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第8章 ランペドゥーサ島の決戦
8 オルランドとオード
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アフリカ大王アグラマンは、去り際にブラダマンテに言った。
「東ローマ帝国の皇太子――レオ。アイツには気をつけなさい」
「えっ…………?」
唐突に出てきた人物の名に、ブラダマンテ――司藤アイは驚き言葉を失った。
東ローマ皇太子レオ。以前アイは、彼と北イタリア・トリエステで出会った事がある。その時に知った――レオの肉体に宿る魂の名は、綺織浩介。以前アイが告白をした事もある、憧れの先輩であった。
「覚えてるかしら? アタシたち帝国軍がパリを攻めた時のこと。アルジェリア王ロドモンって奴、いたわよね?」
「……え、ええ」
女騎士は戸惑いつつも頷いた。
覚えているのも当然だった、ロドモンと壮絶な死闘を繰り広げ、ついにその命を奪ったのは――他ならぬ彼女自身なのだから。
「アタシも直接見た訳じゃないから、伝聞なんだけどさァ。
ロドモンの奴、常人ではあり得ない力を発揮して大暴れしたっていうじゃない?
その時に着ていた、赤く禍々しい鱗帷子――その出所が分かったのよ」
「なん、ですって――」
ロドモンがパリ攻防戦で着ていた、赤い鱗帷子。
悪しき竜のような恐ろしいデザインで、血を吸う事で着用者に尋常ならざる力を与える魔力を秘めた防具であった。
アイはその後に続くであろう、大王の言葉に思わず息を飲んだ。予測通り――鱗帷子をロドモンに贈ったのは、東ローマ皇太子レオであるという。
(それってつまり……あの防具を贈ったのは、綺織先輩って事、よね……?
何よ、それッ……意味わかんない。なんで先輩が、そんな事を……?)
アイは強い衝撃を受けた。
アグラマンの言葉が正しければ、アイは綺織浩介に、間接的に殺されかけた事になってしまう。
「お、おい司藤。大丈夫か……? 顔真っ青だぞ」
只ならぬ様子を悟ったロジェロ――黒崎が駆け寄り、小声で尋ねた。
「……う、うん……ちょっと目眩がしただけ。ありがと」
咄嗟に取り繕ったアイだが、血の気の引いた表情から無理をしているのは明らかだ。
「……ごめんなさいね。そこまでショック受けるとは思わなかったわァ」
大王もブラダマンテの反応が予想外だったのか、申し訳なさそうに詫びた。
「じゃ、アタシ達はこれで。
んで、もののついででお願いしちゃって悪いんだけどさ。
アタシの事、この決闘で死んだって事にしてくれない?」
「そいつは別に構わねえが……もしかして最初からそれが目的だったのか?」
黒崎の問いに、アグラマンは「まァね」と肩をすくめた。
「でも決闘自体は手を抜いちゃいなかったわよ。全力でやり合いたかったのは事実だし。お陰様で楽しかったわ。いいストレス解消になったもの」
曲がりなりにも殺し合い。しかし現代日本と異なり、古代や中世には娯楽の類が少ない。
故に決闘や罪人の処刑などは、庶民の見世物としての側面も強かった――頭ではそう理解していても、黒崎はどうしても彼らの感性に馴染めそうになかった。
「しかし……死んだフリするにしても、大丈夫なのか?
その、アンタの従者たちもこの決闘、見てた訳だが」
「失礼しちゃうわね。ちゃんと信頼できるコたちだけ選りすぐったつもりよ。
もし万一、アタシが生きてるって中央にバレたとしたら――アタシも所詮、そこまでの人間だったって事よ」
用心深い割には、妙なところで大胆不敵。
不思議と、黒崎はアグラマンの事を嫌いにはなれなかった。
もっと違う状況で出会えていたら――今とは違う、良好な主従関係を築けていたかもしれない。
**********
南フランス・アヴィニヨン。
戦争中、サラセン帝国の支配下にあった都市だが……今は傷を負った騎士や兵隊たちの治療を行う、病院の役目を果たしていた。
フロリマールの妻フロルドリの懇願でやってきた、尼僧メリッサの尽力によって――戦争で負傷した多くの騎士たちが快方に向かっていた。
「ありがとうございます、メリッサ様」
フロルドリはメリッサを労った。彼女のお陰で、オルランドやアストルフォ――何より最愛の夫フロリマールの命も救われたのだ。喜びもひとしおだろう。
「私だけの力ではありませんわ。フロルドリ様も、治療に当たった皆さんも。
何より主イエスの恩寵の賜物です。神に感謝いたしませんと」
「そうですわね――」
傷病者たちの寝室にて。
一人横たわる、筋骨隆々の野性味溢れる男がいた。最強騎士オルランドである。
彼の下に、一人の訪問者が現れた。
オルランドが物音を聞きつけ、顔を上げると――そこには見覚えのある懐かしい姿があった。
茶色がかった緩くウェーブのかかった金髪と、鼻の上に残ったそばかす痕が特徴的な、あどけなさの残る愛らしい顔。簡素な村娘風の服装に身を包んだこの少女の名は――
「……! オード、お前……」
オルランドは驚き、思わず起き上がった。彼女はオード。彼の親友オリヴィエの妹である。
幼少時オリヴィエと親交を深めていた頃――何かと世話を焼いてくれた昔馴染みであった。
「しばらくぶり、ですね。オルランド様――」
しずしずと横たわる彼の傍に寄り、そして……
おもむろにオードは、オルランドの頬を思いっきりつねった。
「痛だッ、痛だだだだ……ちょ、やめろオード! 俺は怪我人なんだぞ!
