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第9章 物語は綻びる
4 ロジェロ、アストルフォと再会する
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現実世界。環境大学の教授・下田三郎は魔本を読み、歯噛みした。
「やはり……原典とは異なる展開か……」
原典でもブラダマンテとレオ皇太子の婚姻が進められようとする。
だが幾分緩やかなもので、ブラダマンテはシャルルマーニュと謁見するチャンスがあった。その時に彼女との結婚を賭けた御前試合を開催するよう、持ちかけたりする訳だが。
しかし今回は事情が違う。母ベアトリーチェがブラダマンテを拘束し、東ローマの都コンスタンティノープルに出発する、とある。
展開が早過ぎる。ブラダマンテやロジェロ達がレオとの結婚を阻止するべく様々な工作を行う暇すらない。原典通りならば、本来はレオ皇太子がパリ入りする手筈になっているのだ。
ииииииииии
『アイ君。聞こえるか? 今からでも遅くはない。
クレルモンの屋敷をこっそり脱け出して、シャルルマーニュの下へ向かえ。
御前試合の開催にこぎつければ、レオとの縁談を一旦は白紙にできるだろう』
下田教授はブラダマンテ――司藤アイに念話で呼びかけた。
すると彼女はこう答えた。
「……ねえ下田教授。確認しときたいんだけど。
もしあなたの言う通りにしたら――ブラダマンテはレオ皇太子と直接話す機会はある?」
『いや……御前試合の開催となれば、レオは真っ向からブラダマンテに勝つ腕前はないからな。
彼はブラダマンテと結婚する為、自分になりすませたロジェロを替え玉に使う。
その前に直にきみと会えば、偽者とバレる恐れがある。普通の神経であれば接触してこないだろう』
下田の返答にアイは「……やっぱりね」と嘆息した。
「だったらその提案は受けられないわ。
わたしはレオと……いえ、綺織先輩と話がしたい。今までの事、これからの事……先輩が何を考えて、どうするつもりなのか。確かめなくっちゃ」
『綺織君の真意か……黒崎君に任せるという手もあるぞ?』
「……いいえ。この役目はわたしでなければならない」
『どういう事だ?』
「だって下田教授の声が聞けるのは、わたしだけなんだもの。
綺織先輩の本心が分かったら――じっくり話し合いましょう? 教授」
『…………!』
下田は絶句した。先んじてレオ皇太子――綺織浩介と接触するため、敢えてベアトリーチェを怒らせ、拷問に耐えたのか。
そしてこの行為の意味するところは――司藤アイも、下田の言葉を鵜呑みにしている訳ではないという事。
ииииииииии
一方アトラントの埋葬を終えたロジェロとマルフィサの兄妹は――ブラダマンテに遅れること数日後、パリに到着していた。
パリは戦争の祝勝会ムードに包まれており、連日に亘りパレードや宴会が催されていたのだった。
名だたるフランク騎士たちがお祭り騒ぎをしている中、ロジェロ――黒崎八式は、ブラダマンテの姿を捜したが見当たらない。
それどころか、彼女に連なるクレルモン家の騎士たちの姿も見えないのは不可解だった。
ロジェロとマルフィサは怪訝に思いつつも、ドンチャン騒ぎをしているアストルフォの姿を見つけた。
「おお! 我が友ロジェロ。キミが来るのを待っていたよ!」
「アストルフォ。実は話が――」
「まあまあ、まずはこっちに来て一杯やろうじゃないか!」
アストルフォはロジェロの言葉を遮り、陽気な声でグイと腕を引っ張って、酒場に引きずり込んだ。
辺りは喧騒に包まれ、皆ほろ酔い気分で浮かれている。そんな中アストルフォはだらしない笑顔から真剣な表情に切り替え、口を開いた。
「……キミの聞きたい事は分かるよ。ブラダマンテだね?
彼女は数日前、クレルモン家の主だった人々と一緒にコンスタンティノープルに発ったよ」
「なん……だと……!」
ロジェロとマルフィサは衝撃を受けた。
おおっぴらに話す内容ではないが、宴会ムードの中である為、誰もロジェロ達の会話に気を配っている様子はない。
こんな誰もが聞ける状況で密談するなど、普通は思わないものだ。
「噂じゃあ東ローマ皇太子レオから縁談が持ち込まれ、クレルモン家はそれを承諾したそうだ。
ブラダマンテも両親に説得され、レオと会う為についていったそうだよ」
「クソッ……何て事だ! じゃあ早く追いかけねえと!」
(原典じゃあ、ブラダマンテはパリに留まるハズなのに……オレより早くレオの下に向かってるだと!?
