つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

LED

文字の大きさ
164 / 197
第9章 物語は綻びる

9 コンスタンティノープルにて

しおりを挟む
 パリでの騒動から3週間後。
 ブラダマンテ達クレルモン家の一行は、東ローマ帝国の都・コンスタンティノープル(註:現在のイスタンブール)に到着した。

 今回の旅路に連れ立った名のある面子は、花嫁となるブラダマンテの他、父エイモン公、母ベアトリーチェ。そして彼女の兄リッチャルデットとアラルドといった所だった。
 長兄リナルドは母に刃向う発言をしたため、パリで留守番する羽目になった。

 帝都に入りしばらく進むと、不意に馬車が止まった。

「まあ、ブラダマンテ。ご覧なさいな」
 母ベアトリーチェは馬車から降り、嬉しそうに娘を手招きした。
「この素晴らしき都こそが、コンスタンティノープル。
 貴女あなたがこれから嫁ぐ事になる夫の治める地よ」

 道中ずっと、意気消沈していたブラダマンテであったが――促され外に出ると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

「…………ッ!?」

 半島状の雄大な敷地に、凄まじい数の石造建物が密集する街並み。
 西の陸側には外敵を防ぐために築かれた、長大な三重構造の城壁。
 南はマルマラ海、北は金角湾、北東はボスフォラス海峡といった、天然の要害に囲まれた立地。
 なるほど確かに数世紀に渡って外敵の侵攻を退けてきた、難攻不落の城塞都市に相応しき威容であった。

(凄い……ここがコンスタンティノープル。レオ皇太子――綺織きおり先輩の住む都。
 フランクの王都パリも大きかったけど……それすら霞んで見えるぐらい、桁違いの差だわ……!)

 「ブラダマンテ」も、中に宿る司藤しどうアイの魂も、現代日本の大都会に引けを取らない古代都市の迫力に見惚れていた。
 そんな折、双頭の鷲の紋章をあしらった馬車がやってきて、クレルモン家の馬車と横並びになる。中から出てきたのは――

「これはこれは。皇太子殿下おん自ら、お出迎え下さるとは――」

 エイモン公以下、クレルモン家一同もその場にひざまずく。

「――楽になさって下さい、皆様方。
 遠路はるばる花嫁となる方が来て下さったのです。婿となる者が歓待しないのは失礼ですからね」

 声の主は、アイもよく知っている人物。淡い恋心を抱き、惹かれていた――綺織きおり浩介こうすけだった。
 今は東ローマ帝国の皇太子レオとして、ギリシア風の皇族衣装を纏い……立ち居振る舞いにも気品と威厳が漂っている。

 綺織きおり先輩はアイの姿を認めると、ニコリと微笑んだ。
 そして彼女の前にひざまずき、アイ以外の周りに聞こえない程度の声で言った。

「しばらくぶりだね。また会えて嬉しいよ。
 ブラダマンテ――いや、司藤しどうさん」

**********

 コンスタンティノープル。元々はビザンティオンと呼ばれていた、古代ギリシア時代の植民都市である。
 名の意味は「コンスタンティヌスの町」。西暦330年、時のローマ皇帝コンスタンティヌス1世が建設した。東西貿易航路の要衝にして、天然の良港たる金角湾を擁するこの地は、古代ローマ帝国の分裂後も、西ローマ帝国の滅亡後も、古き良きローマ文化を継承する大都市として栄えていた。

「噂に聞いていたより、ずっと賑やかで美しい街ね」

 ブラダマンテとレオは、婚約者同士親睦を深めるという名目で、二人で帝都の街並みを散歩していた。
 供回りも最低限の護衛や従者のみ。十分な距離があるため二人の会話が聞かれる心配はない。

