通りすがりの竜騎士っすけど、何か?

ペケペケ

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第ニ章・お兄様をさがせ!

第三十一話

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「天結・六花」

 エルフィアがそう口にすると周囲の大気が集まり六枚の花弁のように凝固する。
 大気の花弁はエルフィアの周囲をフワフワと浮遊して、指示を待つ。


「質問を変えます、貴女は一体何を知っているのですか? お兄様の、いや、アルクェイド・ドラクレアについて知っていることを全て教えなさい」

 威嚇をするように威圧感を放ちながらエルフィアはクロエに向かいそう言い放つ。しかし、そんな威圧をされているにも関わらずクロエの態度は実に飄々とした物だった。

「アルクェイドくんについて知ってる事はさっき話した英雄譚だけだよ、まあそれがアルクェイドくんだという保証はないのだけれどね」

「なるほど、貴女は私に真実を話さない、そういう解釈でいいのですか?」

「誤解しないでおくれ、僕はキチンと真実は語っているよ、ただその答えがエルフィアちゃんのお気に召す答えではないというだけさ、ただ断言出来るとすれば、アルクェイドくんはこの学園には居ないということくらいかな、保証するよ」

「戯言を、お兄様がこの学園に居ないなんて事はあり得ないのですよ」

 ーーそう、あり得ない。この情報だけは確かなものだ、そういう契約を交わして手に入れた情報なのだから。

 クロエを問い詰めようと、エルフィアが近づこうとすると遮るようにリリィが二人の間に割って入る。

「エルフィア落ち着いて、それじゃ何も解決しないよ」

 心配そうなリリィの表情に、エルフィアは少しだけ心を痛める。が、そんな痛みを飲み込むとエルフィアはリリィにも鋭い眼光を向けた。

「退いて下さい、リリィ。その人間は嘘を吐いています」

「嘘?」

「お兄様がこの学園に居ないなんて事はあり得ないのですよ」

「それは何で分かるの?」

「それは……言えません、しかし確かな事なのです、信じて貰えますか?」

「……分からない、エルフィアの事は信じたいよ、でもどうしてエルフィアの言う事が確かな事なのか、その確証がワタシには分からないよ」

 それはそうだ、とエルフィアは納得する。きっと逆の立場なら自分もそう答えると思ったからだ。


「あまり場を混乱させたくはないけど一応言わせてもらうよ、僕は嘘は吐いてない、ただ君たちに言えない事があるだけだよ」

 隠している事があると平然と言ってのけるクロエに、エルフィアの中で何かがキレる音がする。

「黙れ!」

 怒声と共にエルフィアは立ち塞がるリリィを避けてクロエに斬りかかるが、その行動を見越していたのか、クロエは体を一歩引いた。
 寸での所で剣を避けると、クロエの前髪がハラハラと数本落ちる。

「エルフィアちゃん、それが君の選択でいいのかな? でも剣に迷いがあるね」

「貴女などにそんな事を指摘されたくはない! 爆ぜろ六花!」

 剣撃を紙一重で躱し続けるクロエに業を煮やしたのか、エルフィアは花弁に向かい命令を下す。
 その指示に反応して空気の花弁が一枚だけクロエの顔に向かい飛んで行くが、それすらもクロエは紙一重で避ける、しかし、避けた花弁はクロエの背後で膨張し、爆ぜた。

 爆発音のような音が室内に響き渡ると、クロエの体は室外へと吹き飛んだ。

「クロエさん!」


 なす術もなく吹き飛ばされたクロエが止まったのは男子寮の目の前の植木に直撃してからだった。
 ゴフッ、と吐血してクロエは自嘲気味に笑う。

「いやぁ美少女に嫌われたり、美少女に責められたり散々だ、流石に割りに合わないよ、ルーベンス」

 痛いのは好きだが拒絶されるのは嫌いなドMだった。




「加減を、誤りましたか」

 そう呟き、エルフィアはクロエの後を追うが、突如背後から魔法を掛けられる。

催眠スリープ

「リリィ?」

 突然の眠気に襲われ振り返ると、リリィが杖を持ち睡眠の魔法をエルフィアに向かい発動していた。

「エルフィアそれ以上はダメ、一回眠って落ち着こう」

 魔法・催眠、その名の通り対象を眠らせる中級寄りの初級魔法、魔力を操る技量によってその掛かり具合は上下するが、こと魔力操作という分野においてリリィは一級魔法使いであるベルベットさえも驚愕させる程の技量を持っていた。

