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第10章 結婚するまで帰れません!?
5 物語世界の真実・後編
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消える。皆消える。
物語の大団円を迎え、司藤アイと黒崎八式が首尾よく現実世界へ帰る事ができたとしても。
物語世界を繰り返す力を持つ本の悪魔はもういない。魔本に刻まれた物語は消滅する。メリッサも、アストルフォも……何もかもが。
「何でそんな大事なこと……今までずっと黙ってたんだよッ……!?」
虚しい叫びだった。わざわざ口に出さずとも、黒崎も理由は察しがついている。それでも問い質さずにはいられなかった。
「もしキミに明かしていたら……反対していただろう?」アストルフォは言った。
「…………ッ!」
「例えそれしか方法が無いと分かっていても。
そうしなければ、元の世界に帰れないとしても。
ロジェロ君はボク達を犠牲にするようなやり方では、全力を尽くせないだろうと判断した。キミは口は悪いが……とても優しいからね」
黒崎は激しい感情がない交ぜになって、言葉に詰まってしまった。
アストルフォは微笑んでいた。
「恨むならボクを恨むといい。全てボクが最初に決心した事だ。
皆を、全てを巻き込んで、滅ぼしてしまう……それでも良いと思ってしまった。
ボクは本当に身勝手な男さ。自分の気に入った友と世界を秤に掛けて――」
「それ以上……言うんじゃねえ、アフォ……!!」
黒崎は血を吐くように言葉を絞り出し、アストルフォの胸ぐらを掴んだ。
「今更そんな戯言で、オレの気が少しでも紛れると思ったのか?
ンなワケねえだろう! お前だって、メリッサだって、アンジェリカだって……悩み抜いた末に選んでくれた。それぐらいの事、オレにも分かる!
でなけりゃ……そんな悲しそうな目、してる訳ねえだろ……!」
怒鳴りながらも涙目になっている親友を前にして――美貌のイングランド王子の目にも、じわりと熱いものが浮かんだ。
「本当に、すまない……ありがとう、ロジェロ」
「……謝る……事じゃ、ねえよ……
それに礼を言わなきゃならねえのは……こっちだ……」
黒崎は思った。アストルフォもメリッサも、皆までは言わないが。
ロジェスティラの呪文書に記されていた世界の真実を知って、彼らはどう思ったのだろう。衝撃を受けた事は想像に難くない。
自分たちが魔本の世界の住人で、印刷された文字の上での存在でしかないなどと――信じがたい事実を受け入れ、全てを犠牲にしようと決心するまで……どれだけの葛藤があったのか。
ииииииииии
黒崎とアストルフォが悲壮なやり取りをする中、アイは現実世界の下田教授に念話を送っていた。
「下田教授……このままだと、皆消えちゃうって……
本当なの? どうすればいいの? こんなの、酷すぎる……!」
『残念だが本当の事だ。Furioso亡き今、物語が終わればこの世界は消滅する。
それを回避する方法は無い』
「そんな……もし物語が、この世界が消えちゃったら……?」
『当然、キミや黒崎君の記憶からも――失われていく事になるだろう』
無情な答えに、アイは俯き――ふるふると震えていた。
「もしも、わたし達が……現実世界に帰らずに、ずっとここで暮らすって……選択をしたら? 皆は助かるの?」
『綺織君がかつて取ろうとした手段だな。
しかしそれは延命策でしかない。君たちは物語に囚われたまま一生を終える。
そうなれば魔本も消失するが、助かるハズの君たちも失う事になってしまうぞ。
アストルフォ君やメリッサ達の覚悟を無駄にする気かね? アイ君……』
下田教授に冷徹に諭され、アイは絶句してしまった。
『……考える事だ、アイ君。まだほんの数十日だが、残された時間はある。
私から明確な解決手段は示せないが――自分が何を為すべきなのか。
それをじっくり考えて欲しい。悔いの残らないように』
一見突き放しとも取れる、下田の答えであったが。
しばらくするとアイは、俯いた顔を上げて何かを決めた様子だった。
「…………そう、ね。分かったわ教授。……やってみる」
ииииииииии
翌日からブラダマンテ――司藤アイはいつにも増して積極的に行動するようになった。
毎日黒崎とつるんではパリの街に繰り出し、道行く人々と談笑したり、買い物をしたり――元々「ブラダマンテ」としても気さくに振る舞っていた彼女だったが、さらに開放的になってしまったように思える。
「ロジェロ兄さん。随分と上機嫌だな、ブラダマンテは……」
不自然なまでの明るさを奇妙に思ったのか、ロジェロの妹マルフィサも戸惑っていた。
「ああ……思い出を作りたいんだってさ」
ロジェロは答えた。昨晩別れるとき、彼女の決意を聞いた。
物語が終わった時、記憶が失われるというならば……忘れずにいる努力をすべきだ、というのがアイの主張だった。
虚しい策かもしれない。徒労に終わるかもしれない。
だが根底には「忘れたくない」という思いがある。それは黒崎も同じ事だ。
