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第9章 物語は綻びる
18 黒崎八式vs綺織浩介・後編
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戦場にて、騎士ロジェロ――黒崎八式と。
東ローマの皇太子レオ――綺織浩介の一騎打ちが始まっていた。
(まさか……ロジェロ君に直接、レオ皇太子が戦いを挑んでくるとは)
ブルガリア王の副官に扮するイングランド王子アストルフォは、想定外の光景に驚きつつも、心のどこかで安堵していた。
彼だけでなく、ロジェロの妹マルフィサやアンジェリカの恋人メドロも同じ思いだったろう。
ロジェロはサラセン・フランク両国に武名を広く知られし歴戦の騎士。いかなる防具も断ち切る魔剣ベリサルダに加え、古の英雄ヘクトルの鎧や盾までも備えている。
対するレオ皇太子は父コンスタンティノスの武勇に隠れて、特筆して優れた才覚を持つという話は聞かない。それどころか病弱であり、長くは生きられないだろうと噂されていた。
黒崎と綺織の直接対決。常識的に考えればロジェロの勝利は揺るがない。
だが二人の相対する様を見て、アンジェリカ――錦野麗奈だけは、どうしても嫌な予感が拭い去れなかった。
(私の弟・浩介は勝ち目のない戦いを挑む男じゃないわ。
自ら矢面に立つからには、十二分に勝算があるという事……!)
ブルガリア軍の撤退は、アストルフォらの尽力もあり達成しつつある。
しかし楽観視はできない。東ローマ帝国軍の追撃は激しく、誰もロジェロの加勢に向かえないでいる。この状況ですら綺織の作り出したモノだとしたら……?
麗奈の焦りはつのる。だが今はどうする事もできなかった。
**********
(クソッ。不意打ちで利き腕の傷が……大した事はねえが、剣を振るうのに多少は支障が出るかもな)
黒崎は歯噛みしつつも、魔剣ベリサルダを構え――綺織に突き進んだ。
傷の痛みはあるが……それでも騎士ロジェロとして、速さと重さを伴った斬撃は衰えていない。名のある騎士でも彼の剣筋を前に捌き切る事は至難の業だろう。
ところが――綺織は黒崎の攻撃を読んでいたかのように、ギリギリまで引きつけてから反撃に転じた。
「なッ!?」
刹那の攻防。再び血飛沫が舞ったのは黒崎だった。綺織の持つ刺突剣が鎖帷子の隙間を貫き、やや浅いものの左の脇腹を掠める。
(……何だ、コイツ……! 大した使い手でもねえのに、やりづれえ……!
まるでこっちの動きを予め先読みでもしているような……)
「『まるで心を読まれている』ような……そんな気分かい?」
「!」
背筋にゾクリとした悪寒を覚え、黒崎は表情を引きつらせた。
「安心したまえ、僕にそんな力はないよ。でもね。
僕は今の状況を――繰り返し『想定』し、対策を立ててから臨んでいる」
「何を――言って――!?」
黒崎は攻撃を控え、今度は綺織の出方を伺う戦術に切り替えた。
もともとロジェロは防御を主軸とした「後の先」に特化した騎士だ。攻めが通じないのであれば守りで対抗するのが真骨頂であった。
「なるほど。今度はこちらの攻撃を誘い、反撃に出ようという訳か」
綺織は冷笑を浮かべた。
「悪いか? オレは別に、アンタと戦って殺すつもりなんて最初からねえ。
元々の目的は、ブルガリアの兵たちを無事に逃がす事なんだからな!
コレで時間が稼げるなら、何の問題もねえさ」
「フム。理に適っているね――但し」
綺織は敢えて、黒崎の間合いに踏み込んできた。
「それで本当に『時間が稼げたら』、の話だ」
無造作な突進のように見えて、違った。
黒崎の左側――盾を持つ方向に回り込みつつ、速度を上げて一気に踏み込む!
十分に注意を払っていたつもりなのに。死角から不意を打たれたかの如く、綺織の刺突剣に対応できず――盾の上からの突きで左肩に傷を負った。
「くッそがァッ!」
(無駄だ。そんな苦し紛れの反撃は通じない――『情報』通りの動きだ)
流れるような動き。一撃離脱の緩急の切り替えの速さ。
確かに達人めいて黒崎を翻弄しているが、綺織の体術は決して卓抜したものではなかった。
(何故だ……ロジェロ兄さん……!
