つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

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第9章 物語は綻びる

20 二人の決闘の行方

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 黒崎ロジェロ綺織レオの激闘は続いていた。
 だが黒崎は防戦一方だ。綺織の振るう刺突剣エストックは彼の鎖帷子チェインメイルを貫き、抉り、裂傷を作り続ける。

(これまでだな。覚悟を決めろ――黒崎くろさき八式やしき

 綺織きおり浩介こうすけは勝利を確信し、さらに一歩踏み込んだ。
 狙いは首筋の、ヘクトルの鎧で覆われていない部位。必殺の間合いからの一撃!

 がぎん、と鈍い音がしてロジェロの首に刺突剣エストックが突き立てられた。
 血が噴き出す――が、綺織きおりは顔を歪めて舌打ちした。

「へへッ……いってェ……!」

 黒崎は頭部から血を流しつつも、笑みを浮かべてみせた。

「貴様ッ……!?」

 突きは命中したものの、黒崎の咄嗟の機転により致命とは成り得なかった。
 なんと彼は刺突剣エストックが繰り出されると同時に敢えて前に踏み込み、兜を使って軌道を僅かに逸らしたのである。
 結果刃は鎖帷子チェインメイル胸装甲チェストプレートの間に挟み込まれる形となり――深々と刺さるどころか侵入を食い止められた。

「やっとこさ……動きを止めさせてもらったぜ」

 黒崎は雄叫びを上げ、止まった刺突剣エストックに拳を叩き込んで叩き折った!

「!」
「知ってるぜ。刺突剣エストックってのは14世紀に発明された武器だ。
 にも関わらずアンタが持ってるって事は――この日の為に造らせた特注品なんだろう」

 刺突剣エストックは闘牛士が牛を殺す際に使うサーベルでもある。
 その名の通り「突き刺す」事に特化した武器で、鎖帷子チェインメイルを斬るのではなく貫く事で傷を負わせる目的で作られた。
 8世紀に存在しなかったのにも理由がある。この時代の冶金やきん技術では、細長い剣はどうしても強度に不安が出る。
 最もポピュラーな両刃剣ロングソードですら強度の問題があるため、刃渡り3フィート(約90センチ)未満のものは製造できなかったのだ。

「相当無理して造らせたんだったら――こんだけ激しく扱えば折れやすくなってるハズだよなァ!」

 黒崎は凄んで、残る力を振り絞って魔剣ベリサルダを綺織レオに向けた。

「確かに……きみの見立て通り。僕が作らせた刺突剣エストックは長く保たない弱点がある」

 武器を折られたにも関わらず――綺織きおりは恐れるどころかさらに踏み込んできた!

「なッ!?」
「そんな弱点は百も承知さ。だからこそ『予測』し、対策もした」

 綺織きおりは接近戦を挑むや、刃渡り1フィート(約30センチ)の短剣を抜き放った。「とどめ」専用の短針剣スティレットだ!

「うおおおおッ!?」

 全力で掴みかかられ、黒崎は綺織きおりと揉み合いながら地面に転がった。

 最初から接近格闘であれば、実力差は埋めがたく黒崎ロジェロの勝利で終わるだろう。
 だがこの段階になるまでに身体中を傷つけられ流血した分、黒崎の体力消耗は綺織レオより断然激しい。故に二人の力は拮抗していた。

 こうなっては計算も何もない。互いに死力を尽くし、相手をねじ伏せようという執念だけがモノを言う。
 非常に危うい戦いだった。本の悪魔・Furiosoフリオーソは二人の戦いをニヤニヤしながら眺めていた。

(殺意を向けられれば殺意で対抗するしかない。たとえその気が無くてもねェ)

 間もなく決着がつくだろう。どちらが勝とうが、命が失われる。
 自分たちが本当に為すべき事にも気づかないまま。

 やがて綺織きおりがマウントを取った。
 黒崎も懸命に振りほどこうともがくが、体勢が悪く力が入らない。
 綺織きおりは鬼気迫る表情で、短針剣スティレットを黒崎目がけて振り下ろそうとし――

 鮮血がほとばしった。

「…………う、くゥッ…………!」

 血を流したのは――二人の間に割って入った女騎士ブラダマンテこと司藤しどうアイだった。
 馬を走らせて間一髪、彼らの決闘の場に辿り着き。無我夢中で伸ばした右腕に――綺織きおりの短剣は突き刺さっていた。

「なッ…………司藤しどうさん、何故…………!」

 格闘戦に熱中する余り、黒崎も綺織きおりも周りが見えておらず、アイの接近に気づけなかった。
 アイは息せき切って汗をかき、激痛を堪えつつ――刺さった短剣を抜き、地面に放り捨てた。

 泣きそうな表情になっていた彼女の雰囲気が一変する。
 決闘に夢中で高揚していた精神が、さざ波の如く引いていくのを二人は感じた。アイの次に取るであろう行動を予測できたからだった。

「このッ…………馬鹿ァ!!」

 湧き上がる感情を抑えきれず、力いっぱい叫ぶと――アイは呆然とする黒崎と綺織きおりの頭に拳骨を叩き込んだ。
 今の彼女の心を最も大きく占めているのは、憤りだった。
 死闘に割って入るまでは、その殺意の強さに恐怖すら感じたが――勇気を振り絞った今ならば、心のままに口が動く。

「どういうつもりよ先輩! なんで黒崎を殺そうとしてたの!?」
「……えと、それは……きみを、手に入れたかったからで……」

 怒鳴りつけられ、綺織きおりはたちまち意気消沈して言葉の歯切れが悪くなる。

「わたしや『ブラダマンテ』の感情はまったく無視?
 そんな強引な方法、やり遂げたとしても絶対うまく行かないわよ!
 ブラダマンテはロジェロが死んだら、悲嘆にくれて後を追うぐらいの事やっちゃうものッ!」

 アイは大きく息を吐き――言いたい事を言い終えるとガクリと膝をついた。
 彼女の言葉を聞き、綺織きおりもようやく我に返ったようだ。

(そうだ……何故こんな単純な事に、今まで気づかなかったんだろう?
 司藤しどうさんの意向を無視してでも、彼女を手に入れたいと駆り立てられてしまっていた。
 それがどれだけ、彼女を苦しめ、傷つけてしまっていたのか――)

 綺織きおりはすっくと立ち上がり、憑き物の取れたような顔になって、へたり込むアイにそっと手を差し伸べた。
 そんな綺織きおりの様子を見て――Furiosoフリオーソは人知れず舌打ちした。

「ごめん、司藤しどうさん……許して欲しい。本当に――自分はどうかしてたみたいだ」
「……分かってくれたなら、わたしはいいわ。謝りたいなら黒崎に言ってよね」

 アイは綺織きおりがいつもの優しい先輩の顔を取り戻したのに満足したのか、彼の脇をすり抜け……未だ倒れたままの黒崎へと駆け寄った。
 南フランスのアヴィニヨンで別れてから1か月近くが経つ。体感ではそれ以上、離れ離れになっていた気すらする。

「大丈夫、黒崎……? しっかり、しなさいよ」
「戦って疲れたのもあるけど……それ以上にお前の拳骨が効いたんだが」

 笑みを浮かべて減らず口を叩く黒崎に、アイは頬を膨らませつつも安堵したようだった。
 そんな二人を見て綺織きおりは、諦観ていかんめいた乾いた嘆息を漏らした。
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