通りすがりの竜騎士っすけど、何か?

ペケペケ

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第ニ章・お兄様をさがせ!

第四十一話

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 恥ずべき事だ、とシーカーは汗を掻きながら剣を振るっていた。

 ーー私は肝心な時にその場に居ない事が多い。



 バジリスクの討伐後、シーカーはギルドに討伐報告をすると馬車を借りて集めた食材を乗せて学園への道のりを帰っていた。
 何て事はない、高々十数時間の道のりだ。
 貴族として、騎士として、誇り高くあるのが自分という人間だと、シーカーは自覚している。

 しかし、

「今回ばかりは絶対に許さんぞ、アルフ」

 恨み言が後に絶えない。
 それもそのはずだ、シーカーは大量の食材の運搬を一人で行っている。それが意味する事とは……、

「ケキャキャキャ」

 黒い毛玉が四方から押し寄せる、シーカーは何度目かのファルファーレを呼び、獣達を一蹴してもらうと、うんざりだ、と大きく息を吐いた。

「これでもう十二回目だ」
『りちぎに食材を全部もっていく事ないんジャない?』

 ファルファーレもくたびれたのか気怠げに宙に浮きながらそう進言するが、シーカーは首を横に振り答える。

「そうもいかない、頼まれたのだからしっかりと届けなくては」

 だから律儀に守る必要も無いほど突拍子もない頼まれた方だったよね? と思ったが、会話が堂々巡りになる予感しかしなかったのでファルファーレは口を閉ざす。

「しかし食材の運搬がこれ程までに大変な仕事とは、いつも学園へ運搬してくれる方々に一度ちゃんと礼を言いたくなる気分だ」
『ほんらいならもっと大勢でワイワイしながらうんぱんするものなんじゃないかナ? 一人でやろうとするシーカーがおかしいだけだとオモウな』
「今はその憎まれ口が無いと心が折れそうなこんな状況がなんとも……いや、なんでも無い」

 あっそう、とファルファーレは欠伸をする。
 シーカーがこんな弱気な発言をいつもなら飽きるまでからかうのだが、今回はそそくさと精霊石に戻ってしまう。
 流石に飽きた、と思っているようだった。


「はぁ、やはり一度煮え湯を飲ませないといけないようだな、なんというか、これは流石に酷い」

 そう呟いた後の道のりでもう四回ほど獣達に襲撃され、シーカーが学園に到着する頃には空は完全に明るくなっていた。


「アルフ! アルフレッド! ここを開けろ!」

 ドンドンとアルフレッドの部屋の扉を激しく叩くが、全く反応がなかった。当然だろう、本来ならまだ眠っているであろう時間帯だ。
 もちろんシーカーはその事を知っている、知った上でこうして騒ぎ立てているのだ。

 何度目かの呼びかけに、アルフレッドは暗い面持ちで顔を見せる。

「シーカーうるさいっすよ」

 シーカーは飽きるまで文句を浴びせてやろうと思っていたのだが明らかにいつもと違うアルフレッドに様子に思わず顔を顰めてしまう。

「アルフ、何かあったのか?」
「別に、何もないっすよ」
「何もないという事はないだろう、鏡で顔を見てみるんだな」

 アルフレッドは一度自分の顔に触れると小さくため息を吐いた。

「そんなに酷い顔してるっすか?」
「ああ、この世の終わりでも見てきたような顔をしている」
「この世の……終わりっすか」
「話してみろ、私が力になれる事があるなら力を貸す」

 そう言うシーカーに、アルフレッドは力なく首を横に振った。

「本当に大した事じゃないんすよ、ただ元身内が訪ねて来ただけの話っす」
「元身内? それはどういう事だ?」

 シーカーがそう尋ねると、アルフレッドは口を閉ざして俯いた。
 少し長めの沈黙だったが、シーカーは黙ってアルフレッドの言葉を待つ。

 そして、


「シーカー、もし俺が俺じゃなかったら、どうするっすか?」

 暗い面持ちから放たれる言葉は全く意味の分からないものだった。

「すまないアルフ、意味がよく分からないのだが」
「そのままの意味っす」

 謎掛けをしている訳でもない、と判断するとシーカーは小さく嘆息して、アルフレッドの問いに答える。

「どうしようもない、というのが私の答えだな」

 シーカーがそう答えるとアルフレッドは沈痛な面持ちを浮かべ、俯いた。

「………………そう、すか」
「それがどうかしたのか? 話が全く理解できないのだが?」
「今は気分が悪いっす、この話はまた今度にしてくれないっすか?」
「いや待て、分かるように話をしろ、何があったのかと私は聞いているんだ」
「頼むっす、今は一人にして欲しいっす」
「だから何があったのか説明をしろとーー」
「一人してくれって言ってるんすよ!!」

