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第9章 物語は綻びる
25 変化する戦場の空気・後編
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「メリッサ」は幼い頃から、魔術に関する教育と訓練を受け続けていた。
「あらゆる魔術は、自然の理を変化させる事を目的とする。
故に魔術を『解除する』事は、変化した理を『元に戻す』事と同義なのだ」
師であるマラジジにより、幾度となく叩き込まれた、魔術原理の基礎。
変身術の才に秀でていた彼女にとって、非常に重要な概念だった。「解除する」事ができなければ、変身したが最後二度と元の姿に戻れなくなってしまうからだ。
(そう、魔術の解除とは――あるべき姿に戻る幻視を思い浮かべること)
魔術原理を学ぶ事によって、常人に不可能な筈の「創造」は、より強固となり、具現化し――自然界に急激な変化をもたらす。逆もまた然り。
変化を素早く構築する想像・創造の素養こそ「魔力」と呼ばれしもの。
「メリッサ」の魔力は幼少の頃から、師マラジジをも超えていた。
**********
「良かった。メリッサが来てくれた――」
イングランド王子アストルフォはガッツポーズを決めた。
「時間稼ぎ」とはすなわち、尼僧メリッサの救援を待つためのものだったからだ。
「それにアンジェリカ。見たかい? 今のを」
美貌の騎士の言葉に、同じく絶世の美姫たるアンジェリカは大きく頷いた。
「ええ――ブラダマンテは『怪物』の打撃を受けたにも関わらず、ほとんど損傷を負っていない。
アイツの狙いが、手当たり次第ではなく黒崎に向けられていた証拠よ」
これの意味するところは――彼女の「見立て」通りであるという事。
「そうか……ならば後は――」
「メリッサの術の発動を待つだけ」
アストルフォとアンジェリカは、事前に三人で打ち合わせていた「作戦」の為、それぞれ備えた。
**********
「ロジェロ様。お願いがございます。
少しの間だけ、ブラダマンテと話をさせて下さいませ」
「おう! 任せとけッ!」
メリッサの言葉に、ロジェロ――黒崎八式は魔剣を構えて応じた。
つまり彼女がブラダマンテと話す間、彼一人で『怪物』と相対せよ、という事だ。
防御に徹していれば、敵がいかな不死身にして怪力の持ち主といえど、少しの間は持ち堪えられるだろう。
(ここに戻って来たって事は……目途がついたんだな?
オレも、司藤も……皆で一緒に現実世界に帰るための道筋が見えたんだな?)
黒崎は数日前、彼女と別れた時の言葉を思い起こしていた。
肉体は疲弊の極みにあるが、その事を考えるだけで――眼前の強敵に抗い、戦い続ける意志が湧き上がる。
「メリッサ。話って……?」ブラダマンテ――司藤アイは恐る恐る尋ねた。
「難しい話ではありませんわ。これはロジェロ様にも以前、確認した事です。
たとえこの先、どんな困難が待ち受けていたとしても――黒崎様と共に元の世界にお帰りになりたいですか?」
メリッサの問いかけは、聞かれれば迷わず答えが返せるものだった。
「そんなの、当たり前じゃない。物語の大団円を迎えても、自分一人しか帰れないなんて……嫌に決まってるでしょ。
わたしじゃなくたって。黒崎や、綺織先輩だって――同じように思うハズだわ」
アイの言葉は、メリッサの想定通りのものであった。
迷う訳がないと知っていたし、本音を尋ねられれば、まっとうな人間なら誰もがそう答えるだろう。不思議な事ではない。
(やっぱり、そうですわよね――)
愛しく想う「主人」の為、メリッサは改めて決意を固め……
「――でもね、メリッサ。たとえこの世界を離れる事になっても。
皆と笑ってさよならしたい。出来れば誰一人欠ける事なく。
この世界で出会って、親しくなった皆と。結末の瞬間まで一緒に。
メリッサも、アストルフォも――他のみんなだって」
「…………ッ」
アイの続けた言葉もまた、彼女にしてみれば至極当然の、平凡な発想であった。
仲良くなった友達と笑顔で別れたい――それは誰もが思うこと。
メリッサは深呼吸ひとつすると、微笑んで言った。
「分かりましたわ、ブラダマンテ。
このメリッサ、貴女の望みを叶える為に尽くしましょう。
その為にこれから行う私の魔術は、貴女の協力が必要です」
「協力……?」
「思い浮かべて下さいませ。貴女が今まで最も追い詰められ、そして救われた時の事を。私が魔術を行使するために必要な『想像力』を、そこから得ます」
アイは少しの間、逡巡したものの――単独で「怪物」を相手取って苦戦している黒崎の姿が見えると、思い直して言う通りにした。
(わたしにとっての、危機を救われた記憶。それは勿論――)
彼女は思い起こした。エチオピア。「月」という名の、過去の記憶世界の旅。
忘れたかった、見たくなかった昔の思い出。自我が希薄となり「ブラダマンテ」となりかけたあの時。
彼女を救ってくれたのは。彼女を「好き」と言ってくれたのは。紛れもなく黒崎であった。
アイの「想像」が膨れ上がる。卓越した魔術師であるメリッサはその力を目敏く察知した。
(……素晴らしい。これなら行けますわ。
アンジェリカ様、アストルフォ様。そしてロジェロ様――皆の想像力が私の魔術イメージを、より強固なものに。
後は魔術を行使する上での「触媒」として……!)
