通りすがりの竜騎士っすけど、何か?

ペケペケ

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第一章・最弱の魔法使い

第九話

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「ちょーうけるー」

 妙に耳に残る高い笑い声が薄暗い工房の中に響く。

 八畳ほどの広さの工房にはとても甘い匂いが充満していた。

 そんな工房の主は部屋の奥で脚を組んでいる。
 幼さを残す顔立ちに反するような豊満な肢体は見るものを魅了して目を離させないだろう、褐色の肌が目立つ色のネグリジェはとても薄く、下着が見える程だった。


「て、いうかさぁ、アルフってあーしの事嫌いなんじゃないの?」
「いや、そんなことはないっすよ、ちょっと苦手なだけっす」

 そうアルフレッドが心情を吐露すると、工房の主は妖艶に笑う。

「あーし、アンタのそういう素直な所は嫌いじゃないよ」
「好感を持ってもらって嬉しい限りっすね」


 アルフレッドは鼻に付く甘ったるい香りを嗅がないように口で息をしていた。
 蔓延している甘い匂いの正体は恋華というある種の媚薬のような効能のある花を元に作られたお香だ。
 常人が濃度の高い恋華の香りを嗅げば十秒と持たずに理性を飛ばしてしまうだろうが、魔術的な要素を含む恋華の効能を、アルフレッドはEX職業エクストラクラスのクラススキル、抵抗レジストを使いその効果を無効にしている。
 それなのに鼻ではなく口で呼吸をするのは単にこの匂いが好きではないからだ。

「でー? 本当にあーしに魔法を教えて欲しいの?」

 妖艶な笑みを浮かべる褐色の少女の一挙手一投足はまるで男を誘っているような扇情的な何かを感じさせる。
 恋華の効能を受けていたらきっとアルフレッドも本能のままに少女に襲いかかっていたことだろう。

 そんな目のやり場に困る少女から少し視線を逸らしながらアルフレッドは言う。

「そうっすね、ただ教えて欲しいのは俺じゃないんすよね」

 アルフレッドの言葉に褐色の少女、ベルベット・プライマーは妖艶な笑みを消した。

「どういうこと?」
「ベルベットが弱いものを嫌っているのは知ってるんすけど、偏見を持たずに俺の話を聞いて欲しいっす」

 アルフレッドがそう言うと途端にベルベットの機嫌が悪くなった。

 不機嫌そうな顔をしたベルベットが指を鳴らすと薄暗い工房が明るくなり、ベルベットの服装もネグリジェから学園の制服に変わっていた。
 多少の驚きはあれどそれをアルフレッドが表情に表す事は無い、目の前の天才がなにをしようとそれは驚くような事ではないのだ。

「あーし、利用されるの好きじゃないの、帰ってくれる?」
「ちょっと待って欲しいっす、別にただお願いしてるわけじゃないんす、ちゃんと報酬を用意してるっすよ、これは正当な依頼だと思って欲しいっす」

 報酬と言う言葉に少しだけ反応した姿をアルフレッドは見逃さなかった。

「依頼完遂の暁には契約書ギアスロール付きではあるっすけど竜の血を一滴、進呈するっすよ?」

 ベルベットの眉が少しだけ動く。
 魔法使いにとっては何よりも価値のある物の一つとされる竜の血を得られるなら多少条件が悪くとも依頼を受けるだけの価値がある、少なくとも金で買えるような物ではないからだ。

 不機嫌な姿勢を崩さないベルベットにアルフレッドは契約書の内容の説明をする。

「契約書の内容は、竜の血を服用しないこと、竜の血を悪用しないこと、依頼内容の完遂、依頼内容の厳守っす」

 悪い話ではない、とベルベットは考えるが、一つ大きな疑問が浮上する。

「なんでそこまでするのかしら? 魔法を教えて欲しいのはアンタじゃないんでしょ? 今までいくらお願いしても一滴もくれなかったのに今さらなんで他人の為に竜の血を?」

 ベルベットは幾度となくアルフレッドに交渉を持ちかけていた。
 あの手この手を使い何とか竜の血を手に入れようと奮起したが、終ぞアルフレッドが折れる事は無かった、だから疑問なのだ。
 頑なだったアルフレッドが自ら竜の血を差し出すような真似をする動機が不明瞭すぎる、と。

「理由っすか、応援するって決めたからっすかね? そもそも頑張っている人を応援したくなるのは俺の性分なんすけど」

 それだけで竜の血を対価に据えるのはやり過ぎと思うベルベット。
 明らかに今までのお人好しというレベルを遥かに超えている、そこで至る結論は、言う事を聞かざる得ない状況になっている、という可能性だ。

 ベルベットは無愛想に尋ねる。

「なんか、弱みでも握られたの?」

 すると、アルフレッドは笑いしながら答える。

「まさか、俺は握られて困るような弱みはないっすよ、なんせ最弱っすからね」

 はははは、と笑うアルフレッドの言葉にベルベットは顔をしかめた。

「あーしがアンタの最弱の意味を知らないとでも思ってんの?」
「最弱に意味なんかないっすよ、最も弱い、それだけっす。それよりベルベット、どうするっすか? 個人的には受けて欲しいのと断って欲しいのが半々くらいなんすけど?」

 アルフレッドが答えを急かすのはベルベットの選択肢を依頼を受けるという方向に誘導したいからだった。
 前のめりで交渉をすれば交渉相手に付け入る隙を与える事になる、というアルフレッドなりの交渉術だ。

 少しの間、ベルベットは考え込むように沈黙する。

「先に依頼内容の確認が先、それがあーしの許容できる事ならこの話を受けてあげるわ」
「そうこなくっちゃベルベットじゃないっすよね」
「ふん、アンタにあーしの何が分かるって言うのよ」

 不貞腐れたようにベルベットがそう言うとアルフレッドは笑顔で指を折り始めた。

「負けず嫌い、我儘、自己中、性格破綻者、有能、天才、差別主義者、イジワル、友人、意外と優しい、喧嘩っぱやい、あとは、」
「もういいわ、聞いたあーしが馬鹿だったわ」
「そうっすか? まだいっぱい出せるっすよ?」

 アルフレッドの飄々とした態度にベルベットは悩ましげに頭を軽く振った。

「アンタって性格悪いわよねぇ」
「それは否定はしないっす」

 アルフレッドは契約内容の書かれた紙と契約書をベルベットに渡した。


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