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第一章 青春編

序奏とロンドカプリチオーソ4

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「あれ、ここ、どこ?」
レオの素っ頓狂な第一声に、ソファーでまどろみかけていた伶も起こされた。もう日は沈んでおり、ベッドサイドのランプだけがオレンジ色に部屋を柔らかく包んでいた。

「何言ってるの。自分の部屋でしょ」
「こんな綺麗な部屋に住んでた覚えないよ」

部屋はできるだけすっきりと片付けた。レオが寝ている間に、掃除をし始めたら止まらなくなってしまい、結局夜になるまでかかってしまった。

「物の居場所を決めて、しまっただけだよ。ゴミは捨てたよ。ジャケットもカバンから出してハンガーに掛けた……それより、いつから調子悪かったの。朝から熱があったんじゃないの?」
「さぁ、どうかな。妙にだるいなとは思ってたけど」

ベッドのそばに近寄り、無造作にレオの額に手を当てた。彼は眩しそうに目を細めたままで、珍しく大人しかった。
「夕方よりは下がってるね。良かった。はい、水」
彼は素直に受け取った水を、喉へと一気に流し込んだ。

「......さっきね、冷凍庫の中見たんだけど、あれ全部レオのなんだよね。ヴァカンス中ずっとあの冷凍食品ばっかり食べてたの? 1ヶ月間ずーっと?」

レオはこのからっぽな寮で、ヴァカンスの期間中どうやって過ごしていたんだろう。談話室の中に置かれた冷凍庫には、ラザニアやパスタなどの冷凍食品が詰め込まれていた。

「安くてわりと美味しいよ」
「でも、そればっかりじゃ栄養が偏らない?」
「貧乏学生だからしょうがないだろ」
「そんなにお金ないの?」
「国の奨学金は出てるよ。でも弓の修理代が思ったよりかかっちゃって。ヴァイオリンは音楽振興会から貸与してもらえても、楽器の修理代までは出してくれないんだ」

レオが他のルームメイト達とうまくいかなかった理由が、なんとなく分かる気がした。彼は他の学生達とは育った環境も性質も、何もかもが違いすぎる。

でも今の自分は、少しばかりレオのことを分かり始めていた。才能と情熱だけで音楽の道を突き進んできた彼に。少しでも彼に近づき、自分の思いを伝えれば、共に暮らしていけるのだろうか。

「なんで弓が壊れたの?」
「よく分からないんだよね、それが。弾きすぎたのかも」
「昨日部屋に入った時、弓を踏みそうになったんだ。床で寝るのはもうやめてよ」
「はいはい」
「それに、ゴミはゴミ箱に捨ててよ」

「言われてできるなら、とっくにやってるよ」
「嫌ならこれ以上言わないけど、卒業するまで永遠に新しいルームメイトが来ることになるけどいいの?」
「それはちょっと......努力します」

「いい返事だね。ああ、そうだ。おかゆを作ったんだ。日本の、リゾットみたいなものだよ。お腹に優しいから、病気の時にいいんだ。食べてみる?」

やけにしおらしかったレオの顔がぱっと輝いた。
「うそ。レイが作ってくれたの?」
「お米に水入れて火にかけただけだけど。あ、でも鍋は日本から持ってきたやつだよ」
「もちろん食べる」

伶は談話室のキッチンで土鍋を温め直した。取り皿とスプーンもトレーに乗せて運ぶ。でもレオはおかゆを見るなりためらいの色を見せた。

「この真っ白いオートミールみたいの、おいしいの?」
「美味しいかどうかは食べてみないと分からない。身体にはいいよ」
「ふーん、じゃ、食べさせて」
「は? 別に嫌なら食べなくてもいいよ」

レオはにこやかに口を開けた。人の話なんて聞いてないんだから。……ほんとに食べさせないと食べないつもりだろうか。せっかく作ったのにそれはもったいない。

仕方なく一口すくって、口へと運ぶ。ぱくりとかぶりつくレオは、子どもに戻ったみたいに甘えていた。人の作った料理を食べるのも久しぶりなのかもしれない。

「うーん、見事に味がしない。けどなんかお腹が喜んでる気がする」
「それは何より」

それから味に慣れたか、お腹が空いていたのか、伶からスプーンを奪ってどんどん食べ進めていった。

食後には、シナモンミルクを淹れた。ジャンから差し入れでもらったジンジャースティックを牛乳で煮出したものだ。はちみつをたらしてからマグカップに注ぐ。ふたりでふうふう冷ましながら飲んだ。

カップに残ったジンジャーの粉を一気に飲み干す。ピリピリした刺激とはちみつの甘さが、今日一日の疲労をやさしく押し流してくれるようだった。

そういえばレオと口喧嘩してたんだっけ、と思い返す。もうそんなこと、どうでもよくなっていた。

「ねえ、レイ」
「なに?」






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