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第6章 アストルフォ月へ行く
18 黒崎八式vsブラダマンテ・前編★
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黒崎八式は気が付けば、殺風景な荒野にいた。
空は暗く、先ほどまでいた「月」世界とさしたる変化はない。だが彼は――自分の髪の毛を触ってみて違和感に気づいた。
彼が憑依していたムーア人(スペインのイスラム教徒)騎士ロジェロのものではない。忘れかけていた、少し硬めの短い黒髪。間違いなくこれは、現実世界の自分自身のものだ。
(ひょっとして今のオレは――黒崎自身の姿に戻ってるって事なのか?)
ここは司藤アイの心の中なのだろうか。
しかし一緒に飛び込んだはずのアストルフォやメリッサの姿は近くにない。
じっくりと周囲に目を凝らすと――ぼんやりと映像が見えてくる。
見覚えのある、幼い頃の司藤アイの姿。記憶の断片だろうか。もう少し注意深く観察すれば、その全容も見えてくるかもしれない。
だが――黒崎はそれを良しとせず、先を急ぐ事にした。
(ここにあるのが司藤の昔の思い出だっていうんなら……覗き見するのは野暮ってモンだ。
話したくない過去を無理矢理暴かれたいヤツなんて、いる訳ねえもんな)
黒崎にとって面識のなかった、アイの中学時代に何があったのか。気にならないではなかったが。今はアイの魂の救出が最優先。黒崎は荒野を進んだ。
すると程なくして、黒崎の前に城門が現れた。
さっきまでは見晴らしの良い、だだっ広い場所だったのに。いつの間にこの門はあったのだろう?
そして門の前に座っていたのは鎧姿の美女。彼女は黒崎に気づくや、顔を上げてニヤリと笑った。
「思ったより早かったな。きみは確か――クロサキ、だったかい?」
「ああ、そうだぜ。オレの名前は黒崎八式だ。
そういうお前は、もしかして……『ブラダマンテ』、なのか?」
彼女の顔はアイの心の中に飛び込む直前に見た、女騎士にそっくりだ。
「その通り。わたしはブラダマンテ。クレルモン公エイモンの娘だ。
はじめまして、かな? きみはそんな顔をしているのか」
女騎士ブラダマンテは微笑みつつ、黒崎の顔を物珍しげにまじまじと見つめる。
「……やはり、ロジェロの方が何倍も美男子だな」
「ほっとけッ!?」
美貌のブラダマンテの視線を浴び、黒崎はドキリとしてしまった。
その優越感に浸った生意気な顔もどことなく愛らしい。美女というのはこういう時も得なのだなと黒崎は思った。
「司藤はどこだ? この門の向こうにいるのか?」
「ああ、その通りだよ。きみ達の行動は見ていた。おめでとう、黒崎殿。
三人同時に司藤アイの心に入ったが、きみが一番彼女の魂に近い位置に手を触れていた。
だからこそ一番乗りでここに来れたんだ。あの時、わたしの胸に手を触れた経験が活きたな」
「ンなッ…………!?」
頬を赤らめる思春期特有のウブな反応を見て、ブラダマンテはさも楽しげに笑みを大きくする。
「……なんてね、冗談だよ。鎧越しに触れた程度で恥じる事などない。
あの時ドサクサに紛れて唇のひとつも奪えなかったヘタレ男に、わたしが気後れするとでも思ったのか?」
「……あーもう、からかうのもいい加減にしろよッ!
門の先に司藤がいるんだな? オレ、あいつに用があるからよ――」
黒崎はブラダマンテの横を通り抜けようとしたが、彼女は立ち上がって行く手を遮った。
「……何のつもりだ?」
「すんなりと通す訳にはいかないな。司藤アイの不注意とはいえ、忘却の川レテの水を浴びてしまったのだ。
本来なら、この世界の住人ではない者に川の水が影響を与える事はない。きみが何ともなかったようにな。
しかし今の彼女は事情が違う。きみとのやり取りに自信を喪失し、このわたし――ブラダマンテと同化し、自分という存在を卑下し、消してしまいたいと考えるようになった。
そのせいで今の司藤アイの魂は、どっちつかずの危うい状態になってしまった。だからレテの水の忘却の力に引きずられる羽目になった――」
「マジかよ。何だそれ……! 何でそこまで思い詰めちまったんだ……!?」
歯噛みする黒崎に対し、ブラダマンテはずいと近寄る。目の前に、二人の着る鎧が直に触れる間際まで。
「邪魔すんなよ、ブラダマンテ」
「状況が飲み込めていないようだな? 司藤アイの心は弱まり、このブラダマンテが捕えているも同然だという事に気づいていないのか?
この城門は彼女が無意識に作り上げた心の壁のようなものだ。通り抜けたければ――わたしに勝利する必要がある」
ブラダマンテは笑みを浮かべたまま、腰の両刃剣に手をかけ、黒崎を挑発した。
「剣を抜け、黒崎殿。このブラダマンテと一騎打ちと行こうじゃないか。
勝ったほうが司藤アイの魂を手に入れ、直談判する権利を得られる。騎士らしく単純で分かりやすい話だろう?」
口調こそ悪戯っぽいが、態度と眼差しは真剣そのものだ。話し合いで譲らせる事はできないだろう。
そう直感した黒崎は女騎士の求めに応じて、一騎打ちの礼を取った。そして魔剣ベリサルダに手をかけ――彼女と同じタイミングで抜き放った。それが戦いの合図であった。
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
《 作者落書き・その5 》
女騎士ブラダマンテ。月世界にて。
空は暗く、先ほどまでいた「月」世界とさしたる変化はない。だが彼は――自分の髪の毛を触ってみて違和感に気づいた。
彼が憑依していたムーア人(スペインのイスラム教徒)騎士ロジェロのものではない。忘れかけていた、少し硬めの短い黒髪。間違いなくこれは、現実世界の自分自身のものだ。
(ひょっとして今のオレは――黒崎自身の姿に戻ってるって事なのか?)
