ある日、運命に出会いまして。

鬼塚ベジータ

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おまけ:護衛から見た迷惑な二人

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 アシュレイの朝は、鍛錬から始まる。
 反乱軍に在籍していた頃からの癖のようなものだ。人より少し早く起きて数キロの走り込みをした後、筋力を保つためのトレーニングや狙撃、瞑想をして心を落ち着ける。体術も判断も鈍ったことはない。そのおかげでアシュレイは反乱軍でも立場があったし、ユーリウスからの信頼も厚かった。

 ただし、アルバラと出会ってからはまったくペースを乱されてばかりだ。アシュレイは最近の自分の様子を客観的に見て、たるんでいるなと実感していた。
 ――特に、

「アシュレイさん、おはようございます!」

 遠くから駆けてくるアルバラが、アシュレイの元に到着する前に大きくつまずいた。顔面から打ち付けて、余程痛かったのか起き上がろうとする様子もない。アシュレイは慌てて駆け寄り、アルバラを引っ張り起こす。

「王子、大丈夫か?」

 キョトンとした表情で涙目になり、鼻血を流していた。何が起きたのかを理解していないのだろう。けれど反射的に痛みだけは感じたのかもしれない。

「いたい……です……」
「だろうな。鼻血が出てる」
「あ! そうだ、アシュレイさん! 今日ルークさんが帰ってくるんです! それで、ルークさんが帰ってきたらアシュレイさんはすぐに部屋に来るようにって伝言が……」

 アルバラは羨ましそうにアシュレイを見ているが、残念ながらアシュレイはがっくりと肩を落とした。

 アシュレイは最近たるんでいる。アルバラの近くでは気が抜けるし、この屋敷には危険もない。特に――アルバラとルーク、この二人が揃うととんでもなく甘やかで、それにあてられてはすべてが馬鹿馬鹿しくなってしまうのだ。



    ■護衛から見た迷惑な二人■



「失礼しまーす」

 アシュレイが部屋に入ると、相変わらずの無表情のルークがゆったりとソファに座っていた。アシュレイにはまったく興味がなさそうだ。室内には離れたところに黒服が居て、アシュレイの細やかな動きまで監視している。当然居心地は悪い。

「んで、いつもの報告?」
「鼻が赤かったが、あれはなんだ」
「ああ、俺のところに来るのにすっ転んで鼻血出しただけ」
「……ほう」

 あ、面倒くさい。
 アシュレイはこれまでの経験から、ルークの感情を的確に悟る。

 どうせ「思わずすっ転ぶほど勢いよく駆け寄ったのか」とか「そんなに駆け寄るほどこいつのことを気に入っているのか」とか、さらには「俺より長い時間共にいるこいつのことを好きになるのではないだろうか」とか、そんな女々しいことまで考えているに違いない。

 ルークが不機嫌そうにアシュレイを睨む。アシュレイの予想を肯定するような瞳だ。

「『ルークさんが帰ってくるんです!』って嬉しそうに言ってたから、あんたが帰ってくることが余程楽しみだったんだろ。普段は走って寄ってきたりしないし」
「……それで、俺の不在時に変わりはなかったのか」
「あー、はいはい、あんたはそういう男だよ……」

 アシュレイの精一杯のフォローは、まるで「そんなことは聞いてもないが」とでも言いたげに流された。
 分かりにくいが、ルークの表情からはトゲが抜けている。気にしていたくせによくもまあそんな態度を取れるものだなと、アシュレイはもはや呆れていた。

「屋敷への侵入者はなし。知らない車が五キロ圏内でうろうろ怪しく動いてたから処分はした。それだけかな。ハッキングやらは俺の管轄外だからよそに聞いてくれ」
「アルバラの様子は」
「そっちも何も……あ、いや、そうだ、いきなり外に出たいって言い出してさ」
「何?」

 ルークの目が、再び鋭さを取り戻す。

「俺を睨むなよ、言い出したのは王子なんだから。『ルークさんには秘密にしていてください』って必死になってたし、言わないほうが良かったのかもしれないけど……まあでもちょっと考えたら、」

