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第10章 結婚するまで帰れません!?
3 結婚式・後編
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花嫁衣装を纏ったブラダマンテの入場に、集まった人々から感嘆の声が漏れた。
元々美しさに定評のある女騎士であったが故に、花嫁としての姿は得も言われぬほど――と言いたい所であったが、花婿のロジェロ――黒崎八式は違う意味で度肝を抜かれてしまった。
(えっ……『黒い』ウェディングドレス……だと……!?)
ブラダマンテ――司藤アイの衣装は、今日の我々が想像するような純白のものではなかった。
顔を覆うベールこそ白いのだが、身に纏うドレスは漆黒だったのである。
これにも理由がある。現代でこそポピュラーな白いドレス、これ実は記録を読む限り、登場は16世紀から。スコットランド女王のメアリー・スチュアートが最初に着たとされている。その後は19世紀イギリスのヴィクトリア女王が婚礼の際に着用した事で、純白のドレスは普及していった。
花嫁衣装は古代ローマ時代はサフラン色であったし、中世のキリスト教社会では儀礼的な意味合いが強く、黒ドレスが一般的であった。
そんな訳で、黒崎が何となく思い描いていた姿とは違ったが……それでも悪くはなかった。敬虔なキリスト教徒に相応しい、清楚な美しさがあった。
一瞬見えた、幸せそうな金髪碧眼のブラダマンテの顔。現実世界の「魂の記憶」がある黒崎は目をしばたたかせたが、すぐに花嫁の顔はアイのものに戻った。
彼女は「ブラダマンテ」になりきっているのだろうか。舞台俳優志望ならではの度胸と切り替えの早さ故か、物怖じひとつせず「花嫁」として――父エイモン公と共に、赤いバージンロードをしずしずと歩いてくる。
バージンロード(正式にはロードではなくアイル)は花嫁の人生を象徴していると言われる。隣に立つ役は彼女の人生を支えた父、あるいは親友が務める。
(そういや、司藤の家族の話は本人から聞いた事なかったけど……
父親が厳しくて、とにかく自分の言う事を聞かせるタイプらしいな)
エイモン公爵は物腰柔らかな老紳士然としており、娘を尊重する良き父親のように見える。
彼がエスコート役から離れると、次は母ベアトリーチェの出番だ。ブラダマンテの白いベールを下ろす。結婚式のベールは魔除けの意味合いもあり、これまで娘を守っていた父親に代わり彼女を災いから遠ざけるとされる。
白いベールで顔を覆ったアイが、ゆっくりと黒崎の待つ祭壇に近づいてくる。
祭壇で誓いの儀式を執り行う聖職者は、レームの大司教テュルパンだ。普段の彼は猛々しい狂戦士のようなイメージが強いが……流石に今は高位聖職者らしく白いガウンに身を包み、厳かな雰囲気を漂わせていた。
黒崎は今更ながらに思った。
綺織浩介の存在が消失した時、確かに自分も衝撃を受けたが――それは後に打算的な喜びに変わった。
コンスタンティノープルでアイと綺織がいかなる会話を交わし、どんな関係にあったのか知る由もない。それでも彼女のこれまでの様子を見るに、淡い恋心は実を結ばなかったのだろう。
そんな彼女を慰めるため――というのは方便だ。黒崎は小学生の頃から、密かにアイに惹かれており、だからこそ「月」世界で告白までした。
司藤アイは一体どんな思いで、黒崎の「結婚式を挙げよう」という申し出を受けたのか。彼女の言葉を額面通りに受け止めていいのか。それは分からない。
だが近づいてくる花嫁姿のアイを見て、あれこれ思い悩んでいた感情はすっかり吹き飛んでしまった。
(……やっぱり可愛いし、綺麗だ……)
生憎と黒崎は、女性の美しさ、可愛らしさを流暢に表現するような語彙力を持ち合わせていない。
それでも直接、思ったままを言ったら……彼女は気恥ずかしく赤面するだろうか。
そんな妄想を現実にする案も心惹かれたが、今はその時ではない。アイも己の役を果たすべく演じている。それに黒崎が応えないのは甚だ不誠実に思えた。
花嫁が花婿の傍に立つ。付添役のアストルフォから指輪を受け取る黒崎。
介添役のメリッサによって身だしなみを整えられたアイが進み出る。
黒崎はアイの顔にかかった白いベールをゆっくりと上げた。花嫁を守るベールが取り払われた今、彼女を守るのは花婿たる黒崎だけであり、彼だけがベールアップする資格を持つ。
テュルパン大司教から夫婦の誓いを確かめる定型通りの言葉が投げかけられた。
事前に練習していた通りのもので、アイも黒崎も淀みなく答えていき――やがて最後に控える、互いの指輪の交換となった。
(この指輪交換って、家どうしの結びつきって意味合いが強いんだっけか……
これで終わり、だよな。誓いのキスとかは近代に入ってからの風習だし)
口づけする習慣がない、というのはメリッサから事前に聞かされていた。じゃあ彼女がブラダマンテに執拗に接吻を求めていたのは単なる趣味だったのだろうか。疑問は尽きない。
何にせよ、式は滞りなく進んだ。全ての段取りがつつがなく執り行われ、黒崎はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
**********
「いや~緊張したけど。無事に終わって良かったよ。
これで晴れて『ブラダマンテ』と『ロジェロ』は結ばれたんだよな! めでたしめでたしっと」
大きな肩の荷が下りた心地で、黒崎は弾んだ声を上げた。が――
一緒にバージンロードを歩いたアイは、キョトンとした顔をしていた。
「何言ってるの、黒崎? まだ終わってないわよ」
「…………へ? だってたった今、結婚式終わったじゃねえか」
思いがけぬ言葉がアイの口から飛び出し、黒崎は目を白黒させる。
「メリッサから聞いてないの? 今日やったのは結婚式じゃなくて――『婚約式』よ」
「……コン、ヤク、シキ?」
聞き慣れない単語に理解が追いつかず、声が上ずってしまった。
「そ、婚約式。言うなれば結婚式のリハーサルみたいなもんね」
「って、ちょっと待てやオイ!? アレがリハーサル!?
