つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

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第8章 ランペドゥーサ島の決戦

1 アグラマン大王からの手紙

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 狂えるオルランド、その心を取り戻す。
 無秩序にフランク領内を暴れ回っていた、災害の如き凶獣は――ブラダマンテやロジェロ、アストルフォらの活躍によって思慮分別をその身に宿した。

 しかしこの戦いにおいて、フランク・サラセン双方に多大な死傷者が発生し……もはや互いに戦争どころではない、という結論に達したらしい。
 フランク王シャルルマーニュとアフリカ大王アグラマンの間で、今度こそ(休戦ではなく)「終戦」協定が結ばれる運びとなった。

 南フランス・マルセイユにあるブラダマンテの居城にて。

「やっと……戦争が終わるのね」
 激闘からわずか数日後。女騎士ブラダマンテは戦いの傷も癒え、ベッドから起き上がりロジェロ達に元気な姿を見せた。

「すげェ回復力だな、ブラダマンテ」
 ロジェロは改めて驚嘆した様子だった。以前、彼自身がオルランドに負わされた傷と同等か、それ以上の深手に見えた彼女の怪我が、予想していたより遥かに早く完治したのだから、無理もない。
「これもメリッサの治療のお陰なのか?」

「ふっふん、当然じゃありませんか」
 得意げに鼻を鳴らしたのは、ブラダマンテに寄り添い、つきっきりの看病をしていた尼僧メリッサである。
「しかしそれだけではありません! 愛の力ですわ!」

 恥ずかしい台詞を臆面もなく言ってのけ、恍惚とした表情を見せる彼女。
 その言葉を受けてブラダマンテは、気恥ずかしげに頬を染めていたりする。
 ロジェロの怪訝そうな視線を見て「べ、別にいかがわしい事はしてないわよ」と慌てて取り繕ったりした。

「そうか司藤しどう。よく分かった」
「へ? よく分かったって、何の事?」

「……つまり……大人の階段を上ったんだな……?」
「ちょ、何しみじみと言ってんのよ。違うって言ってるでしょ!?」

 本気なのか冗談なのか、よく分からない真顔の黒崎相手に、アイは顔を真っ赤にして否定した。

「今更恥ずかしがらなくてもいいんですのよ? ブラダマンテ」
「アンタはアンタで、誤解を助長するような発言慎みなさいよっ!?」

 ……といった場面も挟みつつ。

「まあ、何にせよ――元気になって良かったよ」

 ぶっきらぼうではあるが、この場にいるのは二人の中に宿る魂の名を知る者だけだ。故にロジェロ――黒崎くろさき八式やしきは、幼馴染の名前を呼んだ。

「うん。心配かけてごめんね、黒崎」

 ブラダマンテ――司藤しどうアイもまた、黒崎の名前を呼んで微笑んでみせた。

(ここまで来れば、後はロジェロとブラダマンテの結婚にこぎ着けるだけ、なんだよな……最後の最後に、何かすげえ厄介事が待ち構えてた気もするけど――まあ、まずは)

「いい加減、キリスト教への改宗を済ませねえとな。オレも」

 何となく独りごちた黒崎ロジェロに対し、ブラダマンテは言った。

「だったら、マルセイユにある教会に行ってみれば?
 もし聖職者の方が不在でも、メリッサがいるでしょ? 彼女に洗礼を授けて貰えればいいじゃない」
「言われてみれば、そうだな――でもなんかこう、メリッサ。
 普段の言動がアレすぎて、お前も一応僧侶なんだって忘れてたわ」

「まあ、失礼しちゃいますわね!」
 頬を膨らませつつも、メリッサは笑ってはいたが。
「勿論構いませんわ。私としても、ロジェロ様に一刻も早く改宗していただき。
 ブラダマンテと共にエステ家の礎を築いていただく事が、第一の使命ですもの」

 かくしてロジェロはメリッサを連れ、マルセイユの教会にて全身を水で清める、浸礼の儀式を授かり――キリスト教へ改宗した。

**********

 ロジェロの洗礼の儀が終わった。
 これで婚礼を執り行う際の、宗教的な壁は取り払われた事になる。

「あ、そうだ黒崎。ゴタゴタしてて言いそびれてたんだけど――」

 アイは今頃になって思い出した。
 北イタリアはトリエステにて、カタイの王女アンジェリカに会い、彼女に宿る「魂の記憶」を取り戻させた事。

「でね……その時に会ったの。やっと会えたのよ。綺織きおり先輩に」
「……マジか。綺織きおり――浩介こうすけにか?」
「うん。先輩は東ローマ帝国っていう国の、皇太子の役になってたわ」
「…………!」

 アイの言葉を聞き、黒崎の表情が強張った――その時だった。
 ブラダマンテの部屋に、麗しい貴婦人の訪問者が姿を見せた。フロリマールの妻フロルドリである。
 全速力で馬を駆ったのか、額に珠の汗を浮かべ、呼吸も荒い。
 ただならぬ様子にブラダマンテが何事かと尋ねると、フロルドリは血相を変えて懇願してきた。

「どうか――高名なる尼僧メリッサ様のお力添えをいただきたく参りました」

 ブラダマンテの治療に対する、高い技術と信仰を聞きつけてきたらしい。
 フロルドリが言うには、オルランドやオリヴィエ、フロリマールやアストルフォ――名だたるフランク騎士たちが未だ重傷から回復できず、治療の甲斐なく苦しみ続けているという。

「あたしや従軍神父の医術では、彼らの傷病を癒すに至らず――このままでは皆、信仰に殉じてしまいかねないのです。
 ああ特に、愛するフロリマール! もし彼の身に万一の事があったら……あたしも即座に彼の後をッ」
「って、ちょっと早まらないでよフロルドリ! まだそうなるって決まった訳じゃないでしょ!?
 想像しただけで思い詰めて、いきなり喉元に刃物突き付けるのやめて! 心臓に悪すぎるし!?」

 いきなり自殺まがいの行為を始めるフロルドリに、ブラダマンテは思わず止めに入った。
 キリスト教的に自殺は大罪の筈なのだが、どういう訳か彼女は夫フロリマールの事になると動転し、タガが外れてしまいがちである。

「――お話は分かりました。私の力が役立てられるのなら。
 フランク騎士の栄誉ある戦傷を癒す役目、謹んでお受けしますわ」

 尼僧メリッサの快諾に、フロルドリの表情はパッと輝いた。

「及ばずながら、アストルフォ達の治療――オレたちも手伝おうか?」
 ロジェロはおずおずと申し出た。
「結婚式を挙げるにしても、やっぱりみんなが回復してからの方がいいだろう。
 先走ってあいつらに万一の事があったら、目も当てられねえしな……」

 そんな彼の言葉に、フロルドリは今しがた思い出したかのように、懐から一通の手紙を取り出した。

「ロジェロ様の申し出はありがたいのですが……
 実は、あなた様宛ての言伝ことづても授かっていたのです。
 手紙の差出人は――サラセン帝国の首魁、アフリカ大王アグラマン殿です」
「!」

 意外な名前がフロルドリの口から飛び出し、ロジェロは驚いたが……受け取った手紙の封を解き、中身を読んだ。

「……何て書いてあるの? ロジェロ」
「終戦協定が結ばれたから、オレのサラセン軍属を正式に解く手続きをしたい――だとよ。でも、その為の呼び出し先が……なんだこりゃ……島?」

 手紙の内容は実に奇妙なものだった。
 アグラマン大王の所在は――地中海最大の島・シチリアの南に位置する、ランペドゥーサ島と記されていたのだ。
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