 アシュレイが言い終わるより早く、ルークが無言で立ち上がる。
 嫌な予感がする。アシュレイは顔を引きつらせながらルークの次の動作を見守っていたのだが、一歩踏み出したところで予感が的中したのだと理解した。

「続きは後で聞く」

 せめて最後まで言えていたならこんなことにはならなかったのにと。アシュレイは良かれと思ってアルバラとのことを口に出したことを深く後悔していた。

 ――アシュレイから見て、このルーク・グレイルという男はとてつもなく分かりやすい。言葉にもしないし表情こそピクリとも動かないが、その分態度や行動にすべてが出ている。こと恋愛に関してはルークは案外お子様で、初恋だかなんだか知らないが、アシュレイからすればアルバラと同じレベルのように思えた。

 そのため、アシュレイが気を回してやらなければ拗れることも多い。二人はゆっくりとしたペースで恋愛をしているくせに気持ちだけは大きく持て余しているから、どうすれば良いか分からないことも多々あるようだった。

 つまりアシュレイは二人のことを保護者のような気持ちで見守っている。アルバラに関しては手のかかる弟、ルークのことは厄介な隣人という認識だ。

 そんな厄介な隣人を、どうやらアシュレイは焚きつけてしまったらしい。そんなつもりはなかったのだが、アルバラのことに関してはすぐに感情が動く男であるということを失念していた。まさか最後まで聞くことなく動き出すとは考えてもいなかったのだ。

(……また待機かよー……)

 勇み足でアルバラの部屋に向かうルークを、アシュレイが落ち込んだ様子で追いかける。

 ルークは、自分が長期で不在の時には必ずアシュレイに報告をさせる。何があったか、アルバラの様子はどうだったか、大きな変化はなかったのかと、それはもう事細かに言わなければ解放してもらえないほどだ。その報告に重きを置いているルークは、自分が納得できるまで聞かない限りはその時間を終わらせない。途中で終わってしまうなど言語道断だ。そんな時、協調性のないマイペースなルークは、自分の用事が終わってすぐにアシュレイから話を聞けるようにと、アシュレイにはいつも”待機”をさせていた。

 ルークがアルバラの部屋に入っていく。待機場所はいつも部屋の前である。

「ルークさん! おかえりなさい!」

 そんな声が聞こえてくるが、まったく素直ではない鉄仮面は返事をすることもなく、ただ黙り込んでいた。
 抱きしめているのか、キスでもしているのか。外で待つアシュレイには、中から聞こえてくる声がいつも気まずい。

「ルークさんに久しぶりに会えて嬉しいです」

 ルークに反してアルバラは素直なものである。ド直球でストレート、嘘をつけなくて悪いことも知らない。ルークが普段何をしているのかも知らないくせにルークのことが大好きで、アシュレイにはその姿がたまに可哀想に思える。

 真っ白だったアルバラをルークの元に連れてきたのはアシュレイだ。その判断は正しかったのだろうか。

(……けど、変な様子の殿下にも任せらんないしなぁ……)

 アルバラの怯え方からしても、ユーリウスのもとでは幸せにはなれなかっただろう。それを選べなかったからといってルークの元に連れてくるのは――。

「ん、あっ……待って、ルークさん、どうしたんですか」

 扉の前でしゃがみ込んでいたアシュレイは、甘やかに変わったアルバラの声音でとうとう始まった・・・・ことを察した。あの堅物の鉄仮面、もといルークは、さっそく触れることを選んだらしい。
 しかしアルバラの様子がいつもと違う。普段なら身を任せているものだが、今日はどういうわけか”待て”をしているようだ。

「……元気ないですか? 疲れてますか?」
「……いや」
(王子に気づかれるとか……あのルーク・グレイルも随分と人間らしくなったもんだな……)

