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67: 少年と魔王とお見舞いの話 14
しおりを挟むそれからすぐに魔王とツァイト用の紅茶をなんとか用意して、ノイギーアは内心ビクビクしながらカッツェを伴いリビングへと戻った。
ツァイトと魔王は、リビングのソファーに二人並んで座っていた。
「ノイくん!」
隣にいる魔王と何やら話していたツァイトの視線がノイギーアをとらえ、その顔に笑みが浮かぶ。
喜んでくれるのはうれしいが、そのおかげで魔王の視線もこちらに向いてしまった。
こちらに視線を向けた魔王の姿を視界にいれた途端、ノイギーアの身体に一気に緊張が走る。
あの紅い瞳が、ノイギーアの一挙手一投足を、ツァイトの友だちとしてふさわしいかどうか、見定めているような気がしてならない。
すこし後ろを歩くカッツェの気配も、同じように張り詰めたものに変わった事にノイギーアも気づいた。
それにしても、運ぶ最中の、茶器がカチャカチャと鳴る音が今日に限って嫌に耳につく。
こぼす訳にはいかないと、無意識にゴクリと咽喉が鳴った。
ことさらゆっくりと静かに歩いて、ツァイトと魔王のいるソファへと到着すると、ノイギーアはそっと膝を折った。
「お、お待たせしました……」
「ノイくん重くなかった? 言ってくれればオレ、手伝ったのに」
「あ、うん、ありがと……でも、これくらい大丈夫だから……」
心配してくれるツァイトは正直嬉しいのだが、そんなツァイトの隣に座っている魔王の存在を意識しすぎて、ツァイトに返す笑顔がぎこちなくなるのが、自分でも分かった。
緊張のしすぎで軽く震える手を意識しながら、紅茶のカップとソーサーを魔王とツァイトの前のテーブルへと置いた。
「おいしい」
ノイギーアが淹れた紅茶を飲んだツァイトがにこにこと笑顔を向けてくれる、それだけがこの場の癒しだ。
とりあえずはよかったと安堵していると、カチャリと小さく音がして、視界の隅で魔王の前に置いた茶器が動いた。
はっきり言って魔王の方は畏れ多くて見れない。
飲んでくれた?
それとも、ただ持ちあげただけ?
もし飲んだとしたら、口に合ったか否か。
確認してみたい気もするが、そんな勇気はノイギーアにはない。
顔を顰められていたら、それだけでノイギーアの料理人生命は終わりのような気がする。
いやそもそも命自体がないかもしれない。
悪い考えばかり浮かび、ノイギーアが途方に暮れる。
どうしよう、どうしようと焦っていると、ちらちらとこちらを窺うように見るツァイトの視線に気づいた。
何か言いたそうに、やたらとノイギーアの背後を気にしている。
ツァイトにつられて後ろを振り返りそうになって、しかしその前にああ、と思いだす。
ノイギーアの後ろにいるのは、カッツェだ。
そういえば、さきほどツァイトは兄に挨拶がしたいと言っていた。
魔王の存在感が強すぎて、すっかり兄の存在をどこかに追いやっていたノイギーアは、慌てて数歩下がって姿勢を正す。
「あ、あの……紹介が遅れましたが、おれの、兄です」
若干震える声でノイギーアがカッツェを紹介すれば、カッツェはその場で膝をつき、魔王に向かってうやうやしく頭を垂れた。
初めて見る兄の態度に、ノイギーアは驚きでぎょっと目を見開いた。
「カッツェと申します。魔王陛下におかれましては、本日はこのような場所にお越しくださり感謝の言葉もございません」
「え? え? えっ?」
急に頭を下げたカッツェに、どうしていいのか分からずツァイトは動揺する。
いつもとはまったく違うカッツェの態度にはノイギーアも充分驚かされたが、それ以上に動揺しているツァイトを見たら、ほんの少しだけ冷静になれた。
「……おまえ、ムーティヒ配下か?」
今まで沈黙を守っていた魔王が口を開く。
「はっ、将軍直属の特殊部隊に所属しております」
ソファーの背にもたれ、その長い足を組んで一人涼しげな顔で座っている魔王が声をかけると、より一層カッツェの緊張が増した。
こうして近距離で魔王と対面することも初めてなら、直接声をかけられるのも初めてだった。
「僭越ながら、魔王陛下。この度は、我が愚弟の見舞いに来てくださったとのこと。誠にありがとうございます」
「コイツが行きたいと言ったからな」
「どのような理由であれ、魔王陛下御自ら足をお運びくださったことはこの身に余る光栄。ノイギーア、おまえからも魔王陛下にお礼を……」
「えっ?」
突然話を振られ、ノイギーアは混乱する。
そんなノイギーアを横目で見たカッツェが、小さな声でさっさとしやがれとノイギーアを急かす。
その部分だけはいつもの兄だったので、ほんの少しだけ安心したノイギーアは、やっと我に返ったように、慌ててカッツェと同じように跪いた。
「おれなんかの見舞いの為にわざわざ来てくださりありがとうございます!」
「……俺はたんなる付き添いだ。礼なら俺じゃなくコイツに言うんだな」
がばりと勢いよく頭を下げるノイギーアを見ながら、魔王は鼻で笑う。
もちろん魔王のいうコイツとはツァイトの事だ。
おずおずと視線を上げて、ノイギーアはツァイトを見る。
「そ、その……見舞いに来てくれてありがとうな、ツァイト」
「あっ、いや、その……うん……。なんか、急に押し掛けてごめんね……」
魔王の彼に委縮してこういう状況になっているのは、さすがのツァイトにも分かったようで、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんだなんてそんな! おれ、本当に嬉しかったから!」
「あ、うん……。ノイくんがそう思ってくれてるのなら、オレも嬉しい。よかった」
ツァイトの笑顔に、ノイギーアもつられて笑う。
ほんの少しだけ空気がなごんだ気がした。
「ところでさ、ノイくん……」
「な、なに?」
「とりあえずさ……座らない? ソファーに」
「えっ……」
今は、ツァイトと魔王がソファーに座っていて、ノイギーアとカッツェが床に跪いている状況だ。
傅かれなれている魔王ならいざしらず、そんな事にはなれていないツァイトは自分たちだけが座っているなんてひどく居心地が悪い。
「えっと……」
ツァイトの提案に、しかしノイギーアは戸惑う。
素直にソファに座るにはノイギーアに度胸が足りないし、それに何より兄のカッツェは頭を下げたまま動こうとしない。
身分の上下を考えれば、魔王がいる以上、下位の魔族は同席出来ないのは明白で、それに対して文句も疑問も持った事はないが、この場合は何が最善の行動なのか分からない。
どうするべきかとノイギーアが視線を彷徨わせていると、同じように困った眼差しでツァイトが助けを求めるように魔王を見た。
魔王が一つため息を吐く。
「……おい」
「はっ」
魔王の声に即座に反応したのはカッツェだ。
「いい加減あたまを上げろ。見ているだけで鬱陶しい」
「しかし」
「ぐだぐだ言ってないでさっさと座れ。今日の俺はコイツの付き添いだと言っただろう。必要以上に畏まってるんじゃねえよ。コイツが困惑してるだろうが」
あくまで魔王の優先順位は、ツァイトが上だ。
他の魔族がどう思おうが意に介しない。
魔王という雲の上の存在に逆らえない二人は、躊躇いがちにお互い顔を見合せたあと、ゆっくりと立ち上がった。
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