 エルフィアの体に直接流し込む睡魔、魔力の流れが弛緩し眠る寸前の状態になる。

 しかし、どういう事かエルフィアが左右に頭を振ると眠気など既に感じていないように平然と話を始めるではないか。

「貴女なら分かってくれると思ったのですけどね」

「抵抗スキル!?」

 悲しげな表情浮かべると、エルフィアはリリィに向かい手を翳す。


「天結・空壁」


 魔力を感じ、リリィが不味いと思った瞬間、エルフィアとリリィの間には大気による壁が出来ていた。

「ダメ! エルフィア!」

 リリィは必死に大気の壁を叩くが全くビクともしなかった。
 悲しげな表情のままエルフィアは言う。

「どうあれ、お兄様がこの学園に居ない事などあり得ないのですよ、リリィ。もしお兄様が此処に居ないなら、それはもうこの世界の何処にも居ないのです」

 そう言ってエルフィアはクロエを追い、寮の外へと出て行ってしまう。
 止められなかった自分に苛立ちを感じたリリィは八つ当たりのように叫ぶ。

「何でこんな事! まだ本当の事なんか何も分からないんだよ!」

 そんなリリィの叫びはエルフィアには届かなかった。




「貴女の知っている事を全て教えなさい、最初から怪しい人間だとは思いましたが、まさかお兄様に関係しているとは思いませんでした」

 動けないのか動く気が無かったのか、クロエは植木に寄りかかり気だるげに口を開く。

「関係、関係ねぇ」

 フフフ、とクロエは不遜に笑う。

「何がおかしいのですか?」

 側から見ても明らかな程、エルフィアは苛立っていた。それは焦りからくるものなのか、それとも答えに近づきそうだからなのかは分からないが、今はクロエの一挙手一投足の全てがエルフィアの中で苛立ちに変換される。


「いやね? この場合、僕は関係あるのかなと思ってね」

「この!」

 カッとなり、エルフィアは大気の花弁を差し向けるが、自分を呼び止める声でその動きを止めた。

「エルフィア!」

 もう出てきたのですか? と疑問に思うも、エルフィアはリリィにお願いする。

「リリィ、お願いです、私の邪魔はしないで下さい」

「友達が間違った事をしようとしていたら止める、それが普通だよ」

「私が、間違っている?」

「クロエさんを問い詰めて答えを出してもそれが本当かどうかなんて分からない、不安になるような話を聞いて焦るのは分かるけどーー」

 と、リリィのそんな説得の言葉を遮るようにエルフィアは大きな声を上げた。

「貴女には分からない!!」

「……エル、フィア?」

「貴女に分かる訳がない、敵しか居ない状況で唯一助けてくれた家族お兄様への思い、唯一の味方が居なくなった私の不安、最愛の人が死んだかも知れないという話を聞かされた、私の気持ちなんて!」


 冷静だった友人の初めて見せる激昂に戸惑いを感じるが、一つ大きく息を吸うと、リリィはその戸惑いを飲み込み、決意を持って叫んだ。


「それでもエルフィアは間違ってる 、だから止めるよ、ワタシが全力で!」

 リリィは右手で杖を構え、左手に魔石を用意する。
 戦闘態勢を取ったリリィを見たエルフィアは険しい表情で問う。

「私と剣を交えるのですか? 今は加減が効きませんよ、それでも?」

 何度問われようとリリィの答えは変わらない、それは変えてはいけないとすら思っていた。
 最愛の人の為に誰かを傷つけるたら、最後に悲しむのはきっと、自分と最愛の人だと思ったのだ。