ほとんど本番同然っつーかそのものだったじゃねーかッ!?」
「当たり前でしょ。婚約式も結婚式も、やる事自体はほとんど一緒だもの。
コレが終わったら約40日、『わたし達は婚約しました』って内外に宣言する期間があるわ。
その間教会がわたし達の結婚に対する異議申し立てとか、そんなのを受け付けるみたい」
「は、はああああああああ!?!?」
結婚式の前に婚約式があるなど、黒崎にとってまさに寝耳に水だった。
後でメリッサに問い質してみたが「講義時間足りなかったので、どうせ知ってるだろうと思って説明省略してしまいましたわ。ごめんなさい」としれっと言われてしまった。
たった一度でも緊張の余り心臓が張り裂けそうだったのに。
40日後にまたやるのか……気が遠くなりかけた黒崎に対し、アイから追い打ちの言葉が飛んだ。
「それじゃ……しばらくの間はお別れね、わたし達」
「お、お別れって……どういう事だよ?」
「婚約の公示期間中、婚約者同士は一つ屋根の下で暮らしちゃいけないって決まりなの。だから40日の間、わたし達は離れ離れでいなきゃダメなのよ」
「……なん……だと……」
恐るべし、中世欧州の結婚事情。
色んな感情がごちゃ混ぜになって、真っ白に燃え尽きた黒崎を後目に、アイは「そーゆー事だから。本番でまた会いましょ」と微笑みかけてから立ち去った。
かくして黒崎、40日後に本番の「結婚式」を挙げるまで――悶々と、手持無沙汰で過ごす羽目に陥るのである。
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(えっ……『黒い』ウェディングドレス……だと……!?)
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顔を覆うベールこそ白いのだが、身に纏うドレスは漆黒だったのである。
これにも理由がある。現代でこそポピュラーな白いドレス、これ実は記録を読む限り、登場は16世紀から。スコットランド女王のメアリー・スチュアートが最初に着たとされている。その後は19世紀イギリスのヴィクトリア女王が婚礼の際に着用した事で、純白のドレスは普及していった。
花嫁衣装は古代ローマ時代はサフラン色であったし、中世のキリスト教社会では儀礼的な意味合いが強く、黒ドレスが一般的であった。
そんな訳で、黒崎が何となく思い描いていた姿とは違ったが……それでも悪くはなかった。敬虔なキリスト教徒に相応しい、清楚な美しさがあった。
一瞬見えた、幸せそうな金髪碧眼のブラダマンテの顔。現実世界の「魂の記憶」がある黒崎は目をしばたたかせたが、すぐに花嫁の顔はアイのものに戻った。
彼女は「ブラダマンテ」になりきっているのだろうか。舞台俳優志望ならではの度胸と切り替えの早さ故か、物怖じひとつせず「花嫁」として――父エイモン公と共に、赤いバージンロードをしずしずと歩いてくる。
バージンロード(正式にはロードではなくアイル)は花嫁の人生を象徴していると言われる。隣に立つ役は彼女の人生を支えた父、あるいは親友が務める。
(そういや、司藤の家族の話は本人から聞いた事なかったけど……
父親が厳しくて、とにかく自分の言う事を聞かせるタイプらしいな)
エイモン公爵は物腰柔らかな老紳士然としており、娘を尊重する良き父親のように見える。
彼がエスコート役から離れると、次は母ベアトリーチェの出番だ。ブラダマンテの白いベールを下ろす。結婚式のベールは魔除けの意味合いもあり、これまで娘を守っていた父親に代わり彼女を災いから遠ざけるとされる。
白いベールで顔を覆ったアイが、ゆっくりと黒崎の待つ祭壇に近づいてくる。
祭壇で誓いの儀式を執り行う聖職者は、レームの大司教テュルパンだ。普段の彼は猛々しい狂戦士のようなイメージが強いが……流石に今は高位聖職者らしく白いガウンに身を包み、厳かな雰囲気を漂わせていた。
黒崎は今更ながらに思った。
綺織浩介の存在が消失した時、確かに自分も衝撃を受けたが――それは後に打算的な喜びに変わった。
コンスタンティノープルでアイと綺織がいかなる会話を交わし、どんな関係にあったのか知る由もない。それでも彼女のこれまでの様子を見るに、淡い恋心は実を結ばなかったのだろう。