 シーカーの言葉を遮るような大声が、キィンという甲高い音と共に余韻を残すように空気を震わせる。

 そんな怒声を間近で聞いたシーカーの耳からは血が流れていた、そして片膝をついてアルフレッドを見上げる。

「アルフ、お前……」
「ごめんシーカー、本当に今は放って置いて欲しいっす」

 それだけ言い放つとアルフレッドは扉を閉めた。

 誰もいなくなった廊下で、シーカーはアルフレッドの部屋の扉にもたれかかる。

「アルフ、私はお前の一番の友で在りたい。でもそれはお前の理解者になりたいという意味ではないんだ」

 願いと思いを込めた言葉が今のアルフレッドに届く事はなかった。


「また君達は朝から騒がしいね」

 ボサボサの頭を掻きながら、クロエはゆっくりとシーカーに近づく。

「僕が掛けた防音の魔法が無ければ大騒ぎになるところだったんだよ?」
「いつも頭が下がります、クロエさん」
「この寮で敬意を持って接してくれるのは君くらいなものだね」

 ふぁ~あ、と大きな欠伸をするとクロエはトントンとシーカーの額をこずく。

「大きな損傷はなし、鼓膜が破けた程度だね」

 そう呟くとクロエはブツブツと小さな声で何かを唱える。

「皆は口には出さないだけでクロエさんに感謝はしていると思うのですが、態度に出すと貴女はとんでもない事を口走るので」

 癒しの力を感じ、素直な感想を漏らすとクロエは言う。

「みんな可愛い子ばかりなのがいけないのさ」
「それが無ければ素直に尊敬されると思うのですがね」

 やれやれと首を振りながらシーカーは耳から流れる血を拭った。

「時にシーカーくん、アルフレッドくんの様子はどうだったかな?」
「久々に酷いものです、前回とは比べものならないくらい思い悩んでいるようですね」

 ふむ、とクロエは口元に手を当てる。

「何があったのか、と聞いても貴女は何も教えてくれないですよね」

 分かっていますよ、と一人納得してすると、クロエはおもむろに口を開いた。

「いや、何があったのか君に話しておこうか、なんとなくだけど、この件は大事に至るような気がするんだよ」
「…………珍しいと言いますか、少し不気味ですね、貴女が簡単にものを教えるなんて」
「それほど事態が深刻だと思っておくと後々になって後悔しないと思ってね」

 楽観主義者のクロエにそうまで言わせる程に重い事なのか、とシーカーは心の準備をするのだった。







 雑念を振り払う為に素振りを始めたシーカーだったが、それが晴れることはなく憂鬱な気持ちが心に沈殿していくようだった。

 ーー元身内、か。私がその場に居合わせたとして、私は何かを出来たのだろうか? いや、何も出来なかったとしても側にいてやりたかった。

 悔いても仕方のない事だと分かってはいたが、何故あの時、立ち去るアルフを引き止めなかったのかと後悔の念が絶えなかった。

 無心になりたい一心で剣を振り続けているとよく通る澄んだ声が響いた。

「シーカー! やっと見つけた!」

 剣を振る手を止め、響く声に振り向くと、そこには息を切らしたリリィがいた。

「リリィ?」

 何故ここに? という疑問もさる事ながらどうして私を探していたのか、という疑問も浮上する。

 乱れた息を整えると、リリィは真っ直ぐにシーカーの目を見て述べる。

「アルフが大変なの」
「ああ、知っているよ、先ほどクロエさんから話を聞いたよ、それで大体の事情は把握しているつもりだ」
「アルフには、会った?」
「会うには会ったがね、門前払いをくらってしまったよ」
「そう、なんだ」

 シーカーの言葉にリリィは俯きがちに表情を暗くするが、すぐに顔を上げた。

「実はね、シーカーにお願いがあるの」

 躊躇うように、それでも確かな意思を感じさせるようにリリィはシーカーにお願いする。

「そのお願いとはアルフについて、という事かな?」

 そうシーカーが聞くと、リリィは小さく頷いた。

「それも理由の一つ、でもこれはワタシの我儘なの、絶対にアルフの為になるとも限らないし、だからシーカーがもし嫌ならーー」

 リリィの言葉を遮るように、シーカーはリリィに告げた。

「引き受けよう」
「いいの? ワタシまだどんなお願いかも言ってないよ?」
「気にしなくていい、先ほど私の無力さを痛感したばかりでね、今は誰かの力になりたい、それが友人の君ならば少しは憂も晴れると言うものだ、それにアルフにも関係があるのだろ?」

 コクリとリリィは頷く。

「ならば尚のこと私が手を貸さない理由がない、役に立てるかは分からないがこんな私で良ければ力を貸そう」

 シーカーは右手を伸ばし、承諾の意を表すと、リリィは笑みを浮かべてその手を握った。

「ありがとう、シーカー」


 リリィはベルベットは工房の方角を見やると小さな声で呟いた。

「待っててね、エルフィア」

 ーーきっと、皆んな笑える結末があるはずだから。



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