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第10章 結婚するまで帰れません!?
1 物語、最終歌に突入する
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ブラダマンテ達が「月」世界から生還してからというもの、いくつもの出来事が矢継ぎ早に起こった。
一番大きな転機は「レオ皇太子」がロジェロとの和解を申し出てきた事だ。
レオ皇太子は、綺織浩介が魂を宿していた肉体でもある。
しかし再び出会った時、彼は司藤アイの憧れの先輩ではなく、ギリシア風の青年の顔になっていた。
(そうか。月世界で綺織の魂が消失しちまったから……
物語に登場する東ローマ皇太子レオとして、本来の姿に戻っちまったのか)
レオ皇太子は実に思慮深く、話の分かる人物であり……ロジェロがブラダマンテと恋仲である事情を知った途端、あっさりと彼女を諦め、ロジェロを祝福したのだった。
(確かに原典のレオは聖人君子かってくらい、物分かり良すぎる奴だったけど……
こうもあっさり手の平返されると拍子抜けだよなぁ……)
ロジェロ――黒崎八式にとって、さらに大きな転機はブルガリアの人々の来訪であった。
彼らは王亡き後、助太刀に入ったロジェロの勇戦ぶりにいたく感銘を受け……彼に是非とも、次代のブルガリア王に即位して欲しいと頼んできた。
実はこの展開も、原典で起こる話だったりする。結果としてロジェロは根無し草ではなくなり、一国の主としてクレルモン公爵令嬢のブラダマンテと釣り合う身分となった。これにはロジェロとの結婚に反対していた母ベアトリーチェもニッコリである。
「ね、ねえ黒崎……話がトントン拍子すぎる気がするんだけど……」
「原典もこういうカンジなんだよ。物語が主役に都合よく展開するのは、別に今に始まった話じゃねえし……
アストルフォが月に旅行したのだって、主イエスの神のお導きって事になってるしな」
アイも黒崎もご都合主義展開に少々萎えはしたが。
よく考えれば「狂えるオルランド」はこういう話だったんだなぁ、と今更ながら思い知った。これも本の悪魔Furiosoが消滅した影響なのだろうか。
**********
もうひとつの余談。ブラダマンテ達の冒険に多大な貢献を為した尼僧メリッサであるが。
ブラダマンテ――司藤アイの機転により、命の危機から脱する事ができた。
にも関わらず、しばらくメリッサはブラダマンテに話しかける事も、顔を合わせようともしなかった。
「……どうしたのメリッサ? お礼言いに来たんだけど」
その日の夜、メリッサの止まっている宿にブラダマンテは訪ねた。
すると彼女は、部屋の隅でうずくまって顔を真っ赤にして悶々としていた。
「……ブラダマンテ……来ないで下さいませ」
「ちょ、ちょっと! どうしたのよ――!?」
幽鬼めいた消え入りそうな声で、この世の終わりのように呟くメリッサ。
彼女の身に何事か起こったのだろうか。思わずブラダマンテは心配になって彼女の顔を覗き込み――
「いえ、その実は……月世界でわたし、死を覚悟して啖呵切りまくったじゃあないですか。
もうこれでブラダマンテと会えるのも最期になると思って、酔いしれて色々とこっ恥ずかしい台詞を連呼してたの、思い出しまして……
本当に死んでいたならどうにか格好着いたんですけど、いざこうして生き延びたら――」
言葉が終わらない内に、メリッサは顔を真っ赤にして視線を彷徨わせ、ベッドに顔を埋めてしまった。
最初は呆れた気持ちになったアイだったが――すぐにぷっ、と吹き出してから言った。
「何だ、そんな事気にしてたのメリッサ? 可愛い所もあるんじゃない。
死を覚悟して尽くしてくれたのは事実だし。でもこうして、生きて一緒に帰って来れたんだから。
万々歳よね? わたしも皆も気にしてないから。大丈夫」
アイが優しく言葉をかけると――メリッサは突如がば、と顔を上げて抱き着こうとした。
だがアイはその襲撃を予見しており、見事な体捌きでホールドの体勢から逃れ、尼僧は一人でベッドに転がった。
「くっ……腕を上げましたわね、ブラダマンテ」
「今まで一体何度、あなたのセクハラまがいの抱擁受けてきたと思ってるのよ。
それに言ったでしょ? メリッサのお願いを果たすのは――わたしとロジェロが結婚してからだって」
結局、メリッサがいつもの調子を取り戻したのを見て。
嘆息しながらも女騎士は安堵した。
**********
『……という訳だから。アイ君! 黒崎君!』
物語世界の時間にして三週間前。
下田三郎教授は念話でアイ達に能天気に言い放った。
その時は何の話なのか、まるで理解できなかったのだが――
ブラダマンテ一行が彼女の家族であるクレルモン家の面々と共に、東ローマ帝国領からフランク王国の都パリに到着した時の事。
パリに着いた途端、奇妙な光景が二人の前で繰り広げられた。
いきなり目の前が石造りの街ではなく、劇場舞台のような場所に変化した。
そして舞台の中央に立つ、髭面のイタリア人が何事かを朗々と述べている。
彼が何か喋るたび、舞台のあちこちにいる貴族や貴婦人たちにスポットライトが当たり、拍手や歓声が起こっていた。
「……ちょっと、何? 何なのよコレ。下田教授!」
アイは訳が分からず、思わず念話で現実世界の下田に疑問を呈した。
『……前に説明した通り、スタッフロールだよ』
「スタッフロールぅ!?」
アイは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
古典文学の世界にそんな、映画のエンドクレジットのような仕掛けが存在するというのか。
『物語がついに最終歌――第46歌目に入った事の証だ。
46歌冒頭は作者アリオストが、ここまで話を読んでくれた読者に対しお礼を言うシーンでな。
その後延々と、彼の執筆活動を応援してくれた知人友人たちを紹介し、感謝の意を述べるんだ』
黒崎も目を白黒させている。一緒に帰って来たアストルフォやメリッサ達は平然としている所からすると、現実世界の魂の記憶を持つ者のみが見る事のできる幻覚のようなものであるらしい。
しかも恐ろしい事に、アリオストの紹介する友人たちの名前は次から次へと述べられ続け――いっこうに終わる気配すらない。
「下田教授……コレ、いつまで続くの?」
『原典読む限りじゃ、ざっと百人くらいは名前が出ていたと思う』
「ざっけんじゃないわよ!? スキップできないの!?」
『はっはっは、愚問だなアイ君! 16世紀イタリアの叙事詩に、そんな気の利いた機能ついてる訳がないだろう!
