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おまけ:友人のその後。3
しおりを挟むもう二度と戻らないだろうと思っていた珠貴のマンションに連れられて、シグラは心底居心地が悪かった。見慣れているはずなのにどこか他人行儀に思える。
話とはなんだろうか。せっかく消えたというのにわざわざ連れて戻るなんて、シグラには珠貴の考えが分からない。
珠貴に手を繋がれているから離れることも許されず、シグラは俯いたままで部屋に踏み入れた。
二人に会話はない。珠貴は何も言わず、シグラをリビングへと連れる。
「……前の世界に戻ったのかと思った」
珠貴にしては珍しく、乱暴な仕草でソファに座る。いつもの優しい雰囲気はない。頭を抱えて座る珠貴を見て、シグラは何を言うこともできない。
戻っていたとして何だというのだろう。珠貴の意図が分からなかった。
「いきなり消えるからびっくりした。この2週間ずっと探してたんだ。……どうして黙って出て行ったの? 実体があるのはなんで?」
「……なんでって……」
そんなことを言ったら、その時点で同情が終わっていたじゃないか。
同情でシグラと恋人になったと言ったのは珠貴だ。それを知っているのに、シグラがわざわざ離れるきっかけを作ってやるわけがない。そんなことをするくらいならそっと姿を消して、珠貴に「前の世界に戻った」と思われていたほうがマシである。
シグラが何も言わないのをちらりと見ると、珠貴は深いため息を吐く。
「……この2週間どこに居たの?」
「……トオルさんの家」
「どういう経緯で? それに抱き合ってたあの男の子は何? 告白されてたけど、保留ってどういうこと?」
「……別に、タマキには関係ない」
「関係ない……?」
頭を抱える手の隙間から、ギラリとその目が鋭く光る。
あの珠貴が怒っている。それだけでシグラは目を逸らすこともできない。
「俺たちは恋人だったはずだけど」
「……それは、」
「俺のことが好きだって嘘をついてたの? ……俺が唯一シグラの姿が見えたから俺を好きだと思っただけで、本当はどうでもいいと思ってるのか?」
やけに責める口調だった。だからシグラも苛立って、睨むように珠貴を見る。
どうでもいいと思っていたのは珠貴のはずだ。それなのにどうしてシグラが責められているのか。
「なんで僕が怒られるんだよ」
「なんでって……急に消えたと思ったらほかの男の家に居て、俺が恋人のはずなのに知らない男の告白を受けてたんだよ? 怒るに決まってるだろ」
「もういいよ。見苦しいよ、タマキ」
「……見苦しい?」
「……知ってるんだよ。タマキは僕を好きなわけじゃない。……この世界では男同士での恋愛は珍しいって聞いた。タマキは女性と恋人だったんだろ。告白なんかして悪かったよ。浮かれてたんだ。前の世界では男同士の恋愛なんて普通だったから」
男同士の恋愛が珍しくもない前の世界でも、誰にも相手になんかされなかったけれど。
世界をまたいでも変わらないのかと思えば、シグラは今度こそ自分が嫌いになりそうだった。どこに行ってもシグラがシグラである限り愛されることなんかない。それを改めて突きつけられてでもいるようだ。
同情だったくせに、とは言えなかった。シグラにもプライドがある。
嘘を暴いたのだからもう関係も終わりだろうと踏んで、シグラはくるりと背を向けた。今は透と広瀬に会いたかった。二人に慰めてほしかった。両思いになったところかもしれないが、今日ばかりは許してもらおう。
シグラは必死に涙を堪えて、振り返ることもなくリビングを出た。
しかし。
後ろからぐっと腕を掴まれた。強い力だ。その痛みに声が漏れるのと、強引に抱き寄せられるのは同時だった。
当然ながらすり抜けることはない。触れ合った温もりが広がって、シグラは一瞬動きを止める。
「……好きじゃなかったよ」
近くで残酷な言葉が聞こえた。シグラは離れようと力を入れるのだが、珠貴の力が強く動くこともできない。
「だって可哀想だった。シグラはひとりぼっちで、寂しそうな顔をしていたから。……俺だけが見えるんだから俺がなんとかしてあげないとって、それだけだった」
