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第9章 物語は綻びる
22 「怪物」打倒のための共闘・後編
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ブラダマンテとロジェロ、レオ皇太子の三人はそれぞれの愛馬に跨り、美姫アンジェリカの救援へと向かった。
「なあ、司藤……」
馬を並走させ、ロジェロ――黒崎八式は女騎士に尋ねた。
「綺織と会って話したって事は、その……聞いたのか?」
何とも歯切れの悪い質問だが、無理もなかった。
物語の大団円を迎える為、ブラダマンテとロジェロの結婚を成し遂げたとしても――現実世界に帰れるのは一人だけ。ブラダマンテ役の司藤アイのみという事実を知っているか否か。もし知らなければ、今は伝えるべきではないと思ったからだ。
「……うん、聞いたわ」アイは彼の意図するところを察し、端的に答えた。
「綺織先輩から。彼に助言をしている黒い影――Furiosoさんからも。
物語を最後まで進めても、帰れるのはわたしだけだという話……よね?」
「そうか……もう知っちまったんだな……」
消沈したような、安堵したような声で呟く黒崎。
「何シケた顔してんのよ。下田教授から聞いたわよ?
アンジェリカ――麗奈さん達が対策を練っていて、動いてくれてるんでしょう?
わたし達みんなで一緒に、現実世界に帰るための術を。
今メリッサがこの場にいないのも、解決方法を得るためなのよね」
「確かにそうだけど……それが上手く行くって保証はどこにも――」
黒崎の言葉を、アイは人差し指を出して遮った。
馬で並走しながらなので、当然唇を塞げるような距離ではない。
しかしながらアイの仕草と口調は、ネガティブになっていた黒崎の心情を幾らか軽くしてくれた。
「今は皆を信じましょ。どんな物事だって、100%上手くいく保証なんてないでしょ? やる前からそんな暗い事言っちゃって。
失敗したら失敗したで、その時また考えればいいじゃない。
なんだったら先輩の言い分を飲んで、皆でここで暮らしたっていいと思うし。
もちろん、黒崎も一緒にね」
「え、おま、ちょっ――」
「かつて月世界で黒崎が言ってくれたように。
ここでの暮らしも案外悪くないかもしれない。変に気負うのはやめましょ?
今は麗奈さんを助ける事に、集中しなきゃだし」
これから戦いに赴くというのに。
相手は殺しても死なない、赤い鱗帷子の「怪物」だというのに。
そして何よりも、これまで自分たちが頑張ってきたのは――現実世界へ脱出するためだというのに。
司藤アイは爽やかな笑顔を黒崎に向けている。今この瞬間を楽しんでいるようですらある。
アイの言い分は過去に黒崎が、絶望していた彼女を励ますためにかけた言葉であったが。
(自分の考えとして、言葉として。受け入れてくれたんだな……
捨て鉢になったんじゃねえ。余裕ができたんだ。本当にいつの間にか――成長、してたんだ)
「ああ……そうだな。お前の言う通りだ、司藤。
ゴチャゴチャ余計な事を考えてる場合じゃねえ。急ごうぜ」
黒崎は照れ隠しなのか、魔馬ラビカンにハッパをかけ、女騎士を追い抜いた。
(ここまで吹っ切れられたのも、あの時の黒崎の言葉があったから。
遠く離れていても、独りぼっちでも。どれだけ支えになったか――)
これ以上は言葉を重ねるのも無粋だろう。行動で示さなければ。
そう思い直したアイもまた、馬足を速めるのだった。
**********
赤い鱗帷子の「怪物」は、戦場に腐臭と瘴気を撒き散らしつつ、立ちはだかる者全てに牙を剥いた。
背後を突かれる形となった皇帝親衛隊らは「怪物」の存在に気づき、戦力の一部を差し向けたが――
「何だコイツは……いくら突いても、切り刻んでも死なねえ!」
屈強にして死をも恐れぬ荒くれ部隊といえども、眼前の化け物の異質ぶりに動揺を隠せなかった。
戦場の異変に、最前線で戦っていたインド王女マルフィサも目ざとく勘付く。
(アレはまさか……パリでもアンジェリカを襲おうとした『怪物』かッ)
次々とヴァリャーギらを屠り、鮮血を浴び続ける「怪物」。
ボロボロの醜悪な姿であるが、身に纏う鱗帷子はさらに深紅の輝きを増し、ひと回り大きくなったように錯覚した。
「お前たち、離れていろ! あの化け物の相手はこのあたしだッ!」
マルフィサは激闘に次ぐ激闘で、疲弊した肉体に鞭打ち……雄叫びを上げて騎馬突進を敢行した!
