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第2章 悪徳の魔女アルシナと海魔オルク
7 ブラダマンテvsエリフィラ
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ホブゴブリンの女王エリフィラは、肉食獣の笑みを浮かべて女騎士ブラダマンテと対峙した。
黄金で造られ、ルビーやトパーズ等、様々な宝石で飾り立てられたエリフィラの鎧が、月明かりを受けて怪しく光る。
エリフィラの巨体は7フィート(約2.1メートル)近くもあり――同じく巨大な黒狼に跨る事で、その身長差は大人と子供以上に離れていた。
「……悪趣味な鎧ね」ブラダマンテは言った。
「その宝石はどこから?」
「はッ! 決まってンだろう?」
エリフィラは察しが悪いとでも言いたげに哄笑した。
「ここを通ろうとするマヌケどもを殺して、ブン奪ったのさァ!
アタシは貪欲なんだ。
アンタの持つ財宝も欲しい! 欲しくてたまらないねェ!」
エリフィラは跨っている黒狼を走らせ、怒涛の勢いで女騎士との距離を詰めた。
ブラダマンテは大女の突撃を見てもすぐには動かず、じっと見据えている。
(馬鹿な騎士だ! 引きつけた所でアタシに反撃できるとでも?
アンタの両刃剣よりも狼の牙の方が射程は長いし、左右どちらに飛んでもアタシの鉤爪で引き裂いてやるよッ!)
狼とブラダマンテが激突する間際、エリフィラは手綱から手を離し、長く伸びた爪を持つ丸太のような両腕を広げた。
ホブゴブリンの女王は類まれなる体格と膂力から、両脚だけでバランスを保ち、騎乗を安定させられるのだ。
黒狼の舶刀にも似た巨大な牙が、ブラダマンテに届いた――かに見えた。
だが白き女騎士の取った行動は、エリフィラの度肝を抜いた。
地面を蹴り、跳躍したのだ。狼の顔面をギリギリまで引きつけて、鎧兜を纏った者の動きとは思えぬほど軽快なジャンプだった。
大口を開けた黒狼の頭部を軽々と飛び越え、鼻先を踏みつける。
続けざまに両刃剣が閃き、猛獣の左目を深々と斬りつけた!
「なァッ!?」
逃げるどころか真正面。しかも狼の巨躯を物ともせずに飛び越える。
ブラダマンテの動きはそれで終わりではなかった。狼が傷を負いバランスを崩す前に、その首を蹴ってさらに跳躍する。
慌てて迎え撃とうとしたエリフィラの頭上から奇襲をかける形となった。
予想外に速い反撃動作。大女は迎撃どころではなかった。狼が転倒しかけ、姿勢に踏ん張りが利かない。
真正面からの攻撃にも関わらず虚を突かれたエリフィラに、ブラダマンテの刃が迫る。
エリフィラの黄金兜が砕けた。ブラダマンテは彼女の遥か後方にて着地する。
黒狼の派手な転倒と共に、ホブゴブリンの女王の巨体も勢いよく藪の中へと投げ出された。
激突。轟音。破砕音。二体の巨大な怪物が猛進した先に、痛々しい破壊の爪痕が残された。
ブラダマンテはふう、と息を吐き、呼吸を整えつつ油断なく振り返る。弱々しく遠ざかる足音と、こちらに向けられた鋭い殺気を感じたからだ。
目茶目茶に壊れた藪の中から、傷だらけのエリフィラが憤怒の形相で出現した。
「あンの、役立たずめッ!
ちょいと傷を負わされたぐらいで逃げやがってッ……!
これだから獣は嫌いなんだよ。
しかもッ! クソッ! アタシの自慢の鎧が……!
よくもやってくれたねェ! せっかく集めた宝石が傷物になっちまったよ!」
「……そんなに大事な物なら、身に着けて戦わなければ良いのに」
冷静なブラダマンテの反論に、エリフィラの怒りは頂点に達した。
先刻の黒狼を遥かに凌ぐ、爆音のような咆哮を上げ――血走った眼を吊り上げて女騎士に突進した。
その巨体から想像もつかないほどの、虎を連想させる疾走である。
「ガアアアアッッッ!!」
先ほど嫌悪していた獣同然の雄叫びと共に、丸太のような両腕を暴風の如く振り回す!