なんでだよ司藤……せめてオレが戻るまで待てなかったのか!)
「アストルフォ殿、よく教えてくれた」マルフィサは鼻息荒く立ち上がった。
「ブラダマンテはロジェロ兄さんと将来を誓い合った。それを妨げる事は何者にも許されない!
今すぐブラダマンテ達を追いかけ、その縁談とやらをご破算にしなければッ」
「待ってほしい、二人とも」
アストルフォは気勢を上げる兄妹を宥めるように言った。
「実はボクも、パリに来る前に――アヴィニヨンでメリッサと、アンジェリカ達に会ったんだ。
ちょうどロジェロ達が出発した直後の事だったね。入れ違いになってしまった」
「メリッサはともかく――アンジェリカだと?」
ロジェロは訝しんだ。放浪の美姫アンジェリカには錦野麗奈の魂が宿っているが――故郷である契丹に帰るどころか、フランク王国に舞い戻っている。
「アンジェリカがなんでこっちに?」
「……黒崎に、どうしても伝えたい事があると言っていた」
アストルフォは月旅行の時、ロジェロ達に宿る現実世界の魂の存在を知った。
アンジェリカの用件は、現実世界とも関わりのある話なのだろう。
「そうなのか――で、アンジェリカは? 今どこに?」
ロジェロの問いに、アストルフォの面持ちは暗くなった。
奇妙な事に、この場にいるのはアストルフォだけだ。アンジェリカ達はおろか、メリッサの姿すら見えない。
「アンジェリカ達は今――得体の知れない怪物に狙われている。
ボクやメリッサも手を尽くしたが、パリまで逃げ延びるのが精一杯だった。
今はメリッサの魔術によって匿われているが、それもいつまで保つか……」
「何だよ、それ……!」
不可解な話だ。アンジェリカを追う人物と言えばオルランドだったが、今や彼も正気に戻り、彼女への執着から解放されている。では一体誰が? しかも「怪物」と形容されるような輩に?
アストルフォがこれから話そうとする内容は――「怪物」の脅威が、未だ消え去っていない事を物語るものだった。
「やはり……原典とは異なる展開か……」
原典でもブラダマンテとレオ皇太子の婚姻が進められようとする。
だが幾分緩やかなもので、ブラダマンテはシャルルマーニュと謁見するチャンスがあった。その時に彼女との結婚を賭けた御前試合を開催するよう、持ちかけたりする訳だが。
しかし今回は事情が違う。母ベアトリーチェがブラダマンテを拘束し、東ローマの都コンスタンティノープルに出発する、とある。
展開が早過ぎる。ブラダマンテやロジェロ達がレオとの結婚を阻止するべく様々な工作を行う暇すらない。原典通りならば、本来はレオ皇太子がパリ入りする手筈になっているのだ。
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『アイ君。聞こえるか? 今からでも遅くはない。
クレルモンの屋敷をこっそり脱け出して、シャルルマーニュの下へ向かえ。
御前試合の開催にこぎつければ、レオとの縁談を一旦は白紙にできるだろう』
下田教授はブラダマンテ――司藤アイに念話で呼びかけた。
すると彼女はこう答えた。
「……ねえ下田教授。確認しときたいんだけど。
もしあなたの言う通りにしたら――ブラダマンテはレオ皇太子と直接話す機会はある?」
『いや……御前試合の開催となれば、レオは真っ向からブラダマンテに勝つ腕前はないからな。
彼はブラダマンテと結婚する為、自分になりすませたロジェロを替え玉に使う。
その前に直にきみと会えば、偽者とバレる恐れがある。普通の神経であれば接触してこないだろう』
下田の返答にアイは「……やっぱりね」と嘆息した。
「だったらその提案は受けられないわ。
わたしはレオと……いえ、綺織先輩と話がしたい。今までの事、これからの事……先輩が何を考えて、どうするつもりなのか。確かめなくっちゃ」
『綺織君の真意か……黒崎君に任せるという手もあるぞ?』
「……いいえ。この役目はわたしでなければならない」
『どういう事だ?』
「だって下田教授の声が聞けるのは、わたしだけなんだもの。
綺織先輩の本心が分かったら――じっくり話し合いましょう? 教授」
『…………!』
