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第9章 物語は綻びる
29 そして、物語は綻びる
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本の悪魔Furiosoは下半身を消滅させながらも、アンジェリカの指輪を手にして高笑いを上げていた。
『はァはははははふははははァ! 惜しかったねェ諸君!
このボクが、ふんぞり返ってるだけの根性なしとでも思ったかい?
レテ川のせいでボクの存在も半分が失われてしまったが……死ななきゃ安いッ!
黄金の指輪はこのFuriosoのモノだァ!!』
「くっそ……てめェ!」
ロジェロ――黒崎八式は罵声を上げつつ、魔剣ベリサルダを抜いて斬りかかろうとしたが――それよりも速く、黒い影は異形の翼をはためかせ……川の中央へ浮上しながら飛び退った。
『おっとォ! これでお前の攻撃は届かなァい!
レテ川を泳いで渡る蛮勇があるなら、ボクを捕まえてごらんよォ!
ヒィヒヒヒヒ! ヒャッハハハァハハハ……ハ!!』
狂ったように哄笑し続ける邪悪なる意思。
その場にいた誰もが、かの悪魔に辿り着く事はできなかった。
「そんなッ……ここまで、来て……!」
ブラダマンテこと司藤アイも、青ざめ言葉を詰まらせる。
だが彼女の疲労は限界に達している上に、先ほど胴を薙ぎ払った「怪物」も再び立ち上がろうとしている。黒崎への助勢は叶いそうもなかった。
『これで再び世界はやり直せる。魔本はまた新たな物語を紡げるんだ!
でもアイちゃん! ボクはキミの大ファンなんだ。だからキミだけは現実世界へ帰してあげよう。
誇るべきだよ! キミは魔本に囚われながらも生還した、二人目の達成者になるんだからねェ!』
Furiosoは上機嫌で指輪を右の中指に嵌めた。
指輪の魔力を使って、彼はやるつもりだろう。物語世界にかけた大いなる魔術の解除を。
為す術もなく、黒い影を見守るしかできない。
そんな絶望が皆の心を締め上げた――その時だった。
「――指輪を、嵌めてくれたか。礼を言うよFurioso」
影のような黒塗りの口が、奇妙な響きで蠢いた。
悪魔の声ではない。黒崎とアイは聞き覚えのある、それは――
「……綺織……」
「えっ……先輩の声……?」
アイの憧れの先輩、綺織浩介の声に――最も驚いたのは本の悪魔であった。
『バカな……貴様何故、意識がある? 月世界に来る際にボクと精神を結合し――完全にボクの支配下にあったハズなのにッ』
「Furioso。最も長い時間を共に過ごし、お前の事を一番よく知っているのは――この僕なんだよ。下田教授じゃなくてね。
お前は嘘だけはつかない……今まで色んな事を質問したね? そしてその全てに答えてくれたね?
お前は用心深く、自分に不都合な話はしなかったつもりだろうが――それでも少々、喋り過ぎたようだな」
黒い影の隣に、はっきりと綺織が現れた。
黄金の指輪を用いて、意識を集中させている。術を解除するためのものだが――それは明らかにFuriosoの意図とは違うものだった。
『貴様……おい、待て! 綺織浩介! 何のつもりだァ!?』
「僕の狙いや計算は、いつだって外れてばかりだ。
お前に取り込まれた時、隙を見て操ってやるつもりだったのに……今の今まで、僕の意識は眠ったままだった。
もしお前が完全な状態だったなら、お前の目論見通りに事は運んだのだろうね」
綺織の言う通りだった。今のFuriosoは下半身が失われている。
アンジェリカが。アストルフォが。メリッサが。そして勿論、アイや黒崎も死力を尽くして協力し合ったからこそ――この状況が生まれたのだ。
世界を律する神にも等しき悪魔に、ただの人間が牙を剥き、その存在を刈り取る好機が。
「指輪は僕が使わせてもらう。但し解除するのは『物語』じゃあない。
お前の翼にかかっている――浮遊の魔術だ。それを今から解除する」
彼の凄絶な言葉に、本の悪魔は心底ゾッとした――完全なる破滅への、恐怖心だった。
『ふ、ふざけるな! やめろォ! そんな事をすれば、お前の精神だってレテ川に落ちるんだぞ!
肉体のガードが無い状態では、たとえ現実世界の魂の記憶があろうが――お前の存在も消失する!
