つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

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第9章 物語は綻びる

23 連携と発想の転換

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 ベオグラードの戦場にて、本来は利害の異なる者たちや、軍隊が一つの目的の為まとまった。
 女騎士ブラダマンテ。その恋人の騎士ロジェロ。東ローマ皇太子レオ。
 契丹カタイの王女アンジェリカと、その恋人メドロ。イングランド王子アストルフォに、インド王女マルフィサ。
 ブルガリア軍と、東ローマ軍の精鋭たる皇帝親衛隊ヴァリャーギ

 つい先刻まで敵味方に分かれて戦っていた彼らが、川から出現した赤い鱗帷子スケイルメイルの「怪物」に立ち向かうため。
 「怪物」がつけ狙っている美姫アンジェリカを守るため、共闘するのだった。

「皆、下がって! この『怪物』は血をすする事で力を増す!
 いたずらに傷を負い、命を散らす事は敵を利する行為に他ならない!」

 ブラダマンテ――司藤しどうアイは声高に叫んだ。
 パリ攻防戦で嫌というほど思い知らされた、怪物の纏う鎧の恐るべき能力。
 加えて着用者たるアルジェリア王ロドモンは、かつて女騎士ブラダマンテが殺している。にも関わらず生き返り、全身を腐らせ損壊させながらも、なお蠢くのをやめない。

 マルフィサが重傷を負うのと引き換えに与えた、腹部の大穴が――却って不安と絶望を際立たせていた。

(……こんな『化け物』を、本当に倒せるのかしら?
 倒す手段があるとして、一体どうやって……?)

 ブラダマンテの警告に、周囲の軍勢は「怪物」を遠巻きにして、防御陣形の構えを見せた。
 今はこれでいい。乱戦に持ち込み、多勢に無勢で押し潰せるような敵ではないのだから。

「すまない、ロジェロ兄さん……」
 脇腹を損傷し、力なく横たわるマルフィサ。
 くぐもった声と吐血からして、肋骨の数本は折られてしまっているだろう。

「何言ってんだマルフィサ。お前はよくやってくれた。養生してろ。
 ……むしろ、駆けつけるのが遅くなって悪かったな」

 ロジェロ――黒崎くろさき八式やしきは妹に優しく声をかけると、鋭い視線を「怪物」に向けて魔剣ベリサルダを構えた。

「よくも大事な妹を……許さねえぞ、化け物めッ」

 闘志を燃やすロジェロと同時に――ブラダマンテも武器を抜いた。

(右腕の痛みも大分引いてきたわ。流石メリッサの『加護』ね)

 彼女の武器は両刃剣ロングソードのように見えたが、違った。刃は刀のように片側だけに存在し、先端の形状が分厚くなっている。
 これもまたアフリカ大王アグラマンから得た戦利品トロフィーであり、ブラダマンテ自身が選んだ得物。ダマスカス鋼を用いて鍛えた片刃の剣――ファルシオンであった。

「行くわよ、ロジェロ!」
「おうッ!」

 ブラダマンテとロジェロは呼吸を合わせ、「怪物」へ同時に踏み込んだ。
 凄まじい速度による高度な連携。「怪物」は折れかかった半月刀シャムシールを構えて応戦したが、二人の騎士による同時攻撃を防ぐ事すらままならない。
 たちまちの内に刀は折れ、吹き飛び、怪物は丸腰になった。ベリサルダとファルシオンの刃が次々にヒットし、元々傷だらけだった鱗帷子スケイルメイルは見る間に削られ、切り刻まれ、腐肉や腐汁が飛び散る。

 二人の息の合った絶妙なコンビネーションに、「怪物」はなす術もなく翻弄されていた。
 激闘を固唾を飲んで見守る周囲の者たちから歓声が上がる。これで敵が不死身の化け物でなければ、苦もなく決着がついただろう。

 それだけに皆、恐れていた。二人の連携が途切れた時に起こるであろう、怪物の逆襲を。
 出来うる事なら皆で取り囲み、撃ちかかって貢献したい。しかし――今この状況では難しい。卓抜した実力と相性の良さを兼ね備えているからこそ、二人の騎士は圧倒的な剣技を可能にしているのだ。他者が取って代わろうとすれば、あっという間に優勢は崩れ、再び阿鼻叫喚の地獄が戦場に現出するであろう。それは誰しもが痛感しているのだった。