なぜレオ皇太子ごときに、ここまで圧倒されている……!?)
皇帝親衛隊らを相手取っている妹マルフィサも、兄の苦境に歯噛みしていた。
**********
現実世界。下田三郎教授も焦燥に駆られていた。
「Furioso。何だこれは……何がどうなっている!?
一体、綺織君に何をしたのだッ!」
鋭い詰問に対し、魔本から作り物めいた甲高い声がした。
『別にボクから働きかけたワケじゃないよ。
ボクはただ、綺織浩介が望んだ情報を提供しただけ。
ボクってホラ、正直者だからさ。誠心誠意、本当の事を彼に教えたのさァ』
Furiosoが綺織に与えた「情報」とは。
今この瞬間における、ロジェロ――黒崎八式についてである。実力も、装備も。得意とする戦い方も、戦う際のクセも。無論、苦手とする戦術や致命的な「弱点」ですらも――寸分違わぬ「影」として再現したのだ。
綺織浩介はそれを元に、来る日も来る日も練習を重ねた。たった一度、黒崎に「勝利するため」だけに。
**********
(黒崎八式。初めてきみを見た時から――僕は気に入らなかった。
きみが僕の家に押しかけて来なければ、魔本に引きずり込まれる事もなかったし、僕の計画が狂わされる事もなかった)
手の内を読まれ、身体中を切り刻まれ、黒崎はすでに満身創痍だった。
「はあッ……はあッ……クソ……ったれ……が……」
(それでもなお戦意を失わず、睨み据えてくるか――無駄な事なのに。
きみは僕にとって邪魔な存在だ。でも感謝もしている。
あの時、きみが僕の家に怒鳴り込んできた時――僕はやっと気づいた。司藤さんへの気持ちに。
そしてきみも、彼女の事を強く想っている事にも)
20年余りの人生で、綺織浩介は初めて激情に駆られた。
好きになった人を取られたくないという執着。司藤アイが黒崎を語る時の楽しげな表情への嫉妬。絶望的な状況に陥っているにも関わらず、屈しようとしない――この男に対する強い怒り。
(どんな手を使っても、彼女を手に入れてやる――例え黒崎を、殺してでも!)
東ローマの皇太子レオ――綺織浩介の一騎打ちが始まっていた。
(まさか……ロジェロ君に直接、レオ皇太子が戦いを挑んでくるとは)
ブルガリア王の副官に扮するイングランド王子アストルフォは、想定外の光景に驚きつつも、心のどこかで安堵していた。
彼だけでなく、ロジェロの妹マルフィサやアンジェリカの恋人メドロも同じ思いだったろう。
ロジェロはサラセン・フランク両国に武名を広く知られし歴戦の騎士。いかなる防具も断ち切る魔剣ベリサルダに加え、古の英雄ヘクトルの鎧や盾までも備えている。
対するレオ皇太子は父コンスタンティノスの武勇に隠れて、特筆して優れた才覚を持つという話は聞かない。それどころか病弱であり、長くは生きられないだろうと噂されていた。
黒崎と綺織の直接対決。常識的に考えればロジェロの勝利は揺るがない。
だが二人の相対する様を見て、アンジェリカ――錦野麗奈だけは、どうしても嫌な予感が拭い去れなかった。
(私の弟・浩介は勝ち目のない戦いを挑む男じゃないわ。
自ら矢面に立つからには、十二分に勝算があるという事……!)
ブルガリア軍の撤退は、アストルフォらの尽力もあり達成しつつある。
しかし楽観視はできない。東ローマ帝国軍の追撃は激しく、誰もロジェロの加勢に向かえないでいる。この状況ですら綺織の作り出したモノだとしたら……?
麗奈の焦りはつのる。だが今はどうする事もできなかった。
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(クソッ。不意打ちで利き腕の傷が……大した事はねえが、剣を振るうのに多少は支障が出るかもな)
黒崎は歯噛みしつつも、魔剣ベリサルダを構え――綺織に突き進んだ。
傷の痛みはあるが……それでも騎士ロジェロとして、速さと重さを伴った斬撃は衰えていない。名のある騎士でも彼の剣筋を前に捌き切る事は至難の業だろう。
ところが――綺織は黒崎の攻撃を読んでいたかのように、ギリギリまで引きつけてから反撃に転じた。
「なッ!?」
刹那の攻防。再び血飛沫が舞ったのは黒崎だった。綺織の持つ刺突剣が鎖帷子の隙間を貫き、やや浅いものの左の脇腹を掠める。
(……何だ、コイツ……! 大した使い手でもねえのに、やりづれえ……!