そんな彼女を慰めるため――というのは方便だ。黒崎は小学生の頃から、密かにアイに惹かれており、だからこそ「月」世界で告白までした。
司藤アイは一体どんな思いで、黒崎の「結婚式を挙げよう」という申し出を受けたのか。彼女の言葉を額面通りに受け止めていいのか。それは分からない。
だが近づいてくる花嫁姿のアイを見て、あれこれ思い悩んでいた感情はすっかり吹き飛んでしまった。
(……やっぱり可愛いし、綺麗だ……)
生憎と黒崎は、女性の美しさ、可愛らしさを流暢に表現するような語彙力を持ち合わせていない。
それでも直接、思ったままを言ったら……彼女は気恥ずかしく赤面するだろうか。
そんな妄想を現実にする案も心惹かれたが、今はその時ではない。アイも己の役を果たすべく演じている。それに黒崎が応えないのは甚だ不誠実に思えた。
花嫁が花婿の傍に立つ。付添役のアストルフォから指輪を受け取る黒崎。
介添役のメリッサによって身だしなみを整えられたアイが進み出る。
黒崎はアイの顔にかかった白いベールをゆっくりと上げた。花嫁を守るベールが取り払われた今、彼女を守るのは花婿たる黒崎だけであり、彼だけがベールアップする資格を持つ。
テュルパン大司教から夫婦の誓いを確かめる定型通りの言葉が投げかけられた。
事前に練習していた通りのもので、アイも黒崎も淀みなく答えていき――やがて最後に控える、互いの指輪の交換となった。
(この指輪交換って、家どうしの結びつきって意味合いが強いんだっけか……
これで終わり、だよな。誓いのキスとかは近代に入ってからの風習だし)
口づけする習慣がない、というのはメリッサから事前に聞かされていた。じゃあ彼女がブラダマンテに執拗に接吻を求めていたのは単なる趣味だったのだろうか。疑問は尽きない。
何にせよ、式は滞りなく進んだ。全ての段取りがつつがなく執り行われ、黒崎はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
**********
「いや~緊張したけど。無事に終わって良かったよ。
これで晴れて『ブラダマンテ』と『ロジェロ』は結ばれたんだよな! めでたしめでたしっと」
大きな肩の荷が下りた心地で、黒崎は弾んだ声を上げた。が――
一緒にバージンロードを歩いたアイは、キョトンとした顔をしていた。
「何言ってるの、黒崎? まだ終わってないわよ」
「…………へ? だってたった今、結婚式終わったじゃねえか」
思いがけぬ言葉がアイの口から飛び出し、黒崎は目を白黒させる。
「メリッサから聞いてないの? 今日やったのは結婚式じゃなくて――『婚約式』よ」
「……コン、ヤク、シキ?」
聞き慣れない単語に理解が追いつかず、声が上ずってしまった。
「そ、婚約式。言うなれば結婚式のリハーサルみたいなもんね」
「って、ちょっと待てやオイ!? アレがリハーサル!?
ほとんど本番同然っつーかそのものだったじゃねーかッ!?」
「当たり前でしょ。婚約式も結婚式も、やる事自体はほとんど一緒だもの。
コレが終わったら約40日、『わたし達は婚約しました』って内外に宣言する期間があるわ。
その間教会がわたし達の結婚に対する異議申し立てとか、そんなのを受け付けるみたい」
「は、はああああああああ!?!?」
結婚式の前に婚約式があるなど、黒崎にとってまさに寝耳に水だった。
後でメリッサに問い質してみたが「講義時間足りなかったので、どうせ知ってるだろうと思って説明省略してしまいましたわ。ごめんなさい」としれっと言われてしまった。
たった一度でも緊張の余り心臓が張り裂けそうだったのに。
40日後にまたやるのか……気が遠くなりかけた黒崎に対し、アイから追い打ちの言葉が飛んだ。
「それじゃ……しばらくの間はお別れね、わたし達」
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「……なん……だと……」
恐るべし、中世欧州の結婚事情。
色んな感情がごちゃ混ぜになって、真っ白に燃え尽きた黒崎を後目に、アイは「そーゆー事だから。本番でまた会いましょ」と微笑みかけてから立ち去った。
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