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第9章 物語は綻びる
24 変化する戦場の空気・前編
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ロジェロ――黒崎八式は、女騎士と共に「怪物」を攻め立てつつも思考を巡らせていた。
(アストルフォは言っていた。ロジェスティラの呪文書には『術者の魔力を断つ』べきと書いてあったと。
それが正しいなら、この『怪物』を仕留めるには鱗帷子を通じて魔力を送ってる奴を、どうにかしなきゃならん。
もしかしなくても綺織と一緒にいた、あの黒い影がそうなんじゃねえか?)
事態が急を要した為、細かい説明を聞く前に戦いに赴く事になってしまったが。
それすらも黒い影――本の悪魔・Furiosoの策略の内なのかもしれない。
(でも綺織の奴、このまま鱗帷子を破壊すべきとも助言してくれた。
魔力を断つ手段は一つじゃねえ。この鎧自体をブッ潰しても同じ事だろう。
だったらこのまま、押し切るのも悪くない手かもしれねえな……!)
何より、あの黒い影を打ち倒す手段が不可解なままだ。これは単なる勘だが……仮にそれが成し得たとしても、何か取り返しのつかない事態が発生してしまう――そんな悪寒がする。
**********
契丹の王女アンジェリカとイングランド王子アストルフォは、ブラダマンテ達の戦場に向かっていた。
「怪物」の標的であるアンジェリカ自身が、みすみす敵に近づくのは愚かな選択のように思える。だが――これは必要な処置であった。
「アストルフォ。ブラダマンテとロジェロが押しに押してるわ。
このまま勝てたりは……?」
アンジェリカの問いに、アストルフォは首を振った。
「それならいいんだけどね。ひょっとしたら、行動不能にするぐらいまではできるかもしれない。
だが……やはり今は『待つ』しかないと、ボクは思う。
現状は好都合だ。犠牲を最小限にして時間を稼ぐ事ができれば……きっと『間に合う』だろう」
二人はブラダマンテ達の優勢を見守っていた。そうする必要があったからだ。
「きみの見立てが正しければ――『怪物』の動きにも変化があるハズだ。
それを見極めなければならない。その為にも、もっと近づこう。
きみの護衛はボクがする。だからアンジェリカ……『観察』を続けてくれ」
「そう、ね――」
皇帝親衛隊らが味方につき、東ローマ軍の動きが止まっている今が好機だ。
アストルフォは周囲に気を配りつつ、アンジェリカと共に戦いの場へ進んだ。
**********
ブラダマンテとロジェロの連携は「怪物」を完全に抑え込んでいる――周りの誰もがそう思っていた。
しかし綺織と激闘を繰り広げたばかりのロジェロと、治癒しかけているとはいえ右腕を負傷したブラダマンテ。互いに体力を消耗した状態での連戦である。
敵に反撃の暇も与えないこの状況、圧倒的な力の差があるように思えるが、実は違う。反撃されれば危険だから「抑え込まざるを得ない」のだ。
休みなく剣を繰り出し、一切の受け流しも許されない――二人の疲労は予期していたよりも異常な速さで蓄積していく。
(くっそ、思ったよりもキツイな……だがイケる!
トドメを刺せないまでも、腕や脚の装甲を破壊して、大きく動きを鈍らせる事が出来ればッ……!)
ロジェロは魔剣ベリサルダを「怪物」の左大腿部に集中的に打ち込んでいた。
その甲斐あってか、腿当てに相当する装甲部分は大きく損傷が広がっていた。
「おッらァ!!」
あと一、二発叩き込めば破壊できる。鎧の支えがなくなれば、損壊しかけている身体のバランスも大きく崩れるだろう。
そうなれば、いかに「怪物」が怪力を誇ろうと、さほどの脅威ではなくなる筈――
黒崎がそう思った刹那。奇妙な事態に気づいた。
鱗帷子から不自然に血が染み出し、壊れかけた腿当て部分に収束していく。
人体の傷口で、血液が凝固するように――凄まじいスピードで血が寄り集まり、ロジェロの斬りつけた部分が再び強固に修復された!
(なッ…………んだよ、これッ。アリか、こんなの……!?)
