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第2章 悪徳の魔女アルシナと海魔オルク
5 ホブゴブリンの女王エリフィラ
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現実世界。大学教授・下田三郎は、これで何度目になるか分からない絶叫を上げていた。
「おいィィィィ!? ロジェロがアルシナにとっ捕まってるゥゥ!
いやそれは原典通りなんだけどさァ!」
講師室近くの廊下を通っていた女子大生二人が、叫び声にビクリとしたものの。ヒソヒソと話をした後、逃げるように去っていった。
その会話の中に「ああ、あの変人教授の……」などと妙に納得した感じの台詞があった。
『下田三郎。ショックなのは分かるけども。
予想外の事態が起こったくらいで、いちいち大声出すのもどうかと思うよ?
ボクは構わないけど、そのうちきみが……ええと、ケーサツってのにツーホーされちゃうんじゃない?』
とうとう「本の悪魔」Furiosoにまで心配される始末である。
「だってお前、何だよこれ! 善の魔女ロジェスティラがいないって!
この世界線では彼女の助力が得られないのか!?
100%詰んでるじゃねーかソレェ!!」
下田が泣きわめくのも無理はなかった。
善徳の魔女ロジェスティラ。アルシナの妹にして、モヤシ騎士アストルフォに数々のチートアイテムを授ける、ある意味欠かせないご都合……もとい、お助けキャラだ。
吹くだけで敵が全員逃げ出す角笛や、あらゆる魔法を解除する呪文書など。ミもフタもない強力無比な品を所有している。
アストルフォがこれらのアイテムを獲得できない場合、後の物語の展開が間違いなく詰む。
具体的に言うと、後に狂乱するオルランドを正気に戻す道が絶たれるのだ。
『ホント、ビックリだねえ』
「ビックリで済ますんじゃねーよこのクソ悪魔ァ!?」
『でもさァ下田。きみもとっとと、司藤アイを通じて彼にも物語のタブーを教えるべきだったと思うよ?
生半可な知識を持って、先読みした行動を取ると……かえって自分の首を絞めて危機に陥るってさ』
「ぐぬぬぬ……!」
ブラダマンテこと司藤アイに情報を与えすぎたため、物語の難易度が上がったのは以前、証明されている。
本に引きずり込まれた彼女らに、できる限り絶望感を与えたくない一心で、下田はその事を伏せていたが……逆効果だったようだ。
『まあ、善の魔女自体が存在しない訳じゃないと思うよ。だってアルシナが彼女を知っている。
つまり、アルシナをとっちめて情報を聞き出す必要があるって事だろうけど』
「簡単に言ってくれやがるな貴様……!」
下田は歯噛みした。アルシナはただの魔女ではない。街どころか島ひとつを支配できるほどの力を持っており、多数の魔物を従えている。しかも確か不死身だったハズだ。
原典のロジェロはメリッサの助けを得ながら、ただひたすら島から逃げ出すだけだった。
そんな奴相手に戦いを挑んで勝利せねばならないのだ。現時点で難易度がハードモードなのは間違いない。
ииииииииии
ロジェロが「誘惑の島」で消息を絶って数日後のこと。
時刻は白昼を過ぎた頃。島に近づく一艘のガレー船があった。
ガレー船が海岸に着くと、中から次々と50人ばかり、武装した男たちが飛び出してきた。いずれも人相は悪く、長い顎鬚を伸ばしているのが特徴的だ。
彼らはランゴバルド人海賊である。魔女アルシナの輝く都にあるという金銀財宝の噂を聞きつけ、無謀にも略奪しようと企てたのだ。
イタリア半島の大半を支配するランゴバルド王国は、6世紀半ば頃に建国されたゲルマン系国家だ。
しかしこの頃すでに全盛期のような力は無く、治安は乱れ、盗賊の類を好き放題のさばらせる惨状であった。
海賊たちは意気揚々とアルシナの都に突き進んでいった。
が、その侵攻途上で悪夢を見る羽目になる。道中、山岳地帯から駆け下りてくる不気味な集団の襲撃を受けたのだ。
彼らはかろうじて人間の形をしていたが、その容姿は醜悪なパロディのようで、見るからに不統一かつ不愉快な怪物どもだった。
猿の頭を持つ者。猫の顔をした者。山羊の蹄を持つ者。馬に乗る者。ロバに乗る者。牛に乗る者。その他、ダチョウ、鷲、鶴――とにかくありとあらゆる生き物をごちゃ混ぜにしたような醜怪な群れであった。