「……知ってるよ」
知っていた。分かっていた。そうやってどんなに強がっても、やはり珠貴の口から言われると胸が痛む。
聞きたくなかった。だから出て行ったのだ。それをわざわざ連れ戻してまで突きつけて、なんと残酷な男だろうか。
シグラの目に涙が浮かぶ。けれど泣いてなんかやるものかと、滴が溢れる寸前で必死に堪えていた。
「今は好きだよ。好きになった。だからシグラ、ここに居てくれ」
「もういいって」
同情の愛なんか要らない。シグラはそこまで落ちぶれていない。
珠貴の腕の中で、シグラはなんとか抜け出そうと必死にもがく。しかし珠貴は力を緩めることはない。シグラを強く抱きしめたまま、自身にシグラを閉じ込めている。
「シグラ」
「離してよ」
「嫌だ、行かないで」
「もういいんだって!」
珠貴が嘘を重ねるたび、シグラがどんどん惨めになっていく。愛されないことが浮き彫りになる。どこに行ってもシグラはひとりぼっちなのだと、愛されることはもう無理なのだと言われているようだ。
とうとう涙がこぼれ落ちた。情けなかった。悔しかった。やるせなくて、我慢ができなかった。
「いい加減にしろよ。どれだけ馬鹿にすれば気が済むんだよ! ……もう全部知ってる。タマキが僕と恋人になったのは同情で、僕のことを好きなわけじゃない。タマキは女性が好きな人だ。だから僕を好きになるわけがない。分かってるよ。分かってたから出て行ったんだろ。……体が戻ってみんなが僕を認知することができれば同情されなくなる。タマキが僕と恋人でいる意味なんかない。手のひらを返したようなタマキの態度を見たくなかったんだよ」
――どうしていつも、シグラは愛してもらえないのだろう。
どんなに頑張ってもうまくいかない。馬鹿にされて笑われて空回りをしてばかりだ。ようやく愛し合えたと思ったら同情である。ただ普通に恋愛をしたいだけなのに、足掻けば足掻くだけ惨めになっていく。
一際力を込めて腕を振るうと、珠貴がようやく腕を離す。その隙にシグラは踏み出したが、すぐに手を掴まれた。
「……離してよ」
「信じてほしい」
「見てのとおり僕にはもう体があるんだよ。可哀想じゃない」
「そうだよ、シグラは可哀想じゃない。分かってる。体があるなら触れ合えるだろ? それなら尚更一緒に居よう」
「……この世界の人は男同士の恋愛を気持ち悪いって思うって聞いた。そんなに無理しなくていいから。……別に男はタマキだけじゃないし、僕だってほかに恋愛はできる」
シグラの言葉に、珠貴の指先がピクリと揺れる。
「むしろ僕が思い込んでいたのかも。……前の世界でも女の人を見たことなんかなくて、僕の恋愛対象ってずっと男の人だったからさ、僕を唯一見ることができたタマキを好きだって勘違いしちゃったんだよ。別にタマキを好きなわけじゃなかった。タマキと恋愛しなかったらほかに恋愛できる人がいないからって、本能が勝手に思い込んでただけな気がする」
「……ダメだ」
「お互い様だよ。だからもういいよ」
「シグラ、前に『たぶん転移した』って言ってたよね? つまり生まれ変わったわけじゃないんだろ? 転移前の肉体がそのまま今ここにあるのなら……」
気弱な声だ。何を確認したいのか、珠貴は唇を微かに震わせ、静かに息を吸い込んだ。
「……この体はこれまでに、誰かに触れられたことがあるのか?」
あるわけがない。シグラは誰にも愛されなかった。だけどそれを言うのはなんだか悔しくて、シグラはぐっと口をつぐむ。
それをどう受け取ったのか、珠貴はもう一度、今度はやや刺々しい声で「どっちだよ」と重ねて問いかけた。
「関係ないだろ」
「……抱かれたの?」
「どうしてそんなこと、」
「どんな男に抱かれた? どうやって? 何回した?」
「う、わ!」
力の抜けかけていた珠貴の指先が、突然ぐっとシグラを引っ張った。先ほどとは比にならない力だ。シグラをぐんぐんと引っ張って、あっという間に寝室にたどり着く。
半月前まで二人で眠っていた見慣れたベッドだ。いつもなら整えられているのだが、今は珠貴が抜け出した状態で取り残されている。
