つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

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第9章 物語は綻びる

21 「怪物」打倒のための共闘・前編

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「もうっ。何が『お前の拳骨の方が効いた』よ!
 ああでもしなきゃアンタ達、本当に殺し合ってたかもしれないでしょ」

 ブラダマンテ――司藤しどうアイは怒ったような声を上げた。
 右腕の負傷が痛むが、女騎士ブラダマンテには尼僧メリッサによる治療魔術の加護がある。直に癒えるだろう。

「そうだな――悪かった、司藤しどう
 お前が止めに来てくれなきゃ、今頃どうなってたか。感謝してる」

 ロジェロ――黒崎くろさき八式やしきはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
 それを見て、アイの表情は明らかに穏やかなものに変わった。

(やれやれ……敵わないな)
 レオこと綺織きおり浩介こうすけは、彼らのやり取りから無言の信頼を感じ取った。
(でも何故だろうね? 不思議と悔しさはない。晴れ晴れとした気分だ)

「――ところで、アトラントさんには会えたの?」
 アイは久方ぶりの再会でまず、別れた時の彼の用件について尋ねた。
 アトラントはロジェロの義父。アヴィニヨンで二人が別行動を取ったのは、アトラントが危篤という報せが入った為だ。

「死に目には遭えなかったが……埋葬はしたよ。
 遺言も聞く事ができた」
「そう……」

「済まない二人とも」綺織きおりが会話に割って入った。
「どうやら、僕らにゆっくり話し合ってる時間はなさそうだ。アレを見てくれ」

 綺織きおりが指し示す方向には、サヴァ川から姿を現した赤い鱗帷子スケイルメイルを纏った「怪物」の姿があった。

「アレはッ……アルジェリア王ロドモン!?
 嘘、でしょ……確かに、わたしが、殺した……ハズなのにッ」

 アイは驚き、声を震わせた。
 パリでの激闘と、ロドモンの恐るべき強さを思い出したからだ。

「あの野郎、パリからここまで追いかけてきやがったのか。
 マズイな。アンジェリカが……麗奈れなさんが危ない!」

 黒崎も唇を噛んだ。しかし――
 彼の言葉を聞いて、思わずアイはその腕をがっしと掴んでしまった。

「…………え。司藤しどう。何だよこの手は」
「そこで何で麗奈れなさんの名前が出てくるの?
 さっきさぁ。二人でキスとかしちゃってたけど……いつの間にそんな仲になったワケ?」

「ちょ、誤解だ! さっきのアレは……オレだって知らされてなかったんだよ!
 『演出だから』って言われて、無理矢理いきなりさせられたんだッ!」
「…………ふーん。ま、いいわ。この期に及んでデタラメ言う必要ないものね。
 信じるわ黒崎。きっとその、なんというか……やむにやまない事情とかそーゆーのがあったのよね?」

 物分かりのいい言葉とは裏腹に、アイの視線や口調は暴風雪ブリザードのように冷たい。

司藤しどうお前なあ! オレと綺織きおりの殺し合い止めたばっかだってのに! 新しいいさかいの種増やしてる場合じゃねーだろ!
 あの怪物はなァ、目的わかんねーけど、ずっとアンジェリカをつけ狙ってきたんだよ!
 首を落としても死なねえぐらいしぶとい奴でな。きっとお前に殺された後――不死怪物アンデッドにでもなっちまったんだろうぜ」

「…………なん、だと…………!?」
 黒崎の説明を聞き、ショックを受けたのは綺織きおりだった。
Furiosoフリオーソ! どういう事だ?
 物語を問題なく進める為に必要な措置だというから、あのロドモンとかいう王に鱗帷子スケイルメイルを贈ったんだぞ!
 それが何故、死んだ後も怪物になって麗奈れな姉さんを襲っているんだ!?」

『あの怪物は暴走状態にある。アンジェリカの所有物を狙っているみたいだね』
 綺織きおりの背後に現れた影・Furiosoフリオーソは冷然と答えた。
『ま、急いだ方がいいんじゃないかなァ? 姉さんを助けたいんだったらさ』

