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55: 少年と魔王とお見舞いの話 2
しおりを挟む「ほんとに行ってもいいの?」
「ああ。ノイくんのお見舞い、行ってこいよ」
「あ、ありがとうレスター!」
嬉しさのあまりツァイトはレステラーに抱きつく。
大人と子供ほどに身長差がある為に、腰に抱きついてくるツァイトの両脇に手を入れ、レステラーは軽々とツァイトの身体を持ちあげた。
そしてそのまま自分の左腕に座らせるように抱き直す。
「で、誰と行くんだ?」
途端に近づいた顔の距離に、ツァイトがぱちりと一つ瞬きをした。
「誰?」
「誰って……アンタまさかとは思うが一人で行くとか言わないよな」
ツァイトを抱き上げたまま、ツァイトのお気に入りのソファーの前まで行くと、そのままレステラーは腰を下ろした。
そして腕に抱いていたツァイトを、レステラーの膝を跨ぐように向かい合って座らせる。
「前の時にも言ったと思うけど、ここは魔界だ。城下町にも人間嫌いの魔族がうようよいる。そんなとこを人間のアンタが一人歩きするのはさすがに危険すぎる。いくらアンタのお願いでも一人では絶対に行かせられねえよ」
「あー、うん。そっか、やっぱりそうだよね」
前回のことでそれは理解している。
あのような状況で、ツァイトも一人で出かけるのは不安でしかない。
「うーん……じゃぁ、どうしよう」
困ったなとツァイトは唇に指を当て頭を悩ませた。
「一緒に行くヤツいないのか?」
「うん、最初はノイくんの先輩さんたちと行こうかなーとか思ってたんだけど、なんかしばらく休みが取れないんだってー」
魔王城の調理場は毎日とてつもなく忙しい。
料理人の数は決して少なくはないが、余裕があるわけでもない。
特に料理人は、食事に毒を盛ることができてしまうため、審査が特に厳しい。
予定外に休みを取って抜けられると、それを補うために他が余計に動かなければならない。
料理人たちも、同僚であるノイギーアの見舞いに行きたいというツァイトに付き合ってやりたいのだが、今すぐに休みをとれるかと言えば、そうではなかった。
「まあ、急に聞いたオレが悪いんだけどね」
ノイギーアの先輩たちは、ノイギーアほどは親しくないが、前に菓子作りを手伝ってもらった事があったのでツァイトも顔見知りになっている。
だから誘ってみたのだが、さすがに突然すぎたようで断られてしまった。
「それでね、調理場から部屋に戻る時にラモーネさんに一緒に行けるか聞いてみたんだけど、仕事があるからーって断られて……」
ツァイトの言葉に、ちょうど二人の元へお茶を運んできた女官長が、小さくレステラーに向かって頭を下げた。
「廊下で偶然会ったヴァイゼさんにノイくんのお見舞いのこと相談したら、そこにエルヴェクスさんもやってきて、エルヴェクスさんにも聞いてもらったんだけど、やっぱり二人とも仕事が忙しいから無理だって」
ヴァイゼもエルヴェクスも魔王の側近中の側近だ。
片や魔界の賢者、もう片方は宰相だ。
賢者ヴァイゼは人の悪い笑みを浮かべながら行きたいと挙手してきたが、仕事が山積みだと宰相のエルヴェクスに怒られていた。
いくらなんでも、山積みの仕事を放り出してまで一緒に行って欲しいとは、ツァイトも言いだせない。
結局誰も誘えずに、すごすごと部屋へ戻ってきたのだ。
「ねえ、レスター。どうしたらいいと思う?」
これが人間界だったら、もしくは自分も魔族だったら、迷わず一人でノイギーアの見舞いに行くのになぁとツァイトは思う。
だが心底困ったように問いかけられたところで、レステラーにはため息しか返せない。
「アンタね、ふつうそこは一番最初に俺に声をかけるべきだろ」
「え?」
確かにノイギーアの見舞いにレステラーが行っても問題はないだろう。
