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 社長の一人息子、次期社長。
 
 周りの大人はそうやって俺を持て囃す。
 親の繋がりで勝手に結ばれた婚約も別に何も気にしていなかった。

 ただ、親が決めたこと。
 俺の意志はそこにはない。
 だから彼女にフォローを入れなくても大丈夫。
 だって好きなのは彼女だから。


 俺はまだ子どもで、幼稚で、
 何も知らない世間の知らずで。

 自分の言動一つでどうなるかなど考えていなかった。
 今の幸せに胡座を掻いて、
 面倒事からは目を逸らしていた。





 美琴みことの親から連絡があったのは22時を回った頃だった。
 「美琴がまだ帰って来ていない、一緒じゃないか」という心配した声と
 既読にならない彼女とのトーク画面。


 何か嫌な胸騒ぎがして慌てて外に飛び出す。
 彼女との思い出の場所。
 彼女が行きそうな場所。
 彼女の友達にもできる限り連絡してみたが皆知らないという。



 その後彼女の親が警察に届けを出して捜索、
 暴行されてボロボロになった彼女が見つかったのは次の日の朝だった。


 警察の調べですぐに暴行を加えた男たちが捕まり、
 その男たちが皆「結愛に指示されたこと」と証言したため、
 その後すぐに俺の婚約話はなくなって。




ーーコンコン


 美琴が入院している病室。
 頬に大きなガーゼを貼り、患者衣を着た彼女は窓の外を見ている。

「美琴。」

 俺の声に振り返る彼女の顔には何も感情がのっていない。
 
 暴行を受けたショックで精神的に不安定になる可能性があると聞いた。

 彼女はここ最近ずっと何もこの世に望んでいないかのような、
 俺を視界に入れても俺を見ていないような目をする。


「ねぇ、傑。私、ただでさえ可愛くないのに知らない人に犯されて綺麗じゃなくなっちゃったよ。」
「そん、っな、」
「愛嬌しか取り柄無いのにさ、こんなんじゃ愛嬌とか言ってられないし。ふふっ。ほんと私って可愛くないよね。」


 悲しそうでも、悔しそうでも、辛そうでもない。


 誰が彼女にこんなことを言わせている?
 誰が彼女をこんなに追い詰めた?
 誰が、彼女をこんな風にした?


 俺だ。
 全部俺がちゃんとしなかったから。

 俺から彼女に婚約者のことを話していれば。
 婚約者にも結婚の意思がないことを言っていれば。
 親に婚約が嫌なことを話していれば。

 もっと違う未来があっただろうか。

 自分の幸せを優先して。全て中途半端にして。
 どうせ力もないくせに一丁前に不満を垂れて。

 親の決めた婚約に、会社との繋がりに、本当に抗えると思ったのか。
 無関係な彼女に気持ちを渡し、期待させ、そして彼女を巻き込んだ。
 その結果がどうだ、ただ傷つけることしか出来なかったじゃないか。



「ねぇ傑。もう疲れちゃったからさ、別れよっか。」



 

ーーなぁ神さま、俺はどこからやり直せばいい?
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