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54: 少年と魔王とお見舞いの話 1
しおりを挟むそれはこれから夕食を取ろうとしていた時のことだった。
執務を終えて部屋に戻ってきたレステラーが扉を開けて中に入ると、扉の開く音を聞きつけたツァイトが、亜麻色の髪を揺らしながら小走りに駆け寄ってきた。
よほどレステラーが帰ってきたのが嬉しいのか、今にも飛びついてきそうなツァイトの顔には、満面の笑みがありありと浮かんでいた。
基本笑顔で迎えられてはいるが、この顔は珍しい。
なにか話したいことがあるのだろう。
話したくて、話したくて、レステラーの帰りをずっと待ちわびていた。
そんな顔をしている。
案の定、普段なら真っ先にお帰りとねぎらいの言葉をかけてくるのに、今日はそれとは違う言葉をかけられた。
「あのねレスター、明日出かけてもいーい?」
身長差でレステラーを上目づかいに見上げながら、首を傾げて訊ねてくるツァイトに、思わず苦笑を洩らす。
ツァイトのことだから、決してわざとではないのだろう。
駆け寄ってきた時に見せた笑顔も、甘えるようなこの仕草も。
すべてが自然体だ。
その辺の媚を売ってくる計算高い女どもとは違って、ツァイトには裏がない。
無自覚の方が逆に性質が悪い気もするが、そこは惚れている身。
甘えられて嬉しくないはずがない。
つい即答で許可を出してしまいそうになるが、そこはぐっと堪える。
許可を出すのは行き先を聞いてからだ。
「出かけるってどこに」
「んー城の外、かな?」
明確な場所が決まってないのか、ツァイトからはやけに大雑把な答えが返ってくる。
「城の外?」
「うん、このお城の外の町」
二人がいる城から行ける町と言ったら一つしかない。
城門の外にひろがる城下町だ。
「……ああ、この前のお出かけのやり直しか。そういや、結局どこもまわれなかったからなぁ、アンタ」
そう言って、レステラーは一人納得する。
先日、初めてツァイトが城下町に遊びに出かけた時、不運にも性悪な輩に絡まれてしまい、どこを見る事もなく城に戻ってくる羽目になった。
だが、それも仕方がないこと。
ツァイトとレステラーが今いる場所は魔界。
人間が住む人間界とは違い、魔族と呼ばれる者達が住む、人間界とはまた別の場所にある世界だ。
魔界は、弱肉強食の世界。
故に、弱き者は虐げられ強き者が世界を支配する。
力の強さがすべての魔族達は、人間が自分たちよりも魔力が弱く、能力も劣り、ひ弱だという理由で人間を嫌う者が大半だ。
そしてこの亜麻色の髪の少年ツァイトは、その人間だ。
魔族であるレステラーが魔界の中央の大地を治める魔王であるために、ツァイトは衣食住何一つ困ることなく彼の城で生活出来ているが、城の外はそうもいかない。
魔王であるレステラーから中央の民に向けてツァイトに関する事は一切公表されていないので、一歩城の外へ出ると、ツァイトは単なる人間の少年でしかないのだ。
そのため先日、友達になったばかりの魔族の少年ノイギーアと一緒に城下町に出かけた時、ゴロツキには絡まれ、金品を要求され、男爵と呼ばれる貴族からはぶつかっただけで殺されそうになった。
寸での処でレステラーが助けに来てくれたので、二人とも命に別状はなかったが、魔族の少年ノイギーアは腕に怪我を負い、彼は今も仕事を休んでいた。
だからてっきりそのやり直しをしたいのかと思えば、ツァイトは違うと言った。
「それもあるんだけど、ホントはノイくん家に行きたいんだ」
「ノイくん家?」
「うん。あのね、ノイくんがさ……あれからずっと休んでるんだって。レスター知ってた?」
「いや……」
知らないというよりは、興味がないと言った方が正しい。
ツァイトの友達のノイギーアが休んでいようがいまいが、怪我の具合がどうだろうが、正直に言えばレステラーにはどうだっていい。
ノイギーアに関しては、ツァイトが友達になったと喜んで言っていたから頭の片隅に覚えている程度でしかない。
聞けば、ノイギーアの怪我自体は、思っていたよりはたいしたことはなかったそうだ。
だがそれも、人間であれば下手をすれば腕が麻痺して使い物にならなくなる可能性がある怪我だった。
回復力が高い魔族だったから、後遺症の心配もなく軽傷ですんでいる。
それでも多少は仕事に影響が出るため、傷が治るまで強制的に休みを取らされたのだと、今日調理場にノイギーアの事を聞きに行って、彼の先輩魔族から教えてもらったと、ツァイトが続けた。
「でね、ノイくんまだ休むみたいだし……お見舞いに行きたいなーとか思って」
「見舞い、ねえ……」
レステラーから返ってきた声はいまいち反応が良くない。
怪我をした相手を見舞うなどといった気遣いなど、これまで一度としてした事がないレステラーだ。
いまいちその必要性を理解できていなかった。
しかしそんなレステラーに気付かず、ツァイトは話を続けた。
「お昼にさ、先輩さんにノイくんの好きな物聞いてきたから、それ買ってノイくん家にお見舞いに行きたいんだけど……ダメかな?」
夕食前にいつも寛いでいるソファーへと向かいながら、斜め後ろをあるくレステラーへと問いかけた。
「レスターがダメって言うなら諦めるけど……」
行けるものなら行きたい。
それがツァイトの正直な気持ちだ。
だが、前回のこともある。
魔界は、人間のツァイトにとっては危険な世界。
それを前回身をもって思い知った。
魔王城にいる魔族たちが好意的なので、自分の置かれている状況を甘く見ていたツァイトは、あんな風に理不尽に暴力にさらされるなんて思ってもいなかった。
だから、レステラーが反対するならその時は諦めるしかない。
反対されるとでも思っているのか、後ろから見るツァイトの姿は明らかに気落ちしている。
軽く俯いまま少し歩みが遅くなったツァイトの頭を、レステラーはわしわしと撫でた。
「なにしょぼくれてやがる。俺が行くなというとでも思ってるのか?」
「レスター?」
「行きたいんだろ? なら行っていいぜ」
「ほんと!?」
バッと音が鳴りそうなほど勢いよくツァイトが顔を上げる。
さっきまで愁いを帯びていたのに、今は見る影もない。
期待した眼差しで見上げてくるツァイトに、単純だなあとレステラーは小さく笑った。
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