メリッサによる呪文の詠唱が始まり、程なくして。
彼女たち二人を中心に……轟音と共に、漆黒の空間が広がった!
「あらゆる魔術は、自然の理を変化させる事を目的とする。
故に魔術を『解除する』事は、変化した理を『元に戻す』事と同義なのだ」
師であるマラジジにより、幾度となく叩き込まれた、魔術原理の基礎。
変身術の才に秀でていた彼女にとって、非常に重要な概念だった。「解除する」事ができなければ、変身したが最後二度と元の姿に戻れなくなってしまうからだ。
(そう、魔術の解除とは――あるべき姿に戻る幻視を思い浮かべること)
魔術原理を学ぶ事によって、常人に不可能な筈の「創造」は、より強固となり、具現化し――自然界に急激な変化をもたらす。逆もまた然り。
変化を素早く構築する想像・創造の素養こそ「魔力」と呼ばれしもの。
「メリッサ」の魔力は幼少の頃から、師マラジジをも超えていた。
**********
「良かった。メリッサが来てくれた――」
イングランド王子アストルフォはガッツポーズを決めた。
「時間稼ぎ」とはすなわち、尼僧メリッサの救援を待つためのものだったからだ。
「それにアンジェリカ。見たかい? 今のを」
美貌の騎士の言葉に、同じく絶世の美姫たるアンジェリカは大きく頷いた。
「ええ――ブラダマンテは『怪物』の打撃を受けたにも関わらず、ほとんど損傷を負っていない。
アイツの狙いが、手当たり次第ではなく黒崎に向けられていた証拠よ」
これの意味するところは――彼女の「見立て」通りであるという事。
「そうか……ならば後は――」
「メリッサの術の発動を待つだけ」
アストルフォとアンジェリカは、事前に三人で打ち合わせていた「作戦」の為、それぞれ備えた。
**********
「ロジェロ様。お願いがございます。
少しの間だけ、ブラダマンテと話をさせて下さいませ」
「おう! 任せとけッ!」
メリッサの言葉に、ロジェロ――黒崎八式は魔剣を構えて応じた。
つまり彼女がブラダマンテと話す間、彼一人で『怪物』と相対せよ、という事だ。
防御に徹していれば、敵がいかな不死身にして怪力の持ち主といえど、少しの間は持ち堪えられるだろう。
(ここに戻って来たって事は……目途がついたんだな?
オレも、司藤も……皆で一緒に現実世界に帰るための道筋が見えたんだな?)
黒崎は数日前、彼女と別れた時の言葉を思い起こしていた。
肉体は疲弊の極みにあるが、その事を考えるだけで――眼前の強敵に抗い、戦い続ける意志が湧き上がる。
「メリッサ。話って……?」ブラダマンテ――司藤アイは恐る恐る尋ねた。
「難しい話ではありませんわ。これはロジェロ様にも以前、確認した事です。
たとえこの先、どんな困難が待ち受けていたとしても――黒崎様と共に元の世界にお帰りになりたいですか?」
メリッサの問いかけは、聞かれれば迷わず答えが返せるものだった。
「そんなの、当たり前じゃない。物語の大団円を迎えても、自分一人しか帰れないなんて……嫌に決まってるでしょ。
わたしじゃなくたって。黒崎や、綺織先輩だって――同じように思うハズだわ」
アイの言葉は、メリッサの想定通りのものであった。
迷う訳がないと知っていたし、本音を尋ねられれば、まっとうな人間なら誰もがそう答えるだろう。不思議な事ではない。
(やっぱり、そうですわよね――)
愛しく想う「主人」の為、メリッサは改めて決意を固め……
「――でもね、メリッサ。たとえこの世界を離れる事になっても。
皆と笑ってさよならしたい。出来れば誰一人欠ける事なく。
この世界で出会って、親しくなった皆と。結末の瞬間まで一緒に。
メリッサも、アストルフォも――他のみんなだって」
「…………ッ」
アイの続けた言葉もまた、彼女にしてみれば至極当然の、平凡な発想であった。
仲良くなった友達と笑顔で別れたい――それは誰もが思うこと。
メリッサは深呼吸ひとつすると、微笑んで言った。
「分かりましたわ、ブラダマンテ。
このメリッサ、貴女の望みを叶える為に尽くしましょう。
その為にこれから行う私の魔術は、貴女の協力が必要です」
「協力……?」
「思い浮かべて下さいませ。貴女が今まで最も追い詰められ、そして救われた時の事を。私が魔術を行使するために必要な『想像力』を、そこから得ます」
アイは少しの間、逡巡したものの――単独で「怪物」を相手取って苦戦している黒崎の姿が見えると、思い直して言う通りにした。
(わたしにとっての、危機を救われた記憶。それは勿論――)
彼女は思い起こした。エチオピア。「月」という名の、過去の記憶世界の旅。
忘れたかった、見たくなかった昔の思い出。自我が希薄となり「ブラダマンテ」となりかけたあの時。
彼女を救ってくれたのは。彼女を「好き」と言ってくれたのは。紛れもなく黒崎であった。
アイの「想像」が膨れ上がる。卓越した魔術師であるメリッサはその力を目敏く察知した。
(……素晴らしい。これなら行けますわ。
アンジェリカ様、アストルフォ様。そしてロジェロ様――皆の想像力が私の魔術イメージを、より強固なものに。
後は魔術を行使する上での「触媒」として……!)
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