つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

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第9章 物語は綻びる

30 尼僧メリッサの覚悟

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 現実世界。
 下田しもだ三郎さぶろう教授は魔本の展開を戦慄しつつも追っていた。
 魔本世界を操り、司藤しどうアイたちをはじめとする多くの人間を引きずり込んだ元凶が、ついに物語から退場した事を知った。

「く……何て事だ。綺織きおり君……!」

 下田はふと、魔本に書かれている地の文に目をやった。
 物語の登場人物たちは気づく由もない、綺織きおり浩介こうすけの独白部分。
 そこに書かれた文言を確認した下田は、その信じがたい内容に度肝を抜かれた。

(凄い……この私以上に、魔本について研究を……?
 そうか、直接Furiosoフリオーソと接する機会があったから……)

 この内容を探れば――もしかすると。
 下田は一縷の望みを託し、彼の独白部分を読み進め、今までパソコンのデータに写し取っていた魔本の内容と照らし合わせていた。

 そんな地道な作業をやっている合間にも、魔本の物語は続く。終焉に向かって、綻びを生じながら――

ииииииииии


 綺織きおり浩介こうすけの魂はFuriosoフリオーソと、黄金の指輪と共にレテ川に飲み込まれ――目映い光となって消えた。

「……そんな……先、輩……」

 ブラダマンテ――司藤しどうアイはショックを受け、ぺたんと地面にへたり込んだ。
 豹変ぶりに恐怖したり、振る舞いに怒ったりした事もあったが……それでも彼女にとっては初恋の、憧れた先輩である事に変わりはなかった。

「これで全部……終わったのか?」

 狐につままれたような表情で、ロジェロ――黒崎くろさき八式やしきは呆然と呟いた。

 赤い鱗帷子スケイルメイルの怪物も、術者からの魔力を失った今……物言わぬ屍と化していた。
 砕けた鎧は力なく横たわり、腐乱した肉体も二度と動き出す事はなかった。

「みんなの所に、戻らなきゃ……メリッサやアストルフォ、アンジェリカさん達の下に」

 アイと黒崎は尼僧メリッサの下へ向かった。
 彼女はアストルフォとアンジェリカの傍にいた。アンジェリカが倒れたアストルフォにすがりつき、涙を浮かべている。

「ちょっと……メリッサ。アストルフォに何があったの?」
「レテ川の水からアンジェリカ様を守る為に――犠牲になったのですわ」

 アイの質問に答えるメリッサの声は震えていた。

「ふざけんな……またかよ、アフォ……!」
 黒崎は横たわる美貌の騎士に罵声を浴びせた。
 だがその言葉には、いつもの力強さはない。悲しみの色が混じり、同時にアストルフォであれば迷わずそうするだろう、という諦めの念もあった。
「お前って奴は、いつもどうしてそういう風に無茶ばっかり……」

「フフ、すまないね……我が友、ロジェロ……
 こういう時いつも、考えるより身体が……動いてしまうタチで……」
 アストルフォは意識を取り戻し、弱々しく謝罪した。

「ンな事ァ分かってるよ!
 なあメリッサ。アストルフォを助ける方法はないのか?」

 黒崎の問いに対し、メリッサは――微笑んで答えた。

「方法はありますわ。元々月世界での目的を達する事ができたら、そうするつもりでした。
 ここは過去の精神世界。肉体よりも精神の強さが己を形作る場所。アストルフォ様はあくまで、精神的なダメージを受けているに留まっているのです。
 完全に消失しない限りは……月世界を脱出する事で助かる事ができますわ」

「ほ、本当なの!?」アイはパッと顔を輝かせた。
「じゃあメリッサ。早くここから脱出しましょう!」

「もちろん……そういたしましょう。
 特別な儀式は必要ありません。すぐに済みますわ」

 しかしメリッサは笑顔とは裏腹に、言葉の響きに暗い影が落ちているようにアイには思えた。
 彼女はゆっくりと立ち上がり――レテ川に近づいていく。

「ちょっと、何をするの……?」
「ブラダマンテ。月世界に赴くための転移術。マラジジ様が使った時の事を覚えていますか?
 彼は術を発動させる為の触媒として、2つのモノを扱いました。
 1つはこのメリッサの、恐怖の記憶。
 そしてもう1つは――マラジジ様が長年愛用していた、魔法の黒檀の短刀ダガーです」

「そう言えば――そうだったわね」
「私もマラジジ様に術の使用方法を学び、同じように扱いましたわ。
 1つは皆さんの『救い』の記憶。
 そしてもう1つは――この私自身、なのです」

 尼僧の口から飛び出した単語に……アイは目を白黒させ、戸惑っていた。

「え……な、に……言ってるのよ、メリッサ? どういう事――」
「術を解除するためには、触媒に使ったモノを消失させる必要があります。
 マラジジ様の場合は、30年以上もの長い歳月、肌身離さず持っていた品物がありました。
 ですが私の場合――そんな代物は持ち合わせていなかったんです。
 そう……自分の人生と同じだけの時間、共に過ごした私の肉体を除いては」