それにお前ェ……ボクの存在が消えたらどうなるのか、分かってやって――』
「……ああ。完全に『理解した上で』やってるのさ」
Furiosoは恐慌状態となり、綺織の精神集中を妨害しようとしたが――下半身を、存在の大半を失った今、叶わぬ事だった。
『くそッ! くそォ! こんな所でボクは終わりたくない!
まだまだ物語は不完全なんだ! お前ごときが邪魔立てしていいモノじゃねェんだよこのゴミクソがァァァァ!!』
「フン……ようやく素が出たじゃあないか。Furiosoくん。
この世界に来て本当――ロクな事が無かったけれど。
お前のようなヤツの切羽詰まった罵り声を聞くのは、最高の気分だね」
狂乱する悪魔に対し、綺織浩介はとびきり邪悪な笑みを浮かべ――愉悦に浸っていた。
(これでいい。後の事は頼みましたよ、下田教授――)
『お、お、お前ら! ボクを助けろォ!』
何を思ったのか、Furiosoは今度はアイ達に助けを求め始めた。
『ボクが死ねば何もかも片付いてハッピーになれるとか、本気で思ってンのかァ?
そんな訳があるか! 綺織浩介はお前たちの味方なんかじゃ断じて――』
なおも見苦しく言葉を続けようとする黒い影だったが――不意に背中の歪な翼が消滅した。
翼を失い、浮遊魔術の恩恵も無くなったFuriosoは力なく落下し――嵌めていた指輪ごとレテ川に沈んだ。
あぎィィィィヨォオオオォォォオオオ――!
耳障りな絶叫。黒い影は急速に光を発し、膨大な数の文字となって剥離する。
それは本当に凄まじい量であり、黒い文字は広大な川面を埋め尽くさんばかりに拡散していった!
今までに48人を引きずり込み、繰り返し綴られてきた物語に蓄積された「力」が、死と忘却の洗礼を受け解放され――悪魔を構成していた「文字」は遺灰の如く分解され、目映く輝く。川が太陽を飲み込んだかのようでもあった。
断末魔と輝きが治まると――レテ川は再び静かになった。
そこには何も残ってはいなかった。Furiosoも。黄金の指輪も。そして――綺織浩介すらも。
『はァはははははふははははァ! 惜しかったねェ諸君!
このボクが、ふんぞり返ってるだけの根性なしとでも思ったかい?
レテ川のせいでボクの存在も半分が失われてしまったが……死ななきゃ安いッ!
黄金の指輪はこのFuriosoのモノだァ!!』
「くっそ……てめェ!」
ロジェロ――黒崎八式は罵声を上げつつ、魔剣ベリサルダを抜いて斬りかかろうとしたが――それよりも速く、黒い影は異形の翼をはためかせ……川の中央へ浮上しながら飛び退った。
『おっとォ! これでお前の攻撃は届かなァい!
レテ川を泳いで渡る蛮勇があるなら、ボクを捕まえてごらんよォ!
ヒィヒヒヒヒ! ヒャッハハハァハハハ……ハ!!』
狂ったように哄笑し続ける邪悪なる意思。
その場にいた誰もが、かの悪魔に辿り着く事はできなかった。
「そんなッ……ここまで、来て……!」
ブラダマンテこと司藤アイも、青ざめ言葉を詰まらせる。
だが彼女の疲労は限界に達している上に、先ほど胴を薙ぎ払った「怪物」も再び立ち上がろうとしている。黒崎への助勢は叶いそうもなかった。
『これで再び世界はやり直せる。魔本はまた新たな物語を紡げるんだ!
でもアイちゃん! ボクはキミの大ファンなんだ。だからキミだけは現実世界へ帰してあげよう。
誇るべきだよ! キミは魔本に囚われながらも生還した、二人目の達成者になるんだからねェ!』
Furiosoは上機嫌で指輪を右の中指に嵌めた。
指輪の魔力を使って、彼はやるつもりだろう。物語世界にかけた大いなる魔術の解除を。
為す術もなく、黒い影を見守るしかできない。
そんな絶望が皆の心を締め上げた――その時だった。
「――指輪を、嵌めてくれたか。礼を言うよFurioso」
影のような黒塗りの口が、奇妙な響きで蠢いた。
悪魔の声ではない。黒崎とアイは聞き覚えのある、それは――
「……綺織……」
「えっ……先輩の声……?」
アイの憧れの先輩、綺織浩介の声に――最も驚いたのは本の悪魔であった。
『バカな……貴様何故、意識がある? 月世界に来る際にボクと精神を結合し――完全にボクの支配下にあったハズなのにッ』
「Furioso。最も長い時間を共に過ごし、お前の事を一番よく知っているのは――この僕なんだよ。下田教授じゃなくてね。
お前は嘘だけはつかない……今まで色んな事を質問したね? そしてその全てに答えてくれたね?