あと一押しと思っていた作戦が水泡に帰した。そう感じてしまったロジェロは、一瞬ではあるが動きを止めてしまった。
彼の仰天ぶりを目にして、本の悪魔・Furiosoは喜悦の表情を浮かべた。
(そこを壊されちゃうと、さすがにスリルがなくなっちゃうからねェ~。
まさか鎧自体に修復能力があるとは思わなかった? 残念だったねェ!)
「ロジェロ危ないッ!」
硬直したロジェロに殴りかかろうとする「怪物」。咄嗟にブラダマンテが割って入った。
連携が途切れれば、反撃を許してしまう。そうなれば防御するしかない――瞬時の彼女の判断は的確だったが、「怪物」の力を考えれば無謀すぎる一手だった。
盾によるガードは間に合ったものの、女騎士の身体は吹き飛ばされた。
幸いロジェロは我に返り、致命の反撃を受ける前に体勢を立て直す事ができたが。
「司……ブラダマンテッ!?」
ロジェロの動揺は激しかった。自身の失態が原因で、ブラダマンテ――司藤アイを危険に晒してしまったのだ。しかし――
「大丈夫よ……ロジェロ。ちょっと痛かったけど、思ってたより大した事ないわ」
転がりながらも女騎士は上手く受け身を取っていたようで、素早く立ち上がっているのが見えた。
しかも驚愕はもう一つあった。いつの間にか彼女の隣にいた、懐かしい姿を見て――黒崎は思わず歓声を上げた。
「……メリッサ! やっと、来てくれたのか……」
尼僧メリッサ。ブラダマンテ第一の協力者にして、一流の魔法使いにして、卓越した預言者である。
「――良かったですわ。間に合って」
「メリッサ。今までどこ行ってたのよ……!」
黒崎に続き、長い事ご無沙汰だった親友の到着に――ブラダマンテは感極まった声を上げた。
そんな彼女の様子を見て、メリッサはにんまりと笑みを浮かべた。
「ブラダマンテ、分かりますわ。この超絶頼りになるハイパー美少女尼僧メリッサがお傍にいなくて、とっても寂しかったんでしょう!?」
「えっと、その……」
「でも私が来たからにはもう安心です! あんなくっさい怪物、けちょんけちょんにして差し上げますわッ!」
「間違ってはないけど、状況と空気読んでセリフ選びなさいよッ!?」
良くも悪くもマイペースな尼僧メリッサ。戦場を包んでいた重い空気が明らかに変わりつつあった。
(アストルフォは言っていた。ロジェスティラの呪文書には『術者の魔力を断つ』べきと書いてあったと。
それが正しいなら、この『怪物』を仕留めるには鱗帷子を通じて魔力を送ってる奴を、どうにかしなきゃならん。
もしかしなくても綺織と一緒にいた、あの黒い影がそうなんじゃねえか?)
事態が急を要した為、細かい説明を聞く前に戦いに赴く事になってしまったが。
それすらも黒い影――本の悪魔・Furiosoの策略の内なのかもしれない。
(でも綺織の奴、このまま鱗帷子を破壊すべきとも助言してくれた。
魔力を断つ手段は一つじゃねえ。この鎧自体をブッ潰しても同じ事だろう。
だったらこのまま、押し切るのも悪くない手かもしれねえな……!)
何より、あの黒い影を打ち倒す手段が不可解なままだ。これは単なる勘だが……仮にそれが成し得たとしても、何か取り返しのつかない事態が発生してしまう――そんな悪寒がする。
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契丹の王女アンジェリカとイングランド王子アストルフォは、ブラダマンテ達の戦場に向かっていた。
「怪物」の標的であるアンジェリカ自身が、みすみす敵に近づくのは愚かな選択のように思える。だが――これは必要な処置であった。
「アストルフォ。ブラダマンテとロジェロが押しに押してるわ。
このまま勝てたりは……?」
アンジェリカの問いに、アストルフォは首を振った。
「それならいいんだけどね。ひょっとしたら、行動不能にするぐらいまではできるかもしれない。
だが……やはり今は『待つ』しかないと、ボクは思う。
現状は好都合だ。犠牲を最小限にして時間を稼ぐ事ができれば……きっと『間に合う』だろう」
二人はブラダマンテ達の優勢を見守っていた。そうする必要があったからだ。
「きみの見立てが正しければ――『怪物』の動きにも変化があるハズだ。
それを見極めなければならない。その為にも、もっと近づこう。
きみの護衛はボクがする。だからアンジェリカ……『観察』を続けてくれ」
「そう、ね――」
皇帝親衛隊らが味方につき、東ローマ軍の動きが止まっている今が好機だ。
アストルフォは周囲に気を配りつつ、アンジェリカと共に戦いの場へ進んだ。
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ブラダマンテとロジェロの連携は「怪物」を完全に抑え込んでいる――周りの誰もがそう思っていた。
しかし綺織と激闘を繰り広げたばかりのロジェロと、治癒しかけているとはいえ右腕を負傷したブラダマンテ。互いに体力を消耗した状態での連戦である。
敵に反撃の暇も与えないこの状況、圧倒的な力の差があるように思えるが、実は違う。反撃されれば危険だから「抑え込まざるを得ない」のだ。
休みなく剣を繰り出し、一切の受け流しも許されない――二人の疲労は予期していたよりも異常な速さで蓄積していく。
(くっそ、思ったよりもキツイな……だがイケる!
