「どうせつまらない話ですよ」

かがみゆえ

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利き手の話。

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 わたしは右利きだ。
 それは何もおかしいことじゃない。
 日本人の七割から八割は右利きだという。
 ただ、わたしは矯正された右利きで本来ならば左利きだった。
 物心ついた頃から色々と作業するのに右手よりも左手を使う方がやりやすかった。
 だけど、父がわたしを左利きであることを許さなかった。

『***家に左利きはいない! うちに左利きがいてたまるか!』

 娘が左利きで不便にならないためとか心配したわけではなく、そんなくだらない理由だった。
 そうだそうだと父方の親戚たちはわたしが左利きであることを批判した。
 わたしの両親は右利きだ。
 でも、母方の祖母が左利きだった。
 祖母は左利きだったけど時代の流れで右利きで作業しないとならないことが多かったようで、両利きになり周りが面倒くさいから右利きでいるようになったと聞いた。
 昔、一緒に食事をした時に何度か箸を左手に持ってたことを思い出す。
 遺伝子的にはわたしが左利きなのは、おかしくなかったのだ。
 もっと言うと、わたしの姉も左利きだったが矯正されて右利きになったという。
 母方の祖母が元左利きだったことを母から聞いた父は『騙していたのか!』と母に激怒した。
 しかし、

『今は右利きになったんだから文句あんの?』

 母にそう言われた父は険しい顔をしていたけど、反論しなかった。




「いや、矯正された右利きの人なんて世の中いっぱいいるじゃん?」

 この話を聞けば、そういう意見が出るだろう。
 矯正された右利きはわたしと姉だけじゃないのは、分かっている。

 左手を使う度に、わたしは父親に左手を叩かれた。

『左手はいらない』
『左手を使うな』
『左利きはおかしい』
『左手を使うお前は頭がおかしい』

 そう躾られた。
 物心ついた頃、いつも左手が痛かったのを覚えている。

 父は左利き――“ぎっちょ”が嫌いなんだと思う。
 テレビで食事をしている人が左手で箸を持っているだけで、『こいつ、ぎっちょだ! なんて奴だ!』と名前も知らない人に文句を言ったり嘲笑ったりしていた。
 左利きの有名人は論外らしく見向きもしない。
 昔、外食の時も左利きの人を見付けると、同じような態度を取るから一緒にいるわたしたち家族は左利きの相手へ聞こえないかハラハラしていた。
 母に怒られても、『俺は悪くない!』と自分の正当性を主張した。

 父の周りには左利きがいなかったのかと疑問を投げ掛けると、何人か左利きの人はいたという。
 その人たちのことも『ぎっちょぎっちょ!』と馬鹿にしていたようだ。
 今もその人たちと関わりがあるのかと聞くと、『こっちから縁を切ってやった!』と威張って言っていた。
 いや、その人たちから父と縁を切って離れて行ったんだろうなと安易に想像がついた。
 関わりがなくて安心した。
 父は仕事でも左利きの同僚にも同じだったようで、父のぎっちょに対する偏見は一体何処から来ているんだろうかと考える。

『ねぇ。昔、左利きの人に何かされたの?』

 聞いても、父は唸るだけで答えなかった。




 左利きなら良かったのにとわたしは思う。
 矯正なんてして欲しくなかった。
 左利きの人は、『天才』や『器用』な人が多いという。
 天性や努力の賜物などで、利き手は関係なく人によるのは分かっている。
 左利きの人は、右脳が発達しているといわれている。
 右脳は記憶力、想像力、ひらめきなどの機能を持つ。
 わたしは右脳が平均よりも発達してないのか、記憶力も想像力もひらめきも乏しい。
 今でも欲しい機能だ。
 もしも左利きだったならば、わたしはもう少しだけ右脳が発達していて記憶力も想像力もひらめきも良かったんじゃないか。
 そんな淡い期待をしてしまう。
 無い物ねだりだ。

 今からでも遅くないだろうと、右手よりも左手を使うようにしているが年々両手に痺れと痛みが出てきているから上手くいかない。
 右手で箸を持ったり字を書くのだって大変だ。
 言い訳に聞こえても仕方ないが、これがわたしの現状だ。




 わたしは左利きの人を羨ましく思う。
 左利きの人には左利きの苦悩などがあるだろう。
 現在は左利き用の道具が色々あって販売されているが、昔は揃えるのが大変だっただろう。
 わたしとは逆で、『右利きが良かった』と思う左利きの人もいるだろう。
 父のように左利きを馬鹿にする人と遭遇しているかもしれない。
 それでも、わたしは左利きが良かった。
 今日も左利きの人を見掛けると、憧れを抱き羨ましく思うのだ。

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