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第7章 オルランド討伐作戦
28 狂える災厄
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ピナベルは眼前の奇妙な光景――敵騎兵たちの迷走、同士討ち――にしばし呆気に取られていたが。
不意に我に返ったのか、突然森の中を駆け出した。
「おい、今度はどこへ行く気だピナベル!」不審そうな声を上げ、後を追いかけるドゥドン。
「この場は任せておいて大丈夫だな、アトラントの旦那ァ!
すっかり忘れてた……急いでこの森を出ねーとッ……!」
老魔法使いの幻術によって、当面の危機は脱した。しかし今度は別の問題が浮上する。
ピナベルの焦燥の原因は、懐に抱えていた大きなガラス瓶であった。
アストルフォより託されし「オルランドの心」……いわゆる思慮分別と呼ばれるもの。これこそが狂ったオルランドを正気に戻す、唯一の手段なのだ。
(アストルフォの話じゃあ、コイツは持ち主の肉体に惹かれる傾向があるそうじゃねーか! つまり森の中で余裕ぶっていたら、とんでもねえ時に鉢合わせしちまうかもしれねえッ……!)
アトラント老人に授かった隼眼石。幻術の影響を無効化する加護がある。
確かに有効なようだ。まっすぐ行けば森を抜けられそうだ。
行く先々で混乱している味方を見つけては、「森には魔法がかかってる! 死にたくなければじっとしていろ!」と忠告しながら進む。
やがて森を出ると――ピナベルとドゥドンは見覚えのある騎士二人と、貴婦人に遭遇した。
「アンタ達は確か――十二勇士のオリヴィエにフロリマール。そしてその妻フロルドリか!」
「そういう貴殿はピナベルと……誰?」
「ドゥドンです! デンマーク勇者オジェの息子のッ!」
合流の挨拶もそこそこに――ピナベルはオリヴィエ達が、オルランドの監視任務に携わっている事を知った。
(やっぱりドンピシャだ! オルランドはすぐそこに――)
ピナベルの推測は当たっており、確かにオルランドは近くまで来ていた。
筋骨隆々の、乱れに乱れたざんばら髪。裸同然の類人猿のごとき風貌。右手には荒削りの棍棒を持っている。
恐るべき姿と獣のような唸り声は、見る者全てを竦み上がらせるほどの威圧感だ。
「……まずいぞ! 見つかってしまったッ」フロリマールは唇を噛んだ。
「心配いらねえ」ピナベルはガタガタ震えながらも、口の端を釣り上げていた。
「この際だ。我らが最強騎士、オルランド殿にも協力してもらおうぜ……!」
**********
セリカン王グラダッソは、次に打つべき一手を決めあぐねていた。
第二陣の消息が途絶え、中の様子も伺えないと知っては、無理からぬ事だろう。
(我が黒騎兵は無尽にいる。幾らでも新手を送り込めるが――
新たな兵を呼び込むには、それなりに時間がかかる。この森でこれ以上、無駄に失う訳にはいかぬな)
ふと妙な音が聞こえてきた。森の外縁部より、血相を変えて走って来る痩せぎすの男がいる。ピナベルだ。
グラダッソは彼の背後にいる、恐るべき野獣めいた巨漢の姿に目を瞠った。
「あれはッ……オルランド! 間違いないッ」
ピナベルは、グラダッソ軍が迎撃態勢に動いたのを見届けた上で、森の中に逃げ込んだ。
オルランドは唸るように雄叫びを上げ、新たに見つけた大勢の「獲物」に向かい躍りかかった!
「グラダッソ様をお守りしろッ!」
グラダッソの黒騎兵は忠勇果敢。決して王に逆らう事なく、死も厭わない。
しかし正気を失ったオルランドの武勇は――単独でその全てを相手取っても遜色ないほど、凄まじいものだった。
オルランドの棍棒が振るわれれば、騎兵の兜が破砕する。
オルランドの丸太のような蹴りが飛べば、馬の脚骨をへし折り横転させる。
オルランドに噛みつかれた者は、鎧の上から血を流すほどであったし、怪力の腕は当たるを幸い、次々と精兵たちを枯れ木のように薙ぎ倒してしまう。
(馬鹿な……なんだこいつはッ。これが……オルランドの力だというのか!
思慮分別を失い、孤立無援でありながらなお、この戦いぶりかッ……!?)
豪胆で知られるセリカンの荒ぶる王も、災厄同然の最強騎士の武威に、冷や汗をかかずにはいられなかった。
黒騎兵たちが並みの兵馬であれば、あっという間に士気が瓦解し総崩れになっていたであろう。
「怯むなッ! かかれッ!」
「グラダッソ様、お下がりあれ! ここは我らにお任せを!」
あくまで闘志を失わないグラダッソの兵。異能によるこの世ならざる者たちとはいえ、彼らの鋼の意思は――萎えかけたグラダッソの戦意を復活させた。
(フン、何を恐れる事があるか……儂にはこやつらがいる。
オルランドの体力とて無尽ではない。いつまでも大立ち回りを続けられるハズがないのだッ!)