 いや、そうなるのはアルバラの前でだけか。
 アシュレイはすぐにうんざりと顔を歪める。

「ルークさん?」

 アルバラが問いかける。しかし返事は聞こえない。アシュレイはいいかげんヤキモキしてきて、組んでいる腕の上で苛立たしげに指先が揺れる。

「……アル。どこか行きたいところはないか」
「……へ? 行きたいところ?」

 アシュレイは思わずずっこけた。それはもう驚くほど大きく、少し離れて立っていた黒服が驚くほどには盛大なものである。
 だってまさかそんなことを言い出すとは思ってもみなかった。ルークが恋愛に関してポンコツなことには気付いてはいたが、まさかここまで女々しいとは誰が予想できただろう。

 本当に、アルバラのことに関してはまったく使えない男である。
 アシュレイはなんとか起き上がり、扉に耳を張り付けた。ここまでくれば先が気になって仕方がない。いつもならばすぐに始まる情事にうんざりするものだが、今回ばかりは例外だ。
 ドキドキとしながらアルバラの反応を待つ。黒服が訝しげにアシュレイを見ていたが、アシュレイはそれどころではない。

「別にありません。ルークさんと一緒ならどこでも楽しいです」
「……アシュレイ・フェリスに、外に出たいと言ったそうだな」
「え! なんでそれ……!」

 そんな言い方をすればアルバラがアシュレイになんでも話さなくなってしまうではないかと、アシュレイは一瞬そんなことを思ったが、アルバラのことだ、きっと疑うこともなくこれからもなんでもアシュレイに話して、そして同じようにルークに内容を流されるのだろう。
 アルバラはなぜかアシュレイをとてつもなく気に入っている。ルークもそれが分かっているから、アシュレイのことをあまり好きではない。

「俺には内緒でと言いつけたそうだが」
「うう……それは……」
「行きたいところがあったんじゃないのか?」
(あーあ。もう言っちまえって)

 アシュレイは聞き耳を立てながら、胸中で必死にアルバラを応援する。

「あの……ルークさんがもうすぐお誕生日と聞いて……」
「…………俺が?」

 本気で忘れていたのか、ルークは聞いたこともないような声で聞き返していた。いや、誕生日など意識をしたこともないのだろう。これまでに祝ったことがあるのかすらも危うい。心底興味もなくどうでもいいとすら思えていたイベントがアルバラの口から飛び出して驚いた、という感情が透ける声音だった。

 アルバラがそれを聞いたのも偶然だった。ルークの不在時に遊びに来ていたアレスがぽろりと「そういえばルークの誕生日もうすぐだよね」と、何気なく言ったことが始まりである。
 当然知らなかったアルバラはアレスに深く感謝をしていた。だからプレゼントを買うために外に出たいとアシュレイにお願いをしたのだ。

 ルークが動き出さなければ、アシュレイはそこまでをしっかりと報告するつもりだった。しかし「待機」を言い渡されたのだから仕方がない。
 アシュレイはさらに室内の会話に集中する。
 さあどう出る鉄仮面。可愛い恋人が可愛いことを言い出したら、さすがの鉄仮面も崩れるだろう。今どんな顔をしているのか。破顔か。照れたか。いいやあの鉄仮面のことだ、どうせ素直になりきれず、心の中だけで喜んでいるに違いない。

「……そうか、誕生日……」
「はい! ルークさんにプレゼントをあげたくて、少し出たかっただけなんです」
「そんなものは不要だ。外には出るな」

 わ、と、アルバラの驚いた声が聞こえた。ベッドにでも押し倒されたのだろう。そこからはくぐもったような声が届き、アシュレイは途端に興味をなくす。

(なーんで素直に『嬉しい』って言う前に興奮しちまうのかなあ……感情と下半身が一直線すぎるだろ……)

 ルークが愛をささやく姿など想像もできないが、アルバラからすれば、アルバラの気持ちを利用しているだけの関係にも思えるのではないだろうか。

「あ! ぁ、ルーク、さ、」
(……変に拗れなきゃいいけど……)

 その時にはまたアシュレイが手を回すことになるのだろう。
 アルバラのあられもない声を聞きながら、アシュレイは深くため息を吐き出した。
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