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第9章 物語は綻びる
1 それぞれへの来訪者
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ランペドゥーサ島から、無事にフランク王国領に戻ったブラダマンテ達。
彼らは先の戦争での傷病者たちが収容されている、南フランス・アヴィニヨンの施療院に立ち寄った。
「はっはっは! 遅かったねロジェロ君!
それにブラダマンテにマルフィサ。皆変わりなさそうで何よりだよ!」
能天気な声を上げて出迎えたのは、すっかり怪我も完治したイングランド王子のアストルフォだった。
「ボクはこの通りさ! メリッサの治療のお陰で、手遅れだった者たちを除き、皆元気になった。
オルランドやフロリマール、ピナベルも回復して元の領地に戻っていったよ!」
「お、おう……聞いてもないのに全快報告ありがとうよ……
あいつら怪我治ったのか。メリッサに礼を言わねえとな? ブラダマンテ」
ロジェロ――黒崎八式は務めて明るく言ったが。
ブラダマンテ――司藤アイの微笑みには、ぎこちなさが僅かに残っていた。
(ランペドゥーサ島でアグラマン大王に言われた事……気にしてんのか)
黒崎も話の大筋は把握していた。
東ローマ皇太子レオの肉体に、アイの憧れの先輩・綺織浩介の魂が憑依していた事。
かつてパリ攻防戦で戦ったアルジェリア王ロドモン。彼の着ていた赤い鱗帷子の贈り主が、他ならぬレオであるという事。
「司藤。あんま思い詰めんなよ?
まだ綺織の奴が敵と決まった訳じゃねえ。
思い悩むのは、向こうの意図を確かめてからでも遅くはねえはずだ」
「う、うん……そうよね。
ありがとう、黒崎。ごめん……もう少しでエンディングって時に」
「何言ってんだよ。不安要素があるのはオレだって一緒さ。
だから言っておく。少しでも気になる事があったら、何でも相談してくれ。で、オレを頼ってくれ。負い目に感じる必要なんてねえからな?」
「…………」
黒崎の言葉に、少しは落ち着いたのだろうか。
アイは伏し目がちだった顔を上げ、ニッと笑みを浮かべてみせた。
「……わかった。その時になったら、頼りにさせてもらうわ。
黒崎だって頼ってよね。忘れてるかもしれないけど――わたしの方がちょっぴり『お姉さん』なんだから」
二人は現実世界では、同じ高校に通う同級生。だが誕生日の関係上、3か月ほどだがアイの方が年上なのだ。
「……忘れてなんか、ねえさ」
小声で呟いた黒崎の声が、背を向けたアイに聞こえたかどうかは分からずじまいだった。
**********
アヴィニヨンに着いた翌日。ブラダマンテとロジェロにそれぞれ使者が訪れた。
ブラダマンテの下に来たのは、彼女の長兄にして、十二勇士のひとりリナルドだった。
「……リナルド兄さん? どうしたの、そんな血相を変えて」
「久しぶりだな我が妹よ……悪いが至急、パリに戻って来て欲しい。
早馬があってな。我らが母、ベアトリーチェから火急の用があるとの事なのだ」
リナルドの口から、母ベアトリーチェの名が出た途端。
司藤アイは全身が泡立ったような寒気を覚えた。
(なに……この湧き上がる……強い恐れの感情……?
わたしじゃあなくて……『ブラダマンテ』のもの、なのかな……?)
物語世界の途上で憑依したアイは、ブラダマンテの母親との直接の記憶はない。
だが「ブラダマンテ」当人は、よく知っているようだ。それだけに意外だった。あの気高く剛直で、怖いもの知らずの女騎士の魂が、こんなにも震え上がっているという事実が。
報せを持ってきた兄リナルドも、心なしか語尾が震えている気がする。
「我としても、妹と結婚するであろう、未来の義弟を父母に紹介したい。
是非ともロジェロ殿も共にパリに来て欲しいのだが……?」
「あれ……? ロジェロ?」
黒崎の姿が見えなかったので、ブラダマンテとリナルドは彼の行方を探した。
折悪しく彼は妹マルフィサと共に、別の部屋で火急の報せを受けていたのだ。
「……何だと。オレたちの養父アトラントが……危篤なのか!?」
「はい。倒れられたのが数日前ですので、今もまだご存命かはちょっと……
何にせよお急ぎ下さいませ。ロジェロ様にお伝えしたい事があるように、言っておられました故」
使者のサラセン人は青ざめた様子で、兄妹の顔色を伺いながら言った。
「これは行くしかないな、ロジェロ兄さん……
あたしとて、育ての親の死に目に会えないのは不本意だ」
結局、ブラダマンテ達は話し合った結果。
ブラダマンテはリナルドと共に、パリのクレルモン家へ。
ロジェロとマルフィサは、養父アトラントのいるカレナ山へ。
それぞれの用件を済ませるため、別れて出立する事になってしまった。
「……やれやれ、皆慌ただしいなぁ」
逃げるようにアヴィニヨンを去っていった彼らを見送るアストルフォ。
彼の傍らには――尼僧メリッサが立っていた。
「あれ? メリッサ――ブラダマンテについて行かなくて平気なのかい?」
「無論のこと、狂おしいほどに後ろ髪を引かれますけども……今はその時ではありませんわ。ところでアストルフォ様――貴方の下にも客人が見えられてますの。
お会いしていただけますね?」
「それはもちろん……構わないが」
アストルフォは怪訝そうな声を上げつつも承諾した。訪問者の心当たりがない。
メリッサに促され、面会を求めてきたのは――放浪の美姫アンジェリカと、その恋人メドロであった。
彼らは先の戦争での傷病者たちが収容されている、南フランス・アヴィニヨンの施療院に立ち寄った。
「はっはっは! 遅かったねロジェロ君!