ノイギーアの怪我の事も知っているし、ノイギーアとも双方面識があるが……。
「でも、レスター王様じゃない。ヴァイゼさんもエルヴェクスさんも忙しいんだったら、どう考えてもレスターも無理でしょ?」
人間界にいる時は二人でのんびり暮らしていたが、魔界に戻ってきた途端、レステラーは忙しくしている。
あんなにずっと一緒にいたのに、ここでは離れている時間が長い。
毎日のようにレステラーに拝謁を願う貴族が引きも切らないのを、ツァイトも知っていた。
ノイギーアの見舞いに行こうと思い立ったのは急だったので、さすがに今から予定を変えるのは無理だろうと思い、ツァイトはレステラーに声をかけなかったのだ。
だがレステラーはたいした事はないとでもいう風に、鼻で笑った。
「言っとくけど、この中で一番融通がきくのはこの俺だぜ?」
融通がきくというよりはむしろ誰にも文句は言わせないだけなのだが、そこはツァイトにいう必要はない。
「それとも何か? アンタ、俺と出かけるの嫌なのか?」
「い、嫌じゃないよ! 嫌じゃないけどさ……」
「けど、なんだよ」
「レスターが一緒に行ってくれるのは嬉しいんだけど……本当にお仕事大丈夫?」
一番の問題はそこだ。
レステラーと一緒に出かけるのは嫌じゃないし、見舞い以外にも買い物とか食べ歩きとかしたいと思っていたから逆に嬉しい。
それに、レステラーは魔王位にいるほどの力のある魔族だ。
この前みたいに絡まれたところで、彼がいれば絶対に大丈夫だと安心できる。
しかし、急に明日の予定を変更させたせいで、他の人に迷惑をかけるのだけは嫌なのだ。
そんなツァイトの心情を知ってか知らずか、レステラーがツァイトにだけ見せる穏やかな笑みをその顔に浮かべた。
「アンタが気にすることじゃねえよ。それに、たまには俺も休みをもらわないとな」
「ホントにいいの?」
「ああ、俺が一緒に行ってやるよ」
「……エルヴェクスさんに怒られたりしないかな?」
「大丈夫だって」
ツァイトは知らないかもしれないが、あのエルヴェクスがレステラーに逆らう事は絶対にない。
怒るなんてもっての外だ。
「なんだったら明日じゃなくてもいいよ! 明後日とか、明々後日とかでもいいし、むしろレスターの都合のいい日でいいから! あ、でも、あんまり遅いとノイくん仕事に復帰しちゃうかもだけど」
一緒に行ってくれるのは嬉しい半面、他の人に迷惑をかけたくないから無理はしないでと焦ったようにツァイトは言った。
「だから、大丈夫だって。まあ、当日言いださなかっただけまだマシじゃねえの?」
「そうかな?」
「今から言っとけば、後はあいつが勝手になんとかするだろ」
側近になった時に、自ら真名を差しだしたほどレステラーに傾倒している宰相は、レステラーが一言死ねと言えば躊躇いもなく自らの命を絶つと確信を持って言える。
そんなエルヴェクスだから、明日の予定を急に変更したところで文句一つ言わずに従うだろう。
「そう言う訳だ。明日ノイくん家に行くまでデートしようぜ、デート」
「デート?」
「どうせアンタの事だから、ノイくんの好物以外にも色々なんか買いたいんだろ? オレが荷物持ちしてやるよ」
「いいの?」
「この前いろいろ邪魔されて見れなかっただろ。今回は俺がいるし、ゆっくり見て回ろうぜ」
「うん!」
元気な返事と共に、目の前でツァイトが破顔する。
今回城下へ出かける目的はノイギーアの見舞いなのだが、そのついでとは言え城下を巡れるのは嬉しい。
「なんかすごく楽しみ~」
「そうだな」
はやる気持ちを抑えきれないのか、ツァイトはあれやこれやと、城下町に行ったらやりたい事をレステラーにはしゃぎながら話し出す。
そんなツァイトを見るレステラーの瞳には穏やかな色が浮かんでいた。
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