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第6章 アストルフォ月へ行く
23 聖ヨハネの正体
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司藤アイと黒崎八式が塔を出た時、いつの間にか二人の姿は物語世界の鎧姿に戻っていた。
塔の外で待っていたアストルフォとメリッサは、二人の姿を見るや満面の笑みを浮かべて出迎えた。少し離れたところに座っていたブラダマンテも、アイが元気な様子を見て安堵の表情を浮かべていた。
「無事だったのですね、司藤さん!」
メリッサは大喜びでアイを抱き締める。彼女に本来の名前を呼ばれるのは面映い心地がした。
「ごめんなさいね、メリッサ。それにアストルフォも。
心配かけちゃった。わたしの事は、黒崎から聞いているのよね?
でも改めて自己紹介します。司藤アイです――」
二人にお辞儀をして、これまでの経緯を話すアイ。
ほとんどは黒崎から聞いた情報の再確認であったが、彼女が自信を無くしかけ「ブラダマンテ」を辞めたくなっていた事、その為にレテ川の水の影響を受け、魂が消滅しかかっていた事などが明らかにされた。
「――でも、みんなが来てくれたお陰で。何とか立ち直る事ができました。
わたしじゃ『ブラダマンテ』として頼りないかもしれないけれど、精一杯やっていきたいと思っています。
だから……こんなわたしでも良ければ、みんなの力を貸して欲しいんです。
どうか、どうか……宜しく、お願いします――」
「そこんとこ、オレからも頼むよ。アストルフォ、メリッサ」黒崎が言った。
「オレから勝手にバラしちまったけどさ。司藤の素性や、抱えている使命。
信頼できるアンタ達が知っていて、協力してくれれば――司藤の負担も軽くなると思うんだ」
「はっはっは! 今更言われるまでもないよ。我が友、黒崎! それに司藤君!
このイングランド王子アストルフォ。我が家名と主イエスに誓って、君たちの手助けをすると約束しよう!」
爽やかな笑顔と共に、アストルフォは跪いて協力する旨を誓った。
同じくメリッサも彼に倣い、頭を垂れる。
「水臭いですわ。お二人がいかなる存在であれ、今のお二人が結ばれる事こそが、このメリッサの使命!
今後ともお二方に仕える従者として、誠心誠意尽くさせていただきますわ!」
(……だよな。わざわざ聞くまでもなかったよな、この二人なら)
それでも、アイの表情が輝かんばかりに和らいだのを見て、黒崎も安堵した。
そして黒崎は、遠くで頬杖をついている女騎士にも声をかけた。
「――そうだ、『ブラダマンテ』。お前も、司藤に協力してやってくれ」
「面白い事を言うな。わたしにまで協力を求めるというのか」
「当たり前じゃねえか。これから先、お前の騎士としての力――必要不可欠なんだからよ」
「…………」
やや不機嫌そうな顔をしているブラダマンテに対し、アイは歩み寄ってその手を取った。
「お願い。これから先、あなたとも上手くやっていきたいって思っているの。
あなただって、ロジェロと結ばれる為に頑張っているんでしょう?
この物語をやり遂げれば、わたし達も元の世界に戻れる。あなたも結婚できる。お互いに利害は一致するわ」
「本当にいいのか? わたしはあなたを乗っ取ろうとした人間だぞ?」
ブラダマンテの疑問に、アイはかぶりを振って答えた。
「あなたの立場からすれば、望みもしないのに他人の魂に居座られ、操られているようなものでしょう?