アフリカ大王アグラマンより譲り受けたダマスカス鋼製の長槍が、勢いに任せ「怪物」の胴体を刺し貫く!
ブルガリア軍からも、ヴァリャーギたちからも、女傑の目覚ましい突撃に喚声が上がった。
ところが――
「!? そんなッ……」
「怪物」は確かに串刺しにされたものの……吹き飛ばされる事なく、信じがたい力でマルフィサの馬に組み付いていた!
どころかそのまま左腕を大きく振りかぶり――馬上の彼女へ向け鉄拳を振るう!
槍に利き腕を取られていたマルフィサは、これを防ぐ事ができず……脇腹に痛烈な一撃を喰らってしまった。
「…………あ、がッ…………」
怪物の腕力は凄まじく、鍛え抜かれたインド王女の肉体と鎧を以てしても、衝撃と激痛に抗えなかった。
マルフィサの馬はバランスを崩した。彼女もまた投げ出され、地面にしたたかに打ち付けられた。
「ッ……しまっ……たッ……」
盾で落下の衝撃はある程度防げたものの、脇腹へのダメージが酷くマルフィサは立ち上がれない。
全身を駆け巡る苦痛と不快感。口からこみ上げる血反吐が彼女の呼吸すらも困難にし、意識も朦朧としてしまう。
(立た、なくては……あたしがやられてしまったら、皆を守れない……
ロジェロ兄さんや、アストルフォ……ブラダマンテの、為……にも……)
心は逸るが、叩きつけられた損傷は大きく、すぐには身体が言う事を聞かない。
それでも気力を振り絞って、マルフィサはよろよろと起き上がろうとした。だがその動きは緩慢で、誰の目から見ても戦える状態になかった。
霞む目で、腹部に大穴を開けられた「怪物」がのし歩く様を見やる。
本当に不死身なのか。生きた人間ならば絶対に死んでいる筈の負傷なのに、意に介した様子もない。
「くそッ……化け物、め……!」
立ち向かおうとしたマルフィサは、ふと気が緩んで倒れかかった。
周りに先刻まで死闘を繰り広げた皇帝親衛隊らも集まってくる。絶体絶命――
ふらつくインド王女の身体が、力強く支えられた。
薄れかかった意識でも、彼女がよく知る人物だとハッキリ分かった。
「大丈夫か? マルフィサ。よく持ち堪えてくれた」
「……ロジェロ、兄……さん……」
ロジェロだけではない。「怪物」に対峙するは、女騎士ブラダマンテと東ローマの皇太子レオ。
三人の救援は間一髪、マルフィサを救った。時を同じくして馳せ参じたメドロが、瀕死の彼女を介抱すべく横たわらせた。
「皇帝親衛隊よ。皇太子レオの名に於いて命ずる。
このおぞましき鱗帷子の巨漢こそ、悪魔の遣わした怪物である!
