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28: 二人の少年の話 6
しおりを挟む「うー、なんだか緊張するー」
他の料理人にも見守られながら、着々と作業は進められていく。
出来ればプレゼントみたいにラッピングして渡したいという少年の要望があったので、今日は菓子を作ってみることにした。
その中でも比較的手順がすくなそうなのを選んだ。
道具や材料はすべて調理場にあるものを使っている。
もちろん巨大な城の調理場だけあって、材料は最高級のものばかりだし、設備は人間界にある少年の家の台所よりも充実していた。
「一応聞いておくけど、いままで料理したことは?」
料理のことで初めて少年から相談されたときに、したことがないと言っていたような気がする。
卵一つ割るのも、力加減を間違えて殻が砕け、ボウルの中に入ってしまっているくらいだから、愚問、だという事は分かっていたが、ノイギーアは確認するかのように聞いた。
案の定、少年からは躊躇いがちに料理はした事がないと返ってきた。
「今までどうやって生活してたんだ?」
「……えっと、人間界にいるころは、料理は全部レスターがやってくれてたから……」
「え、もしかして魔王様に作らせてたのか!?」
「うそだろ、ありえねぇ……」
周りで少年とノイギーアのようすを見守っている先輩料理人の質問に、少年は申し訳なさそうにシュンとうなだれながら答えた。
なるほど、だからあの偉大なる魔王はあんなにも料理がうまいのかと、その場にいた料理人たちは合点がいく。
あの魔王に料理をさせるこの少年がスゴイのか、それとも、甲斐甲斐しく料理を作ってやってるあの魔王がこの少年に甘いのか。
彼らの知る魔王からは想像もできないが、十中八九で後者の方だろうなと誰もが思った。
「卵割るの、難しいね」
少年が割った卵はどれも殻が入ってしまっている。
本をただ見るだけよりは実演をしてみせたほうがわかりやすいだろうと、ノイギーアも同じ材料で少年と同じように作っている。
さすが料理人だけあってノイギーアは手際がいい。
一応全部取り除けたとは思うが、少年は少し不安そうにしていた。
「まあ、慣れたらそのうちうまく割れるようになるって」
「最初は失敗してもしょうがねぇよ」
「いままでやったことないにしては、上手くできてるって!」
ノイギーアや先輩料理人たちが少年を励ます。
混ぜる手つきがぎこちないのも、道具を扱う手つきが危ういのも、きっと誰もが最初は通る道だ。
それこそ初心者でいきなり玄人級の腕を持っていたら、本職のこちらのほうがやりきれない。
「ほら、次はこうやって……」
「あ、うん」
ノイギーアと先輩料理人たちの指導の下、ゆっくりではあるが、少年はひとつひとつ丁寧にお菓子作りを進めていった。
調理場から帰る途中に会った女官長に軽く挨拶をして、逸る胸を押さえながら少年は自分の部屋へと飛び込んだ。
少しだけ弾む息を整えてから、いくつもある部屋を一つずつ覗き込んで確認する。
それからいつも寛いでいる部屋へと向かった。
部屋にはまだ男の姿はない。
よかったと思いつつ、少年はソファーへと座った。
けれどいつもより落ち着かなくて、座ったり立ったりとそわそわしながら男の帰りを待つ。
じっと椅子に座って本を読む気にもなれず、部屋の中をうろうろしていると、部屋の扉が開く音が聞こえた。
反射的に走り寄って確認してみると、待ち望んだ姿があった。
「あ、お帰り、レスター!」
満面の笑みを浮かべて出迎える少年に、穏やかな笑みを返しながら男はゆったりとした足取りで少年の元まで近づいてきた。
「ただいま。いい子にしてたか?」
「子供扱いしないでよ!」
出ていった時と同じように少年の頭をふわりと男が撫でてやると、照れたように頬を赤くして男に文句を言った。
ぷいっとそっぽを向いて、少年は一人で先にソファーへと向かう。
子供扱いされて拗ねたような態度を見せてはいるが、本気で怒っていない。
ただ照れくさいだけだ。
「あ、そうだ! もう外行ってもいいの?」
男が戻って来たという事は、少年にはよく分からなかった問題が解決したのかと思い、ソファーに腰を下ろしながら男に尋ねる。
「ああ、悪かったな。もう片づいたし、外に出ても大丈夫だぜ」
「そっか!」
