通りすがりの竜騎士っすけど、何か?

ペケペケ

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第ニ章・お兄様をさがせ!

第四十話

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「つまり、起き抜けにエルフィアを虐め抜いたあと放り出しておいたらいなくなっていた、これで合ってる?」

 わなわなと手を震わせてリリィがそう確認すると、ベルベットは特に悪びれた様子もなく、そうよ、と短く答える。
 こちらを見向きもしないベルベットにずかずかと近づくと、リリィは握り込んだ拳をベルベットの頭頂部に叩き込んだ。

「ぎゃん!」

 突然の拳骨に犬のような声をあげると、潤んだ瞳を上げてベルベットは講義する。

「何するのよ!」
「それはこっちの台詞だよ!」

 ベルベットは頭を摩りながら、はっ何が? と不思議そうな顔をすると、リリィは悲しげな表情を浮かべて問い詰める。

「ベル、本当に何でそんな事したの?」

 そんなリリィの言葉に、ベルベットは呆れたように首を振った。

「リリィ、この問題の解決策はどちらかが諦めるしかないのよ、あの女の願いが叶う時はアルフが消えてしまうということ、だからあーしは先手を打ったの」
「でも、それじゃエルフィアがーー」
「可哀想? なら聞くわ、リリィはアルフが居なくなってもいいのかしら?」
「それは……」
「あーしはリリィの悲しむ顔も見たくないし、アルフが消えるのもゴメンなのよ、どちらかが折れなきゃいけないなら、それはあーし達じゃなくて向こうの方よ」

 リリィは歯噛みするように俯く。

「それに出会ってまだ一日も経ってない相手にリリィが心を痛める必要なんてないわ」
「…………わからないよ」
「えっ?」
「まだ何にもわからないでしょ!」

 そう声を張り上げるとリリィは工房を飛び出した。


 ーーアルフがいなくなるのは嫌、でもエルフィアが悲しみ続けるのもワタシは嫌だ。


 いつの間にか随分と我儘になったとリリィは自覚する。
 友ができ、権利を得て、リリィは本当の意味で居場所というものを得たと確信していた。
 同時に失うことが怖いとも感じるようになっていた。
 もしアルフレッドがいなくなったら?
 もしベルベットがいなくなったら?
 もしシーカーがいなくなったら?
 誰か一人でも欠けてしまえば、きっと自分は笑えない。
 誰か一人でも辛いなら、きっと自分も辛い。

 確かに出会ってから短い時間ではあったが、エルフィア・ドラクレアという存在も、すでにリリィの大切な人の枠に入ってしまっている。

 解決の方法など分からない、しかし、このままで良いとはこれっぽっちも思えなかったのだ。


 息を切らし、廊下を駆けて向かった先は学長室。
 リリィは扉を力強く開け放った。

「ルーベンス様、お願いがあります」
「ダメですよ」
「ワタシ、エルフィアに会いに行きたいんです」
「ダメです」
「ワタシは友だちが悲しむのも居なくなるのも嫌なんです、せっかく友だちになれたのに、もうお別れなんて、絶対に嫌です!」
「それでも私はそれを許す事は出来ません」
「どうして!」

 ルーベンスは前のめりで喋るリリィにゆっくりとした口調で諭そうとする。

「エルフィアさんはちゃんと自分で道を選んだのです、その選択がどれほど辛いものかリリィさんに分かりますか?」

 目を細め、ルーベンスはテーブルに乗っているティーカップに手を掛ける。
 こう諭してしまえばリリィは引き下がると知っているからだ。しかし、リリィから返答はルーベンスの予想だにしないものだった。

「分かりません」

 口元に運んだティーカップをテーブルに戻し、不思議そうな顔でルーベンスはリリィに問う。

「あの、どうしてエルフィアさんの気持ちを汲んであげないのですか? あの子は貴女方の為に身を引いたと言っても過言ではありませんよ?」

 しかしリリィは首を横に振って、納得が出来ない、と言う。

「なんで話し合ってもないのにそうやって結論を出すんですか、どちらかが不幸にならないといけないなんて決まってないですよ!」

 リリィからは既に何かを選択し揺らぐことのない明確な意思を感じると、ルーベンスは、もしかして、と呟きリリィの目の前に立った。


「ルーベンス様?」
「少し静かに、星を詠みます」

 リリィの手を取り、ルーベンスは未来を観る。
 遠くを見つめるようにリリィの瞳を覗き込み、数回大きく呼吸をすると、ルーベンスは小さくため息を吐いた。

「ルーベンス様?」

 突然の行動に戸惑うリリィ、ルーベンスはいつものように笑みを浮かべ口を開く。

「エルフィアさんは王都に向かいました、父との契約を果たす為だと言っていました」
「契約?」
「婚約をすること、それがお兄様の居場所を教えてもらう条件だったらしいですよ」
「でも、エルフィアはお兄さんが好きだったんじゃ」
「どうしてかは私にはわかりません、直接本人に聞いてみれば良いと思いますよ」
「えっ?」
「ですから、どうしてかは直接本人に聞いてみれば良いと思います」
「会いに行っても良いんですか?」

 もちろん、とルーベンスは口にする。

「でも、どうして?」

 自分の意見は絶対に曲げるつもりはなかったが、こうもアッサリと認められると不安になるのかリリィはそう尋ねる。

「星が動きました、貴女のその選択で結末は大きく変わった、だからです」
「星が動いた?」
「ベルベットさんから聞いたとは思いますが私は貴女に一つ選択をして欲しかったのです」
「それは聞きました、その人の大事な分岐点にルーベンス様はその岐路に立つって」
「その通りです、分岐点の岐路、言い得て妙と言いますか何と言いますか、大まかに合っているので別に構いませんが……」
「何か違うんですか?」
「いえ、今は関係ないので話を戻しましょう。私が貴女にして欲しかった選択というのが、エルフィアさんと親しくなるか否か、というものでした。リリィさんは当然のように親しくなりましたが、それによって訪れる結末はどうあっても誰かが不幸になるはずだったのですよ」

 実のところルーベンスは今回なぜリリィが話の起点にいるか良く分かっていなかった。
 理由としては、本来選択肢というものは選択をした本人にその結果が訪れるからだ。
 つまり大きく変化が訪れるのはあくまでも本人の筈なのだ、しかし、今回リリィが選択をすることによって訪れるのは周囲の人間の心情の変化、それに対する感情の変化はあれどリリィ自身に成長がある訳でも、心に深い傷を負う訳ではなかった筈なのだ。


「しかし今のリリィさんが決めた選択で未来に大きな変化があったのです、なんて言ってしまうとカッコ付けしいのですけどね」
「カッコ付けしい?」
「正直なところ、私ではリリィさんを説得出来ないのですよ、ほら、貴女は筋金入りの頑固さんですから」
「が、頑固ですか? ワタシが?」
「確固たる意志があるという事ですよ、誇って下さい」

 褒められているはずだけど何だか複雑な気分だ、とリリィは難しい顔をする。

「でもそうですね、何だか悔しいので王都へ向かうのには一つ条件をつけましょうか」
「悔しい、ですか?」
「ここ数年で私は一度も星詠みを外したことがなかったのですよ、だから少しだけイジワルをします」

 ルーベンスは片目を瞑って悪戯っ子のように微笑んだ。


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