ブルガリアの兵と共に、邪悪なる者を誅滅すべし!!」
すでに親衛隊長とアストルフォの計らいによって、ロジェロ達と共闘体制を整えていたヴァリャーギらは……鬨の声を上げて速やかに綺織の命令に従った。
(……フン。今頃になって『ロドモン』相手にひとつにまとまっちゃったか)
本の悪魔・Furiosoは綺織の影に潜み――邪まな笑みを浮かべた。
(感動的だねェ~無意味な事なのにさァ。お前たち全員が束になってかかっても、この『怪物』は死なない。
何しろ最強騎士オルランドが一晩かかって、仕留めきれなかったんだからね。
そんな奴相手に、どうするつもりなんだか……ククク)
「なあ、司藤……」
馬を並走させ、ロジェロ――黒崎八式は女騎士に尋ねた。
「綺織と会って話したって事は、その……聞いたのか?」
何とも歯切れの悪い質問だが、無理もなかった。
物語の大団円を迎える為、ブラダマンテとロジェロの結婚を成し遂げたとしても――現実世界に帰れるのは一人だけ。ブラダマンテ役の司藤アイのみという事実を知っているか否か。もし知らなければ、今は伝えるべきではないと思ったからだ。
「……うん、聞いたわ」アイは彼の意図するところを察し、端的に答えた。
「綺織先輩から。彼に助言をしている黒い影――Furiosoさんからも。
物語を最後まで進めても、帰れるのはわたしだけだという話……よね?」
「そうか……もう知っちまったんだな……」
消沈したような、安堵したような声で呟く黒崎。
「何シケた顔してんのよ。下田教授から聞いたわよ?
アンジェリカ――麗奈さん達が対策を練っていて、動いてくれてるんでしょう?
わたし達みんなで一緒に、現実世界に帰るための術を。
今メリッサがこの場にいないのも、解決方法を得るためなのよね」
「確かにそうだけど……それが上手く行くって保証はどこにも――」
黒崎の言葉を、アイは人差し指を出して遮った。
馬で並走しながらなので、当然唇を塞げるような距離ではない。
しかしながらアイの仕草と口調は、ネガティブになっていた黒崎の心情を幾らか軽くしてくれた。
「今は皆を信じましょ。どんな物事だって、100%上手くいく保証なんてないでしょ? やる前からそんな暗い事言っちゃって。
失敗したら失敗したで、その時また考えればいいじゃない。
なんだったら先輩の言い分を飲んで、皆でここで暮らしたっていいと思うし。
もちろん、黒崎も一緒にね」
「え、おま、ちょっ――」
「かつて月世界で黒崎が言ってくれたように。
ここでの暮らしも案外悪くないかもしれない。変に気負うのはやめましょ?
今は麗奈さんを助ける事に、集中しなきゃだし」
これから戦いに赴くというのに。
相手は殺しても死なない、赤い鱗帷子の「怪物」だというのに。
そして何よりも、これまで自分たちが頑張ってきたのは――現実世界へ脱出するためだというのに。
司藤アイは爽やかな笑顔を黒崎に向けている。今この瞬間を楽しんでいるようですらある。
アイの言い分は過去に黒崎が、絶望していた彼女を励ますためにかけた言葉であったが。
(自分の考えとして、言葉として。受け入れてくれたんだな……
捨て鉢になったんじゃねえ。余裕ができたんだ。本当にいつの間にか――成長、してたんだ)
「ああ……そうだな。お前の言う通りだ、司藤。
ゴチャゴチャ余計な事を考えてる場合じゃねえ。急ごうぜ」
黒崎は照れ隠しなのか、魔馬ラビカンにハッパをかけ、女騎士を追い抜いた。
(ここまで吹っ切れられたのも、あの時の黒崎の言葉があったから。
遠く離れていても、独りぼっちでも。どれだけ支えになったか――)
これ以上は言葉を重ねるのも無粋だろう。行動で示さなければ。
そう思い直したアイもまた、馬足を速めるのだった。
**********
赤い鱗帷子の「怪物」は、戦場に腐臭と瘴気を撒き散らしつつ、立ちはだかる者全てに牙を剥いた。
背後を突かれる形となった皇帝親衛隊らは「怪物」の存在に気づき、戦力の一部を差し向けたが――
「何だコイツは……いくら突いても、切り刻んでも死なねえ!」
屈強にして死をも恐れぬ荒くれ部隊といえども、眼前の化け物の異質ぶりに動揺を隠せなかった。
戦場の異変に、最前線で戦っていたインド王女マルフィサも目ざとく勘付く。
(アレはまさか……パリでもアンジェリカを襲おうとした『怪物』かッ)
次々とヴァリャーギらを屠り、鮮血を浴び続ける「怪物」。
ボロボロの醜悪な姿であるが、身に纏う鱗帷子はさらに深紅の輝きを増し、ひと回り大きくなったように錯覚した。
「お前たち、離れていろ! あの化け物の相手はこのあたしだッ!」
マルフィサは激闘に次ぐ激闘で、疲弊した肉体に鞭打ち……雄叫びを上げて騎馬突進を敢行した!