ちなみにこのシーン、3ページ半くらいあるから! 頑張れ!』
絶望で目の前が真っ暗になりそうなアイと黒崎を後目に。
作者アリオストと思しき髭の中年男は、実に嬉しそうに友人の貴族たちの名前を読み上げまくるのだった――
**********
時間にすればほんの5分かそこらの前口上。
にも関わらず、アイと黒崎は何時間も苦行に耐え忍んだ心地になっていた。
「……大丈夫かい? ブラダマンテ。我が友ロジェロ。
随分と顔色が悪いようだが」
イングランド王子アストルフォが、げんなりした様子の二人を怪訝に思ったのか気遣って声をかける。
やはり「魂の記憶」を持たない者には、二人が見た光景は認識できず、時間すら経過していなかったらしい。
「いや……何でもねえ。ありがとうよ」
普段口の悪い黒崎ですら、萎えすぎて素直にお礼を言うレベルである。
「ともかく――分かってるわね? 黒崎。
これから起こる最後にして最大の試練を、わたし達は乗り越えなきゃならない」
「ああ……そ、そうだな……」
いつになく物々しいアイの確認に、黒崎も頷く。
再び三週間かけて、ブラダマンテとロジェロ達はフランク王国の都パリに戻ってきた目的は勿論――「結婚式」を挙げる事であった。
一番大きな転機は「レオ皇太子」がロジェロとの和解を申し出てきた事だ。
レオ皇太子は、綺織浩介が魂を宿していた肉体でもある。
しかし再び出会った時、彼は司藤アイの憧れの先輩ではなく、ギリシア風の青年の顔になっていた。
(そうか。月世界で綺織の魂が消失しちまったから……
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レオ皇太子は実に思慮深く、話の分かる人物であり……ロジェロがブラダマンテと恋仲である事情を知った途端、あっさりと彼女を諦め、ロジェロを祝福したのだった。
(確かに原典のレオは聖人君子かってくらい、物分かり良すぎる奴だったけど……
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ロジェロ――黒崎八式にとって、さらに大きな転機はブルガリアの人々の来訪であった。
彼らは王亡き後、助太刀に入ったロジェロの勇戦ぶりにいたく感銘を受け……彼に是非とも、次代のブルガリア王に即位して欲しいと頼んできた。
実はこの展開も、原典で起こる話だったりする。結果としてロジェロは根無し草ではなくなり、一国の主としてクレルモン公爵令嬢のブラダマンテと釣り合う身分となった。これにはロジェロとの結婚に反対していた母ベアトリーチェもニッコリである。
「ね、ねえ黒崎……話がトントン拍子すぎる気がするんだけど……」
「原典もこういうカンジなんだよ。物語が主役に都合よく展開するのは、別に今に始まった話じゃねえし……
アストルフォが月に旅行したのだって、主イエスの神のお導きって事になってるしな」
アイも黒崎もご都合主義展開に少々萎えはしたが。
よく考えれば「狂えるオルランド」はこういう話だったんだなぁ、と今更ながら思い知った。これも本の悪魔Furiosoが消滅した影響なのだろうか。
**********
もうひとつの余談。ブラダマンテ達の冒険に多大な貢献を為した尼僧メリッサであるが。
ブラダマンテ――司藤アイの機転により、命の危機から脱する事ができた。
にも関わらず、しばらくメリッサはブラダマンテに話しかける事も、顔を合わせようともしなかった。
「……どうしたのメリッサ? お礼言いに来たんだけど」
その日の夜、メリッサの止まっている宿にブラダマンテは訪ねた。
すると彼女は、部屋の隅でうずくまって顔を真っ赤にして悶々としていた。
「……ブラダマンテ……来ないで下さいませ」
「ちょ、ちょっと! どうしたのよ――!?」
幽鬼めいた消え入りそうな声で、この世の終わりのように呟くメリッサ。
彼女の身に何事か起こったのだろうか。思わずブラダマンテは心配になって彼女の顔を覗き込み――
「いえ、その実は……月世界でわたし、死を覚悟して啖呵切りまくったじゃあないですか。
もうこれでブラダマンテと会えるのも最期になると思って、酔いしれて色々とこっ恥ずかしい台詞を連呼してたの、思い出しまして……
本当に死んでいたならどうにか格好着いたんですけど、いざこうして生き延びたら――」
言葉が終わらない内に、メリッサは顔を真っ赤にして視線を彷徨わせ、ベッドに顔を埋めてしまった。