隣に座った男の言葉に、少年は嬉しそうな笑みを見せた。
何があったのかはしらないが、こうやって男が無事に戻って来たのが一番うれしい。
いつもならこういう時には女官長が紅茶を淹れて出してくれるのだが、今日はどうやらまだのようだった。
渡すなら今かなと、ソファーの少年がいつも座る側のクッションの間に隠してあった小袋を取り出す。
「あのさ、レスター」
「ん?」
「はい、これ」
ずいっと突き出すように男に向かって差し出せば、男はちゃんと受け取ってくれた。
「これは?」
小さな袋に綺麗にリボンがかけられ、さしずめ何かの贈り物のようだ。
視線を合わせないようにそらす少年の顔をよく見ると、ほんの少しだけ頬が赤く染まっている。
「……いつもレスターには世話になってるから、そのお礼」
「アンタが作ったの?」
「そ、そうだよ! いらなかったら別に食べてくれなくていいから!」
そう言う少年の顔はますます真っ赤になった。
正直、驚きすぎて言葉も出ない。
なにやら少年二人でこそこそとしていたのを知ってはいたが、まさか本気で手作りするとは思わなかった。
「わっ!」
つぶさないように少年から貰った小袋を一端脇に置いてから、少年の身体を引き寄せ、向かい合うように膝の上に乗せる。
逃がさないように腰には手をまわして、少年の顔を正面から覗き込んだ。
「せっかくアンタが一生懸命作ってくれたって言うのに、そんな勿体ない事するわけねえだろ」
鮮やかな紅い瞳が柔らかく細められ、ドキリと少年の心臓が大きく高鳴る。
少年から貰った小袋のリボンをとって中を見れば、一口サイズの小さなクッキーが入っていた。
その一つを手に取り口に入れる。
サクリといい音がした。
「美味いよ。上手に焼けてる」
「そ、そう?」
正直に感想を述べてやれば、途端に少年の顔が嬉しそうになる。
男の膝の上に座っている状況に対しての文句など頭から吹っ飛んでしまった。
「アンタからこんなお礼が来るとは思ってなかったから、嬉しいよ」
「オレ、そんなにひどい奴じゃないもん」
ほんの少しむっとしたように言う少年に、男は苦笑を返す。
「違うって。そうじゃなくて、アンタにしてやってることは、全部俺の自己満足みたいなもんだからさ。見返りは求めてなかったってだけ」
「レスター……」
こつりと互いの額をくっつけてほほ笑むと、至近距離で少年の深緑の瞳が大きく揺れた。
「でも意外だな。アンタちょっと不器用だからこういうのじゃなくて、もう少し個性的なものが出てくると思ったけど」
「…………」
「どうした?」
鋭いところを突いてくる男に無言になった少年だったが、男の問いかけに隠していても無駄だと正直に白状する。
「最初は、もうちょっとこう別の形にしようと思ったんだけど……」
「けど?」
「どうしても上手くできなくて……それで、型を抜いて焼いたらいいってノイくんが……」
「ノイくん、ね」
最近頻繁に少年の口から出てくる名前に、男が意味深な笑みを浮かべた。
「レスター?」
「何でもないよ。それよりアンタ、これ食べてみた?」
「え、いや……まだだけど……」
「美味いぜ。アンタも食べてみろよ」
一つを摘まんで少年の口に入れ、そしてまた一つ取って自分の口にいれた。
黒こげになることなく上手に焼けた嬉しさで味見などすっかり忘れていたが、男の言う通り、ちゃんと美味しかった。
ノイギーアと彼の先輩料理人に手伝ってもらって、がんばって作った甲斐があるというものだ。
よかったとホッと胸を撫で下ろした。
普段なら甘いものを食べているのは少年の方だが、今だけは違う。
きちんと残さず食べようとしてくれている男の姿に、自然と笑みが浮かんだ。
「レスター……あのさ」
「ん?」
「い、いつもありがとう……そ、その……」
間近にある紅い双眸を見ながら言うのはさすがに照れる。
どうしようか逡巡するも、意を決して男に告げた。
「オレ、ちゃんとレスターの事好きだからね!」
わずかに眼を見開き、男が少年を見る。
だがそれもすぐに微笑に変わった。
真っ赤になったままの少年の腰を引き寄せ、男は迷わず少年の唇を奪う。
ほんのり甘いクッキーの味に、少年はしょうがないなぁと目を閉じた。
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