つい数日前までマジで死にかけてたんだよッ!?」
「そんだけ大声上げられるなら元気でしょ? 大の男が、しかも最強の騎士様が何を情けない事を……
聞きましたよ今までの事! あたしがどんな思いをして、ストリ(註:イタリア中央南側にある町)で待ちぼうけしてたと思ってるんです?
しかも! あの絶世の美姫アンジェリカにうつつを抜かして、ずっとその尻追いかけてたんですってェ!?」
先刻までの清楚な雰囲気から一転、オードはオルランドが悲鳴を上げても、躊躇する事なくなじりまくった。
金剛石より硬い肉体を持つとされる最強の騎士であるが――オードも付き合いが長いのか、その特性をよく知っているらしい。オルランドの嫌がる攻撃はお手の物であった。
「す、すまん! 悪かったオード……だがな、俺の言い分も聞いてくれ。
俺はフランク王国の騎士。戦に明け暮れ、いつ果てるとも知れぬ身だ」
「…………だから?」
「お前が俺に、ずっと好意を寄せている事は知っていた。しかしもし俺に万一の事があったら……お前を悲しませてしまう」
本心だった。長年世話になった彼女に、感謝しているからこそ――オルランドが選んだ過酷な運命に、巻き込みたくなかった。
「そうならない為にも、死ぬ心配のない、戦と縁のない男と平和な暮らしを――」
「何を頭の悪い事言ってますの、オルランド様!」
オードは怒りを声ににじませて、頬をつねる指に力を込めた。
「痛い、ちょ、洒落にならん! やめて!?」
「――あたしだって、十二勇士オリヴィエの妹なんですよ?
武門の家に生まれた身。夫や家族と死に別れるぐらいの覚悟――できています」
オードの語尾は震えていた。指から力が緩み……次の瞬間、彼女はオルランドに寄り添っていた。
「あたしが耐えられないのは――あたしの知らない所で、あなたを失う事。
あなたにはあなたの考えがあって、旅に出たのでしょう。でも今も、その思いは変わらないんですか?
あたしの事を、あたしの想いを。振り切らなきゃいけないほど……?」
強い口調は徐々に弱まり、すがるような声で尋ねるオード。
オルランドはゆっくりと大きく息を吐き……やがて、答えた。
「旅に出ている間は、俺も――何かに憑りつかれていた、気がする。
シャルルマーニュ。俺の『本当の父親』……最愛の母を弄んだアイツに、復讐するために」
オルランドは、アルモリカ城でマイエンス家のピナベルと会った時、彼の口から真実を聞いた。
父と思っていたミロンは、本当の父親ではなかった。彼が母ベルタの下から姿を消した本当の理由は――二人の命乞いだった。ベルタとオルランドの助命の為に、ミロンは敢えてシャルルマーニュの下に赴き、秘密裏に処刑されたのだという。
しかもおぞましい事に……オルランドは、シャルルマーニュとベルタの近親相姦により生まれた私生児であった。ピナベルが言うには、ベルタと再婚したガヌロンが、死ぬ間際の彼女自身から聞き出した話だという。
「だが……フロルドリやブラダマンテ。それにオード、お前にも――俺は危うい所を助けられた。
助けられっぱなしだ。最強の騎士とやらが、聞いて呆れる程にな。
だからかは判らないが。今はもう、あの時のこだわりは無い」
オルランドは自嘲気味に笑った。そして……まっすぐにオードの瞳を見つめ、言った。
「俺とシャルルマーニュの確執は消えた訳じゃない。
今後も奴との間で、何が起こるか分からんぞ?