ここは司藤アイの心の中なのだろうか。
しかし一緒に飛び込んだはずのアストルフォやメリッサの姿は近くにない。
じっくりと周囲に目を凝らすと――ぼんやりと映像が見えてくる。
見覚えのある、幼い頃の司藤アイの姿。記憶の断片だろうか。もう少し注意深く観察すれば、その全容も見えてくるかもしれない。
だが――黒崎はそれを良しとせず、先を急ぐ事にした。
(ここにあるのが司藤の昔の思い出だっていうんなら……覗き見するのは野暮ってモンだ。
話したくない過去を無理矢理暴かれたいヤツなんて、いる訳ねえもんな)
黒崎にとって面識のなかった、アイの中学時代に何があったのか。気にならないではなかったが。今はアイの魂の救出が最優先。黒崎は荒野を進んだ。
すると程なくして、黒崎の前に城門が現れた。
さっきまでは見晴らしの良い、だだっ広い場所だったのに。いつの間にこの門はあったのだろう?
そして門の前に座っていたのは鎧姿の美女。彼女は黒崎に気づくや、顔を上げてニヤリと笑った。
「思ったより早かったな。きみは確か――クロサキ、だったかい?」
「ああ、そうだぜ。オレの名前は黒崎八式だ。
そういうお前は、もしかして……『ブラダマンテ』、なのか?」
彼女の顔はアイの心の中に飛び込む直前に見た、女騎士にそっくりだ。
「その通り。わたしはブラダマンテ。クレルモン公エイモンの娘だ。
はじめまして、かな? きみはそんな顔をしているのか」
女騎士ブラダマンテは微笑みつつ、黒崎の顔を物珍しげにまじまじと見つめる。
「……やはり、ロジェロの方が何倍も美男子だな」
「ほっとけッ!?」
美貌のブラダマンテの視線を浴び、黒崎はドキリとしてしまった。
その優越感に浸った生意気な顔もどことなく愛らしい。美女というのはこういう時も得なのだなと黒崎は思った。
「司藤はどこだ? この門の向こうにいるのか?」
「ああ、その通りだよ。きみ達の行動は見ていた。おめでとう、黒崎殿。
三人同時に司藤アイの心に入ったが、きみが一番彼女の魂に近い位置に手を触れていた。
だからこそ一番乗りでここに来れたんだ。あの時、わたしの胸に手を触れた経験が活きたな」
「ンなッ…………!?」
頬を赤らめる思春期特有のウブな反応を見て、ブラダマンテはさも楽しげに笑みを大きくする。
「……なんてね、冗談だよ。鎧越しに触れた程度で恥じる事などない。
あの時ドサクサに紛れて唇のひとつも奪えなかったヘタレ男に、わたしが気後れするとでも思ったのか?」
「……あーもう、からかうのもいい加減にしろよッ!
門の先に司藤がいるんだな? オレ、あいつに用があるからよ――」
黒崎はブラダマンテの横を通り抜けようとしたが、彼女は立ち上がって行く手を遮った。
「……何のつもりだ?」
「すんなりと通す訳にはいかないな。司藤アイの不注意とはいえ、忘却の川レテの水を浴びてしまったのだ。
本来なら、この世界の住人ではない者に川の水が影響を与える事はない。きみが何ともなかったようにな。
しかし今の彼女は事情が違う。きみとのやり取りに自信を喪失し、このわたし――ブラダマンテと同化し、自分という存在を卑下し、消してしまいたいと考えるようになった。
そのせいで今の司藤アイの魂は、どっちつかずの危うい状態になってしまった。だからレテの水の忘却の力に引きずられる羽目になった――」
「マジかよ。何だそれ……! 何でそこまで思い詰めちまったんだ……!?」
歯噛みする黒崎に対し、ブラダマンテはずいと近寄る。目の前に、二人の着る鎧が直に触れる間際まで。
「邪魔すんなよ、ブラダマンテ」
「状況が飲み込めていないようだな? 司藤アイの心は弱まり、このブラダマンテが捕えているも同然だという事に気づいていないのか?
この城門は彼女が無意識に作り上げた心の壁のようなものだ。通り抜けたければ――わたしに勝利する必要がある」
ブラダマンテは笑みを浮かべたまま、腰の両刃剣に手をかけ、黒崎を挑発した。
「剣を抜け、黒崎殿。このブラダマンテと一騎打ちと行こうじゃないか。
勝ったほうが司藤アイの魂を手に入れ、直談判する権利を得られる。騎士らしく単純で分かりやすい話だろう?」
口調こそ悪戯っぽいが、態度と眼差しは真剣そのものだ。話し合いで譲らせる事はできないだろう。
そう直感した黒崎は女騎士の求めに応じて、一騎打ちの礼を取った。そして魔剣ベリサルダに手をかけ――彼女と同じタイミングで抜き放った。それが戦いの合図であった。
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《 作者落書き・その5 》
女騎士ブラダマンテ。月世界にて。
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