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第10章 結婚するまで帰れません!?
4 物語世界の真実・前編
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本番の「結婚式」まで40日。
それまで「婚約者」の身分であるブラダマンテとロジェロは、ひとつ屋根の下で暮らす事こそできないが――それ以外の事などは全く制限は無かった。
「何だよ……別に普通に会うくらいの事はできるんじゃねえか」
「そうは言っても、ぐーたらしていい訳じゃないわよ?」
パリの街で過ごす元・ムーア人(註:スペインのイスラム教徒)のロジェロは、ブラダマンテの親類縁者へ挨拶したりと存外忙しい日々を過ごした。
その合間に、アストルフォやマルフィサといったお馴染みの面々と目抜き通りに繰り出したり、宴に参加したり、馬術競技に興じたり――楽しい時間はあっという間に流れていく。
ある日の午後。クレルモン家の屋敷の一つにて。
ふとロジェロ――黒崎八式は疑問を口にした。
「なあ、皆。覚えているか?
綺織浩介や、本の悪魔Furiosoの事を」
その場にいるのはブラダマンテこと司藤アイ。
イングランド王子アストルフォ。尼僧メリッサ。
そして契丹の王女にして絶世の美姫たるアンジェリカ。
ロジェロを含めて合計5人。人払いをしており他は誰もおらず、会話が聞かれる心配もない。
彼らは言われて少し考え込む素振りをしたが――
「もちろん、覚えてるわよ」
「愚問だな我が友ロジェロ! いくらボクでもそうそう忘れないよ」
「そうですわロジェロ様。あの『月』世界での激しかった決戦。忘れる方がどうかしてます。ねえアンジェリカ?」
「……そうね。確かに覚えている――でも、おかしいわね?」
皆の記憶に、二人の事は留まっている。
唯一アンジェリカだけが、黒崎が疑問を発した意図に気づいた様子だった。
アンジェリカにも黒崎やアイと同じく、現実世界の魂の記憶が宿っている。錦野麗奈――綺織浩介の実の姉だ。
「浩介もFuriosoも、『月』世界の忘却の川レテに落ちて存在を消失したハズ。
なのにどうして、皆して二人を忘れていないのかしら?」
アンジェリカの言葉に、アイも「言われてみれば……?」と改めておかしい事に気づく。
ところが、黒崎の問いに答えを返したのは――意外な人物だった。
「それはねロジェロ君。レテ川に落ちても、すぐに消滅する訳じゃないからだよ。
彼らは一度囚われてしまえば、二度と川から這い上がる事はできないが――完全に存在を失い、忘れ去られるまで時間がかかる。
そうロジェスティラの呪文書には、記されていた」
「アストルフォ……!」
アストルフォとメリッサだけは、覚悟を決めた表情で落ち着いていた。
いつかこの事を、説明しなければならない日がやってくる――そう確信していたかのように。
「気づいていたかい? 我が友ロジェロ。
ボク達が『月』から帰還したあの日から、世界が僅かずつ色褪せてきている事に」
言われてようやく、黒崎も思い至る。
月にてアンジェリカの指輪を投げ捨てる際、どうしようもなく感じた悪寒。
結果として生還はした。だがその日以来――空の青も、木々の緑も。時が経つにつれ、色が薄くなっているように感じた。本当に少しずつの変化であったが故、今まで気に留める事はなかったが。
「あの悪魔は言っていましたわ。
『自分は世界を律する存在。綻びかけた物語をどうにか維持している』と――」
メリッサもアストルフォの言葉の後を継ぐ。
アイも事の深刻さをようやく認識したようだ。表情が青ざめていた。
「綺織先輩は言ってたわ。Furiosoは嘘だけはつかないって。
あの時の口上が、盛っていたのではなく嘘偽りのない真実だとしたら――」
皆が一様に押し黙った。その先を続けるのが恐ろしかったからだ。誰もが結論に気づいている。だが口にしてしまえば――あっという間に覆せぬ事実となり、皆の心に襲いかかってくる錯覚に陥っていた。
沈黙が支配する中――黒崎が口を開いた。
「つまり……Furiosoは今もレテ川で消失し続けていて。
奴が完全に消え去った時、この物語世界も『なくなっちまう』――そういう、事なのかよ……!」
「……その、通りだよ。我が友……ロジェロ」
唇を噛み、震えた声を上げる黒崎に対し――アストルフォも絞り出すように肯定した。
世界を律し、維持していた本の悪魔が消えてしまえば……物語の、世界の綻びを繋ぎ止める存在がいなくなる。
「だが心配する事はない。物語はキミたちの結婚式までは続く。
ブラダマンテとロジェロが結ばれる前に、世界が崩壊する事はないだろう」
「何が……心配……いらねえんだよ……!」
黒崎は激昂して立ち上がった。
「その後は一体どうなるんだ!? お前は? メリッサは? アンジェリカは?
この世界はどうなっちまうんだ? 普通、本としての物語が終わってもお前たちの時間って――続いてくモンじゃあねえのかよッ……!?」
「……『狂えるオルランド』という物語そのものは、残るさ」
「誤魔化すなよ。そんな事を聞いてるんじゃねえんだ!
オレたちが出会った『お前ら』は……『ここ』にしかいねえじゃねえか!
