に楽しかった。でも、日を追うごとに段々と自分が教育活動をしていないことに違和感を感じるようになったの。どんな形であっても国語を教えたい。そう思って色々と方法を模索してる時に京介くんから妹に国語を教えてくれませんか?っていう連絡がきて、今に至る。って感じ。」美奈は山根の教育活動に対する姿勢に感嘆した。
「なんで、リモートなんですか?」疑問に思った美奈は山根に質問をした。
「実は私、今田舎にいるんだよね。」
すると山根はカメラを外に向けた。そこには都会にはあるはずのない自然豊かな風景が広がっていた。
「というわけで、これからよろしく。」
するといきなり山根にスイッチが入った。「じゃあまず、京介くん。美奈さんに教材を渡して。」京介は茶封筒の中から薄い問題集を取り出し、皆に手渡した。表面には「長文読解の基礎」と書かれている。なぜ基礎をやるのかそれはすでに京介から学んでいるので美奈は驚かなかった。
「じゃあ始めよう。」山根も同じ冊子を持ってくると開いたページを画面越しに見せた。「まず、評論文の解き方。評論文を解くとき、美奈さんはどうやって解く?」美奈は聞かれてる意味がわからなかった。解き方はこれしかないとばかりに「まず、本文を読みます。」と自信満々に答えた。
山根は「やっぱりそうするよね。でも、私の解き方は違うの。」あっさりと不正解と言われて美奈はキョトンとした。
なぜ自分が今までやってきた解き方を否定されたのだろう。
すると山根は美奈に説明し始めた。
「評論文の場合は、まずタイトルを確認する。評論文はタイトルに沿って話を展開していく。つまり、タイトルを見れば
大まかな内容を知ることができるの。
例えば、『人間と自然』というタイトルだった場合、人間と自然の関係性について話を展開しているんだな。ってわかるよね。でも、気をつけて、たまに例外があるから。例えば、「故郷へ」っていうタイトルだったとする。それだけ見ると「故郷の重要性」について書いているんだな。と思って本文を見てみると僻地医療について書かれていたり、とかそういうこともあるの。」
美奈はなるほどと頷き後ろにいる京介は懐かしさを感じながら聞いている。
「で、次は本文の後の問題文を見る。
その問題、例えば傍線部Iに当てはまる語句を次の①~④のうちから答えよ。っていう問題だったら、その前後関係から推測できる。つまり、全文読む必要はない。まぁ、確認の意味を込めて最後に全文読んでもいいんだけど。
特に入試問題は4ページくらい本文のページってことが多いから全文読んでると最初の方の内容がわからなくなってしまって、全く進めないから、この方法をお勧めします。」評論文の説明を終えた山根はフッと一息ついてから「じゃあ、問題集の1つ目の長文を解いてみて。これはウォーミングアップだから15分くらいで、よろしく。」山根は右側からタイマーを出すと15分にセットしてスタートボタンを押した。
美奈は山根に言われたことを頭の中で反芻しながら問題を解いた。
山根の教え通り解いたのに加えて内容が簡単だったので、満点を取ることができた。
山根は満点をとって喜んでいる美奈に
「この結果に一喜一憂せずにここからさらに難易度の高い問題をスラスラ解けるように練習していきましょう。」とやんわり釘を刺した。
「最後に、この授業の頻度について相談なんだけど。個人的には3年の5月くらいまでは月に1回のペースでそのあとは徐々に回数を増やしていく感じでいいかな?」山根が相談すると「先生の予定に合わせますので、大丈夫です。」と後ろの方から京介が答えた。
「じゃあ、そんな感じでよろしく。
ってことで、今日はここまでにします。
さようなら。」と山根は退室した。
京介はアプリを閉じてパソコンを自分の部屋に持って帰ると一度戻ってきて、
「今日の復習をしておいて。今回の内容は結構大事だから。」と美奈に指示をすると再び自分の部屋に戻った。
美奈は言われた通りに復習を始めた。
やり方がわかったのなら、あとは練習あるのみである。