 だから譲れない、傷つけさせない、それが今のリリィに出来る最大の友情の示し方だった。


「止めるよ、ワタシはエルフィアの友達だから」

 リリィは身体強化の魔法を自分に掛け、来たる戦闘に備える。が、

「なら、せめてゆっくり眠って下さい」

 次の瞬間には背後にエルフィアがいた。

 ーー不味い!

 そう感じた瞬間、リリィは小さな魔石を使用して風魔法を発動させる。起こした突風に身を任せてリリィが前に跳ぶとすぐ後ろをブォンと何かが通過する音が聞こえた。
 転がるように回避したリリィはすぐにエルフィアに向き直る。

「流石ですねリリィ、でもあまり抵抗しないで下さい、手元が狂うと貴女を傷付けてしまいます」

 エルフィアは剣を収める鞘を片手に持っていた。
 殺すつもりなど更々ないが動けない程度に痛めつけるくらいはするつもりなのだろう。

 冷や汗を背中に感じ、リリィは思う。

 ーー基本的な能力が違い過ぎる、身体能力にここまで差が出るなんて。

 それもそのはずだ、魔法使いのリリィがどんなに身体を強化しようも、元々の値が少ないのであれば上昇する値も跳ね上がる事はない。

 防戦一方になれば勝機はないと感じたリリィは即座に攻勢に出る。

呪文魔法スペルマジック捕縛バインド

 杖に魔力を流し込みエルフィアに向かって振ると、杖の先から黄色の紐のような物が飛び出した。

 ーー無詠唱? いや、詠唱簡略の術式?

 魔法発動までの鮮やかな手際に惚れ惚れとしながらもエルフィアは黄色の紐を迎撃せんとそれを切りつける、が、捕縛魔法が斬り伏せられる瞬間、リリィは捕縛の魔法に組み込んだ術式を起動させる。

変換魔法コンバートマジックミスト!」

 黄色に紐はエルフィアの目の前で形を変えた、否、紐が霧に変換された。
 突然の変化に多少驚きはしたものの、エルフィアは冷静にリリィの一手に対処する。

「目眩ましですか、爆ぜろ六花」

 霧を吹き飛ばそうとエルフィアは五枚の花弁に爆ぜるよう指示をする、がしかし、花弁はエルフィアの命令を聞こうとはしなかった。

「何故?」

 そんな疑問が浮かぶと同時にリリィの声が耳に届いた。

「呪文魔法・捕縛」


 視界の端で捕縛魔法の影を捉えると、エルフィアはそれをギリギリで避けた、そして気づく。

 ーーリリィの気配が感じ取れない。

「これは霧じゃない? 魔力の粒子? 感覚を鈍らせる魔法?」

 そう考えを巡らせるがすぐに違うと直感する。

 ーー感覚が鈍くなるだけならば六花が反応しないのがおかしい、それにこの手の魔法なら抵抗のスキルで無効に出来るはず、ならこれは……。

 素早く思考を纏め、エルフィアは答えを導くと霧より高く魔法を発動させる。

「天結・風月」

 大気の塊が月のように丸くなるとそれはエルフィアからの命令を待つかのようにその場に滞留した。
 そして確信する。

「やはり! 吹き飛ばせ、風月」

 魔法の発動を確認すると、エルフィアは指示を出すと同時に懐から石のような物取り出し、それを頭上の魔法に投げつける。
 その行動に合わせるようにリリィもほぼ同時に叫びを上げた。