それらはけたたましく奇声を発しながら、海賊どもに襲いかかろうとしていた。
「な、何なんだアイツらはァ!?」
「ホブゴブリンだッ! 魔女の手先だァ!」
ホブゴブリン。悪戯どころでは済まない、人間たちに害を与える邪悪な妖精族である。
奇怪なホブゴブリンの集団相手に、海賊たちは果敢にも応戦した。
しかし細く伸び切った戦列の横腹を突かれ、混乱している最中に不意を突かれる形となったため、第一波で十人の海賊が無残にも斬り殺された。
その後も乱戦が続き、海賊側は不利な状況で苦戦を強いられた。恐慌状態となったランゴバルド人海賊は必死で戦ったが、一人、また一人とホブゴブリンに屠られていく。
「クソッ! 化け物どもめ!」
海賊の中でも首領及び数人の幹部らは、手下どもが犠牲になっている間に街道を抜けた。
するとその先は吊り橋になっており、その中央に巨大な黒狼に跨った巨人じみた影があった。
その巨人は、エメラルドやサファイア、ルビー、トパーズ等の大小様々な宝石をちりばめた黄金の鎧を纏っていた。
筋肉質の体躯や、鋭い爪や牙の生えた凶悪な容貌からは想像もつかなかったが、どうやら女性であるようだ。
「おやおや、今度の客人は。揃いも揃って醜男だねえ!」
巨大で傲慢な女は、外見通りのハスキーな声で海賊たちを嘲った。
海賊たちは半狂乱になって一斉に武器を抜いた。この大女の立ちはだかる先に、輝く都が見えたからだ。
それに引き返してホブゴブリンの群れと一戦交えるよりは、彼女一人と戦った方が与しやすいと考えたのだろう。
黄金の鎧を纏った大女は、そんな海賊たちの反抗する様子に舌なめずりをし、雄叫びを上げて狼を走らせた。
吊り橋から大きく跳躍し、欠片の恐れも抱かず海賊たちの中心へと飛び込んでいった!
首領を含めた何人かは咄嗟に横に跳び、狼から逃れたが、動くのが遅れた二人は哀れにも狼によって踏み潰され、あるいは喉笛を噛み千切られた。
周囲に血臭がたちこめ、返り血を浴びた大女の顔が狂喜に歪む。
しばらくその場に、剣戟の音が響き渡り――やがて静かになった。
土煙が晴れた後に立つのは、やはりあの大女だった。海賊たちは獰猛なる彼女――ホブゴブリンの女王エリフィラの率いる軍団によって皆殺しにされた。
「あはははは! 弱い! 醜い! つまらない! アンタたちじゃあ駄目だ!
我が主・アルシナ様の麗しきお顔を拝む価値すらないよッ!」
エリフィラは血塗れの戦場で愉快そうに高笑いを上げた。
すぐさま手下のホブゴブリンどもがやってきて、海賊の死体を貪り喰らい、宝物を略奪し、食い散らかした残骸は谷底へと投げ捨てたのだった。
「おいィィィィ!? ロジェロがアルシナにとっ捕まってるゥゥ!
いやそれは原典通りなんだけどさァ!」
講師室近くの廊下を通っていた女子大生二人が、叫び声にビクリとしたものの。ヒソヒソと話をした後、逃げるように去っていった。
その会話の中に「ああ、あの変人教授の……」などと妙に納得した感じの台詞があった。
『下田三郎。ショックなのは分かるけども。
予想外の事態が起こったくらいで、いちいち大声出すのもどうかと思うよ?
ボクは構わないけど、そのうちきみが……ええと、ケーサツってのにツーホーされちゃうんじゃない?』
とうとう「本の悪魔」Furiosoにまで心配される始末である。
「だってお前、何だよこれ! 善の魔女ロジェスティラがいないって!
この世界線では彼女の助力が得られないのか!?
100%詰んでるじゃねーかソレェ!!」
下田が泣きわめくのも無理はなかった。
善徳の魔女ロジェスティラ。アルシナの妹にして、モヤシ騎士アストルフォに数々のチートアイテムを授ける、ある意味欠かせないご都合……もとい、お助けキャラだ。
吹くだけで敵が全員逃げ出す角笛や、あらゆる魔法を解除する呪文書など。ミもフタもない強力無比な品を所有している。
アストルフォがこれらのアイテムを獲得できない場合、後の物語の展開が間違いなく詰む。
具体的に言うと、後に狂乱するオルランドを正気に戻す道が絶たれるのだ。
『ホント、ビックリだねえ』
「ビックリで済ますんじゃねーよこのクソ悪魔ァ!?」
『でもさァ下田。きみもとっとと、司藤アイを通じて彼にも物語のタブーを教えるべきだったと思うよ?
