ある日、運命に出会いまして。

鬼塚ベジータ

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 アルバラの返事を聞いてすぐ、男は外に向かって声を張り上げた。話し合いは終わったことを知らせる旨だった。
 少しもしないうちにルークとレグラスが戻ってきて、レグラスがアルバラに手を差し出す。

「部屋を変えますよ。行きましょう」
「え、でも……」

 アルバラが困惑する瞳に男を映す。男の今後が気になるのだろう。それに、この男が居なければアルバラも母の情報が得られなくなる。
 レグラスにうながされて立ち上がったものの、アルバラは迷う様子を見せていた。

「……こいつは独房に戻せ」
「グレイル! この男はここで殺しておくべきです!」
「や、やめてください! 殺すだなんて……!」

 レグラスの不穏な言葉に、アルバラは思わず男を庇うように手を広げる。

「……この人は何も悪くないじゃないですか」
「王子。何を話してどう絆されたのかは分かりませんが、人をそう簡単に信用しないでください」
「でも……」
「リーレン、こいつも使えることがあるだろう。連れて行け」

 ルークが指示を出すと、黒服が男を引きずって部屋を出て行く。アルバラはひとまず安堵したように体から力を抜いた。

「ひとまず今は休戦だ。リーレン、おまえは一度王宮に戻れ。動向を探ってこい」
「ええ、ちょうど戻れと連絡がきたところですよ。国が荒れていて、神殿に人が集まっているようですね」

 アルバラの腕を引っ張ると、ルークはすぐに部屋を出た。どこに向かうのかも分からない。アルバラは早足のルークについて歩くので精一杯である。

「あの、ルークさん、いったいどこに……」
「部屋だ。風呂に入れ」

 それは臭うということだろうかと、少しばかりアルバラに羞恥がよぎる。しかしよく考えてみれば、海に入ったり汗をかいたりしたのにお風呂に入っていないのだから当然のことだ。

 連れられた部屋は、アルバラが暮らしていた離宮の部屋よりもうんと広かった。トイレも風呂も一室に完備されている。
 あたりを見渡すアルバラを、ルークは容赦無く風呂に押し込んだ。ここもやはり広い。すでにお湯が張られていて、アルバラが三人入っても余裕があるだろう。

 おそらくこのまま「入れ」ということだと思い、アルバラは服を脱いでのんびりとお湯につかる。

 ——ここ最近バタバタとしていたために、ようやく落ち着いたような気がした。
 目まぐるしく変わる状況にはついていけないこともあったけれど、初めて外に出て高揚していたところもある。
 外に出て、たくさんのことを知った。
 海を見たのも初めてだった。動物に会ったのも、知らない人と話したのも、銃撃戦も初めてである。ヘリから落ちる感覚なんて、本当にすごく怖かったけれど、心のどこかが興奮していた。

(……これからどうしよう……)

 王宮には戻りたくはない。けれど、母が手荒な尋問を受けていると聞いて平気でいられるわけもない。
 アルバラは王宮に戻るべきだ。そうすれば、男が言うようにユーリウスがアルバラのことも、アルバラの母のこともどうにかしてくれるだろう。ユーリウスが頼れる男ということはアルバラはよく知っている。昔からアルバラが何かに悩んだ時にはいつも教えてくれていたし、国の未来をいつだって胸を張ってアルバラに語ってくれた。

 だから、戻るべきだ。そうして母を救わなければ。

(……でも……)

 最近のユーリウスは、少し怖い。
 彼の瞳に浮かぶ熱から、アルバラはつい目をそらしてしまう。

 アルバラが少し転んだだけでも、ユーリウスは過度に心配してくれた。そうして膝に触れて、腿をなぞる。ハーフパンツの裾から手を入れて裏腿を撫でると、うっとりと目尻を垂らすのだ。

 ——殿下はあんたにご執心だ。殿下が国王となり、国がふたたび始動した時、あの人はあなたを妃に据える。

 男の言葉がよみがえると、アルバラは嫌悪に顔を歪めた。
 こんなことを思うべきではない。ユーリウスはアルバラのことも、アルバラの母のことも救おうとしてくれている。けれどここでアルバラが戻れば、ユーリウスはアルバラを妃に据えるという。

 それを許容できるのか。生涯、アルバラはユーリウスの隣で笑って暮らせるのだろうか。

(……僕はまだ、ルークさんと居たい……)

 アルバラの手を強引に引いて、ルークはいつもアルバラに新しい世界を見せてくれる。
 口は悪いし愛想もないし、冷たい態度でもあるけれど……アルバラにとってルークは、アルバラを助けてくれた恩人だ。本当なら、アルバラがヘリから落ちた時、ルークが追いかける必要なんかなかった。あの時点ではアルバラの重要性なんてルークは知らなかったし、危険と言われるアーリア海溝に落ちたアルバラを切り捨てる選択肢もあっただろう。
 けれど、ルークはそうしなかった。
 それどころか、島についてもアルバラの面倒をよく見てくれた。

 きっと善良な人間ではない。それは雰囲気からも分かる。周囲の黒服の反応を見ていても、彼らが畏怖を抱いてルークと接していることは明らかだ。

「……でも、僕は、まだここに居たい」

 では母はどうする。こうしてアルバラがのんびりと過ごしている今も、苦しんでいるかもしれないのに。

(どうすればいいんだろう……)