「よかろう! 誉れあるグラダッソ黒騎兵団の武名に懸けて、あの野獣の如き男を討ち取ってみせよ!」
『御意ッ!!』
セリカン王の読み通りだった。
長時間、疲れ知らずの怪力を振るっていたオルランドであったが……徐々にその動きは鈍くなり、精彩を欠くようになっている。
騎兵の半数はすでに打ち倒されてしまったが、何者も寄せ付けぬ程であった彼の身体に、槍が命中しはじめる。金剛石の肉体ゆえ傷はつかないものの、馬の突進力を利用した衝撃にオルランドはたたらを踏んだ。
「そこだ! 一気に畳み掛けよッ!」
(勝てる。今ならオルランドを殺せる!
今までの『世界線』で幾度も儂を殺してきた、最悪の運命をこの手で退けられるのだッ!)
グラダッソは勝利の予感に高揚した。ところが……
突如森の中から飛び出してきた、二騎の騎士が倒れたオルランドとグラダッソ兵の間に立ち塞がった。オリヴィエとフロリマールだ。
「お勤めご苦労! グラダッソ殿。貴殿の役目はここまでだ!」
「オルランドを弱らせてくれた事、礼を言う。後は我らに任せていただこう!」
「なッ…………!?」絶句するグラダッソ。
黒騎兵たちは構わず二人に打ちかかるものの、彼らとてシャルルマーニュの十二勇士である。
二人とも実力や潜在能力は、オルランドに引けを取らない。グラダッソ兵は次々退けられ、オルランドに辿り着けなかった。
その隙に続けて飛び出してきたピナベルとドゥドンが、倒れたオルランドに接近していくのが見える。
「早くしろピナベル! 小生がオルランドを抑えている間に……!」
「分かってらァンな事! しっかり押さえてろよ……!」
しかし押さえつけられ、敵味方の区別もつかぬほど正気を失っているオルランドは、大声で吠えて暴れ出した。
ドゥドンは頭を殴られ、腹を蹴られ――激痛に耐えながらも、最強騎士を羽交い絞めにする。
「よしよし、素晴らしい! 今がチャンスッ……!」
ピナベルはガラス瓶を取り出し、オルランドの口に近づけた。
次の瞬間――ピナベルの肉体は虚空を舞っていた。
不意に我に返ったのか、突然森の中を駆け出した。
「おい、今度はどこへ行く気だピナベル!」不審そうな声を上げ、後を追いかけるドゥドン。
「この場は任せておいて大丈夫だな、アトラントの旦那ァ!
すっかり忘れてた……急いでこの森を出ねーとッ……!」
老魔法使いの幻術によって、当面の危機は脱した。しかし今度は別の問題が浮上する。
ピナベルの焦燥の原因は、懐に抱えていた大きなガラス瓶であった。
アストルフォより託されし「オルランドの心」……いわゆる思慮分別と呼ばれるもの。これこそが狂ったオルランドを正気に戻す、唯一の手段なのだ。
(アストルフォの話じゃあ、コイツは持ち主の肉体に惹かれる傾向があるそうじゃねーか! つまり森の中で余裕ぶっていたら、とんでもねえ時に鉢合わせしちまうかもしれねえッ……!)
アトラント老人に授かった隼眼石。幻術の影響を無効化する加護がある。
確かに有効なようだ。まっすぐ行けば森を抜けられそうだ。
行く先々で混乱している味方を見つけては、「森には魔法がかかってる! 死にたくなければじっとしていろ!」と忠告しながら進む。
やがて森を出ると――ピナベルとドゥドンは見覚えのある騎士二人と、貴婦人に遭遇した。
「アンタ達は確か――十二勇士のオリヴィエにフロリマール。そしてその妻フロルドリか!」
「そういう貴殿はピナベルと……誰?」
「ドゥドンです! デンマーク勇者オジェの息子のッ!」
合流の挨拶もそこそこに――ピナベルはオリヴィエ達が、オルランドの監視任務に携わっている事を知った。
(やっぱりドンピシャだ! オルランドはすぐそこに――)
ピナベルの推測は当たっており、確かにオルランドは近くまで来ていた。
筋骨隆々の、乱れに乱れたざんばら髪。裸同然の類人猿のごとき風貌。右手には荒削りの棍棒を持っている。
恐るべき姿と獣のような唸り声は、見る者全てを竦み上がらせるほどの威圧感だ。
「……まずいぞ! 見つかってしまったッ」フロリマールは唇を噛んだ。
「心配いらねえ」ピナベルはガタガタ震えながらも、口の端を釣り上げていた。
「この際だ。我らが最強騎士、オルランド殿にも協力してもらおうぜ……!」
**********
セリカン王グラダッソは、次に打つべき一手を決めあぐねていた。
第二陣の消息が途絶え、中の様子も伺えないと知っては、無理からぬ事だろう。
(我が黒騎兵は無尽にいる。幾らでも新手を送り込めるが――
新たな兵を呼び込むには、それなりに時間がかかる。この森でこれ以上、無駄に失う訳にはいかぬな)
ふと妙な音が聞こえてきた。森の外縁部より、血相を変えて走って来る痩せぎすの男がいる。ピナベルだ。
グラダッソは彼の背後にいる、恐るべき野獣めいた巨漢の姿に目を瞠った。
「あれはッ……オルランド! 間違いないッ」
ピナベルは、グラダッソ軍が迎撃態勢に動いたのを見届けた上で、森の中に逃げ込んだ。
オルランドは唸るように雄叫びを上げ、新たに見つけた大勢の「獲物」に向かい躍りかかった!