下田は絶句した。先んじてレオ皇太子――綺織浩介と接触するため、敢えてベアトリーチェを怒らせ、拷問に耐えたのか。
そしてこの行為の意味するところは――司藤アイも、下田の言葉を鵜呑みにしている訳ではないという事。
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一方アトラントの埋葬を終えたロジェロとマルフィサの兄妹は――ブラダマンテに遅れること数日後、パリに到着していた。
パリは戦争の祝勝会ムードに包まれており、連日に亘りパレードや宴会が催されていたのだった。
名だたるフランク騎士たちがお祭り騒ぎをしている中、ロジェロ――黒崎八式は、ブラダマンテの姿を捜したが見当たらない。
それどころか、彼女に連なるクレルモン家の騎士たちの姿も見えないのは不可解だった。
ロジェロとマルフィサは怪訝に思いつつも、ドンチャン騒ぎをしているアストルフォの姿を見つけた。
「おお! 我が友ロジェロ。キミが来るのを待っていたよ!」
「アストルフォ。実は話が――」
「まあまあ、まずはこっちに来て一杯やろうじゃないか!」
アストルフォはロジェロの言葉を遮り、陽気な声でグイと腕を引っ張って、酒場に引きずり込んだ。
辺りは喧騒に包まれ、皆ほろ酔い気分で浮かれている。そんな中アストルフォはだらしない笑顔から真剣な表情に切り替え、口を開いた。
「……キミの聞きたい事は分かるよ。ブラダマンテだね?
彼女は数日前、クレルモン家の主だった人々と一緒にコンスタンティノープルに発ったよ」
「なん……だと……!」
ロジェロとマルフィサは衝撃を受けた。
おおっぴらに話す内容ではないが、宴会ムードの中である為、誰もロジェロ達の会話に気を配っている様子はない。
こんな誰もが聞ける状況で密談するなど、普通は思わないものだ。
「噂じゃあ東ローマ皇太子レオから縁談が持ち込まれ、クレルモン家はそれを承諾したそうだ。
ブラダマンテも両親に説得され、レオと会う為についていったそうだよ」
「クソッ……何て事だ! じゃあ早く追いかけねえと!」
(原典じゃあ、ブラダマンテはパリに留まるハズなのに……オレより早くレオの下に向かってるだと!?
なんでだよ司藤……せめてオレが戻るまで待てなかったのか!)
「アストルフォ殿、よく教えてくれた」マルフィサは鼻息荒く立ち上がった。
「ブラダマンテはロジェロ兄さんと将来を誓い合った。それを妨げる事は何者にも許されない!
今すぐブラダマンテ達を追いかけ、その縁談とやらをご破算にしなければッ」
「待ってほしい、二人とも」
アストルフォは気勢を上げる兄妹を宥めるように言った。
「実はボクも、パリに来る前に――アヴィニヨンでメリッサと、アンジェリカ達に会ったんだ。
ちょうどロジェロ達が出発した直後の事だったね。入れ違いになってしまった」
「メリッサはともかく――アンジェリカだと?」
ロジェロは訝しんだ。放浪の美姫アンジェリカには錦野麗奈の魂が宿っているが――故郷である契丹に帰るどころか、フランク王国に舞い戻っている。
「アンジェリカがなんでこっちに?」
「……黒崎に、どうしても伝えたい事があると言っていた」
アストルフォは月旅行の時、ロジェロ達に宿る現実世界の魂の存在を知った。
アンジェリカの用件は、現実世界とも関わりのある話なのだろう。
「そうなのか――で、アンジェリカは? 今どこに?」
ロジェロの問いに、アストルフォの面持ちは暗くなった。
奇妙な事に、この場にいるのはアストルフォだけだ。アンジェリカ達はおろか、メリッサの姿すら見えない。
「アンジェリカ達は今――得体の知れない怪物に狙われている。
ボクやメリッサも手を尽くしたが、パリまで逃げ延びるのが精一杯だった。
今はメリッサの魔術によって匿われているが、それもいつまで保つか……」
「何だよ、それ……!」
不可解な話だ。アンジェリカを追う人物と言えばオルランドだったが、今や彼も正気に戻り、彼女への執着から解放されている。では一体誰が? しかも「怪物」と形容されるような輩に?
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