「それならこっちも、とことん付き合ってやるさ。行くぞマルフィサ」
本番の「結婚式」を迎える時まで、夢心地のように楽しい数十日はあっという間に過ぎていった……
物語の大団円を迎え、司藤アイと黒崎八式が首尾よく現実世界へ帰る事ができたとしても。
物語世界を繰り返す力を持つ本の悪魔はもういない。魔本に刻まれた物語は消滅する。メリッサも、アストルフォも……何もかもが。
「何でそんな大事なこと……今までずっと黙ってたんだよッ……!?」
虚しい叫びだった。わざわざ口に出さずとも、黒崎も理由は察しがついている。それでも問い質さずにはいられなかった。
「もしキミに明かしていたら……反対していただろう?」アストルフォは言った。
「…………ッ!」
「例えそれしか方法が無いと分かっていても。
そうしなければ、元の世界に帰れないとしても。
ロジェロ君はボク達を犠牲にするようなやり方では、全力を尽くせないだろうと判断した。キミは口は悪いが……とても優しいからね」
黒崎は激しい感情がない交ぜになって、言葉に詰まってしまった。
アストルフォは微笑んでいた。
「恨むならボクを恨むといい。全てボクが最初に決心した事だ。
皆を、全てを巻き込んで、滅ぼしてしまう……それでも良いと思ってしまった。
ボクは本当に身勝手な男さ。自分の気に入った友と世界を秤に掛けて――」
「それ以上……言うんじゃねえ、アフォ……!!」
黒崎は血を吐くように言葉を絞り出し、アストルフォの胸ぐらを掴んだ。
「今更そんな戯言で、オレの気が少しでも紛れると思ったのか?
ンなワケねえだろう! お前だって、メリッサだって、アンジェリカだって……悩み抜いた末に選んでくれた。それぐらいの事、オレにも分かる!
でなけりゃ……そんな悲しそうな目、してる訳ねえだろ……!」
怒鳴りながらも涙目になっている親友を前にして――美貌のイングランド王子の目にも、じわりと熱いものが浮かんだ。
「本当に、すまない……ありがとう、ロジェロ」
「……謝る……事じゃ、ねえよ……
それに礼を言わなきゃならねえのは……こっちだ……」
黒崎は思った。アストルフォもメリッサも、皆までは言わないが。
ロジェスティラの呪文書に記されていた世界の真実を知って、彼らはどう思ったのだろう。衝撃を受けた事は想像に難くない。
自分たちが魔本の世界の住人で、印刷された文字の上での存在でしかないなどと――信じがたい事実を受け入れ、全てを犠牲にしようと決心するまで……どれだけの葛藤があったのか。
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黒崎とアストルフォが悲壮なやり取りをする中、アイは現実世界の下田教授に念話を送っていた。
「下田教授……このままだと、皆消えちゃうって……
本当なの? どうすればいいの? こんなの、酷すぎる……!」
『残念だが本当の事だ。Furioso亡き今、物語が終わればこの世界は消滅する。
それを回避する方法は無い』
「そんな……もし物語が、この世界が消えちゃったら……?」
『当然、キミや黒崎君の記憶からも――失われていく事になるだろう』
無情な答えに、アイは俯き――ふるふると震えていた。
「もしも、わたし達が……現実世界に帰らずに、ずっとここで暮らすって……選択をしたら? 皆は助かるの?」
『綺織君がかつて取ろうとした手段だな。
しかしそれは延命策でしかない。君たちは物語に囚われたまま一生を終える。
そうなれば魔本も消失するが、助かるハズの君たちも失う事になってしまうぞ。
アストルフォ君やメリッサ達の覚悟を無駄にする気かね? アイ君……』
下田教授に冷徹に諭され、アイは絶句してしまった。
『……考える事だ、アイ君。まだほんの数十日だが、残された時間はある。
私から明確な解決手段は示せないが――自分が何を為すべきなのか。
それをじっくり考えて欲しい。悔いの残らないように』
一見突き放しとも取れる、下田の答えであったが。
しばらくするとアイは、俯いた顔を上げて何かを決めた様子だった。
「…………そう、ね。分かったわ教授。……やってみる」
ииииииииии
翌日からブラダマンテ――司藤アイはいつにも増して積極的に行動するようになった。
毎日黒崎とつるんではパリの街に繰り出し、道行く人々と談笑したり、買い物をしたり――元々「ブラダマンテ」としても気さくに振る舞っていた彼女だったが、さらに開放的になってしまったように思える。
「ロジェロ兄さん。随分と上機嫌だな、ブラダマンテは……」
不自然なまでの明るさを奇妙に思ったのか、ロジェロの妹マルフィサも戸惑っていた。
「ああ……思い出を作りたいんだってさ」
ロジェロは答えた。昨晩別れるとき、彼女の決意を聞いた。
物語が終わった時、記憶が失われるというならば……忘れずにいる努力をすべきだ、というのがアイの主張だった。
虚しい策かもしれない。徒労に終わるかもしれない。
だが根底には「忘れたくない」という思いがある。それは黒崎も同じ事だ。
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