お前は用心深く、自分に不都合な話はしなかったつもりだろうが――それでも少々、喋り過ぎたようだな」
黒い影の隣に、はっきりと綺織が現れた。
黄金の指輪を用いて、意識を集中させている。術を解除するためのものだが――それは明らかにFuriosoの意図とは違うものだった。
『貴様……おい、待て! 綺織浩介! 何のつもりだァ!?』
「僕の狙いや計算は、いつだって外れてばかりだ。
お前に取り込まれた時、隙を見て操ってやるつもりだったのに……今の今まで、僕の意識は眠ったままだった。
もしお前が完全な状態だったなら、お前の目論見通りに事は運んだのだろうね」
綺織の言う通りだった。今のFuriosoは下半身が失われている。
アンジェリカが。アストルフォが。メリッサが。そして勿論、アイや黒崎も死力を尽くして協力し合ったからこそ――この状況が生まれたのだ。
世界を律する神にも等しき悪魔に、ただの人間が牙を剥き、その存在を刈り取る好機が。
「指輪は僕が使わせてもらう。但し解除するのは『物語』じゃあない。
お前の翼にかかっている――浮遊の魔術だ。それを今から解除する」
彼の凄絶な言葉に、本の悪魔は心底ゾッとした――完全なる破滅への、恐怖心だった。
『ふ、ふざけるな! やめろォ! そんな事をすれば、お前の精神だってレテ川に落ちるんだぞ!
肉体のガードが無い状態では、たとえ現実世界の魂の記憶があろうが――お前の存在も消失する!
それにお前ェ……ボクの存在が消えたらどうなるのか、分かってやって――』
「……ああ。完全に『理解した上で』やってるのさ」
Furiosoは恐慌状態となり、綺織の精神集中を妨害しようとしたが――下半身を、存在の大半を失った今、叶わぬ事だった。
『くそッ! くそォ! こんな所でボクは終わりたくない!
まだまだ物語は不完全なんだ! お前ごときが邪魔立てしていいモノじゃねェんだよこのゴミクソがァァァァ!!』
「フン……ようやく素が出たじゃあないか。Furiosoくん。
この世界に来て本当――ロクな事が無かったけれど。
お前のようなヤツの切羽詰まった罵り声を聞くのは、最高の気分だね」
狂乱する悪魔に対し、綺織浩介はとびきり邪悪な笑みを浮かべ――愉悦に浸っていた。
(これでいい。後の事は頼みましたよ、下田教授――)
『お、お、お前ら! ボクを助けろォ!』
何を思ったのか、Furiosoは今度はアイ達に助けを求め始めた。
『ボクが死ねば何もかも片付いてハッピーになれるとか、本気で思ってンのかァ?
そんな訳があるか! 綺織浩介はお前たちの味方なんかじゃ断じて――』
なおも見苦しく言葉を続けようとする黒い影だったが――不意に背中の歪な翼が消滅した。
翼を失い、浮遊魔術の恩恵も無くなったFuriosoは力なく落下し――嵌めていた指輪ごとレテ川に沈んだ。
あぎィィィィヨォオオオォォォオオオ――!
耳障りな絶叫。黒い影は急速に光を発し、膨大な数の文字となって剥離する。
それは本当に凄まじい量であり、黒い文字は広大な川面を埋め尽くさんばかりに拡散していった!
今までに48人を引きずり込み、繰り返し綴られてきた物語に蓄積された「力」が、死と忘却の洗礼を受け解放され――悪魔を構成していた「文字」は遺灰の如く分解され、目映く輝く。川が太陽を飲み込んだかのようでもあった。
断末魔と輝きが治まると――レテ川は再び静かになった。
そこには何も残ってはいなかった。Furiosoも。黄金の指輪も。そして――綺織浩介すらも。
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