「呪文魔法・拘束ロック!」

 エルフィアの投げた石が風の月に触れると大気が揺れた、視界を遮る霧が吹き飛ばされ霧は晴れる。
 そして視界が晴れるとリリィは大気の重みに片膝を付いていた。

「まさか私にではなく私の指示術式を妨害する霧とは考えましたね」

「さっき睡眠の魔法が効かなかったのは抵抗のスキルを持ってたからでしょ? しかも空属性の魔法なら大気中の魔力との高い親和性が必要、ならそれを妨害すれば魔法を発動出来ない筈だったんだけど……」

「詰めが甘かったですね、術式の簡略化は私も得意とするところです、しかし拘束魔法とは随分と優しいですね、攻撃魔法だったなら戦闘不能くらいには追い込めたでしょうに」

「ワタシは、エルフィアを傷つけたい訳じゃないから」

 エルフィアの片足には拘束魔法の黄色の重しが付いていた。しかし、重くはあったが動くだけなら支障は全くなかった。

「私はこの程度なら動ける、しかし貴女は大気の重圧で動けない、これで勝負アリですね」

 エルフィアはリリィが動けなくなった事が分かると踵を返しクロエの元へ向かおうとする。が、

「まだだよ! 呪文破壊スペルブレイク!」

 リリィは自分の魔力を大気中のエルフィア魔法式に流し込むと、それを破壊した。

 エルフィアが向き直るとリリィはすでに駆け出していた。

 リリィの居た場所にはエルフィアの魔法術式の残骸が漂っている。何が起こったか理解するとエルフィアは驚愕の声を上げた。

「術式破壊!? まだそんな手が!?」

 リリィの手元に残っている魔石は残りが、小魔石が一つ、中魔石が一つ、大魔石が一つ。この一手でエルフィアを止められなかったら次のチャンスは無い。

 一直線に駆ける足に小魔石の魔力を使い、更にブーストを掛けると、凄い速度でリリィはエルフィアへと向かう。

 お互いの距離はもう数メートルもない、そして同時に魔法を発動した。

「天結・空壁」
「呪文魔法・分身シャドー

 エルフィアの作り出した大気の壁をリリィは自らの分身を蹴り、乗り越えた。

 ーー賭けはワタシの勝ち、後はエルフィアに触れられれば!

 しかし、空中に浮いてしまったのがリリィの敗北を決定付けてしまう。

 浮遊感と共に、冷静なエルフィアの声が耳に響いた。

「そこからどう動くのですか? リリィ」

 そう言われ、気付いた時にはもう遅かった。
 今のリリィに落下速度や方向を変える手札は無かった。

 エルフィアはそんなリリィの懐に潜り込み、痛烈な一撃を腹部に与えた。

「ァっ」

 なす術もなく腹部を打たれたリリィは息も出来ずに倒れこんでしまう。

「善戦でしたね、こんな形でなければすぐに回復魔法を掛けるのですが……ごめんなさい」

「ま、っ、える、」

 待って、と止めたかったが、生まれて初めて味合う衝撃にリリィは一歩も動けなかった。



「さあクロエさん、話す覚悟は出来ましたか?」

「いーや変わらないね、これ以上僕から話すことは何もないよ」

「……そうですか、なら仕方ありませんね、痛いのは覚悟して下さい」

 エルフィアは剣を納刀し、誤って抜刀しないように鞘と剣をキツく結ぶと、それを振りかぶった。

「これから貴女を打ちます、話したくなったらいつでも言って下さい」

「エルフィアちゃんはこんな言葉を知っているかい?」

「?」

「それは我々の業界ではご褒美です、ってね」

 呆れ返るようにエルフィアは嘆息すると、鞘付きの剣を振り下ろした。しかし、



 ガッ。



 と、誰かがエルフィアの剣を防いだ。

 風で赤い髪が靡き、額には少しだけ汗を掻いている。

 少年の到着にクロエは戯けるように口を開く。


「やあ珍しいね、君がこんな時間に寮に帰ってくるなんて」

 乱れた息を整えるように大きく息を吸うと少年は言った。


「ただの通りすがりっすよ、クロエっち」



 竜騎士が通りすがった。




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