俺みたいなガサツで身勝手な戦馬鹿で、本当にいいのか? オード」
「今更、何を言ってるんですか――もうっ」
オードは頬を染め、目をうるませて……最強騎士の胸に顔を埋めた。
「…………ありがとう」
果てなき復讐と栄光を追い求め、挙句に狂ったオルランド。
彼は今ようやく妄執を捨て――身近にある温もりに目を向け、そして手に入れたのだった。
「東ローマ帝国の皇太子――レオ。アイツには気をつけなさい」
「えっ…………?」
唐突に出てきた人物の名に、ブラダマンテ――司藤アイは驚き言葉を失った。
東ローマ皇太子レオ。以前アイは、彼と北イタリア・トリエステで出会った事がある。その時に知った――レオの肉体に宿る魂の名は、綺織浩介。以前アイが告白をした事もある、憧れの先輩であった。
「覚えてるかしら? アタシたち帝国軍がパリを攻めた時のこと。アルジェリア王ロドモンって奴、いたわよね?」
「……え、ええ」
女騎士は戸惑いつつも頷いた。
覚えているのも当然だった、ロドモンと壮絶な死闘を繰り広げ、ついにその命を奪ったのは――他ならぬ彼女自身なのだから。
「アタシも直接見た訳じゃないから、伝聞なんだけどさァ。
ロドモンの奴、常人ではあり得ない力を発揮して大暴れしたっていうじゃない?
その時に着ていた、赤く禍々しい鱗帷子――その出所が分かったのよ」
「なん、ですって――」
ロドモンがパリ攻防戦で着ていた、赤い鱗帷子。
悪しき竜のような恐ろしいデザインで、血を吸う事で着用者に尋常ならざる力を与える魔力を秘めた防具であった。
アイはその後に続くであろう、大王の言葉に思わず息を飲んだ。予測通り――鱗帷子をロドモンに贈ったのは、東ローマ皇太子レオであるという。
(それってつまり……あの防具を贈ったのは、綺織先輩って事、よね……?
何よ、それッ……意味わかんない。なんで先輩が、そんな事を……?)
アイは強い衝撃を受けた。
アグラマンの言葉が正しければ、アイは綺織浩介に、間接的に殺されかけた事になってしまう。
「お、おい司藤。大丈夫か……? 顔真っ青だぞ」
只ならぬ様子を悟ったロジェロ――黒崎が駆け寄り、小声で尋ねた。
「……う、うん……ちょっと目眩がしただけ。ありがと」
咄嗟に取り繕ったアイだが、血の気の引いた表情から無理をしているのは明らかだ。
「……ごめんなさいね。そこまでショック受けるとは思わなかったわァ」
大王もブラダマンテの反応が予想外だったのか、申し訳なさそうに詫びた。
「じゃ、アタシ達はこれで。
んで、もののついででお願いしちゃって悪いんだけどさ。
アタシの事、この決闘で死んだって事にしてくれない?」
「そいつは別に構わねえが……もしかして最初からそれが目的だったのか?」
黒崎の問いに、アグラマンは「まァね」と肩をすくめた。
「でも決闘自体は手を抜いちゃいなかったわよ。全力でやり合いたかったのは事実だし。お陰様で楽しかったわ。いいストレス解消になったもの」
曲がりなりにも殺し合い。しかし現代日本と異なり、古代や中世には娯楽の類が少ない。
故に決闘や罪人の処刑などは、庶民の見世物としての側面も強かった――頭ではそう理解していても、黒崎はどうしても彼らの感性に馴染めそうになかった。
「しかし……死んだフリするにしても、大丈夫なのか?