鋭い両の鉤爪が、当たるを幸い全てを切断する死の刃と化し、ブラダマンテの命を裂こうと縦横無尽に乱舞する!
木が伐り倒され、地面が大きくえぐれ、虚空を耳障りな風切音が次々と横切っていく。
以前のブラダマンテ――司藤アイであれば恐怖に怯え、なす術もなく切り刻まれていた事だろう。
(この女、凄いパワーね……単純な力比べなら、わたしなんて足元にも及ばない。
一撃でもまともに食らったら、鎧兜ごとひしゃげて叩き潰されちゃう――)
アイは嵐のようなエリフィラの連撃を躱し、まるで他人事のように冷静に分析していた。
(――だったら、『まともに食らわなければ』いい)
いくらブラダマンテがチートな身体能力を誇り、鎧兜を装備したままでも素早く動けるとはいえ、やはり限界がある。
かといって防具が無ければ、鉤爪が掠っただけでも致命傷になりかねない。
アイは女騎士ブラダマンテの鋭敏な感覚を研ぎ澄ませ――最低限の動きで攻撃を躱し続けた。時には剣を使って力の軌道を僅かに逸らし、時には鎧を利用して斬撃を滑らせる。
集中力を要する。決して余裕で行える事ではない。一発でも躱し損ねればそこで終わりなのだから。
アイは回避・防御行動に徹しながらも、徐々に疲労が溜まっていくのを自覚していた。
だが力任せに両腕を振り回し続けるエリフィラの疲労と消耗は、ブラダマンテのそれを遥かに上回っていた。
「くそッ! くそッ! くそおッ!?
なんでだ! なんでマトモに当たらない!?
何故当たって死なねえんだてめェ!?」
ホブゴブリンの女王の、無尽と思えた体力にも限界が近づいてきていた。
僅かではあるが振り回す鉤爪の速度が落ち、攻撃のパターンも単調で雑になってきている。
ブラダマンテは大女の腕の動きを、目を逸らす事なく見据え――絶好の、一瞬のチャンスを見出した。
「はあッ!!」
「!?」
どずん、と凄まじい轟音と共に、エリフィラの丸太のような右腕が深々と地面にめり込んだ。鉤爪が埋没し、易々と引っ張り出せないぐらいの深さに引っかかってしまっている。
ホブゴブリンの女王は何が起こったのか理解するのに時間を要した。
ブラダマンテがタイミングを合わせ、彼女の腕の力のベクトルを逸らし、軌道を変化させたのだ。
こうなってはもう、嵐のような連撃も繰り出す事は叶わない。大女の動きは完全に止まってしまった。
「ぐッ! 畜生めが……はッ!?」
無論、この隙を見逃すブラダマンテではなかった。
ここぞとばかりに大女の懐深くにまで肉薄し、鋭い視線で彼女の目を射抜く!
「ひッ…………!?」
猪突猛進を絵に描いたような、命知らずのはずのエリフィラは、久しく感じた事のない恐怖心に支配された。
女騎士の両刃剣は過たず、ホブゴブリンの女王の、鎧に覆われていない分厚い首筋を斬り裂いていた。
苦痛と恐怖に狂乱しつつ、エリフィラはようやく右腕を引き抜き、懐の女騎士を鯖折りにしようともがいた。
だが動きに精彩のない、苦し紛れの反撃はとうに読まれ、ブラダマンテは素早く両の巨腕の抱擁から逃れていた。
前のめりになり、体勢が不安定になったところに足払いをかけられ、土煙と轟音を立てて派手に転倒してしまう。
大女は起き上がろうとした所を、うなじを踏みつけられ――同時に冷たい白刃を押し当てられる感触があった。
「――どう、降参しない?
