ワケありくんの愛され転生

鬼塚ベジータ

文字の大きさ
29 / 33

おまけ:友人のその後。2

しおりを挟む

 広瀬はすごく分かりやすい。
 シグラが透の家に来てはや二週間。二人と一緒に過ごす中で、何度もそんなことを思った。

「もー、先生起きてください! 食事中っすよ!」
「んー……眠い……」
「せんせー!」

 広瀬が用意した朝食を、いつものように三人で食べていた。透は締め切り明けだった。部屋から出てきたときから眠たそうだったが、とうとう限界を迎えたらしい。倒れそうになった透を、隣に座っていた広瀬が支えた。

 広瀬はいつも透の世話を焼いている。透が何かをするたびに呆れたような言葉を吐いているけれど、広瀬からは毎回嬉しそうな雰囲気も感じられた。

「……ふふ」
「あ、笑いましたね」
「だってタクマくん、楽しそうです」
「こらこら。言わない」

 静かな寝息を立てている透を見つめて、広瀬は心底弱ったような笑みを浮かべた。

 この家に来てのシグラの仕事は、透の部屋でモデルになることが主だった。透に指定されたポーズをとったり、透の視界に入るだけだったりと振れ幅も様々だ。広瀬がそんなシグラに嫉妬をしないのは、シグラにも好きな相手が居ると分かっているからだろう。あるいはシグラの人間性を好いているからなのか。とにかく広瀬はシグラに優しく接してくれて、シグラも広瀬を心から応援している。

 余談ではあるが、実は透も仕事の休憩中にいつも広瀬の話をするから、この二人案外うまくいくのではないかなと、シグラはひっそりとそんなことを思っていた。

「先生、ほら、今日出かけるんでしょ! BLのネタになりそうな同級生と会うって言ってましたよね! 起きてくださいって!」
「はっ、そうだった! ネタと会うんだった! 忘れてた」

 広瀬の言葉に飛び起きた透は、ガツガツと食事をかき込んだ。そうして立ち上がると一目散に自室に向かう。広瀬は慣れたように透の食器をシンクに運んでいた。

 五年も一緒に居るからなのか、二人の空気は夫婦のようだ。恋愛感情はどうなのかは分からないが、シグラは時折、そんな二人が羨ましい。

「告白はしないんですか?」

 シグラは何気なくそんなことを聞いてみた。それには、キッチンに居た広瀬が眉を下げる。どこか諦めたような表情だ。

「……女の人が好きな人だからなー……告白はちょっと難しいかも」
「……気持ちが悪いって思われる?」
「そうっすね。……嫌われるくらいなら、今の距離が一番いいっす」

 これまでバース性は邪魔だと思っていた。そんなものがあるからシグラは生き辛かった。死んでしまいたかった。何度も悔しい思いをした。だけどこうなってみて初めて、バース性があれば良いのにと思う。それならきっと、広瀬は透に告白できていただろう。

 叶わなくても、伝えるだけで気持ちが悪いなんて思われない。バース性があれば、シグラにだってチャンスはあったはずなのに。
 なんとも都合の良い思考に、シグラは呆れた笑みを漏らした。

「……同情で付き合うって……相手のことを嫌いになったわけではないんですかね……」

 広瀬の言葉を聞いて、なんとなくそんなことが気になってしまった。

 タマキは恋人になってくれた。シグラを嫌っていたような雰囲気もなかった。むしろシグラが本当に”恋人”であると勘違いしたほどである。触れ合うことこそなかったが、普通に接してくれていたはずだ。

 あの態度の中に”嫌い”という感情はあったのだろうか。あの笑顔は嘘だったのだろうか。シグラはとにかく否定してほしくて、伺うように上目に広瀬に目を向ける。

「もしかして、シグラくんの話っすか?」
「……はい。相手は女の人が好きな人でした。それなのに、男同士の恋愛が気持ち悪がられるって知らなくて告白をしてしまったんです。恋人になってくれて嬉しかったんですけど……僕が可哀想だったから僕と恋人になってくれたんだって聞いてしまって」
「それ、本人が言ってた?」
「はい」

 広瀬が不愉快そうに眉を寄せた。同じような立場だからこそ分かることもあるのだろう。
 広瀬は大股でシグラの元にやってくると、まだ座って食事をしているシグラを横からぎゅっと抱きしめる。

