上 下
6 / 7

6.公爵令嬢の暗躍

しおりを挟む
 私はピエドラの笑顔を守るため、あることを決意した。
 それは、徹底的にピエドラの回りから醜い現実を排除するというものだ。
 当然ながら、その全てを取り除くことはできないだろうが、それでもできる限りピエドラに不要な情報が入らないよう手を尽くした。

 ピエドラは明るく、輝かしい未来を示してくれればいい。
 そこに至るまでの醜い過程は、私が整えてみせよう。

 私の見立てでは、最低でも向こう十数年以内にこの国が周囲の大国に攻め滅ぼされることはないだろう。
 フェルゼン王国は小国であるが、東西を二大国に挟まれるように立地しているため、二大国の力関係が崩れない限り、どちらか一方が攻めてくることはない。

 この平穏な時間を利用して私にできること。
 それは人材育成だ。

 私は公爵令嬢として少なくない小遣いを公爵家から貰っている。
 まずはそれを元手に奴隷を購入した。

 フェルゼン王国における奴隷の使い道は、基本的に労働力か愛玩のどちらかだ。
 私もいずれは労働力として利用するつもりだが、まず始めに行ったのは、最低限の教育だった。

 初めは奴隷に教育を施すなどどうかしていると正気を疑われた。
 知恵をつけた奴隷に反乱される可能性を考えると、教育を施すということは、奴隷に武器を与えるようなものだ。
 周りが危惧することも理解できなくはない。

 だから私は反乱の意思など持たせないために、奴隷としては破格の、快適な生活環境を与えた。
 食事、衛生、衣類、住居。
 おおよそ一般的な奴隷では満足に手に入らないものを、私は与えた。
 もちろんそれで確実に反乱を起こされないという保障はないが、それは教育だ。
 いかに自分達が恵まれた生活を送っているのかを徹底的に教え込んだ。

 ある程度人材が育ったところで、次に事業を興した。
 業務内容は貴族相手の代筆業だ。

 貴族というものはとにかく書くものが多い。
 国に提出する重要書類から、他貴族への季節の挨拶のような簡単な手紙までその内容は様々である。
 何度も何度も同じような文章を書かなくてはならないというのは、それなりに面倒でストレスな作業だろう。
 しかしそれでも、他家との良好な関係を維持するためにも、慣習となっている手紙をやめるわけにはいかない。

 そこで、この代筆業だ。
 面倒な手紙を代わりに書いて上げようというのである。

 代筆された手紙を出すなど、失礼ではないかと思うだろう。
 だが、そこは公爵家のバックアップを全力で利用した。
 貴族最高位である公爵家が行う事業だ。
 むしろ代筆業を利用しない方が相手に失礼であるという風潮を生み出した。

 初めは内容の無いような手紙の代筆ばかりだったが、次第に世に出ればスキャンダルではすまないような内容の手紙すら扱うようになっていった。

 代筆業を始めた目的。
 奴隷に資金を稼がせるというのももちろんだが、一番の目的は情報だ。
 あらゆる貴族の弱みを握ることで、フェルゼン王国内における権力を完全に掌握することに成功した。

 当然ながら、それで終わらせるつもりはない。
 稼いだ資金で奴隷を増やし、事業規模を拡大し、やがて二大国へとその手を伸ばした。

 さすがにフェルゼン王国内のように簡単にはいかなかったが、「あちらの国では利用しているぞ」、「あちらの国の情報を流しましょう」と対立を煽り、そそのかしてやれば、代筆業が浸透するまでそれほどの時間はかからなかった。
 大国とはいえ、そこに住んでいるのは所詮人間であり、楽ができる手段があれば飛びつくのが性というものだろう。

 「綺麗な世界」のために、私がしたのは代筆業だけではない。
 育てた奴隷を二大国に送り出して、あちらの国の兵士や貴族家に仕える使用人と結婚するよう仕向けた。
 二大国で手に入れた貴族のコネを利用すれば、奴隷という身分を隠して結婚させることはそれほど難しくない。
 奴隷といってもその出自は様々で、フェルゼン王国内に家族が残っている者も当然ながらいる。
 自分の配偶者の故郷を攻める。
 その心理的抵抗感は、確実にフェルゼン王国を守ることになるだろう。

 貴族の弱みを握り、配下の弱みも握る。
 たとえどれだけ軍事力があろうとも、フェルゼン王国を攻めることで得られるものよりも、失うものの方が大きいと思わせる。
 それが私の狙いだった。

 いったいどれだけの人が気づいているのだろうか。
 既に二大国すら、エスメラルダの手のひらの上にあるということに。
しおりを挟む

処理中です...