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66: 少年と魔王とお見舞いの話 13
しおりを挟む「兄ちゃん、おれ、マジで嘘ついてないから!」
カッツェを見上げてくるノイギーアの瞳は真剣そのものだ。
ノイギーアが嘘をついているかどうかは、簡単に見破れる。
だてに長いあいだ兄弟として過ごしてきた訳ではない。
それに、嘘に魔王の名前を利用するほど愚か者ではないことはカッツェが一番よく知っている。
よく知っているのだが、カッツェはまだ半信半疑だった。
だって、あの魔王だぞ?
実力はさることながら、冷酷無比、傍若無人といわれる魔王が、一体なんの用でうちに来る?
来る用事なんてないだろ、こんなところに。
そもそも城に勤めているからといって、上位貴族じゃあるまいし、庶民の自分たちでは、魔王に直接会う機会なんてほぼない。
会話する機会さえないんだから、家に招く機会なんてあるはずないだろ。
だから、魔王が居る方があり得ない。
「……」
そう思うのだが、見上げてくるノイギーアの顔は真剣だ。
それに、台所の机の上には、来客用のカップが出ている。
この家に、自分たち以外に、誰かしらいるのは確実だ。
ノイギーアがそこまでいうのなら。
こんな狭い我が家に魔王がいるとは信じたくはないが、一応確かめてみるかと、カッツェは目を閉じ、意識を集中させ、リビングにいる者の気配を探る。
なるほど、確かにノイギーアのいうように、リビングのある辺りに複数の気配がある。
一つは力の弱い人間の小さな気配――これはさっきの人間のものだというのはすぐに見当がつく。
そしてもう一つ。
小さな気配のすぐそばに、それとは違う大きく禍々しい気配があった。
「……ぐッ!?」
大きな気配に接触した瞬間、電撃でも浴びたかのように身体中に痺れが走り、その衝撃でカッツェの巨体が後ろへとさがり、よろけた。
咄嗟に壁に手をついたお陰で転倒だけは免れたが、持っていたグラスは手から滑り落ち、床の上で音を立てて砕け散ってしまった。
「兄ちゃん!?」
驚いたノイギーアが、すぐに熱い紅茶が入ったポットを机の上に置いて近寄り、心配げな表情を浮かべ兄を覗き見る。
カッツェの額には汗が浮かび、苦しそうな表情で眉根を寄せていた。
それに若干、顔色が悪い。
「に、兄ちゃん、だいじょうぶ……?」
「あ、ああ……」
しかし応えるその声には、いつもの覇気がない。
カッツェは完全に油断していた。
リビングに魔王がいると、ノイギーアから忠告を受けていたにもかかわらずだ。
ノイギーアが嘘を言っていないと思っていたのに、それでも心のどこかで信じていない部分があったからこそ、この結果だろう。
壁についた手が震えている。
戦いの最中でもこうはならなかったのに、さすがは魔界第二位の力をもつ魔王といったところか。
気配に触れただけで震えが止まらない。
この気配は確かに、魔王のものだ。
カッツェは魔王とは直接会ったことはないが、それでも分かる。
この気配は、城をとりまく気配と同じ。
並みの魔族には到底持ちえない禍々しさに加え、逆らう気など微塵も起こさせないような、強烈な畏怖の念を抱かせるこの気配は、魔王以外にあるわけがない。
いや、逆に魔王以外にあってもらっては困る。
武人として、それなりに強い敵とも戦ってきたが、これほど強大な気配に触れたのは初めてだった。
「あー……寿命が百年くらい縮んだ気がするぜ……」
自身を落ちつかせるために、一度かるく息を吐き、額に浮かんだ汗を右手で拭う。
格が違いすぎる相手の気配に触れるのは、心臓に悪いなんてものじゃない。
あんな気配に直接触れてよく生きていられたなあ、と自分の頑丈さに感謝したくなった。
「に、兄ちゃん……?」
「それにしても、おまえ……なんつー大物、ひっかけて来やがったんだよ……まじでありえねぇ……」
額に手をあてたまま、ぐったりと項垂れる。
自分と同じように城で働いているとはいえ、ノイギーアは料理人の、しかもただの下っ端だ。
軍部の中でも中堅の位置にいる自分でさえも、魔王と直接会話する機会などないのに、一体どこでどうやったら魔王と接点を持てるのか。
不思議でしかたがない。
疲れたように息を吐くカッツェに、ノイギーアはおろおろと慌てだす。
「ご、ごめん……兄ちゃん。でも、おれだって、まさか仕事場の近くの中庭でツァイトと出会うなんて思ってもみなかったんだよ!」
「……ツァイト? 誰だ、それ」
聞き慣れない名前に、カッツェがノイギーアに問う。
ツァイトなんて名前は初めて聞いた。
魔界の重要人物と、自分にかかわりのある人物の名前以外、ろくに覚える気のないカッツェの反応に、ノイギーアはため息をついた。
「えっと、だから! さっき来たおれの友達いただろ? 人間の。そいつがツァイトって言う名前の、魔王様の……恋人?」
あれ、魔王様の花嫁だったかなと、首を傾げながらノイギーアはさらなる爆弾を落とす。
「はぁ?」
それこそ寝耳に水だ。
魔王に花嫁がいたなんて、聞いていない。
しかもまさかあの人間が魔王の花嫁とは……それこそ何かの冗談ではないのか。
あの魔王なら他にもっと他にふさわしい相手がいそうなものなのに、どうしてそれが人間の、しかも少年なんだ。
そこまで考えて、いや、そう言えば、と思いだす。
かなり前、よく共に酒を飲む同僚が、酔っ払った時にそんな話題をだしていた気がする。
たしか、長らく不在だった魔王が、花嫁を連れて戻ってきたとかなんとか。
魔王の帰還はともかく、他者の恋愛事情など興味がなかったので、カッツェはおざなりにしか聞いていなかった。
まさかそれを後悔する日が来るなんて、予想もしていなかった。
「あー、マジか……今日はいったい、どんな厄日だよ……」
せっかくの休日なのに。
朝から魔王の訪問というあり得ない出来事に、普段以上に疲れる一日になりそうな予感がして、出来ることなら今日という日をもう一度はじめからやり直したいと切に願うカッツェであった。
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