「大丈夫っすよ。シグラくんはもうそんな奴のこと思い出さなくていいですから! おれも先生も、シグラくんのこと大好きですよ」
「……はは……そう?」
「もちろん! ……シグラくん、ここに来たとき裸足でしたよね。もしかしてそいつのところから逃げてきたんすか?」

 広瀬の腕の中で、シグラがゆるりと小さく頷く。

「そっか。……うん。分かりました。大丈夫っす。ずっと一緒に居ましょ」

 シグラの頭を抱きしめた広瀬が、撫でるように優しく手を動かす。
 ずっとひとりぼっちだったシグラには慣れない接触だ。幼い頃母にされて以来、こんなふうに抱きしめられたことなんかない。シグラは広瀬に甘えるように、広瀬の腕を握り締めることしかできなかった。

 シグラが落ち着いたのは少し経ってからだった。広瀬になだめられながらゆっくりと食事を終えると、広瀬は楽しそうに洗い物を始めた。シグラはそんな広瀬の様子に嬉しく思いながら、透の部屋を目指す。シグラはだいたい透の部屋に居る。空いた時間は部屋に来てくれと透に言われているからだ。

 しかし今日は出かけると言っていた。モデルは必要なのだろうか。
 おそるおそる部屋に入ると、少しばかり表情の固い透が微かに振り返る。この緊張感は何なのか。今日はいい、とも言われないためにいつものように部屋に入ると、透が緊張気味に口を開く。

「シグラくん」
「え、あ、はい」
「その……広瀬くんとはどういう関係なのかな?」
「……え?」

 質問の意味が分からず、シグラはパチパチと目を瞬く。

「ああ、えっと……さっき、きみが広瀬くんに抱きしめられているのを見てしまってね……シグラくんには出来るだけ僕の部屋に来てもらっているからそんな関係になるはずがないんだけど、でも広瀬くんは最初からやけにきみを気に入っているし、もしかしたら二人はそういう関係になったのかなとか……」
「違います。え、というか……トオルさんってやっぱりタクマくんのこと好きなんですか?」
「え! なんで分かったの!? 怖い!」
「だって今、僕を出来るだけ部屋に呼んでるのはタクマくんとそういう関係にさせないためだって……」
「そんなこと言ってた!?」
「言ってましたけど」

 真っ赤になった透は数度口を開閉すると、背中を丸めて椅子を回転させた。
 椅子の背で丸まった背中が見えなくなる。けれど恥ずかしがっているのは雰囲気から伝わった。

「広瀬くんには内緒にしててよ。気持ち悪がられたら嫌だしさ」
「……え、どうしてですか?」
「だからさぁ、僕は今のままの関係でいたいんだよ。出て行かれるのは耐えられない」
「でも、タクマくんもトオルさんのこと好きですよ?」
「…………ん?」

 一瞬遅れて理解したのか、透が振り向いたのは遅かった。
 沈黙が落ちる。透はじっとシグラを見ていたが、シグラは不思議そうに首を傾げるだけだった。やがてキッチンから「先生時間! 準備できましたか!?」と広瀬の急かす声が聞こえた。そこで時間を思い出した透が準備を始めて、この話は曖昧に終わる。

 それから透は、なんとなくギクシャクした態度で広瀬に接していた。
 家を出るまでそれは続き、じっと見ていたかと思えば突然頬を染めたり、何かを聞きたそうにしては目を逸らしたりと忙しそうだった。

 余計なことを言ってしまっただろうか。シグラがそれに気付いたのは、広瀬と共に買い物に行くべく家を出てすぐ、広瀬が落ち込んでいるのを知ってからだった。

「先生、ちょっとおかしかった……おれが男を好きだってバレたのかな……」
「え……とー……」
「おれがシグラくんを抱きしめてたのを見たんだよきっと……それで変に意識されてるんだ……どうしよう……どうやってごまかそう……」
「……でも、トオルさんもタクマくんを好きだって言ってましたよ。男同士に抵抗なんか、」
「そんなわけないっす。あの人バツイチっすよ。相手は女性、しかも子どもまで居るんすから」

 即答されて、シグラは次の言葉をのみ込んだ。

「はぁー……ねえシグラくん、おれと付き合ってるってことにしません? そしたら先生も自分は対象にならないんだって安心するかも」
「だめです。トオルさんが可哀想」
「お願い! おれと付き合おう。幸せにするから」
「タクマくんのそのノリ嫌いじゃないですよ」
「オッケーってことっすか?」
「ノーってことです」
「お願いー!」