しないというなら、このまま首を落とさざるを得ないけど」
ブラダマンテは務めて冷酷そうな素振りを見せて、エリフィラに降伏を促した。
決着はついた。
ホブゴブリンの女王は抵抗を諦め、女騎士の前に屈したのだった。
黄金で造られ、ルビーやトパーズ等、様々な宝石で飾り立てられたエリフィラの鎧が、月明かりを受けて怪しく光る。
エリフィラの巨体は7フィート(約2.1メートル)近くもあり――同じく巨大な黒狼に跨る事で、その身長差は大人と子供以上に離れていた。
「……悪趣味な鎧ね」ブラダマンテは言った。
「その宝石はどこから?」
「はッ! 決まってンだろう?」
エリフィラは察しが悪いとでも言いたげに哄笑した。
「ここを通ろうとするマヌケどもを殺して、ブン奪ったのさァ!
アタシは貪欲なんだ。
アンタの持つ財宝も欲しい! 欲しくてたまらないねェ!」
エリフィラは跨っている黒狼を走らせ、怒涛の勢いで女騎士との距離を詰めた。
ブラダマンテは大女の突撃を見てもすぐには動かず、じっと見据えている。
(馬鹿な騎士だ! 引きつけた所でアタシに反撃できるとでも?
アンタの両刃剣よりも狼の牙の方が射程は長いし、左右どちらに飛んでもアタシの鉤爪で引き裂いてやるよッ!)
狼とブラダマンテが激突する間際、エリフィラは手綱から手を離し、長く伸びた爪を持つ丸太のような両腕を広げた。
ホブゴブリンの女王は類まれなる体格と膂力から、両脚だけでバランスを保ち、騎乗を安定させられるのだ。
黒狼の舶刀にも似た巨大な牙が、ブラダマンテに届いた――かに見えた。
だが白き女騎士の取った行動は、エリフィラの度肝を抜いた。
地面を蹴り、跳躍したのだ。狼の顔面をギリギリまで引きつけて、鎧兜を纏った者の動きとは思えぬほど軽快なジャンプだった。
大口を開けた黒狼の頭部を軽々と飛び越え、鼻先を踏みつける。
続けざまに両刃剣が閃き、猛獣の左目を深々と斬りつけた!
「なァッ!?」
逃げるどころか真正面。しかも狼の巨躯を物ともせずに飛び越える。
ブラダマンテの動きはそれで終わりではなかった。狼が傷を負いバランスを崩す前に、その首を蹴ってさらに跳躍する。
慌てて迎え撃とうとしたエリフィラの頭上から奇襲をかける形となった。
予想外に速い反撃動作。大女は迎撃どころではなかった。狼が転倒しかけ、姿勢に踏ん張りが利かない。
真正面からの攻撃にも関わらず虚を突かれたエリフィラに、ブラダマンテの刃が迫る。
エリフィラの黄金兜が砕けた。ブラダマンテは彼女の遥か後方にて着地する。
黒狼の派手な転倒と共に、ホブゴブリンの女王の巨体も勢いよく藪の中へと投げ出された。
激突。轟音。破砕音。二体の巨大な怪物が猛進した先に、痛々しい破壊の爪痕が残された。
ブラダマンテはふう、と息を吐き、呼吸を整えつつ油断なく振り返る。弱々しく遠ざかる足音と、こちらに向けられた鋭い殺気を感じたからだ。
目茶目茶に壊れた藪の中から、傷だらけのエリフィラが憤怒の形相で出現した。
「あンの、役立たずめッ!
ちょいと傷を負わされたぐらいで逃げやがってッ……!
これだから獣は嫌いなんだよ。
しかもッ! クソッ! アタシの自慢の鎧が……!
よくもやってくれたねェ! せっかく集めた宝石が傷物になっちまったよ!」
「……そんなに大事な物なら、身に着けて戦わなければ良いのに」
冷静なブラダマンテの反論に、エリフィラの怒りは頂点に達した。
先刻の黒狼を遥かに凌ぐ、爆音のような咆哮を上げ――血走った眼を吊り上げて女騎士に突進した。
その巨体から想像もつかないほどの、虎を連想させる疾走である。
「ガアアアアッッッ!!」
先ほど嫌悪していた獣同然の雄叫びと共に、丸太のような両腕を暴風の如く振り回す!