まるでこっちの動きを予め先読みでもしているような……)
「『まるで心を読まれている』ような……そんな気分かい?」
「!」
背筋にゾクリとした悪寒を覚え、黒崎は表情を引きつらせた。
「安心したまえ、僕にそんな力はないよ。でもね。
僕は今の状況を――繰り返し『想定』し、対策を立ててから臨んでいる」
「何を――言って――!?」
黒崎は攻撃を控え、今度は綺織の出方を伺う戦術に切り替えた。
もともとロジェロは防御を主軸とした「後の先」に特化した騎士だ。攻めが通じないのであれば守りで対抗するのが真骨頂であった。
「なるほど。今度はこちらの攻撃を誘い、反撃に出ようという訳か」
綺織は冷笑を浮かべた。
「悪いか? オレは別に、アンタと戦って殺すつもりなんて最初からねえ。
元々の目的は、ブルガリアの兵たちを無事に逃がす事なんだからな!
コレで時間が稼げるなら、何の問題もねえさ」
「フム。理に適っているね――但し」
綺織は敢えて、黒崎の間合いに踏み込んできた。
「それで本当に『時間が稼げたら』、の話だ」
無造作な突進のように見えて、違った。
黒崎の左側――盾を持つ方向に回り込みつつ、速度を上げて一気に踏み込む!
十分に注意を払っていたつもりなのに。死角から不意を打たれたかの如く、綺織の刺突剣に対応できず――盾の上からの突きで左肩に傷を負った。
「くッそがァッ!」
(無駄だ。そんな苦し紛れの反撃は通じない――『情報』通りの動きだ)
流れるような動き。一撃離脱の緩急の切り替えの速さ。
確かに達人めいて黒崎を翻弄しているが、綺織の体術は決して卓抜したものではなかった。
(何故だ……ロジェロ兄さん……!
なぜレオ皇太子ごときに、ここまで圧倒されている……!?)
皇帝親衛隊らを相手取っている妹マルフィサも、兄の苦境に歯噛みしていた。
**********
現実世界。下田三郎教授も焦燥に駆られていた。
「Furioso。何だこれは……何がどうなっている!?
一体、綺織君に何をしたのだッ!」
鋭い詰問に対し、魔本から作り物めいた甲高い声がした。
『別にボクから働きかけたワケじゃないよ。
ボクはただ、綺織浩介が望んだ情報を提供しただけ。
ボクってホラ、正直者だからさ。誠心誠意、本当の事を彼に教えたのさァ』
Furiosoが綺織に与えた「情報」とは。
今この瞬間における、ロジェロ――黒崎八式についてである。実力も、装備も。得意とする戦い方も、戦う際のクセも。無論、苦手とする戦術や致命的な「弱点」ですらも――寸分違わぬ「影」として再現したのだ。
綺織浩介はそれを元に、来る日も来る日も練習を重ねた。たった一度、黒崎に「勝利するため」だけに。
**********
(黒崎八式。初めてきみを見た時から――僕は気に入らなかった。
きみが僕の家に押しかけて来なければ、魔本に引きずり込まれる事もなかったし、僕の計画が狂わされる事もなかった)
手の内を読まれ、身体中を切り刻まれ、黒崎はすでに満身創痍だった。
「はあッ……はあッ……クソ……ったれ……が……」
(それでもなお戦意を失わず、睨み据えてくるか――無駄な事なのに。
きみは僕にとって邪魔な存在だ。でも感謝もしている。
あの時、きみが僕の家に怒鳴り込んできた時――僕はやっと気づいた。司藤さんへの気持ちに。
そしてきみも、彼女の事を強く想っている事にも)
20年余りの人生で、綺織浩介は初めて激情に駆られた。
好きになった人を取られたくないという執着。司藤アイが黒崎を語る時の楽しげな表情への嫉妬。絶望的な状況に陥っているにも関わらず、屈しようとしない――この男に対する強い怒り。
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