 目的地のスーパーはそんなに遠い場所にはない。そのため歩いて向かっていたのだが、広瀬がシグラに抱きつくものだから途端にスピードが落ちた。周囲の目がシグラたちに向けられる。クスクスと微笑ましく見守っていた。

「もー、タクマくん」
「付き合ってくれるまで離しません!」
「えー……じゃあいったん保留です。ほら、早く買い物に、」
「シグラ!」
「広瀬くん!」

 シグラと広瀬は、互いに背後から引っ張られることで引き離された。
 何が起きたのか。シグラも広瀬も互いのキョトンとした顔を見つめていたが、すぐに自身を抱きしめている背後の男を振り返る。

「え! 先生! お出かけしたんじゃないんすか!」
「……タマキ、なんでここに……」

 透は広瀬の体をくるりと自身のほうに向けると、まるで隠すようにふたたび強く抱きしめた。
 なぜかタマキと透が意味深に見つめあっている。間にいる二人のことは眼中にないようだ。

「透、どういうこと?」
「理解したよ珠貴たまき。きみが言っていた恋人はシグラくんのことだったのか。それなら僕がずっと言っていた『偶然拾った理想の受けっぽい男の子』と同一人物だよ」
「……気付いてて黙ってたの?」
「まさか。……そっちこそ、恋人というのは嘘だったのか? どうしてシグラくんは広瀬くんの告白を保留に? きみと恋人なら断るのが普通だろ」
「それは……」

 珠貴の腕がぎゅうと強く締め付ける。シグラは少し眉を寄せた。

「……せ、先生! あの、おれ、」
「うるさい。……珠貴、今日は解散しよう。お互いこの後が忙しそうだし」
「……そうだね」

 広瀬は透に肩を抱かれて、強引に家の方向へと連れられていた。何が起きたのかはシグラにはいまだに理解はできない。だけど透は広瀬を抱きしめていたから、告白でもするのかもしれない。
 二人は両思いだ。それを知っているシグラは、二人を落ち着いた気持ちで見送っていた。

「俺たちも話そうか」

 珠貴の冷ややかな声が降る。
 ああ同情が終わったのかと、シグラは傷つきながらも珠貴を見上げた。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

白銀オメガに草原で愛を

phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。 己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。 「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」 「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」 キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。 無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ ※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています

ヒートより厄介な恋をα後輩に教え込まれる

雪兎
BL
大学三年のΩ・篠宮湊は、何事も理屈で考えるタイプ。 ヒート管理も完璧で、恋愛とは距離を置いてきた。 「フェロモンに振り回されるのは非合理的」 そう思っていたのに――。 新学期、同じゼミに入ってきた後輩は、やたら距離の近いα・高瀬蒼。 人懐っこくて優秀、なのに湊にだけ妙に構ってくる。 「先輩って、恋したことないでしょ」 「……必要ないからな」 「じゃあ俺が教えますよ。ヒートより面倒なやつ」 余裕のあるα後輩と、恋に不慣れなΩ先輩。 からかわれているはずなのに、気づけば湊の心は少しずつ乱されていく。 これは、理屈ではどうにもならない “ヒートより厄介な恋”を教え込まれる物語。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】完璧アルファな推し本人に、推し語りするハメになったオレの顛末

竜也りく
BL
物腰柔らか、王子様のように麗しい顔、細身ながら鍛えられた身体、しかし誰にも靡かないアルファの中のアルファ。 巷のお嬢さん方を骨抜きにしているヴァッサレア公爵家の次男アルロード様にオレもまたメロメロだった。 時に男友達に、時にお嬢さん方に混ざって、アルロード様の素晴らしさを存分に語っていたら、なんとある日ご本人に聞かれてしまった。 しかも「私はそういう人の心の機微が分からなくて困っているんだ。これからも君の話を聞かせて欲しい」と頼まれる始末。 どうやら自分の事を言われているとはこれっぽっちも思っていないらしい。 そんなこんなで推し本人に熱い推し語りをする羽目になって半年、しかしオレも末端とはいえど貴族の一員。そろそろ結婚、という話もでるわけで見合いをするんだと話のついでに言ったところ…… ★『小説家になろう』さんでも掲載しています。

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

処理中です...