「グラダッソ様をお守りしろッ!」
グラダッソの黒騎兵は忠勇果敢。決して王に逆らう事なく、死も厭わない。
しかし正気を失ったオルランドの武勇は――単独でその全てを相手取っても遜色ないほど、凄まじいものだった。
オルランドの棍棒が振るわれれば、騎兵の兜が破砕する。
オルランドの丸太のような蹴りが飛べば、馬の脚骨をへし折り横転させる。
オルランドに噛みつかれた者は、鎧の上から血を流すほどであったし、怪力の腕は当たるを幸い、次々と精兵たちを枯れ木のように薙ぎ倒してしまう。
(馬鹿な……なんだこいつはッ。これが……オルランドの力だというのか!
思慮分別を失い、孤立無援でありながらなお、この戦いぶりかッ……!?)
豪胆で知られるセリカンの荒ぶる王も、災厄同然の最強騎士の武威に、冷や汗をかかずにはいられなかった。
黒騎兵たちが並みの兵馬であれば、あっという間に士気が瓦解し総崩れになっていたであろう。
「怯むなッ! かかれッ!」
「グラダッソ様、お下がりあれ! ここは我らにお任せを!」
あくまで闘志を失わないグラダッソの兵。異能によるこの世ならざる者たちとはいえ、彼らの鋼の意思は――萎えかけたグラダッソの戦意を復活させた。
(フン、何を恐れる事があるか……儂にはこやつらがいる。
オルランドの体力とて無尽ではない。いつまでも大立ち回りを続けられるハズがないのだッ!)
「よかろう! 誉れあるグラダッソ黒騎兵団の武名に懸けて、あの野獣の如き男を討ち取ってみせよ!」
『御意ッ!!』
セリカン王の読み通りだった。
長時間、疲れ知らずの怪力を振るっていたオルランドであったが……徐々にその動きは鈍くなり、精彩を欠くようになっている。
騎兵の半数はすでに打ち倒されてしまったが、何者も寄せ付けぬ程であった彼の身体に、槍が命中しはじめる。金剛石の肉体ゆえ傷はつかないものの、馬の突進力を利用した衝撃にオルランドはたたらを踏んだ。
「そこだ! 一気に畳み掛けよッ!」
(勝てる。今ならオルランドを殺せる!
今までの『世界線』で幾度も儂を殺してきた、最悪の運命をこの手で退けられるのだッ!)
グラダッソは勝利の予感に高揚した。ところが……
突如森の中から飛び出してきた、二騎の騎士が倒れたオルランドとグラダッソ兵の間に立ち塞がった。オリヴィエとフロリマールだ。
「お勤めご苦労! グラダッソ殿。貴殿の役目はここまでだ!」
「オルランドを弱らせてくれた事、礼を言う。後は我らに任せていただこう!」
「なッ…………!?」絶句するグラダッソ。
黒騎兵たちは構わず二人に打ちかかるものの、彼らとてシャルルマーニュの十二勇士である。
二人とも実力や潜在能力は、オルランドに引けを取らない。グラダッソ兵は次々退けられ、オルランドに辿り着けなかった。
その隙に続けて飛び出してきたピナベルとドゥドンが、倒れたオルランドに接近していくのが見える。
「早くしろピナベル! 小生がオルランドを抑えている間に……!」
「分かってらァンな事! しっかり押さえてろよ……!」
しかし押さえつけられ、敵味方の区別もつかぬほど正気を失っているオルランドは、大声で吠えて暴れ出した。
ドゥドンは頭を殴られ、腹を蹴られ――激痛に耐えながらも、最強騎士を羽交い絞めにする。
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次の瞬間――ピナベルの肉体は虚空を舞っていた。
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