鋭い両の鉤爪が、当たるを幸い全てを切断する死の刃と化し、ブラダマンテの命を裂こうと縦横無尽に乱舞する!
木が伐り倒され、地面が大きくえぐれ、虚空を耳障りな風切音が次々と横切っていく。
以前のブラダマンテ――司藤アイであれば恐怖に怯え、なす術もなく切り刻まれていた事だろう。
(この女、凄いパワーね……単純な力比べなら、わたしなんて足元にも及ばない。
一撃でもまともに食らったら、鎧兜ごとひしゃげて叩き潰されちゃう――)
アイは嵐のようなエリフィラの連撃を躱し、まるで他人事のように冷静に分析していた。
(――だったら、『まともに食らわなければ』いい)
いくらブラダマンテがチートな身体能力を誇り、鎧兜を装備したままでも素早く動けるとはいえ、やはり限界がある。
かといって防具が無ければ、鉤爪が掠っただけでも致命傷になりかねない。
アイは女騎士ブラダマンテの鋭敏な感覚を研ぎ澄ませ――最低限の動きで攻撃を躱し続けた。時には剣を使って力の軌道を僅かに逸らし、時には鎧を利用して斬撃を滑らせる。
集中力を要する。決して余裕で行える事ではない。一発でも躱し損ねればそこで終わりなのだから。
アイは回避・防御行動に徹しながらも、徐々に疲労が溜まっていくのを自覚していた。
だが力任せに両腕を振り回し続けるエリフィラの疲労と消耗は、ブラダマンテのそれを遥かに上回っていた。
「くそッ! くそッ! くそおッ!?
なんでだ! なんでマトモに当たらない!?
何故当たって死なねえんだてめェ!?」
ホブゴブリンの女王の、無尽と思えた体力にも限界が近づいてきていた。
僅かではあるが振り回す鉤爪の速度が落ち、攻撃のパターンも単調で雑になってきている。
ブラダマンテは大女の腕の動きを、目を逸らす事なく見据え――絶好の、一瞬のチャンスを見出した。
「はあッ!!」
「!?」
どずん、と凄まじい轟音と共に、エリフィラの丸太のような右腕が深々と地面にめり込んだ。鉤爪が埋没し、易々と引っ張り出せないぐらいの深さに引っかかってしまっている。
ホブゴブリンの女王は何が起こったのか理解するのに時間を要した。
ブラダマンテがタイミングを合わせ、彼女の腕の力のベクトルを逸らし、軌道を変化させたのだ。
こうなってはもう、嵐のような連撃も繰り出す事は叶わない。大女の動きは完全に止まってしまった。
「ぐッ! 畜生めが……はッ!?」
無論、この隙を見逃すブラダマンテではなかった。
ここぞとばかりに大女の懐深くにまで肉薄し、鋭い視線で彼女の目を射抜く!
「ひッ…………!?」
猪突猛進を絵に描いたような、命知らずのはずのエリフィラは、久しく感じた事のない恐怖心に支配された。
女騎士の両刃剣は過たず、ホブゴブリンの女王の、鎧に覆われていない分厚い首筋を斬り裂いていた。
苦痛と恐怖に狂乱しつつ、エリフィラはようやく右腕を引き抜き、懐の女騎士を鯖折りにしようともがいた。
だが動きに精彩のない、苦し紛れの反撃はとうに読まれ、ブラダマンテは素早く両の巨腕の抱擁から逃れていた。
前のめりになり、体勢が不安定になったところに足払いをかけられ、土煙と轟音を立てて派手に転倒してしまう。
大女は起き上がろうとした所を、うなじを踏みつけられ――同時に冷たい白刃を押し当てられる感触があった。
「――どう、降参しない?
しないというなら、このまま首を落とさざるを得ないけど」
ブラダマンテは務めて冷酷そうな素振りを見せて、エリフィラに降伏を促した。
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