それにブラダマンテにマルフィサ。皆変わりなさそうで何よりだよ!」
能天気な声を上げて出迎えたのは、すっかり怪我も完治したイングランド王子のアストルフォだった。
「ボクはこの通りさ! メリッサの治療のお陰で、手遅れだった者たちを除き、皆元気になった。
オルランドやフロリマール、ピナベルも回復して元の領地に戻っていったよ!」
「お、おう……聞いてもないのに全快報告ありがとうよ……
あいつら怪我治ったのか。メリッサに礼を言わねえとな? ブラダマンテ」
ロジェロ――黒崎八式は務めて明るく言ったが。
ブラダマンテ――司藤アイの微笑みには、ぎこちなさが僅かに残っていた。
(ランペドゥーサ島でアグラマン大王に言われた事……気にしてんのか)
黒崎も話の大筋は把握していた。
東ローマ皇太子レオの肉体に、アイの憧れの先輩・綺織浩介の魂が憑依していた事。
かつてパリ攻防戦で戦ったアルジェリア王ロドモン。彼の着ていた赤い鱗帷子の贈り主が、他ならぬレオであるという事。
「司藤。あんま思い詰めんなよ?
まだ綺織の奴が敵と決まった訳じゃねえ。
思い悩むのは、向こうの意図を確かめてからでも遅くはねえはずだ」
「う、うん……そうよね。
ありがとう、黒崎。ごめん……もう少しでエンディングって時に」
「何言ってんだよ。不安要素があるのはオレだって一緒さ。
だから言っておく。少しでも気になる事があったら、何でも相談してくれ。で、オレを頼ってくれ。負い目に感じる必要なんてねえからな?」
「…………」
黒崎の言葉に、少しは落ち着いたのだろうか。
アイは伏し目がちだった顔を上げ、ニッと笑みを浮かべてみせた。
「……わかった。その時になったら、頼りにさせてもらうわ。
黒崎だって頼ってよね。忘れてるかもしれないけど――わたしの方がちょっぴり『お姉さん』なんだから」
二人は現実世界では、同じ高校に通う同級生。だが誕生日の関係上、3か月ほどだがアイの方が年上なのだ。
「……忘れてなんか、ねえさ」
小声で呟いた黒崎の声が、背を向けたアイに聞こえたかどうかは分からずじまいだった。
**********
アヴィニヨンに着いた翌日。ブラダマンテとロジェロにそれぞれ使者が訪れた。
ブラダマンテの下に来たのは、彼女の長兄にして、十二勇士のひとりリナルドだった。
「……リナルド兄さん? どうしたの、そんな血相を変えて」
「久しぶりだな我が妹よ……悪いが至急、パリに戻って来て欲しい。
早馬があってな。我らが母、ベアトリーチェから火急の用があるとの事なのだ」
リナルドの口から、母ベアトリーチェの名が出た途端。
司藤アイは全身が泡立ったような寒気を覚えた。
(なに……この湧き上がる……強い恐れの感情……?
わたしじゃあなくて……『ブラダマンテ』のもの、なのかな……?)
物語世界の途上で憑依したアイは、ブラダマンテの母親との直接の記憶はない。
だが「ブラダマンテ」当人は、よく知っているようだ。それだけに意外だった。あの気高く剛直で、怖いもの知らずの女騎士の魂が、こんなにも震え上がっているという事実が。
報せを持ってきた兄リナルドも、心なしか語尾が震えている気がする。
「我としても、妹と結婚するであろう、未来の義弟を父母に紹介したい。
是非ともロジェロ殿も共にパリに来て欲しいのだが……?」
「あれ……? ロジェロ?」
黒崎の姿が見えなかったので、ブラダマンテとリナルドは彼の行方を探した。
折悪しく彼は妹マルフィサと共に、別の部屋で火急の報せを受けていたのだ。
「……何だと。オレたちの養父アトラントが……危篤なのか!?」
「はい。倒れられたのが数日前ですので、今もまだご存命かはちょっと……
何にせよお急ぎ下さいませ。ロジェロ様にお伝えしたい事があるように、言っておられました故」
使者のサラセン人は青ざめた様子で、兄妹の顔色を伺いながら言った。
「これは行くしかないな、ロジェロ兄さん……
あたしとて、育ての親の死に目に会えないのは不本意だ」
結局、ブラダマンテ達は話し合った結果。
ブラダマンテはリナルドと共に、パリのクレルモン家へ。
ロジェロとマルフィサは、養父アトラントのいるカレナ山へ。
それぞれの用件を済ませるため、別れて出立する事になってしまった。
「……やれやれ、皆慌ただしいなぁ」
逃げるようにアヴィニヨンを去っていった彼らを見送るアストルフォ。
彼の傍らには――尼僧メリッサが立っていた。
「あれ? メリッサ――ブラダマンテについて行かなくて平気なのかい?」
「無論のこと、狂おしいほどに後ろ髪を引かれますけども……今はその時ではありませんわ。ところでアストルフォ様――貴方の下にも客人が見えられてますの。
お会いしていただけますね?」
「それはもちろん……構わないが」
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