最初は呆れた気持ちになったアイだったが――すぐにぷっ、と吹き出してから言った。
「何だ、そんな事気にしてたのメリッサ? 可愛い所もあるんじゃない。
死を覚悟して尽くしてくれたのは事実だし。でもこうして、生きて一緒に帰って来れたんだから。
万々歳よね? わたしも皆も気にしてないから。大丈夫」
アイが優しく言葉をかけると――メリッサは突如がば、と顔を上げて抱き着こうとした。
だがアイはその襲撃を予見しており、見事な体捌きでホールドの体勢から逃れ、尼僧は一人でベッドに転がった。
「くっ……腕を上げましたわね、ブラダマンテ」
「今まで一体何度、あなたのセクハラまがいの抱擁受けてきたと思ってるのよ。
それに言ったでしょ? メリッサのお願いを果たすのは――わたしとロジェロが結婚してからだって」
結局、メリッサがいつもの調子を取り戻したのを見て。
嘆息しながらも女騎士は安堵した。
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『……という訳だから。アイ君! 黒崎君!』
物語世界の時間にして三週間前。
下田三郎教授は念話でアイ達に能天気に言い放った。
その時は何の話なのか、まるで理解できなかったのだが――
ブラダマンテ一行が彼女の家族であるクレルモン家の面々と共に、東ローマ帝国領からフランク王国の都パリに到着した時の事。
パリに着いた途端、奇妙な光景が二人の前で繰り広げられた。
いきなり目の前が石造りの街ではなく、劇場舞台のような場所に変化した。
そして舞台の中央に立つ、髭面のイタリア人が何事かを朗々と述べている。
彼が何か喋るたび、舞台のあちこちにいる貴族や貴婦人たちにスポットライトが当たり、拍手や歓声が起こっていた。
「……ちょっと、何? 何なのよコレ。下田教授!」
アイは訳が分からず、思わず念話で現実世界の下田に疑問を呈した。
『……前に説明した通り、スタッフロールだよ』
「スタッフロールぅ!?」
アイは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
古典文学の世界にそんな、映画のエンドクレジットのような仕掛けが存在するというのか。
『物語がついに最終歌――第46歌目に入った事の証だ。
46歌冒頭は作者アリオストが、ここまで話を読んでくれた読者に対しお礼を言うシーンでな。
その後延々と、彼の執筆活動を応援してくれた知人友人たちを紹介し、感謝の意を述べるんだ』
黒崎も目を白黒させている。一緒に帰って来たアストルフォやメリッサ達は平然としている所からすると、現実世界の魂の記憶を持つ者のみが見る事のできる幻覚のようなものであるらしい。
しかも恐ろしい事に、アリオストの紹介する友人たちの名前は次から次へと述べられ続け――いっこうに終わる気配すらない。
「下田教授……コレ、いつまで続くの?」
『原典読む限りじゃ、ざっと百人くらいは名前が出ていたと思う』
「ざっけんじゃないわよ!? スキップできないの!?」
『はっはっは、愚問だなアイ君! 16世紀イタリアの叙事詩に、そんな気の利いた機能ついてる訳がないだろう!
ちなみにこのシーン、3ページ半くらいあるから! 頑張れ!』
絶望で目の前が真っ暗になりそうなアイと黒崎を後目に。
作者アリオストと思しき髭の中年男は、実に嬉しそうに友人の貴族たちの名前を読み上げまくるのだった――
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時間にすればほんの5分かそこらの前口上。
にも関わらず、アイと黒崎は何時間も苦行に耐え忍んだ心地になっていた。
「……大丈夫かい? ブラダマンテ。我が友ロジェロ。
随分と顔色が悪いようだが」
イングランド王子アストルフォが、げんなりした様子の二人を怪訝に思ったのか気遣って声をかける。
やはり「魂の記憶」を持たない者には、二人が見た光景は認識できず、時間すら経過していなかったらしい。
「いや……何でもねえ。ありがとうよ」
普段口の悪い黒崎ですら、萎えすぎて素直にお礼を言うレベルである。
「ともかく――分かってるわね? 黒崎。
これから起こる最後にして最大の試練を、わたし達は乗り越えなきゃならない」
「ああ……そ、そうだな……」
いつになく物々しいアイの確認に、黒崎も頷く。
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