ロストソードの使い手

しぐれのりゅうじ

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ホノカ編

二十九話 ロストソードの力(ギュララ)

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「あれかっ」

 ぶつからないよう慎重かつ全速力で、走り抜けると、前方に二人の人影を捉えた。
 一人は二足歩行ながら顔は狼。銀色の毛皮に黄色い鋭い瞳や尻尾を持つ、僕より一回り大きさがある人狼だった。ウルフェンの人が変身している姿だろう。特徴的なのは頭に虹色の鉢巻を巻いていた。
 もう一人はその人に迫られていて、緑の長い髪を綺麗に伸ばし長い耳をしている。エルフだろうか、その人はミニスカの緑色の巫女服という装いだった。

「鬼ごっこはしまいだな、祈り手さんよ!」
「いや……来ないで」

 恐怖に滲んだ声を発しながら彼女は後退っていると、木に行く手を阻まれる。すると、すとん力が抜けたように座り込んでしまう。

「ようやく諦め……誰だ!」

 愉しげに狂気じみた歯と五本の狼爪を見せつけていた人狼は、僕に気づくと警戒の色を強めた。

「喰らえ!」

 僕はロストソードを両手でぶん投げた。虚を突くことができて、相手は動けず右腕を使ってガードする。

「うらぁぁぁ!」
「何だとっ!?」

 ロストソードは僕の一部、弾かれたその剣をすぐに手に呼び戻し、二人の間に躍り出て、追い払うように剣を振るった。

「ちぃっ」

 思惑通り人狼は高い跳躍力で後方へと離れて、臨戦態勢でこちらを見据えた。

「あ、あなたは……?」
「今のうちに逃げてください!」
「うう、腰が抜けちゃって……立てなくて」

 そう言われてしまい一瞬振り返った。彼女は、人形みたいに整った目鼻立ちをしていて、ガラス細工のようなエメラルドの瞳を不安いっぱいに揺らして、こちらを見ている。糸を失ったパペット人形の如く脱力して女の子座りしており、スカートから覗かせる真っ白な太ももからは、爪で切られたような傷があり、痛々しく流血していた。
 どうやら追い払うしかないようだ。

「その剣、ロストソードの使い手か。面倒な」
「なぜ彼女を襲うんですか!」
「そいつには俺達の未来のために死んでもらわないといけないからな」

 完全に殺す気だった。理由はわからないが何としても守らないといけない。

 脳裏にモモ先輩の姿が浮かんだ。でも、心の中で謝って振り落とした。

「……」

 睨み合いが続く。相手は相当注意深いのかこちらの出方を伺っていようだ。
 正直、僕の付け焼き刃の戦闘力じゃあ勝てる見込みはなかった。多分ギュララさんほどじゃないだろうけど。

「……そうだ」

 ロストソードにはソウルの力を使う特殊能力がある。あれに賭けるしかない。僕はギュララさんの事を強く想い、そして剣に力が込められるイメージをした。そうすると刀身が藍色に輝きだして。

「……え?」

 さらに剣はひとりでに動き出し、僕の意に反して刃がこちらに向けられる。元に戻そうと抵抗するも抗えなく。

「うわ……うわぁ!」
「う、嘘っ」
「血迷ったか!」

 ロストソードが僕の腹部へと突き刺さった。そんな自分の姿はさながら切腹の様相を呈していて。

「あれ、痛くない」

 冷静に自分を見つめれて、何も感じていない事に気づく。ロストソードは刃だけでなく、全てが僕の中へと入って。それから全身の血が滾ってきてどんどん底しれない力が湧いてきた。

「何がどうなってやがる」

 相手は異物を見ているように顔を引きつらせていた。だってそうだろう、僕の身体が変化しているのだから。
 僕の両腕はギュララさんのような藍色の毛皮に覆われた太く力強い腕へと変貌し、その先にある彼と同じ手には驚異的な太い爪が伸びている。

「……角が生えました」
「え」
「それに綺麗な赤い瞳……」

 彼女の言葉に反応してしまい思わず振り返ると、さらに自分の容姿を知ることになった。どうやら、僕のロストソードの力はソウルと一体化するものだったみたいだ。今、僕の身体にはギュララさんの一部がある。尋常じゃない力を感じていた。

「隙だらけだぜ!」

 声高にそう叫び爪を向けて飛びかかってきた。相手の右腕が振りかぶられ、左腕でガード。爪を立てられるも、少しチクリとしただけで。

「なっ……」
「はぁっ」 
「ぐぉぉぁぁ」

 軽く振り払うだけで、ふっ飛ばしてしまい人狼はものすごい勢いで木にインパクト。地面に伏すと上から赤い果物が落ちてきてちょっとした追撃を喰らっていた。

「どうなってやがる……」
「はぁ、はぁ、僕じゃないみたいだ」

 何故か息がしづらくなってきて、全身が凄く熱くなって視界がぼやけてくる。けど、今は自分の強さに感動していた。

「ならこれならどうだぁ?」

 四つん這いのまま本当の狼のように接近、攻撃射程圏内に入ると同時に姿勢を変え、足払いを仕掛けてきた。
 ギュララさんの効果だろうか、動体視力や運動能力が明らかに上がっており、それをジャンプで難なく避け。