「お、おい綺織きおり……なんだソイツ? 何と話してんだ?」
 Furiosoフリオーソを見るのが初めてだった黒崎は面食らっていた。

「細かい説明は後だ。今は麗奈れな姉さんを助けるために協力して欲しい。
 ムシのいい話なのは分かっているが、僕は姉さんを殺されたくない!」

 珍しく焦っている様子の綺織きおり浩介こうすけを見て、アイも黒崎も頷いた。

「言われなくても! 麗奈れなさんを助けに行くわ。ね、黒崎?」
「最初っからそう言ってくれりゃよォ。お互い争う事もなかった気がするけど……言ってる場合じゃねーよなッ」

「すまない、ありがとう――行こう!」

 色々と話をしたり、確認しなければならない事は山ほどあるが……状況がそれを許さない。
 赤い鱗帷子スケイルメイルの怪物から、アンジェリカ――錦野にしきの麗奈れなを守るという共通の目的の為に、三人は急いだ。

**********

 「怪物」の出現に、放浪の美姫アンジェリカは即座に逃げ出したい衝動に駆られたが……そんな余裕はなかった。
 辺りは東ローマ軍と少数のブルガリア軍による戦闘が続き、加えて皇帝親衛隊ヴァリャーギらの参戦も加わって混迷が増している。

「マズイな……この状況は非常にまずい」
 イングランド王子アストルフォは歯噛みした。
 彼は幾度も「怪物」から襲撃された過去の経験から、奴の恐るべき特性に直感的に気づいていたのだ。

(あの『怪物』は、どういう訳か――誰かを血祭りに上げる度に、力を増しているようだった。
 これだけ死体が転がっている戦場でアイツが大暴れしたら、きっと手の付けられない事態に……!)

 アストルフォの前に、赤マントを纏った屈強の戦士が立ちはだかった。
 並の男3人分の筋力は必要であろう巨斧に円形の盾。そして薄片鎧ラメラーアーマーで武装したヴァリャーギである。

「くッ…………! ここまで近づかれるなんてッ」
「貴様だな? この軍を率いている将は。
 我は親衛隊を預かる長である!」

 威風堂々たるヴァリャーギの隊長は名乗りを上げ、長柄の斧の石突部分を地面に突き刺した。

「!?……どうした。ボクと戦わないのかい?」
「貴様、右肩を怪我しているな。兵の指揮は並々ならぬものを感じるが……一人の戦士としては物足りぬ」

「参ったな……見抜かれている。確かにボク自身は大した事はないさ。でもね。
 ボクが至らないなら、皆を奮い立たせる術を学べばいいと分かったんだ。
 もっとも、それに気づかせてくれたのは――マイエンス家の臆病な騎士だったんだけどね」
「――フム。貴様の将器を見込んで話がある。一時休戦を申し出たい」

 親衛隊長の口から出たのは、意外過ぎるものだった。

「……どういう事だ?」
「我が主は言われた。『ブルガリア王妃は生かして捕えよ』とな。
 突如、川から出現した巨漢。あやつの力は常軌を逸しておる。我らヴァリャーギの力を以てしても殺せぬ。
 しかも奴はどうやら――貴様らが守るブルガリア王妃に扮した女性にょしょうを狙っているようなのだ」

 なるほど、とアストルフォは思い至った。
 恐らくはレオ皇太子がアンジェリカを殺さぬよう、言い含めたのだろう。
 偶然にせよ、皇太子の命令と、それを愚直に守ろうとする親衛隊長。彼らの方針がアストルフォらにとって活路と成り得た。

「分かった、非常にありがたい申し出だ。是非協力させて貰おう。
 こっちが知ってる『怪物』の情報も提供するよ。それも目的なんだろう?」
「話が早くて助かる。交渉は成立だな」

 こうして赤い鱗帷子スケイルメイルの怪物を打倒するという利害が一致し――皇帝親衛隊ヴァリャーギとブルガリア軍の共闘が成立したのだった。
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