不快に思って追い出したくなるのも分かる。でもわたしだって、消えたくなんかない。
だったら――二人で落としどころを探って、協力できるようにするしかないじゃない。そう思わない?」
にっこりと笑うアイに、ブラダマンテは諦めたように溜め息をついた。
「もともとわたしに選択の余地などないよ。分かった――宜しく頼む、司藤アイ」
**********
気がつけば、そこは忘却の川レテのほとりだった。
司藤アイ、黒崎八式、アストルフォ、メリッサの四人は並んで横たわっており、ほぼ同時に目を覚ました。
「ほっほっほ。ようやく彼女の精神から戻ってこれたようじゃな」
白髪の老人・聖ヨハネがにこやかに言った。その手には水瓶が握られている。
「ご苦労じゃった。お主らが旅立っている間、レテの水を汲んで作っておいたぞ。
エチオピア王セナプスの目を治療する薬をな。彼奴が患っているのは、忘れたい過去を忘れられず、目を背けたくなった者が陥る病なのじゃ」
聖ヨハネは水瓶から小さなビン2つに水を入れ、黒崎に手渡した。
「なんで2つもくれるんだ?」
「見えたのじゃよ。今後、その薬が必要な者がもう一人現れる未来がな。
ま、ちょっとしたサービスじゃと思って、遠慮なく受け取ってくれい。
わしもいいものを見せて貰ったからの」
聖者は寂しそうに微笑み、レテ川で死者の名札を掬い上げようとする騒がしい鳥たちを見ていた。
有象無象の鳥たちの中で名札を見事口に咥え、天空にそびえ立つ「不滅の柱」にくくりつけられるのは――わずか二羽の美しき白鳥のみであった。
(あの白鳥は、希代の大詩人の象徴よ。物語の英雄として語り継がれるためには、本人が英雄である必要はない。
大詩人の不滅の物語として謳われる機会に恵まれるか否かじゃ。わしも――あの白鳥のように、なりたかったのう)
しかし聖ヨハネは気づいていた。アイや黒崎の記憶を通じて、己の著した物語がほとんどの人間に知られてすらいないという事実を。
彼の正体は「狂えるオルランド」の作者たる詩人アリオスト――が著作に残した残留思念であった。だからこそ古の聖者の名を冠しながら、物語のスポンサーの名前を持ち上げるなどの不自然な行動を取っていたのである。
(もはやわしの描いた物語とは、この世界は大きく異なっておる……
せめて見届けさせてもらおうぞ。お主らがこの世界をどう生き、度重なる試練を潜り抜けていくのか。
願わくば、お主らの恋が成就する事を、陰ながら祈っておるよ――)
こうして過去の精神世界「月」の旅路は終わりを告げ、聖ヨハネの宮殿での夜は明けた。
月世界から戦利品の数々を持ち帰った一行は、伝説の聖者に感謝の礼を述べて、朝日と共に宮殿を後にしたのだった。
塔の外で待っていたアストルフォとメリッサは、二人の姿を見るや満面の笑みを浮かべて出迎えた。少し離れたところに座っていたブラダマンテも、アイが元気な様子を見て安堵の表情を浮かべていた。
「無事だったのですね、司藤さん!」
メリッサは大喜びでアイを抱き締める。彼女に本来の名前を呼ばれるのは面映い心地がした。
「ごめんなさいね、メリッサ。それにアストルフォも。
心配かけちゃった。わたしの事は、黒崎から聞いているのよね?
でも改めて自己紹介します。司藤アイです――」
二人にお辞儀をして、これまでの経緯を話すアイ。
ほとんどは黒崎から聞いた情報の再確認であったが、彼女が自信を無くしかけ「ブラダマンテ」を辞めたくなっていた事、その為にレテ川の水の影響を受け、魂が消滅しかかっていた事などが明らかにされた。
「――でも、みんなが来てくれたお陰で。何とか立ち直る事ができました。
わたしじゃ『ブラダマンテ』として頼りないかもしれないけれど、精一杯やっていきたいと思っています。
だから……こんなわたしでも良ければ、みんなの力を貸して欲しいんです。
どうか、どうか……宜しく、お願いします――」
「そこんとこ、オレからも頼むよ。アストルフォ、メリッサ」黒崎が言った。
「オレから勝手にバラしちまったけどさ。司藤の素性や、抱えている使命。
信頼できるアンタ達が知っていて、協力してくれれば――司藤の負担も軽くなると思うんだ」
「はっはっは! 今更言われるまでもないよ。我が友、黒崎! それに司藤君!