「ぬぐぅぉぉぉ」

 着地して間髪おかずにスマッシュ気味に右ストレート。地を抉るように転がった。

「何て強さなのでしょう……まるで物語に出てくる勇者様のよう」

 背中から感嘆と驚きの混じった声が届いて、何だかアオの強さに驚愕していた自分を重ね合わせてしまう。そしてその対象が自分になるのは、成長した気がして嬉しくなった。

「っがぁ」

 畳み掛けようと一歩を踏み出すとズキンと心臓が刺されたような鋭利な痛みが頭蓋を揺さぶった。

「ぜぇ、ぜぇ、頭が……」

 意識が朦朧としてきて、いよいよ不調を無視できなくなってくる。手も震えてきて冷や汗がダラダラと流れ出る。

「クソがぁ、邪魔するなぁ! シルバースラッシュぅぅぅ!」

 怒り心頭といった様子で人狼は軽やかに立ち上がると、さらに高い跳躍をして右手の爪は青白く輝いていた。その軌跡を一直線にこちらへと描き
迫ってくる。
 大技のようで動けない以上、迎撃する必要があった。思い出すのはデスベアーの二人が放っていたあの技。僕はその光景を想像しながら右の爪に力に意識を向けた。それに呼応するよう徐々に痺れるようなパワーが手の先端に集まり、赤黒く染まっていく。

「デスクロー」

 そして、最大になり上空から降りかかる青白い光に真っ向勝負でぶつけた。二つの大技が正面衝突稲光のような閃光が走る。

「バカな……」

 鍔迫り合いは数秒で終わる。人狼の爪は粉々に砕け、そのままデスクローのエネルギーをモロに浴びせ上空に弾き飛ばした。

「うぉぉぉぉ……」

 かなりの高度にいったのか、しばらく待っても落ちてこなくて。

「ピャーー!」
「グリフォドール!? は、離せぇ!」

 どうやら近くにいたグリフォドールに捕まったせいらしい。彼の声はどんどん彼方へと消えていった。

「覚えてろぉぉぉ!」

 典型的な悪役の捨て台詞を吐いたのを最後に、彼の気配はなくなった。

「終わった……っ!?」

 心臓の痛みが苛烈になり、視界は霞んで、力も思うように入れられなくなっていた。

「やばっ……」
「コノハ! 今助ける!」

 西側から勝ち気そうな女性の声が響いた。そちらを向くと、ぼやけているが、同じエルフのようで装いも赤色のミニスカ巫女服と助けた彼女の色違いを着ている。

「お前が、コノハを連れ去ったんだな。絶対に許さない!」

 仲間の人が来てくれたと安心そうになるも、何か勘違いされていて。

「待って、ホノカ! この方は」
「炎カ獄ラシ絶レヤガ煉シヨイ熱リ灼ス……」

 突然その子は理解不能の言葉を早口で喋りだす。ロストソードの翻訳機能がおかしくなったと思ったが、単語単語は日本語になっていて。それはまるで呪文のようだった。それを証明するようにビリビリと不可思議な力を肌で感じる。
 そうしてしばらく唱えた後、最後に放った言葉は認知できた。

「インフェルノ!」
「駄目っ!」

 緑の子の止める声は、僕の身体を覆い尽くす火炎球の轟音でかき消された。もろに受ければ無事では済まない。
 限界な身体にムチを打ち残り少ない力を振り絞り再びエネルギーを溜めて。

「デスクロォォォ!」

 巨大火球のすくい上げるようにデスクローを振り上げた。その火炎に触れるとその強力なパワーと熱が腕に重くのしかかってくる。けが、負ける気はしなかった。

「はぁぁぁぁ!」

 全身全霊のデスクローは火炎を切り裂いた。直撃前にその魔法が爆発し、熱波を浴びるも腕を盾にし、ダメージを低減させた。

「嘘だろ……全力の魔法を防がれた」
「あ……あ」

 心臓にヒビが入ったと錯覚するような痛みに声も出ず背中から倒れ込んだ。

「大丈夫ですか!? 急いで助けなきゃ。ホノカ、手伝って」
「でも、そいつは」
「いいから! ……死なないでください、勇者様」

 泣きそうな顔で呼びかけるエルフの子を見たのを最後に、意識が黒に塗りつぶされた。
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