シグラはなんとか抵抗をしたが、あっさりとベッドに投げ出された。
「勘違いじゃないよ、シグラ」
珠貴が切なげに眉を寄せ、シグラの上に乗り上げた。
そんな顔は知らない。見たこともない。シグラはただ珠貴を見上げて、動くこともできなかった。
「俺はシグラが好きだよ。だって俺、シグラを抱いた男に嫉妬してる」
珠貴の瞳が滲む。怒っているのか悲しんでいるのかも分からない。ただ珠貴はギラギラとした雄の瞳で、シグラを強く見下ろしている。
――シグラの求める愛があるとするのなら、それは今向けられているものなのかもしれない。
思わずシグラがそう思ってしまうほどには、珠貴の瞳はまっすぐだった。
信じてもいいのだろうか。珠貴は本当に、最初こそ同情だったけれど、今はシグラを愛しているのだろうか。
シグラだって信じたい。信じて愛し合いたい。シグラがそっと手を伸ばすと、それを捕まえた珠貴はその手の平を自身の頬に導いた。
「……シグラ、信じて。ほかに行くなんて言わないで。……俺のことを好きでいて」
目が離せない。じっと見つめ合ったまま、シグラはゆるりと口を開く。
「……もう、嘘つかない?」
「つかない」
「同情じゃないの?」
「違う。本当に好き。……シグラがね、俺を好きだって目をして俺に笑いかけるのが本当に可愛いって思う。最初は気難しい子なんだと思って同情したけど、俺に懐いてくれてからは全然印象が変わって、最初に同情で恋人になった自分に感謝したくらいには好き」
「……それなら、いいよ」
シグラの言葉を聞いて、珠貴はようやく安堵したような笑みを浮かべた。体を倒し、覆いかぶさるようにシグラを抱きしめる。
誰かとこんな距離になったのは初めてである。シグラはそんなことを嬉しく思いながら、おずおずと珠貴の背に腕を回す。
「それで、シグラは?」
「……え?」
突然、鋭い声が耳を抜けた。
「これまで男に触れられたことはあるの?」
透に借りたシャツの裾から、珠貴の手が侵入する。
誰にも触れられたことなんかない。だってシグラは誰にも愛されなかった。珠貴の雰囲気をどこか恐ろしく思いながらも、シグラは必死に頭を振っていた。
「そっか。嘘じゃないよね? 俺も嘘はつかないから、シグラも嘘はつかないでね」
「う、嘘じゃない。……僕、誰とも恋人になったことないよ」
「本当に?」
味わうようにしてシグラの肌に触れていた手が、唐突にシグラの胸の飾りを軽くひっかく。
何も感じないはずだった。だってシグラはそんなところに触れたこともなければ、触れられた覚えもない。それなのに何故か深い痺れがシグラを襲い、あられもない甘やかな声が自然と漏れる。
「……へえ。誰とも恋人になったことがないのに、ずいぶん開発されてるんだね?」
「ち、が……」
ぐりぐりと押し潰されては弾かれて、そのたびに快感が押し寄せた。
おかしい。おかしいおかしい。シグラはこんなところで快感を得たことなんかない。こんなところを気持ちいいと思うはずがない。そう思うのに、固くなったそこをぎゅうと摘まれても腰が跳ねるのだから言い逃れのしようもない。
「あ! ぃ、や、待って、タマキっ……」
「可愛いよシグラ。……こんな顔を誰に見せたの?」
「誰に、も、見せ、て、な、」
珠貴の頭が胸元に落ちる。散々指でいじめられたそこを舐められると、さらに強い快感を覚えた。
「まっ……タマ、キ、あっ、」
音を立ててそこを吸われ、シグラの快感も増していく。
舌と指でシグラの両方の胸の飾りをいじっていた珠貴は、その膝でシグラの中心をぐっと押し上げた。
「あ! んっ」
「触ってもないのにすごい勃起してるね」
「や、だ、あ、」
「ねえシグラ、嘘はつかないでね。……俺、シグラに酷いことはしたくないんだ」
一度体を起こした珠貴が、興奮を抑えた瞳でシグラを見下ろしていた。
その瞳にはシグラを求める情欲の色がある。それをうっとりと見つめながら、シグラは身を委ねていた。
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