このイングランド王子アストルフォ。我が家名と主イエスに誓って、君たちの手助けをすると約束しよう!」
爽やかな笑顔と共に、アストルフォは跪いて協力する旨を誓った。
同じくメリッサも彼に倣い、頭を垂れる。
「水臭いですわ。お二人がいかなる存在であれ、今のお二人が結ばれる事こそが、このメリッサの使命!
今後ともお二方に仕える従者として、誠心誠意尽くさせていただきますわ!」
(……だよな。わざわざ聞くまでもなかったよな、この二人なら)
それでも、アイの表情が輝かんばかりに和らいだのを見て、黒崎も安堵した。
そして黒崎は、遠くで頬杖をついている女騎士にも声をかけた。
「――そうだ、『ブラダマンテ』。お前も、司藤に協力してやってくれ」
「面白い事を言うな。わたしにまで協力を求めるというのか」
「当たり前じゃねえか。これから先、お前の騎士としての力――必要不可欠なんだからよ」
「…………」
やや不機嫌そうな顔をしているブラダマンテに対し、アイは歩み寄ってその手を取った。
「お願い。これから先、あなたとも上手くやっていきたいって思っているの。
あなただって、ロジェロと結ばれる為に頑張っているんでしょう?
この物語をやり遂げれば、わたし達も元の世界に戻れる。あなたも結婚できる。お互いに利害は一致するわ」
「本当にいいのか? わたしはあなたを乗っ取ろうとした人間だぞ?」
ブラダマンテの疑問に、アイはかぶりを振って答えた。
「あなたの立場からすれば、望みもしないのに他人の魂に居座られ、操られているようなものでしょう?
不快に思って追い出したくなるのも分かる。でもわたしだって、消えたくなんかない。
だったら――二人で落としどころを探って、協力できるようにするしかないじゃない。そう思わない?」
にっこりと笑うアイに、ブラダマンテは諦めたように溜め息をついた。
「もともとわたしに選択の余地などないよ。分かった――宜しく頼む、司藤アイ」
**********
気がつけば、そこは忘却の川レテのほとりだった。
司藤アイ、黒崎八式、アストルフォ、メリッサの四人は並んで横たわっており、ほぼ同時に目を覚ました。
「ほっほっほ。ようやく彼女の精神から戻ってこれたようじゃな」
白髪の老人・聖ヨハネがにこやかに言った。その手には水瓶が握られている。
「ご苦労じゃった。お主らが旅立っている間、レテの水を汲んで作っておいたぞ。
エチオピア王セナプスの目を治療する薬をな。彼奴が患っているのは、忘れたい過去を忘れられず、目を背けたくなった者が陥る病なのじゃ」
聖ヨハネは水瓶から小さなビン2つに水を入れ、黒崎に手渡した。
「なんで2つもくれるんだ?」
「見えたのじゃよ。今後、その薬が必要な者がもう一人現れる未来がな。
ま、ちょっとしたサービスじゃと思って、遠慮なく受け取ってくれい。
わしもいいものを見せて貰ったからの」
聖者は寂しそうに微笑み、レテ川で死者の名札を掬い上げようとする騒がしい鳥たちを見ていた。
有象無象の鳥たちの中で名札を見事口に咥え、天空にそびえ立つ「不滅の柱」にくくりつけられるのは――わずか二羽の美しき白鳥のみであった。
(あの白鳥は、希代の大詩人の象徴よ。物語の英雄として語り継がれるためには、本人が英雄である必要はない。
大詩人の不滅の物語として謳われる機会に恵まれるか否かじゃ。わしも――あの白鳥のように、なりたかったのう)
しかし聖ヨハネは気づいていた。アイや黒崎の記憶を通じて、己の著した物語がほとんどの人間に知られてすらいないという事実を。
彼の正体は「狂えるオルランド」の作者たる詩人アリオスト――が著作に残した残留思念であった。だからこそ古の聖者の名を冠しながら、物語のスポンサーの名前を持ち上げるなどの不自然な行動を取っていたのである。
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せめて見届けさせてもらおうぞ。お主らがこの世界をどう生き、度重なる試練を潜り抜けていくのか。
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