その、アンタの従者たちもこの決闘、見てた訳だが」
「失礼しちゃうわね。ちゃんと信頼できるコたちだけ選りすぐったつもりよ。
もし万一、アタシが生きてるって中央にバレたとしたら――アタシも所詮、そこまでの人間だったって事よ」
用心深い割には、妙なところで大胆不敵。
不思議と、黒崎はアグラマンの事を嫌いにはなれなかった。
もっと違う状況で出会えていたら――今とは違う、良好な主従関係を築けていたかもしれない。
**********
南フランス・アヴィニヨン。
戦争中、サラセン帝国の支配下にあった都市だが……今は傷を負った騎士や兵隊たちの治療を行う、病院の役目を果たしていた。
フロリマールの妻フロルドリの懇願でやってきた、尼僧メリッサの尽力によって――戦争で負傷した多くの騎士たちが快方に向かっていた。
「ありがとうございます、メリッサ様」
フロルドリはメリッサを労った。彼女のお陰で、オルランドやアストルフォ――何より最愛の夫フロリマールの命も救われたのだ。喜びもひとしおだろう。
「私だけの力ではありませんわ。フロルドリ様も、治療に当たった皆さんも。
何より主イエスの恩寵の賜物です。神に感謝いたしませんと」
「そうですわね――」
傷病者たちの寝室にて。
一人横たわる、筋骨隆々の野性味溢れる男がいた。最強騎士オルランドである。
彼の下に、一人の訪問者が現れた。
オルランドが物音を聞きつけ、顔を上げると――そこには見覚えのある懐かしい姿があった。
茶色がかった緩くウェーブのかかった金髪と、鼻の上に残ったそばかす痕が特徴的な、あどけなさの残る愛らしい顔。簡素な村娘風の服装に身を包んだこの少女の名は――
「……! オード、お前……」
オルランドは驚き、思わず起き上がった。彼女はオード。彼の親友オリヴィエの妹である。
幼少時オリヴィエと親交を深めていた頃――何かと世話を焼いてくれた昔馴染みであった。
「しばらくぶり、ですね。オルランド様――」
しずしずと横たわる彼の傍に寄り、そして……
おもむろにオードは、オルランドの頬を思いっきりつねった。
「痛だッ、痛だだだだ……ちょ、やめろオード! 俺は怪我人なんだぞ!
つい数日前までマジで死にかけてたんだよッ!?」
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金剛石より硬い肉体を持つとされる最強の騎士であるが――オードも付き合いが長いのか、その特性をよく知っているらしい。オルランドの嫌がる攻撃はお手の物であった。
「す、すまん! 悪かったオード……だがな、俺の言い分も聞いてくれ。
俺はフランク王国の騎士。戦に明け暮れ、いつ果てるとも知れぬ身だ」
「…………だから?」
「お前が俺に、ずっと好意を寄せている事は知っていた。しかしもし俺に万一の事があったら……お前を悲しませてしまう」
本心だった。長年世話になった彼女に、感謝しているからこそ――オルランドが選んだ過酷な運命に、巻き込みたくなかった。
「そうならない為にも、死ぬ心配のない、戦と縁のない男と平和な暮らしを――」
「何を頭の悪い事言ってますの、オルランド様!」
オードは怒りを声ににじませて、頬をつねる指に力を込めた。
「痛い、ちょ、洒落にならん! やめて!?」
「――あたしだって、十二勇士オリヴィエの妹なんですよ?
武門の家に生まれた身。夫や家族と死に別れるぐらいの覚悟――できています」
オードの語尾は震えていた。指から力が緩み……次の瞬間、彼女はオルランドに寄り添っていた。
「あたしが耐えられないのは――あたしの知らない所で、あなたを失う事。
あなたにはあなたの考えがあって、旅に出たのでしょう。でも今も、その思いは変わらないんですか?
あたしの事を、あたしの想いを。振り切らなきゃいけないほど……?」
強い口調は徐々に弱まり、すがるような声で尋ねるオード。
オルランドはゆっくりと大きく息を吐き……やがて、答えた。
「旅に出ている間は、俺も――何かに憑りつかれていた、気がする。
シャルルマーニュ。俺の『本当の父親』……最愛の母を弄んだアイツに、復讐するために」
オルランドは、アルモリカ城でマイエンス家のピナベルと会った時、彼の口から真実を聞いた。
父と思っていたミロンは、本当の父親ではなかった。彼が母ベルタの下から姿を消した本当の理由は――二人の命乞いだった。ベルタとオルランドの助命の為に、ミロンは敢えてシャルルマーニュの下に赴き、秘密裏に処刑されたのだという。
しかもおぞましい事に……オルランドは、シャルルマーニュとベルタの近親相姦により生まれた私生児であった。ピナベルが言うには、ベルタと再婚したガヌロンが、死ぬ間際の彼女自身から聞き出した話だという。
「だが……フロルドリやブラダマンテ。それにオード、お前にも――俺は危うい所を助けられた。
助けられっぱなしだ。最強の騎士とやらが、聞いて呆れる程にな。
だからかは判らないが。今はもう、あの時のこだわりは無い」
オルランドは自嘲気味に笑った。そして……まっすぐにオードの瞳を見つめ、言った。
「俺とシャルルマーニュの確執は消えた訳じゃない。
今後も奴との間で、何が起こるか分からんぞ?
俺みたいなガサツで身勝手な戦馬鹿で、本当にいいのか? オード」
「今更、何を言ってるんですか――もうっ」
オードは頬を染め、目をうるませて……最強騎士の胸に顔を埋めた。
「…………ありがとう」
果てなき復讐と栄光を追い求め、挙句に狂ったオルランド。
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