上 下
1 / 32
第一章:いざ、王都!

1. ウサギ、迷子になる

しおりを挟む

 
 王都の中心にある噴水広場の前
 地図を握りしめ、困惑の表情を浮かべる黒ウサギ



 …このウサギ、現在とても迷子である
 




ーーフェリチータ王国


 海に囲まれたこの国は、豊かな自然と広大な大地、そして様々な人種で成り立っており、現在いくさなどは行なっておらず比較的に平和な国として繁栄している。
 
 
 そしてこの国では人間と獣人が共存し、身分はあれど人間であろうと獣人であろうと職業や結婚、その他諸々を自由に選択出来る権利が与えられている。中には獣人に対して差別的な目を向ける国も存在するが、この国ではそういう差別的思想は何代か前の王で廃止となった。

 つまり、人間も獣人も平等に頑張りましょう!というのが表向きの風潮である。
 
 

 このようなフェリチータ王国の王都。
 建ち並ぶ様々な店、人でごった返す街道、キラキラと水飛沫をあげる噴水。
 寄り添って歩くカップル、笑顔で走り回る子ども、楽器を演奏する集団。

 
 そんな中、ウサギもといウサギ獣人のネロは迷子になっていた。




 生まれ育った小さな村の飲食店をとある理由で辞め、心機一転王都で働くためにこうしてやって来たのだが、まさか迷子になるとは思っていなかった。

 何せ今まで20年間村を出たことがなく皆顔見知りで、知らない道もなかった。故にこうして地図を持って歩くという経験もなかった。

 それに村の人達は困ったことがあれば皆声をかけてくれたし、ネロもそうしてきた。それが当たり前だと思って生きてきた。
 
 しかし王都にいる人たちは慌ただしく闊歩し、他人なんて視界に入りませんというような顔をしている。いやもしかすると視界の片隅にくらいは入っているのかもしれないが。

 稀に声をかけてくれる人もいるが、露店の店員であったり、何だかいかにもなナンパ師だったり…カモにされそうで素直に助けを求められなかった。

(都会怖いよ……みんなどうせウサギをカモにしようとしてるんだ……)

 ネロはとてつもなく小心者チキンである。
 プラス現在は被害妄想が絶好調であった。


 ネロは見るからに落ち込んでおり、黒いウサギ耳は下を向き、垂れ下がるほど長さのない小さな尻尾もどことなく元気がないように見える。まん丸の黒目はゆらゆらと揺れ薄らと透明な膜がかかっている。

 トボトボと俯きながら地図を頼りにそれっぽい道を進んで行く。本当にこの道であっているのかは分からない。先ほども言ったようにネロは地図を頼りに歩くというのが初めてなため、現在どこにいて、どこを歩いているのかすら分かっていない。
 
 ネロは自身がこんなにも地図が読めないタイプだということを知らなかったのである。


 それにしても、どうして人生こうも上手くいかないのだろうか。

 長年お世話になった飲食店は色々あって辞めざるを得ない状況となり村もでることになった。そのためこうして村を出て王都に来たわけだが、着いた途端の迷子である。

 ちなみに目的地は住み込みの職場なので、そこに辿り着けば仕事にも寝床にもありつけるはずなのだが…。人生本当に上手くいかない。

 このままでは仕事と寝床にたどり着く前にカモ行きである。

 カモは嫌だ。しかし今日中に職場に辿り着けるだろうか。なんだか自信が全く湧かない。

 …それに職場に辿り着けなければ寝床を探さないといけなくなる。
 果たして王都の宿はどのくらいの値段で、まずどこにあるのだろう。


 ……これはもしかすると野宿する可能性が高いということなのだろうか。

 流石に村育ちの平民であっても野宿の経験はない。
 さらに知らない土地での野宿なんて恐怖だ、不安で寝れるわけがない。


 ネロは絶望的な顔をしながら、救いを求めるように再び地図を見る。
 全く分からないがもう地図しか頼れるものがないネロは必死だった。

 必死に地図をくるくる…くるくる…


 
 こうして人生全く上手く行かないウサギの新たな人生が始まったわけなのだが、これっぽっちも良いスタートではないことは間違いない。
しおりを挟む

処理中です...