アフリカ大王アグラマンより譲り受けたダマスカス鋼製の長槍が、勢いに任せ「怪物」の胴体を刺し貫く!
ブルガリア軍からも、ヴァリャーギたちからも、女傑の目覚ましい突撃に喚声が上がった。
ところが――
「!? そんなッ……」
「怪物」は確かに串刺しにされたものの……吹き飛ばされる事なく、信じがたい力でマルフィサの馬に組み付いていた!
どころかそのまま左腕を大きく振りかぶり――馬上の彼女へ向け鉄拳を振るう!
槍に利き腕を取られていたマルフィサは、これを防ぐ事ができず……脇腹に痛烈な一撃を喰らってしまった。
「…………あ、がッ…………」
怪物の腕力は凄まじく、鍛え抜かれたインド王女の肉体と鎧を以てしても、衝撃と激痛に抗えなかった。
マルフィサの馬はバランスを崩した。彼女もまた投げ出され、地面にしたたかに打ち付けられた。
「ッ……しまっ……たッ……」
盾で落下の衝撃はある程度防げたものの、脇腹へのダメージが酷くマルフィサは立ち上がれない。
全身を駆け巡る苦痛と不快感。口からこみ上げる血反吐が彼女の呼吸すらも困難にし、意識も朦朧としてしまう。
(立た、なくては……あたしがやられてしまったら、皆を守れない……
ロジェロ兄さんや、アストルフォ……ブラダマンテの、為……にも……)
心は逸るが、叩きつけられた損傷は大きく、すぐには身体が言う事を聞かない。
それでも気力を振り絞って、マルフィサはよろよろと起き上がろうとした。だがその動きは緩慢で、誰の目から見ても戦える状態になかった。
霞む目で、腹部に大穴を開けられた「怪物」がのし歩く様を見やる。
本当に不死身なのか。生きた人間ならば絶対に死んでいる筈の負傷なのに、意に介した様子もない。
「くそッ……化け物、め……!」
立ち向かおうとしたマルフィサは、ふと気が緩んで倒れかかった。
周りに先刻まで死闘を繰り広げた皇帝親衛隊らも集まってくる。絶体絶命――
ふらつくインド王女の身体が、力強く支えられた。
薄れかかった意識でも、彼女がよく知る人物だとハッキリ分かった。
「大丈夫か? マルフィサ。よく持ち堪えてくれた」
「……ロジェロ、兄……さん……」
ロジェロだけではない。「怪物」に対峙するは、女騎士ブラダマンテと東ローマの皇太子レオ。
三人の救援は間一髪、マルフィサを救った。時を同じくして馳せ参じたメドロが、瀕死の彼女を介抱すべく横たわらせた。
「皇帝親衛隊よ。皇太子レオの名に於いて命ずる。
このおぞましき鱗帷子の巨漢こそ、悪魔の遣わした怪物である!
ブルガリアの兵と共に、邪悪なる者を誅滅すべし!!」
すでに親衛隊長とアストルフォの計らいによって、ロジェロ達と共闘体制を整えていたヴァリャーギらは……鬨の声を上げて速やかに綺織の命令に従った。
(……フン。今頃になって『ロドモン』相手にひとつにまとまっちゃったか)
本の悪魔・Furiosoは綺織の影に潜み――邪まな笑みを浮かべた。
(感動的だねェ~無意味な事なのにさァ。お前たち全員が束になってかかっても、この『怪物』は死なない。
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