「……百年ほど前までは、いくさ続きで酷い有様だったそうだよ」レオは苦笑しつつも答えた。

 かつてはいにしえのローマ帝国の残照を映すが如く、市民にパンを無償提供したり、戦車競走チャリオットレースを連日催したりと、繁栄した国であったが。
 ペルシアやイスラムといった新興の帝国にシリア・エジプト等の豊かな穀倉地帯を奪われ、帝都コンスタンティノープルも度々外敵の脅威に晒された。難攻不落の城壁と秘密兵器「ギリシアの火」で撃退はしたものの――打ち続く戦乱で都は荒廃し、水道や公共施設の整備すらままならぬほどだったという。

 しかし先代の皇帝レオン3世・現皇帝コンスタンティヌス5世の二世代に渡り、軍制改革に成功した彼らは再び、強いローマの軍隊を復活させた。
 国力が充実し、コンスタンティノープルも最盛期の活気と人口を取り戻しつつあった。レオ皇太子の少年時代には、増加する市民のインフラを整備すべく水道が修復される。その際に世界各地から招いた商人・職人たちが集まる事で、都は再び賑わいを見せた。

 ブラダマンテ達が目抜き通りに入ると、絹織物や貴金属の工芸品といった品物を取り扱う市場バザーが開かれていた。
 威勢のいい呼び込みの声や、足を止め買い物を楽しむ市民の姿……ブラダマンテには微笑ましく映った。

「……とってもいい所ね。みんな楽しそう」
「今となっては、古代ローマのような絶頂期は望むべくもないけれど。
 僕はこの街が好きだ。素朴で、力強くて――皆、明日に希望を抱いている」

 質実剛健といった所か。図抜けた華やかさこそないが、活力と熱気に溢れた光景だった。レオ――綺織きおり先輩に連れられ、観光案内をされているようで……アイは心が躍った。

(……はッ。いけない。あんまりにも楽しすぎて『このまま先輩のお嫁さんもいいかな』なんて思いかけちゃった)
 
 危うく本来の目的を忘れてしまいがちになる。
 コンスタンティノープルに来たのはあくまでも、綺織きおり先輩の一連の行動に関する真意を問いただす為なのだ。

「……あの、綺織きおり先輩――」
「そろそろ晩食サパーの時間だね。お腹空かない? 司藤しどうさん」

 微笑みながら尋ねてくる綺織きおり。確かに長旅の粗食で、空腹感は常につきまとっていたが。
 ここは意を決して、誘惑に屈せず言葉を返そうと意を決し――

「この都は海に近いから、飛脚に頼らず高級な鮮魚が安く手に入りやすいんだ。
 それに西欧と違ってキプロス島のサトウキビもあるから、甘味にも困らないよ。一緒にどう?」
「…………行きますッ!」

 現代日本人の味覚からすると、味気ない食事続きだったのが災いして。
 司藤しどうアイの理性と決意は、呆気なく食欲の前に膝を折ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!

naomikoryo
ファンタジー
【★♪★♪★♪★本当に完結!!読んでくれた皆さん、ありがとうございます★♪★♪★♪★】 気づけば異世界、しかも「ただの数学教師」になってもうた――。 大阪生まれ大阪育ち、関西弁まるだしの元高校教師カイは、偶然助けた学園長の口利きで王立魔法学園の臨時教師に。 魔方陣を数式で解きほぐし、強大な魔法を片っ端から「授業」で説明してしまう彼の授業は、生徒たちにとって革命そのものだった。 しかし、なぜか公爵令嬢ルーティアに追いかけ回され、 気づけば「奥様気取り」で世話を焼かれ、学園も学園長も黙認状態。 王子やヒロイン候補も巻き込み、王国全体を揺るがす大事件に次々と遭遇していくカイ。 「ワイはただ、教師やりたいだけやのに!」 異世界で数学教師が無自覚にチートを発揮し、 悪役令嬢と繰り広げる夫婦漫才のような恋模様と、国家規模のトラブルに振り回される物語。 笑いとバトルと甘々が詰まった異世界ラブコメ×ファンタジー!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...