その頃、武琉と舞華は絶賛仕事をこなし中であった。2人は同じ会社に勤めているため、共通の友人も社内に多い。ちなみに武琉と舞華は社内恋愛の末、見事にゴールインしたのである。この日も舞華と武琉、それに加えて2人の共通の友人(1年後輩)である武中が社内食堂で昼食をとっていた。
「え、牧田さんの娘さん、立澤大学を目指しているんですか?」武中はサンドイッチを頬張るとコンビニのおにぎりを開けながら言った。
「そう。でも、今のままじゃあ絶対に受からないからって、息子(娘の兄)が
勉強を手伝ってくれることになったんだけど。」
「良かったじゃないですか!何か問題でもあるんですか?」武中はペロリとおにぎりを平らげると言った。
「息子が持病があって、あまり無理させると悪化しちゃう可能性があって。」
今度は武琉が言った。
「なるほど。僕も手伝いましょうか?」
武中は友達を遊びに誘うかのように言った。武琉と舞華はなぜ武中がこんなことを言い出すのか分からずに顔を見合わせ
「なんで?」と声を合わせた。
「あれ?言ってませんでしたっけ?僕、高校の社会科の教員免許を持ってるんですよ。」あまりにも飄々とカミングアウトしたので、2人が内容を理解するまで
しばらく時間がかかった。
「武中が高校の社会科の教員免許を持っている。・・・。マジで!?」武琉はそのカミングアウトを声に出して頭の中を整理すると、その衝撃度がわかった。
舞華も内容を理解できたので、「もう少し、早く言ってよ!」
「すみません。それで、どうですか?
別に僕、休日は暇を持て余してるので。」
「じゃあ、娘に聞いてみる。」舞華はスマホを取り出すと美奈にこの一件を伝えた。ちょうど高校も昼休みだったのか返事はすぐに返ってきた。『お断りします。』その一行には、美奈の強い意志が入っていた。そのことは、舞華もわかっている。しかし、この機会を逃すわけにはいかない。なんとか交渉しなければ。そう思って舞華は「その話、一回持ち帰っていいかな?まだ、娘から連絡が返ってきてなくて。」とその場での返事をなんとか避けた。
「全然大丈夫です。もちろんいくらでも待ちます。ゆっくり娘さんと話してください。」武中は腕時計を見ると「午後から会議があるので失礼します。」と席を外した。
その場に残った武琉は他の人に聞こえないような小さな声で「本当は美奈から返事が返ってきてるんでしょ?」と聞いた。舞華も同じくらいの声の大きさで
「だって、せっかくの機会だし、なんとか美奈を説得したかったから。」
この話題はもう少し続くかと思っていたが、武琉の電話が鳴ったことで終わった。武琉は一度席を外して電話に出た。
舞華は食べ終わった昼食を片付けはじめた。しばらくして、武琉が戻ってくると、「ごめん。急な会議が入って。この話は帰ってからゆっくりしよう。美奈と一緒に。」そう言い残すとそそくさとその場をあとにした。
舞華も頭を切り替えて、仕事に励もうとした。しかし、例のことが頭から離れずに仕事に集中できない。
舞華は自分の両頬をパシッと叩くと再び集中し始めた。

帰宅後、舞華と武琉それに美奈は臨時の家族会議を開いた。京介は美奈が決めることだからと言って出席はしているものの一切口を挟まないと断言した。
会議は美奈の理由を聞くことから始まった。「わたしはいま、お兄ちゃんに手伝ってもらってるの。それに、それぞれ勉強法が違ったら、どっちをやればいいのかわからなくなっちゃう。もちろんお母さんとお父さんがわたしのことを考えて言ってくれてるのはわかってる。武中さんには本当に申し訳ないけど。だから、本当にごめん。」
美奈の気持ちが伝わり、舞華は1つ息を吐いた。「わかった。ちゃんとお断りをしておく。でも、これを断ったということはしっかりと自分の力でやらなければいけないってことだから。」
「わかってる。」美奈の目には強い覚悟が表れていた。

会議が終わったあと京介は美奈に聞いた。「ほんとにいいのか?せっかくの提案を断ってしまって。」
「うん。」美奈の顔には一点の迷いもなかった。
「いつかは武中さんに頼らなければいけない日が来るかもしれないけどな。」
京介はボソッと美奈に聞こえるかわからないくらいの声で言った。
「え?何か言った?」美奈には、自分が何を言ったか聞こえていなかったことに
安堵し、「いや、なんでもない。」とその場をやり過ごした。
「とにかく、武中さんの提案を断った以上、ビシバシといくからな。」そう言うと京介は肩をグルグルと回しながら自分の部屋に入っていった。
美奈は「さっき、『いつか武中さんに頼る時が来る』みたいなこと言ってたような気がするんだけどなぁ~。気のせいか。」と首を傾げながらつい数分前に行われていた京介との会話を反芻したが、すぐに頭を切り替えて自分の部屋に戻った。
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