物語を終えて、オレやアイが元の世界に帰ったら――」
黒崎の最悪の予想に対し、誰も言葉を付け足す事はできない。しかし誰もが想像はついているだろう。
物語が終われば、二度と繰り返される事のないこの世界は――消失するのだ。
それまで「婚約者」の身分であるブラダマンテとロジェロは、ひとつ屋根の下で暮らす事こそできないが――それ以外の事などは全く制限は無かった。
「何だよ……別に普通に会うくらいの事はできるんじゃねえか」
「そうは言っても、ぐーたらしていい訳じゃないわよ?」
パリの街で過ごす元・ムーア人(註:スペインのイスラム教徒)のロジェロは、ブラダマンテの親類縁者へ挨拶したりと存外忙しい日々を過ごした。
その合間に、アストルフォやマルフィサといったお馴染みの面々と目抜き通りに繰り出したり、宴に参加したり、馬術競技に興じたり――楽しい時間はあっという間に流れていく。
ある日の午後。クレルモン家の屋敷の一つにて。
ふとロジェロ――黒崎八式は疑問を口にした。
「なあ、皆。覚えているか?
綺織浩介や、本の悪魔Furiosoの事を」
その場にいるのはブラダマンテこと司藤アイ。
イングランド王子アストルフォ。尼僧メリッサ。
そして契丹の王女にして絶世の美姫たるアンジェリカ。
ロジェロを含めて合計5人。人払いをしており他は誰もおらず、会話が聞かれる心配もない。
彼らは言われて少し考え込む素振りをしたが――
「もちろん、覚えてるわよ」
「愚問だな我が友ロジェロ! いくらボクでもそうそう忘れないよ」
「そうですわロジェロ様。あの『月』世界での激しかった決戦。忘れる方がどうかしてます。ねえアンジェリカ?」
「……そうね。確かに覚えている――でも、おかしいわね?」
皆の記憶に、二人の事は留まっている。
唯一アンジェリカだけが、黒崎が疑問を発した意図に気づいた様子だった。
アンジェリカにも黒崎やアイと同じく、現実世界の魂の記憶が宿っている。錦野麗奈――綺織浩介の実の姉だ。
「浩介もFuriosoも、『月』世界の忘却の川レテに落ちて存在を消失したハズ。
なのにどうして、皆して二人を忘れていないのかしら?」
アンジェリカの言葉に、アイも「言われてみれば……?」と改めておかしい事に気づく。
ところが、黒崎の問いに答えを返したのは――意外な人物だった。
「それはねロジェロ君。レテ川に落ちても、すぐに消滅する訳じゃないからだよ。
彼らは一度囚われてしまえば、二度と川から這い上がる事はできないが――完全に存在を失い、忘れ去られるまで時間がかかる。
そうロジェスティラの呪文書には、記されていた」
「アストルフォ……!」
アストルフォとメリッサだけは、覚悟を決めた表情で落ち着いていた。
いつかこの事を、説明しなければならない日がやってくる――そう確信していたかのように。
「気づいていたかい? 我が友ロジェロ。
ボク達が『月』から帰還したあの日から、世界が僅かずつ色褪せてきている事に」
言われてようやく、黒崎も思い至る。
月にてアンジェリカの指輪を投げ捨てる際、どうしようもなく感じた悪寒。
結果として生還はした。だがその日以来――空の青も、木々の緑も。時が経つにつれ、色が薄くなっているように感じた。本当に少しずつの変化であったが故、今まで気に留める事はなかったが。
「あの悪魔は言っていましたわ。
『自分は世界を律する存在。綻びかけた物語をどうにか維持している』と――」
メリッサもアストルフォの言葉の後を継ぐ。
アイも事の深刻さをようやく認識したようだ。表情が青ざめていた。
「綺織先輩は言ってたわ。Furiosoは嘘だけはつかないって。
あの時の口上が、盛っていたのではなく嘘偽りのない真実だとしたら――」
皆が一様に押し黙った。その先を続けるのが恐ろしかったからだ。誰もが結論に気づいている。だが口にしてしまえば――あっという間に覆せぬ事実となり、皆の心に襲いかかってくる錯覚に陥っていた。
沈黙が支配する中――黒崎が口を開いた。
「つまり……Furiosoは今もレテ川で消失し続けていて。
奴が完全に消え去った時、この物語世界も『なくなっちまう』――そういう、事なのかよ……!」
「……その、通りだよ。我が友……ロジェロ」
唇を噛み、震えた声を上げる黒崎に対し――アストルフォも絞り出すように肯定した。
世界を律し、維持していた本の悪魔が消えてしまえば……物語の、世界の綻びを繋ぎ止める存在がいなくなる。
「だが心配する事はない。物語はキミたちの結婚式までは続く。
ブラダマンテとロジェロが結ばれる前に、世界が崩壊する事はないだろう」
「何が……心配……いらねえんだよ……!」
黒崎は激昂して立ち上がった。
「その後は一体どうなるんだ!? お前は? メリッサは? アンジェリカは?
この世界はどうなっちまうんだ? 普通、本としての物語が終わってもお前たちの時間って――続いてくモンじゃあねえのかよッ……!?」
「……『狂えるオルランド』という物語そのものは、残るさ」
「誤魔化すなよ。そんな事を聞いてるんじゃねえんだ!
オレたちが出会った『お前ら』は……『ここ』にしかいねえじゃねえか!
物語を終えて、オレやアイが元の世界に帰ったら――」
黒崎の最悪の予想に対し、誰も言葉を付け足す事はできない。しかし誰もが想像はついているだろう。
物語が終われば、二度と繰り返される事のないこの世界は――消失するのだ。
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