生半可な知識を持って、先読みした行動を取ると……かえって自分の首を絞めて危機に陥るってさ』
「ぐぬぬぬ……!」
ブラダマンテこと司藤アイに情報を与えすぎたため、物語の難易度が上がったのは以前、証明されている。
本に引きずり込まれた彼女らに、できる限り絶望感を与えたくない一心で、下田はその事を伏せていたが……逆効果だったようだ。
『まあ、善の魔女自体が存在しない訳じゃないと思うよ。だってアルシナが彼女を知っている。
つまり、アルシナをとっちめて情報を聞き出す必要があるって事だろうけど』
「簡単に言ってくれやがるな貴様……!」
下田は歯噛みした。アルシナはただの魔女ではない。街どころか島ひとつを支配できるほどの力を持っており、多数の魔物を従えている。しかも確か不死身だったハズだ。
原典のロジェロはメリッサの助けを得ながら、ただひたすら島から逃げ出すだけだった。
そんな奴相手に戦いを挑んで勝利せねばならないのだ。現時点で難易度がハードモードなのは間違いない。
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ロジェロが「誘惑の島」で消息を絶って数日後のこと。
時刻は白昼を過ぎた頃。島に近づく一艘のガレー船があった。
ガレー船が海岸に着くと、中から次々と50人ばかり、武装した男たちが飛び出してきた。いずれも人相は悪く、長い顎鬚を伸ばしているのが特徴的だ。
彼らはランゴバルド人海賊である。魔女アルシナの輝く都にあるという金銀財宝の噂を聞きつけ、無謀にも略奪しようと企てたのだ。
イタリア半島の大半を支配するランゴバルド王国は、6世紀半ば頃に建国されたゲルマン系国家だ。
しかしこの頃すでに全盛期のような力は無く、治安は乱れ、盗賊の類を好き放題のさばらせる惨状であった。
海賊たちは意気揚々とアルシナの都に突き進んでいった。
が、その侵攻途上で悪夢を見る羽目になる。道中、山岳地帯から駆け下りてくる不気味な集団の襲撃を受けたのだ。
彼らはかろうじて人間の形をしていたが、その容姿は醜悪なパロディのようで、見るからに不統一かつ不愉快な怪物どもだった。
猿の頭を持つ者。猫の顔をした者。山羊の蹄を持つ者。馬に乗る者。ロバに乗る者。牛に乗る者。その他、ダチョウ、鷲、鶴――とにかくありとあらゆる生き物をごちゃ混ぜにしたような醜怪な群れであった。
それらはけたたましく奇声を発しながら、海賊どもに襲いかかろうとしていた。
「な、何なんだアイツらはァ!?」
「ホブゴブリンだッ! 魔女の手先だァ!」
ホブゴブリン。悪戯どころでは済まない、人間たちに害を与える邪悪な妖精族である。
奇怪なホブゴブリンの集団相手に、海賊たちは果敢にも応戦した。
しかし細く伸び切った戦列の横腹を突かれ、混乱している最中に不意を突かれる形となったため、第一波で十人の海賊が無残にも斬り殺された。
その後も乱戦が続き、海賊側は不利な状況で苦戦を強いられた。恐慌状態となったランゴバルド人海賊は必死で戦ったが、一人、また一人とホブゴブリンに屠られていく。
「クソッ! 化け物どもめ!」
海賊の中でも首領及び数人の幹部らは、手下どもが犠牲になっている間に街道を抜けた。
するとその先は吊り橋になっており、その中央に巨大な黒狼に跨った巨人じみた影があった。
その巨人は、エメラルドやサファイア、ルビー、トパーズ等の大小様々な宝石をちりばめた黄金の鎧を纏っていた。
筋肉質の体躯や、鋭い爪や牙の生えた凶悪な容貌からは想像もつかなかったが、どうやら女性であるようだ。
「おやおや、今度の客人は。揃いも揃って醜男だねえ!」
巨大で傲慢な女は、外見通りのハスキーな声で海賊たちを嘲った。
海賊たちは半狂乱になって一斉に武器を抜いた。この大女の立ちはだかる先に、輝く都が見えたからだ。
それに引き返してホブゴブリンの群れと一戦交えるよりは、彼女一人と戦った方が与しやすいと考えたのだろう。
黄金の鎧を纏った大女は、そんな海賊たちの反抗する様子に舌なめずりをし、雄叫びを上げて狼を走らせた。
吊り橋から大きく跳躍し、欠片の恐れも抱かず海賊たちの中心へと飛び込んでいった!
首領を含めた何人かは咄嗟に横に跳び、狼から逃れたが、動くのが遅れた二人は哀れにも狼によって踏み潰され、あるいは喉笛を噛み千切られた。
周囲に血臭がたちこめ、返り血を浴びた大女の顔が狂喜に歪む。
しばらくその場に、剣戟の音が響き渡り――やがて静かになった。
土煙が晴れた後に立つのは、やはりあの大女だった。海賊たちは獰猛なる彼女――ホブゴブリンの女王エリフィラの率いる軍団によって皆殺しにされた。
「あはははは! 弱い! 醜い! つまらない! アンタたちじゃあ駄目だ!
我が主・アルシナ様の麗しきお顔を拝む価値すらないよッ!」
エリフィラは血塗れの戦場で愉快そうに高笑いを上げた。
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