 アルバラはまだルークと居たい。これから先、ルークとさらに新しい世界を見ていきたい。

 ……では、ルークはどうだろうか。

 ふと思いついてしまい、アルバラはピタリと思考を止める。

 アルバラはルークと居たいけれど、ルークはどう思っているだろう。
 アルバラのことは「利用価値が高い」と言っていた。利用価値さえあれば、ルークはアルバラでなくても良いということだ。
 アルバラを守ってくれたあの手は、価値さえあればそちらに移る。そんなことを思えば、心の奥がぎゅうと潰されてしまいそうだった。

 それに、ルークには宝物のように思う存在がある。
 アルバラを抱きしめたあの優しい腕。それを思い出せば、どれほど大切な相手かはアルバラにだって分かる。

 もしかしたら、アルバラが邪魔をしているのかもしれない。
 アルバラが居るから、大切な相手と会えないのだろうか。本当は今すぐにでも会いたいけれど、アルバラが居るから会いにいけなくて夢にまで見てしまったということか。

 あの堅物そうなルークが、それほどまで……。

「……はぁ……」

 ぐるぐると考えては悪いことばかりを思ってしまって、ため息しかもれなかった。

 風呂から出ると、ルークはそこには居なかった。黒服に呼ばれてどこかに行ったのかもしれない。そんなことに少しだけ安堵して、アルバラは部屋の真ん中にあったキングサイズのベッドに身を投げる。
 一緒に居たいけど、居たくない。矛盾する気持ちがぐちゃぐちゃだったから、今は顔を見たくはなかった。

(……お母様……)

 今も、母は尋問を受けている。
 アルバラは母を救いたい。けれどユーリウスの元には行きたくない。妃になんてなりたくもない。国王のところはもってのほかだ。それでも今、アルバラの母を救えるのはユーリウスだけである。

 自分の意思を貫くのか、母を救うのか。

 そんな、ほとんど決まりきった二択に、アルバラは泣いてしまいそうだった。

「出たのか」

 涙を堪えていると、ルークが部屋に戻ってきた。
 風呂に入るつもりなのか、シャツを豪快に脱ぎ捨てる。

「わ! な、なんでそこで脱ぐんですか!」
「……何を赤くなってるんだ。生娘でもあるまいし」
「きっ……! もう、早くお風呂に行ってください!」
「まったく……」

 やや呆れ気味に、ルークは無事風呂に入った。

 ——島でも上裸は目にしていた。ガッチリとした筋肉がついていることも、アルバラはすでに知っている。分かっているはずなのに島の時よりも恥ずかしいと思えるのは、あの時よりもルークのことを内面まで知っているからだろうか。

 シャワーの音が遠くから聞こえる。それに耳を傾けて、アルバラは高鳴る心臓に落ち着けと何度も言い聞かせる。

 こんなにもドキドキしたのなんか人生で初めてだ。胸の奥が切ないような、苦しいような、そんな感覚に襲われて、アルバラは浮かれ心地のままで目を閉じた。

   *

 ルークが風呂から出ると、アルバラがベッドのど真ん中で眠っていた。
 先ほどまで騒いでいた男が、次見てみればこれである。まったく読めない言動に、ルークもさすがにため息を吐き出した。

「……さて。どうするか……」

 ベッドに腰掛けながら、ルークは一人小さくつぶやく。
 アルバラの利用価値は高い。どう転んでも、ルークが有利であることには変わりないだろう。
 しかしあの男……反乱軍の一味であるというアシュレイという男が厄介だ。

「……今のところは大丈夫そうだが」

 はたしてこれから、アルバラがいつ逃げ出そうとするか……。
 こういった無垢な人間を動かすのならば、情に訴えかけるのが一番である。アルバラを動かすのなら母の話題を出すのが有効だろう。そう思ってはいたが、アシュレイはまさにその話題をアルバラに突きつけた。会話は筒抜けだ。部屋に仕込んだ盗聴器からすべてを聞いていた。

(……強引に連れ出すことはないだろうが……注意が必要か)

 つい先ほどまで、ルークはアシュレイの元を訪れていた。
 アシュレイはやはり布を噛まされて、後ろ手に縛られた状態だった。ルークのことがよほど嫌いなのか、独房にやってきたルークを射殺さんばかりに睨み付けていたものだ。

『王子を解放しろ。あの人を利用するなんて、殿下が黙ってねぇ』

 布を外した第一声がそれだった。

『交渉の材料に使えるということだな。……取引をしよう、アシュレイ・フェリス。アルバラをおまえたちに返してやる』

 ルークの言葉に一瞬たじろいだアシュレイは、次にはばらまかれた書類に目を落とした。

『十年前の抗争で死んだ人間のリストだ。——おまえたちが仕込んだ人間をすべて教えろ』


「……ぅ……んぅ……」

 アルバラの声に、ルークははたと我に返る。
 寝苦しかったのか、横向きに眠っていたアルバラが、緩慢な動きで仰向けに転がった。

「……神に愛された、か……」

 どうやったらここまで純粋で無垢な人間が育つのか、ルークには分からなかった。しかし閉じ込められていたのならば納得だ。世間知らずで汚いものを一切遮断されていたのなら仕方がないのだろう。

 ——最初はルークに怯えていたくせに、今ではすっかり懐いている。初対面でも善良な人間には見られたことはないから、ルークにはそれが不思議でならない。

「……おまえは、どうなんだろうな」

 静かにつぶやくと、ルークはふらりとアルバラの隣に横たわる。抱き寄せればアルバラもすり寄って、冷えかけていた体に温もりが広がった。
 大柄なルークから見れば、アルバラは華奢で小さい。本気で抱きしめれば折れてしまいそうな儚さも感じられるアルバラを存外優しく抱きしめると、ルークはそのまま目を閉じた。
  
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