トドメを刺せないまでも、腕や脚の装甲を破壊して、大きく動きを鈍らせる事が出来ればッ……!)
ロジェロは魔剣ベリサルダを「怪物」の左大腿部に集中的に打ち込んでいた。
その甲斐あってか、腿当てに相当する装甲部分は大きく損傷が広がっていた。
「おッらァ!!」
あと一、二発叩き込めば破壊できる。鎧の支えがなくなれば、損壊しかけている身体のバランスも大きく崩れるだろう。
そうなれば、いかに「怪物」が怪力を誇ろうと、さほどの脅威ではなくなる筈――
黒崎がそう思った刹那。奇妙な事態に気づいた。
鱗帷子から不自然に血が染み出し、壊れかけた腿当て部分に収束していく。
人体の傷口で、血液が凝固するように――凄まじいスピードで血が寄り集まり、ロジェロの斬りつけた部分が再び強固に修復された!
(なッ…………んだよ、これッ。アリか、こんなの……!?)
あと一押しと思っていた作戦が水泡に帰した。そう感じてしまったロジェロは、一瞬ではあるが動きを止めてしまった。
彼の仰天ぶりを目にして、本の悪魔・Furiosoは喜悦の表情を浮かべた。
(そこを壊されちゃうと、さすがにスリルがなくなっちゃうからねェ~。
まさか鎧自体に修復能力があるとは思わなかった? 残念だったねェ!)
「ロジェロ危ないッ!」
硬直したロジェロに殴りかかろうとする「怪物」。咄嗟にブラダマンテが割って入った。
連携が途切れれば、反撃を許してしまう。そうなれば防御するしかない――瞬時の彼女の判断は的確だったが、「怪物」の力を考えれば無謀すぎる一手だった。
盾によるガードは間に合ったものの、女騎士の身体は吹き飛ばされた。
幸いロジェロは我に返り、致命の反撃を受ける前に体勢を立て直す事ができたが。
「司……ブラダマンテッ!?」
ロジェロの動揺は激しかった。自身の失態が原因で、ブラダマンテ――司藤アイを危険に晒してしまったのだ。しかし――
「大丈夫よ……ロジェロ。ちょっと痛かったけど、思ってたより大した事ないわ」
転がりながらも女騎士は上手く受け身を取っていたようで、素早く立ち上がっているのが見えた。
しかも驚愕はもう一つあった。いつの間にか彼女の隣にいた、懐かしい姿を見て――黒崎は思わず歓声を上げた。
「……メリッサ! やっと、来てくれたのか……」
尼僧メリッサ。ブラダマンテ第一の協力者にして、一流の魔法使いにして、卓越した預言者である。
「――良かったですわ。間に合って」
「メリッサ。今までどこ行ってたのよ……!」
黒崎に続き、長い事ご無沙汰だった親友の到着に――ブラダマンテは感極まった声を上げた。
そんな彼女の様子を見て、メリッサはにんまりと笑みを浮かべた。
「ブラダマンテ、分かりますわ。この超絶頼りになるハイパー美少女尼僧メリッサがお傍にいなくて、とっても寂しかったんでしょう!?」
「えっと、その……」
「でも私が来たからにはもう安心です! あんなくっさい怪物、けちょんけちょんにして差し上げますわッ!」
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