「ちょっと! バカ言わないでよメリッサ!
 何よそれ……じゃあこれからあなた、まさか――レテ川に飛び込む気?
 自殺して、転移術を解除しようっていうの!?」
「はい――申し訳ございません、ブラダマンテ。
 アストルフォ様が消失する前に、皆様をここから脱出させる為には……これしか方法が無いんです。
 皆で一緒に生きて帰って、ブラダマンテとロジェロ様のご結婚を見届ける事――叶いそうにありません、わ」

 悲壮な決意を胸に、レテ川に自ら赴こうとするメリッサ。
 最初からこうするつもりだったのだろう。アンジェリカやアストルフォらと示し合わせ、計画を練った時から。
 マラジジから術の仕組みを教わった時に、彼女は――すでに死を覚悟していた。

「そんなの……嫌よ。綺織きおり先輩を失ったばかりなのに、あなたまで……!
 メリッサ、約束したじゃない。全ての使命が終わって、わたしの結婚式の後で……ホラ。わたしと……キ、キスするって!
 約束守らないまま死ぬなんて……許さないわよッ!」

「まあ、覚えてらしたのですね。フフ――」
 冗談めかして、メリッサは悪戯っぽく微笑む。
「後ろ髪引かれる、魅力的な提案ですが……そうおっしゃっていただけるだけで、メリッサは満足です。
 私の存在はこれから消失します。だから大丈夫。悲しみの記憶も残りませんわ。
 ですから、忘れないでとは言いません――アイさん。幸せになって下さいませ」

 メリッサは満足げに微笑んで――レテ川に身を投げようとした。

「……待って!」鋭い声を上げ、制止しようとしたのは――アンジェリカだった。
「ブラダマンテ! メリッサを止めて!
 愛用の品を触媒とした魔術の解除方法なら……裏技があるわッ!
 魔術をかけた人が、同じぐらい愛用したモノを代わりに使えば――!」

 放浪の美姫の縋るような叫びにも、メリッサはふるふると首を振るだけだった。

「確かに、そうですけれど。残念ですがそんな都合のよいモノは……
 もし持ち合わせていたのなら、私の代わりに触媒に用いていますわ」

 彼女の提案を一蹴し、尼僧は再びを歩を進めていく。
 忘却の川面へ。己が忘れ去られる事で、皆が忘れられない為に。 

「でもありがとう、アンジェリカ。私などを気にかけて下さって。
 これでもう思い残す事はありませんわ。さようなら――です」

 黒崎ロジェロも、アンジェリカも、瀕死のアストルフォも……メリッサの歩みを止められないと観念した。
 だが――女騎士ブラダマンテだけは違った。

「……何よ、あるんじゃない。方法が。
 アンジェリカ! 教えてくれてありがとうッ」

 言うが早いか、司藤しどうアイはメリッサの下へ駆け出した。
 川に飛び込もうとする尼僧の腕を掴み、そして微笑む。

「何をなさるのです、ブラダマンテ!
 私を止めてしまったら、この世界から出られな――」
「勘違いしないでよね、メリッサ。止めに来たんじゃないわ」

 呆気に取られるメリッサを後目に、アイは――自らレテ川に右手を沈めた!
 その先には当然、掴まれたメリッサの右腕もあった。

「…………ッ!? これは一体、どういう…………!?」
「愛用していればいいんでしょ? だったらわたしだって。
 『ブラダマンテ』だって、メリッサの愛したモノって事になるわよね?」

「えっ…………ええッ!?」
「何を驚いてんのよ。今まで何度も何度も何度も! わたしにセクハラしまくってきたでしょ!
 愛用年数は足りないかもだけど、愛され具合だったら負けてないわ!
 忘れたなんて……言わせないんだからッ!!」

 ブラダマンテとメリッサの腕が光り輝き、文字となって剥離する!
 凄まじい激痛と虚脱感が同時に襲ってくるが――二人で共有したためか、思っていたほどの苦痛ではなかった。

「内なる『ブラダマンテ』も了承済みだから、『一緒に』触媒になりましょ。
 但し――半分ずつ、ね。それでわたしも、メリッサもきっと助かるッ!」
「ブラダ、マンテ――あなたという、人は――!」

 やがて「月」世界が歪み、ひび割れ、軋み――崩壊していく。
 触媒を失い、術が保てなくなったのだろう。過去の精神世界は、暗闇のとばりは目映い光と共に、皆の視界から消え去った。

**********

 ブラダマンテ、ロジェロ、アストルフォ、メリッサ、そしてアンジェリカ。
 「月」世界への転移に飲み込まれ、生き残った者たちは――無事にベオグラードへ戻ってきていた。

 すでに東ローマとブルガリアの戦争は終結していた。
 現実世界で渦を巻いていた暗黒の雲が消失したのを見て――ロジェロの妹マルフィサやアンジェリカの恋人メドロが、感極まってそれぞれの愛しき者への抱擁を敢行した事は、言うまでもない。


(第9章  了)
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