**********

 レオ皇太子――綺織きおり浩介こうすけFuriosoフリオーソに呼びかけた。

Furiosoフリオーソ、答えろ。
 あの怪物を殺す手段はあるのか?」

『その質問をするのが、ちょっとばかり遅すぎたんじゃない?』
 綺織きおりの影に潜むFuriosoフリオーソは、蔑んだように答えた。
『結論から言えば、今のキミ達に彼を殺す事はできない。
 何故なら奴はとうの昔に、ブラダマンテによって殺されているのだから。
 一度殺された者はもう殺す事はできない。常識だよねェ?』

「ぐッ…………!」綺織きおりはぎり、と歯を軋ませた。

『まァでもさァ。その場しのぎでしかないけど……今のうちにアンジェリカを避難させれば、彼女の命を救う事はできるよ。
 あの二人には囮になってもらって、時間稼ぎをすればいい。
 それすらいとうようなら、キミの率いる皇帝親衛隊ヴァリャーギらに命じて肉壁になって貰えばいいんじゃない?』

 本の悪魔の提案は徹頭徹尾冷酷ではあったが、合理的なものだった。
 「怪物」を殺す明確な手段がない以上、アイと黒崎がどれほど連携して圧倒したとしても、徒労に終わる。

(一体どうすれば……む? いや、待てよ……)

 綺織きおりは焦燥に駆られつつも、限られた時間で考えに考え抜いた。

「……もしかすると、僕はとんでもない思い違いをしていたのかも知れないな」
『どういう意味だい? 綺織きおり浩介こうすけ

 今確かにFuriosoフリオーソは言った。「怪物を殺す手段はない」と。
 この悪魔は嘘「だけは」つかない。言葉だけを捉えれば、絶望的な事実のように聞こえる。知らず知らずの内に語る言霊に仕込まれた「毒」が、聞く者の心を蝕むのだ。悪魔と呼ぶに相応しい狡猾ぶりであった。

(でも奴は……あの『怪物』の元だったロドモンは、ブラダマンテに一度殺されている。
 殺されている者を殺そう、などと考える事自体、そもそもの間違いだったんだ)

「質問を変えようか。奴の命を絶つのではなく、動かなくするためにはどうすればいい?」
『ッ…………!!』

 本の悪魔は言葉を詰まらせたものの……不本意そうに口を開いた。

『奴の本質に多少なりとも気づいたようだね。残念だなぁ。
 ロドモンの肉体にはすでに魂など宿っていない。アレはすでに死んでいる。
 にも関わらず動いているのは、赤い鱗帷子スケイルメイルの力だ』

 苦々しく答える悪魔に対し、綺織きおりはニヤリと笑った。
 気づいてしまいさえすれば、何の事はない話。そう思えたからだ。

「やはり……そういう事か。ではロドモンの肉体ではなく鱗帷子スケイルメイルを破壊すればいいのだな?」
『言うほど簡単じゃないよ。並大抵の力じゃ傷をつける事すら困難だ』

「でも不可能じゃない。ロジェロの妹マルフィサが、騎馬突撃で大穴を開けているからね。
 ブラダマンテとロジェロの持つ武器ならば、あの鎧にもダメージを与えられる」

 Furiosoフリオーソが押し黙ったのを見て、綺織きおりは大声で叫んだ。

「ブラダマンテ! ロジェロ! その調子だ!
 怪物の肉体ではなく、鱗帷子スケイルメイルを削り、破壊する事を狙うんだ!
 怪物ヤツを突き動かし、力を与えているのは間違いなくその鎧の方だからな!」

 綺織きおり――レオ皇太子の鼓舞に、その場を覆っていた恐怖の空気が一転し……二人の騎士を激励する歓声が沸き起こった。

 勢いづく彼らを見て、Furiosoフリオーソは渋面を作ったが――密かに口の端を吊り上げていた。

(うん、間違っちゃいない。間違っちゃあいないよ、綺織きおり浩介こうすけ
 確かに鱗帷子スケイルメイルを攻めるのは正しい判断だ。でもそれだけじゃ『足りない』。
 せっかくのいい雰囲気だし、言わないでおいてあげよう。上げて落とされた時の絶望感のほうが、ボクにとって最高のショーになるからねェ!)
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